再びボーロへ
(9/9)
スカイの春服デザインの最終確認と仮縫いの試着・完成品の受け取りのために、スカイは再びボーロのじっちゃんの店を訪れた。
(1度目:スカイ&ボロン)
「おや 今回は清明さんはおいでにならなかったんですか」じっちゃん
「すみませんね。彼 ちょっと別件で手が離せなくて」ボロン
「それは残念。
洗濯方法など知りたくなったら またいつでも来てくださいとお伝えください。」美代
「ありがとうございます。
その言葉を聞けば彼も喜ぶでしょう」ボロン
「それで 先日お渡しした服の着心地はいかがですか?」じっちゃん
「これこの通り 具合よく着ているよ」
スカイは両手を広げてくるりと体を回した。
じっちゃんは フィッティング具合を確かめるように服をじっと見て表情を目元をやわらげた。
春服のデザイン確認と前金の支払いをさっさとすませて、スカイは急いでもどった。
一方ボロンは、じっちゃんやウォーレン・お美代・ウォッシュと少し話をしてから
コンラッドにひっぱってもらって城へと戻った。
(2度目:スカイ&清明)
「こんにちわ。お言葉に甘えて、洗濯方法や服の手入れについて学びに来ました」清明
「前回は せわしなくてすまなかったね。
今回は時間的にゆとりを持ってきたけど、おまけもくっついてきました。
もし お邪魔でなければ いろいろ教えてやってください。
でも無理なら すぐに送り返しますからどうかお気遣いなく」スカイ
「いえいえ なにをおっしゃいますやら。
ウォーレン 清明さんが滞在中はお前が付き添いなさい」じっちゃん
スカイと清明はドワーフギルドに1泊2日で宿をとった。
スカイは ボロンからのお土産をお美代に渡し、清明と一緒に お美代とウォーレンから洗濯の仕方や服の手入れ等々を学んだ。
ボロンが前回の訪問時に、二人に服飾関連の人族一般の常識を教えてやってほしいと頼んでいたのである。
お美代とウォッシュが、スカイと清明のために開いた服飾・被服関連の講座は、
清明の付き添いとして参加したウォーレンにとっても 感慨深いものだったようだ。
日ごろ、親の話よりも ついついほかの人の話に心を動かされがちだったウォーレンは、
家業の手伝いを通して 技術的なあれこれは身に着けていても
親の職業の専門的な知見や観点を体系的に理解するには至ってなかった。
それ故 スカイや清明と両親との質疑応答込みで、改めて講義として聴くと
いろいろ新たな視点で考え直すことも多く 大層感銘をうけたようであった。
さらにまた クリーニング屋や仕立て屋の工房を見学できたことは、
魔力と魔法使い放題のスカイにとって 庶民の暮らしについて色々考えるきっかけともなったようだ。
そして 清明は 何事にも興味関心をもって質問するので、
案内係りのウォーレンは、人族に親しみを感じる一方で、
清明とスカイが 漫才のようにお互いの非常識さについてボケと突っ込みを入れあいながら、見学などをしているのに接して
日常生活においては、人とドワーフの種族的なちがいよりも、身分も含めた育ち方の違いのほうが大きいのだと実感させられることになった。
というのもウォーレン達は、大貴族の御曹司であるスカイと清明が 社会勉強のために
庶民として独り暮らしを始め、それをボロンがサポートしているのだと受け止めていたからだ。
「こちらが 春物でございます」
奥へ通され 出来上がった服を念のために着たスカイは、満足そうにうなづいた。
「それでは 1週間後に夏物の注文に来るから、また3日くらいで仕立ててもらえるかい?」
「かしこまりました。」
スカイは1週間後の訪問日時を予約した。
「その時には ボロンも一緒に来ると思うよ」
「ありがとうございます。 ウォーレンにもそのことを伝えてよろしいでしょうか。」
「いいよ。すべてはウォーレン君の気持ち次第さ。」
(3度目:スカイ&ボロン)
3度目の服の注文なのでスカイは、じっちゃんと手早く夏服の打ち合わせをすませて、翌日のフィッティング確認のための訪問の時間を予約して、城にとんぼ返りした。
一方ボロンは ウォーレンの願いで別室で彼の話をきくことになった。
「ぼく とんとん町の服飾ギルドを受験しようと思います!」ウォーレン
「そうか」
「僕、両親から家業に関する話を色々聞いて、将来は洗濯屋の仕事と洗剤や芳香剤の生産と販売をもっと広げていきたいと思ったのです。
それに ボロンさんから いただいた いろいろな職業ギルドの案内を見て、すごく刺激を受けました。
今はまだ漠然としてるので まずは服飾ギルドでもっと勉強して計画を具体的なものにしたいと思います。」
「君のやりたいことと家業がうまく結びつくといいね
ギルドに居ると、各地の情報に触れるチャンスが多いから 見分を広げる手がかりにもなるよ。
面接では、君がこれまで学んだこととこれから学びたいと思うこと、
君が今置かれている現状と、将来君がやりたいことの間に 服飾ギルドでの仕事の内容や職場環境・経験がどのように結びつくと考えているかを 明瞭に簡潔に話すといいのではないかな。」ボロン
「そのときに、服飾ギルドでは 人間向きの商品・サービスとドワーフ向きの商品・サービスの両方を扱っていることが、ミックスであるじぶんとしては興味を持ったきっかけだと言ってもいいんですか?」ウォーレン
「うーん その点については 一概には何とも言えないなぁ。
面接官の性格とか思想にも絡みそうだから。
それに、動物が好きだから動物に関係ある仕事をしたいと色々調べて、そこから新たな展開が~みたいに、ただのきっかけとしてさらっと流せる人と、
『僕はペットは絶対部屋飼いすべきだと思います!』て自分の考えを押し付けてくる人や
『最近僕の愛犬が死んで』なんて深刻な顔で『だからxxの為にこの仕事をしたいんです』って主張する人や
君にとっては(うちの職場と関係ない)って思えることを 表面的なつながりだけであれこれ言う人とかがいたら
君は 誰が一番付き合いやすそうだと思う?
あるいは 一緒に仕事をしたいと思う?」
「付き合いやすさですか?」ウォーレン
「うん」ボロン
「全然 接点が持てない人より なんかのきっかけつながりがある人のほうが 話しかけやすいけど
主張の強すぎる人や こっちまで気持ちが沈むような重すぎる人や・・・
ああ そうか 一緒に働ける、『割り切って』でも『親しみをもって』でもいいけど
とにかく無難に付き合える人のほうが 好まれるんですね?
だけど 無難に付き合える人が 一緒に働きたい人かって聞かれるとちょっと違うような・・
やっぱり仕事内容に興味を持ってくれてる人のほうが良いなぁ。
でも興味本位は困るし・・それならいっそまじめに取り組んでくれるならそれでいいかも・・」
「そいうこと。」ボロンは にっこりとした。
「あと おまけとして 一般的なことも付け加えようか?」ボロン
「はい。お願いします」ウォーレン
「採用ってのは、人と人との相性が関係することもあるね。
だけど 雇う側のその時の方針の違いによっても、採用予定の空きポストの要件によっても
雇いたい人のタイプ・採用基準が変わるんだよ。
『誰でもいいから今こういう人材が欲しいんだぁ!』って1点特化で切羽詰まってる職場もあれば
雇い主にとって都合よくこき使える・使い捨てにできる人間を雇いたい人もいるし
長く一緒に あるいは一定の期間気持ちよく つきあえる仲間を入れたい人もいる。
この「気持ち良いつきあい」ってのは、常識的な範囲もあれば、
雇う側または 上司になる予定の面接官個人にとってのマイルールに従う人間でないとダメまであるから やっかいなんだ。
僕個人の意見としては、圧迫面接かけてくる職場に碌なところはないよ。
昔は 乱暴な顧客に対応ができるかどうか確かめるために威圧的態度をとる面接官もいたけど
最近では 「使いつぶせる人間」が欲しいから圧迫面接で使いやすさを試す連中もいるからね。
組織の一員として使える人材がほしい・後継者がほしい・お試しで~、とか
『今うちではこの子向きの仕事はないけど優秀そうだからよそにとられないように囲い込んでおこう』
『自分よりできの良い人間は使いにくいからやめとこう』
『優秀すぎて うちで雇うにはもったいない。この子にはもっとふさわしい環境があるだろう』 等々
雇う側・面接官にもいろんな思惑がある。
その辺は 面接のときに 受験者として感じ取って 合格通知が来たときにほんとに就職するかどうか決める参考にもできるね。
ある程度 事前の下調べでわかることもあるし、
採用面接を受けて初めてきづくこと(学び)もあれば、
面接中に自分の思い違いに気づいて軌道修正することもある。
一概には何とも言えない。」ボロン
「そっかぁ・・ 面接だからって 気負って何でもかんでも話せばいいってもんでもないんですね」
ウォーレン
「だね。ある意味 採用面接って職場での初日みたいなもんだよ。
やたらめったら迎合したり 自分を売り込めばいいってもんでもないし、
警戒心を募らせたり 押し付けるだけもだめ。
かといってだんまりだと面接官が困る。
採用面接で配属を決めることもあるからね。
複数回の面接があったり 複数の面接官が居て
同じ質問を繰り返し受けても 答えるのを面倒がってはだめだよ。
質問者の意図がわからないときには、丁寧に穏やかに質問の意図を確かめたほうがいいときもある
人間によっては 会社の宣伝とか ただの個人情報収集や、縁故採用してませんとアピールするために形式的に採用面接をやるところもある。
僕が紹介したドワーフギルドがそんなあくどいことをやったら僕は怒るけどね。」ボロン
「時々 採用してもすぐやめるってぼやく人事担当がいるけど
それは お前の採用面接が下手すぎるからだろっていいたいねオレは。
逆に 採用面接に比重を置かずに 採用後1年以内にやめる人間の割合をあらかじめ決めて
一定の基準内で 意図的にいろんなタイプの人間を多めに採用するところもある。
つまり同じ雇用主でも 同時期に採用する人間の基準を複数用意してるってことさ。
まあ 初年度・3年以内の離職率の高さは 事前に調べてわかることもあるけど
やめられない程度に飼い殺しにする職場もあるからねぇ」ボロン
「うぁ~ 何事も悩みすぎてもダメ。考えなさ過ぎてもダメですかぁ~」
ウォーレンは 両手を天に突き上げ伸びをした。
「アドバイスありがとうございます。
いろいろと悩みを聞いてくださってありがとうございました」
ウォーレンは しっかりと頭を下げた。
「どういたしまして。
君の今後を楽しみにしているよ。
受験の結果が出たら、ぜひ知らせてくれ。
それと 君にわたした資料は ボーロ中学校の進路指導部にわたしてくれないか。
君の後輩の役にも立つと思うから。」
「はい 必ず そうします。」
ボロンはウォーレンと握手をして別れた。
コンラッドに引っ張ってもらってボロンは城にもどった。
夕食のとき ボロンは簡単に ウォーレンが服飾ギルドを受験することを皆に伝えた。
「徹夜して 各ギルド案内を書き上げたかいがあって 良かったですね」清明
「君たちも 協力してくれてありがとう」ボロン
「どういたしまして。
ウォーレン君だけでなく 僕達にとっても 美代さん・ウォレンさんの講義はすごく勉強になったよ
それもこれも 君の紹介があったからさ」スカイ
「おまけにうまいひつまぶしに肝吸いまでゴチになって 幕の内なんて初めてのお料理にも出会えて
私は すっごく得した気分です」清明
「だったら これからは 自分で洗濯をするように!」ボロン&清明
「へいへい いつもあると思うな 魔力と魔法使いってね。
でも 洗濯用の補助道具がいろいろあるのには ほんとに驚きました」清明
「ドワーフには 魔力持ちが居ないからね。
目いっぱい補助具を開発してあとは人力さ。」ドワーフ
(注:じっちゃんも 補助具を使って通常魔力で動かすアルゴリズム機械を操っていた)
「でも人間には微力な魔力持ちは多い。
微力すぎて魔道具が使えないから人力100%で、だけどドワーフのような便利道具も持たない
そんな人達のために、ドワーフの便利道具の改良版で微力な魔法で動く魔道具を作れないかな?」
スカイがつぶやいた。
「魔力を使うことが『改良』とは聞き捨てならないな。
それでは 魔力のないドワーフを見下げる発言になるぞ」ボロン
「ごめん。じゃあ えーと 『微量魔力で動く変化形』の原型として ドワーフの便利道具を使わせてもらってもいいかな?」スカイ
「その場合は、ドワーフの便利道具に対して ちゃんと「発想特許」「仕様特許」に加えて
「原型特許」を創設してそれなりの特許料を道具一つ一つに生産・販売のときに支払ってほしいな。
僕達ドワーフは 僕らの便利道具を他種族が魔道具に改編することによって
僕達の知恵と努力の結晶がうばいとられたあげく
僕達が 使い捨て労働力にされることを一番警戒しているのだから。」ボロン
「人族の中でも 新しい魔道具ができるたびに、それに関する仕事をしていた「働く人」の価値がなくなり、ただの「労働力」として人が使い捨てにされるって声はよく聞きますが
たいてい 魔道具の生産販売で儲けている人たちが「便利さ 効率を否定する時代遅れ」ってそういう人を貶めて排斥して どんどん貧富の差が開いていってますよね」清明
「だからこそ 「微力な魔力持ちに仕事を与える」なんて大義名分で
人を いつでもだれかほかの人と取り換えるただの「労働力」扱いにしてしまう
新たな魔道具の開発には いろいろな制限をかけなくてはいけないんだ。
新開発の魔道具に税金をかけて「時代遅れになった人」の再教育に充てるなんてたわごとは、
徴収した税金にたかるウジ虫を増やしたり、
ほかの目的に使おうと考える人間が政治に参入してくる口実に使われるだけだからね」ボロン
「なんか 頭 痛くなってきた。
とりあえず 魔道具つくるの やめるよ。」スカイ
「でも クランの中だけで使える魔道具は欲しいかも」
清明の言葉に 盛大にため息をつきまくる スカイとボロンであった。
(こいつ ほんと使うだけ。
道具を設計・製作する僕達のことを何だと思ってるんだ!
ここまでの話の流れも全く理解してないし!)
というのがスカイとボロンの正直な気持ちであった。
(4度目・5度目:スカイ)
スカイの夏服のフィッティング確認と完成品の受け取りは その都度 スカイが一人転移して
手早くすませた。
・・
しばらくして ウォーレンとウォッシュそれぞれから ウォーレンがとんとん町の服飾ギルドに合格し働き始めたと報告&礼状がきた。
ボロンは とりあえず 簡単なお祝いメッセージと少額のドワーフギルド為替を送った。
「実家を出ての就職だと、何かと物入りだろうから 新生活応援のお祝い!」と但し書きをつけて
このギルド為替というのは、ギルド便で現金を取り扱うと配達員が襲われやすくなる一方
個人間のお金のやり取りで、互いの振込口座・送金口座を大っぴらにしすぎるのもトラブルの元なので
送り主:ドワーフギルドで、受取人を指定して為替を購入(額面分の金額+手数料)
受取人:為替と身分証をもってドワーフギルドに行って、為替額面分の現金受取
ドワーフギルド:為替番号をもとに、登録された受取人の本人確認をしてから現金支払い
という制度である。
実はこれ ドワーフギルドにとっては 全然儲からないシステムなのだが、
ドワーフ全体の安全な暮らしのために行っている 公益事業であった。
なぜなら 手数料を高くすれば誰も利用しない
でも 個人が使える庶民的な定額手数料価格では、ギルド支店間の連絡費用を賄うには、遠距離や僻地の場合確実に赤字になるからである。
それゆえ 個人が1年間に使える回数と金額の上限には制限を設けてあった。
つまり商売で頻繁に利用する人は、ちゃんと口座を開設してそれなりの経費をしっかり支払い
応分の負担をせよということである。
制度にただ乗りしての金儲けは許さない! それがドワーフ哲学でもあった。
この「ドワーフギルド為替」を知った清明とスカイは、いつものように大騒ぎした。
「もしかして その制度が人間社会にもあれば 清明が3年間も日干しにならずにすんだのでは!?」
「しかし コストが、手間が、・・」
「人間に比べて人口数の少ないドワーフならではの制度かも」
「規模とコストのバランスかぁ」
「識字率と社会構成員全体としての教育水準の最底辺部のレベルも関係するぞ」飛び入り参加のコンラッド
「移民・流民は 道徳水準と教育水準の底辺を引き下げるからなぁ。
特に道徳律を荒廃させるのが問題なんだ」スカイ
「習慣の違いなんて 完全に分離して暮らしていてこそ「違いの尊重」が成り立つわけですから
ドワーフが なにかと手の内見せない理由もわかりました」清明
「手の内みせないんじゃなくて 内向きと外向きの適用を使い分けてたの!
でも雑居が進むと そうも言ってられなくなってきて 我々ドワーフギルドも苦労してます」ボロン
「『規制撤廃』を叫ぶのは いつだって侵略したい側なんです、
それに迎合して、おためごかしの理想だの理念だのって叫ぶ奴は 地獄に堕ちろって話でさあ」清明




