縁(えにし)
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ドワーフギルドに戻ったボロンは明後日まで宿泊を延長し追加料金を前払いした。
宿泊室に先にもどったスカイと清明は、風呂でキャッキャと騒いでいた。
「うわー すごい!
粉粉したボールを湯に入れたら、泡と一緒に花びらまで出てきた!」
ドアを開けると 清明の声が聞こえた。
「バスボールにバスソルト、シャワージェル
もしかして ドワーフというのは『オフロスキー』の『お湯貴族』だったの?」
スカイも スズランとローズ2種類のシャワージェルの瓶を両手に持って見比べてながらボロンに尋ねた。
「あーそれね、
王都に行ったドワーフが、面白がってお土産用に買ってきたり、
そのー ドワーフの多いこの町にわざわざ来てくれた人間のためにと仕入れたり、
ギルドの宿泊所も独立採算で儲けを出したいから、
人間用の宿泊室にそれらを備え付ける一方で、フロントでも販売を始めたら、
宿泊客だけでなく、この町に住むドワーフ女子にも支持者が表れて、
宿泊ついでに、旅の便りがわりにそれらを発送するのが一時 ドワーフの間で流行ってそのまま定着したんだよ。」ボロン
「もしかして ボロンさんもその話の関係者ですかい?」
清明は ゆったりと湯につかりながら話に加わった。
「最初に 王都からボーロにこの品物を運び、当時のギルド長に提案したことは認める」
照れ臭そうにボロンは言った。
「口コミの発信源は じっちゃんの店とその隣の洗濯屋だけどな。」
「清明 浴室のドアは閉めろ。
宿泊室まで湿っぽくなるだろ」スカイ
「へいへい」
スカイが浴室のドアを閉めに来るすがたが鏡越しに見えたスカイが叫んだ。
「こら 清明、鏡に映ることを考慮して ちゃんと前を隠せ!」
「あんたは いつから俺のおふくろになったんです?」清明
「一応 王命により 僕は君の教育係になったんだ!」スカイ
「まさか」清明
「あれって タテマエではなかったのか?」ボロン
「建前でもなんでも そういうことになってるから
清明の不始末・不作法は クラン全体の不利益・弱点になりうるということを考えて
しっかりとマナーを実践していただきたい」スカイ
「げ~」清明
「まいった」顔を覆うボロン
・・・
「それにしても スカイさんは まじめですねぇ」
ボロンは スカイに入れてもらったお茶を飲みつつ、ひつまぶしを食べながら言った。
「習慣だよ。
まめで まじめでなきゃ魔法は上達しないから」
スカイは デザートにと持たせてもらったミカン入りのゼリーを食べながら答えた。
「でも自分一人で飲み食いせずに 必ず同室の者にもお茶を入れるのは
やっぱりまめでまじめで優しい性格なんじゃないですかい?」清明
「コンラッドのおかげだと思う」スカイ
「じゃあ スカイと一緒に過ごすうちに
清明もそういうよく気が付く男に育つのかな?楽しみだ」ボロンは茶化した。
「育つと言えば、ウォーレンが再びクランに入りたいって言ってきたらどうするんです?」
清明は 薄皮まんじゅうを食べながら質問する。
「特別な技能があるんでもなければ こちらには負担とリスクだけ。
それにあの子にとっても 良くないと思う」ボロン
「何がよくないんです?」清明が首を傾げた。
「人間の18~25歳なら 生涯にわたる自分の社会的基盤を築くために、
職業的スキルを磨き、人脈を作る重要な期間だよ。
そんな大切な時期に、変人3人の閉じこもりクランなんかで過ごしたら、
人付き合いのスキルを磨くこともできないし
生涯にわたる人脈を築くこともできやしない。
しかも うちのクランなんて、
ドラゴンの養育に特化して沈黙の誓いでがんじがらめだから、
クランでの体験も技術も外で話せない・使うことに制約ありすぎなんで
若者には酷だよ。
言葉を換えれば うちでの経験は 外で使いまわしができないし、応用もできない。
コンラッドやスカイみたいに魔力使い放題の人物と組むなんてありえないもの、うち以外では。」ボロン
「君 鋭いとこついてるね。
今後 新たにうちのクランに人を入れるときの選定基準になるよ。
外の世界で ある程度の業績を上げていて、
うち以外の職場にいつでも転職可能な人って」スカイ
「じゃあ あの子の悩みはどうなるんですかい?」清明
「一晩眠れば あの子に紹介できそうなところが思い浮かぶかも」ボロン
「親切だねぇ 君。
一応紹介する気はあるんだ」スカイ
「あれだけ接待されたら 考えないわけにはいかないよ。」ボロン
「対等の立場ってのは 差し出されたものをほいほい受けとっちゃぁいけないってことですかい!」清明
「なに 当たり前のこと言ってるの」スカイ
「公爵家では 献上品を断ったら侮辱になりますからねぇ」清明
「だから中流の家では、倍返し・3倍返しで無理な依頼を押し付けてきた相手を追い払うんだよ。
そこに漬け込んで 粗悪な品と無理な頼みを押し込んでくる下郎もいて
どろ沼交際が展開されるわけだ」スカイ
「頼むから 分相応のつきあい(家格に見合ったレート)を随時切り替えながら使ってくれ。
見下すのつけ込むのというあくどい駆け引きじゃなくて」ボロン
「そういうドワーフの清廉さと それを可能にするドワーフギルドの強さ、
人族の狡さ・えげつなさもウォーレンは学ぶ必要があると
ボロン、君は考えているの?」スカイ
「少なくとも 人間と付き合うドワーフならば 知っておくべき基本の一つです。
ドワーフ流の付き合いと合わせてね。」ボロン
「ボロンさんが『人間とはお見合いしたくない。偶然知り合って恋愛に発展するならともかく』って言ったのは、ウォーレン君家の事情を知っていたからですかい?」清明
「よくも悪しくも あの一家はボーロでは有名だったし、
ウォーレンのおばあさんはいい人だったよ。
みんなに「ばっちゃん」と呼ばれて親しまれていた。
美代さんも 同世代の若者の間では人気NO1の女性だった」ボロン
「僕が初めて見た人族が、ばっちゃんだった。
首都で仕立て屋の修行をしていたじっちゃんが
ドワーフとしては非常に若い年齢で 人族の女性と結婚して
その人と一緒にボーロに帰ってきた時は 町中ひっくり返るような騒ぎになったそうだ。
それで口の悪い人達は、裁縫の腕ではなく、かみさんの種族で集客したと陰口をたたいたけど、
興味本位で来た客も満足する出来栄えに仕立てる腕を見せて顧客をつかんで実績を挙げたのがじっちゃんだ。」
「ところで、清明。
君は 洗濯屋で、ハーブウォーターはどの香のものを選んだの?」ボロン
「リンデンにしました。
さっぱりとして穏やかなほのかな香りが好きです。
旅をするなら ラベンダーが便利ですけど、
普段使いならリンデンのほうが好きです」
「それそれ ボーロでは 洗濯屋さんでフローラルウォーター(芳香蒸留水)を使うのが一般的なの?」スカイが体を起こして尋ねた。
「あれは ばっちゃんがボーロに持ち込んだんだよ。
せっかく仕立てた服を長く着ていただきたいから、日ごろのお手入れをお引き受けしますって、
洗濯屋を始めた時に、その宣伝として
フローラルウォーターを霧吹きして、ハンカチにアイロンがけするサービスから売り始めたわけ。
僕は子供のころ そのアイロンがけのお手伝いでお小遣いを稼いでいたんだ。」
「なるほど それが今のボロン商才につながり、またウォーレンとの縁にもつながったんだな」
スカイと清明は了解した。
「それに ボーロのオフロスキーにもねw」ボロンは笑った。




