洗濯屋
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お美代の案内で、じっちゃんの店のとなりにある洗濯屋「クリーン」に行った。
ここは以前じっちゃんの妻が経営していた洗濯屋だった。
しかし 今は息子のウォッシュに代替わりしていた。
お美代があらかじめ、ボロン達が訪れることを知らせていたので、
店でクリーニングの依頼をすませると、すぐに奥へ通された。
ウォッシュの息子のウォーレンが茶を運んでくると、父の傍らに控えた。
「母の葬儀の折には 丁重なお見舞いをありがとうございました」
ウォッシュは丁寧にボロンに挨拶した。
「私の方こそ お母さまには大変お世話になり、ありがとうございました。」
ボロンも返礼する。
「この歳になりますと、つくづくと人族とドワーフ族との歳月の速さの違いを実感致します。
私は 母に似て人族としての時を送っておりますので、
今では ドワーフの父よりも肉体的には早く老けてしまいました。
おそらく 私の方が 父より先に旅立つことでしょう。
その時には ボロンさん どうか後に残る家族のことをよろしくお願い致します」
ウォッシュ
「そんな 気の弱いことをおっしゃらずに」
「この子はウォーレン、今年18になりました。
私は還暦を期に引退しようと考えていたのですが、この子はもっと広い世界を見たいなどと申しまして悩みの種でございます。
もしよろしければ 息子のために時間を少しだけ割いていただけないでしょうか」
「と言われましても」ボロン
ウォーレンはボロンに向かって頭を下げた。
「突然 個人的な話を持ち出して申し訳ありません。」
ウォッシュは そっと席をはずし
入れ替わりにお美代が 包みを持ってきた。
「こちらでお召し上がりになっても お土産になさってもどちらでも」
清明とスカイが中を見ると、2段のひつまぶしに幕の内までついた3段重ねのお重であった。
「せっかくだから こちらでいただいて帰ろうよ」スカイ
「これで肝吸いにデザートまでついていると言うことなしなんだがなあ」清明
「こら!」スカイは清明の頭をコツリとやって
「申し訳ありません。どうかお気になさらず」と美代に謝罪した。
「いえいえ こちらこそ 息子の悩みを聞いていただけるのならと
すでに用意いたしておりました」美代
「ということなので ボロンさん、
ウォーレン君の話を聞いてあげてくださいね」清明
ボロンはため息をついてウォーレンに向き合った。
「こういう 非常識な大人にならないためにも、
ご両親のもととでしっかりと社会勉強をすることを僕はおすすめしたいんだが」
ウォッシュが 新しい茶と肝吸いとしゃもじと香の物をもって入ってきた。
「どうぞ ごゆっくり
よろしくお願い致します」
ウォッシュと美代は、ポットと茶菓子セットなどを置き
三つ指ついてお辞儀をして出て言った。
「ウォーレン君も お茶をどうぞ」
スカイは 早速予備の茶器で茶を入れてウォーレンに差し出す。
「恐れ入ります」恐縮するウォーレン
「ぼくも 吸い物だけ先にいただくよ。
せっかく用意していただいたものだから」ボロンは肝吸いだけ食べた。
清明とスカイは テーブルを脇に寄せて 二人で向き合ってひつまぶしを食べ始めた。
「それで?」ボロンはウォーレンに話を促した。
「実は ミックスの成長に関する悩みなのです。」
ボロンは目で 話続けるように促し、だまって重箱の包みを開け始めた
(これは長い話になりそうだ)
「祖父は 人間の祖母が亡くなった時 それはもう大変な嘆き様でした。
『あまりにも早すぎる』と言って」
「確かに ドワーフの寿命は人間の2倍以上あるからねぇ」
「父は 僕の身長の伸びをそれはそれは気にしていたんです。
口には出しませんでしたが、毎年の身体測定の結果をグラフにして
父の机の引き出しに入れてましたから。」
「母によると 結婚前に父は、両親の見た目年齢や
自分の身長の伸びの記録を見せて 将来のことをいろいろと話したそうです。
つまり『自分はドワーフの父ではなく、人間の母の血を濃く引いたようだから、
(ドワーフである)美代さんよりも早く歳をとってあっけなく死んでしまうだろう』と。
母は『それでもかまわない。私は今のあなたが好きだから。
もしもあなたが先に死んでしまったら、そのあと私が再婚しても気にしないでね』
と言ったそうです。」
「ははは 美代さんらしい。」ボロンは微笑んだ。
「それについては 祖母も常々言っていたそうです。
寿命や加齢速度の違う異種族間で結婚するときには
先に逝く者は、後に残されたものの再婚を妨げるような生き方をしてはいけない
それだけの覚悟もないのに 自分よりも長命な種族と結婚してはいけないと」
「知ってる。君のおばあさんは、
『自分が先に歳をとってよぼよぼになったら離縁するくらいの覚悟で結婚しろ』と
君のおじいさんに言ったと聞いてる。
そして『結納金の代わりに私の老後費用を先に出せ』と言ったらしいよ。
それで君のおじいさんは『あんまりだ!』と叫んだとか。
それでも結局 君のおばあさんに無理はさせたくないからと、
結婚前にドーンとお金の入った通帳を渡して、
『将来、僕の若さについてこれないと感じた時には
このお金でゆったりとした老後を過ごして
第2の人生でも第3の人生でも楽しんで旅立ってください。
でも僕は 君がこの世にいる限りともに暮らしたい』と言って
膝まづいてプロボーズしたというのは有名な話だよ」
「その話は 初めて聞きました。
本当ですか!」ウォーレンは身を乗り出した。
「うん。僕はそう聞いている」
「そうなのか。
祖父も祖母も大恋愛で 祖母は潔い人だったんだなあ」
「それでね、僕は17歳になるまでは身長はドワーフ並みだったんです。
でもそのあと1年に5センチも背が伸びちゃって・・
父も25歳を過ぎてから急に背が伸び始めたと聞いていたので
もしかしたら 僕も30歳になるころには父なみに背が高くなって
人族の速さで歳をとってしまうのかなぁ って思うと怖くなっっちゃて。
だって僕はずっと、自分はドワーフのようにゆっくりと歳をとっていくものだと思っていたから。
だけど人間のように短命なら そんなにのんびりしてられないって思うと 急に気ぜわしくなってしまった。
だって働き盛りが50年しかないのと 150年以上あるのとでは生き方にずいぶんが差があるだろうと思うもの。
それに 僕は結婚するなら 寿命が自分と同じくらいの長さの人がいいなと思う。両親や祖父母を見ていてそう思った。
自分より先に逝かれたら寂しいし、逆に残していくのも申し訳ないと思ってしまうから。
祖母や 母たちみたいに割り切れないよ。
でも 自分の年の取り方がドワーフに近いのか人に近いのかなんて30代にならなきゃわからないし ほんとにその違いに気が付いたのは 父の場合40代になってからだって聞いたから。
だから 一度 家族のもとを離れて 人間たちの中で暮らしたり
逆にもっとたくさんミックスの人と会ってみたいなと思うんだ。
ボロンさん どう思う?」
「どう思うって言われてもなぁ」
ウォーレンの真剣なまなざしを受け止めつつ ボロンはうなった。
「ボロンさんは 今は人間と一緒にクランを立ち上げたって聞きました。
人族の中で暮らすには どうすればいいでしょうか?
体験談をぜひ」ウォーレンは食い下がった。
「僕の場合は 好奇心のままに人生設計したからなぁ。
広い世界を見たい。ならば ドワーフギルドの郵便配達になろう。
そして 一生懸命働いて 研鑽の機会は逃さず 実直に仕事をして
そして勤続10年以上でもらえる1年休暇活用計画を練って
今現在に至るだから」
「ぼくは ぼくの家族以外の人たちで ドワーフと人とが一緒に暮らしているところを見たいです。」
「そうか じゃあ そういう集団を探すところから始めたらどうかな?」
「いきなり ボロンさんのクランに入れてくださいって言ったらだめですよね?」
「そりゃ短絡発想だよ。
ちゃんと ほかにもそういう集団がないか調べて、自分が仲間に入りたいと思うかどうか・入って何をするのかなどなどきちんと調べるのを怠ってはいけない」
ボロン
「はい。
今日はお忙しいところを お引止めしてすみませんでした。」
ウォーレンは お辞儀をした。
「今 果物をお持ちします」と言って立ち上がったウォーレンに
「いや この後の予定もあるから、
ぼくはこのまま 幕の内だけいただいて、残りは包んで持ち帰るよ。」
ボロンはひつまぶしのお重を手で示した。
「器は 洗って明日持ってくるので良いかい?」
「私たちも もうおなか一杯いただきましたので
果物の入る隙間がのこってませんや」
清明が 自分の腹をなでて見せた。
「ほんとに 君ってお行儀が悪いね! 恥ずかしい」
スカイが顔を覆った。
ウォーレンはクスリと笑って一礼し 退出した。
スカイは 暖かい茶を入れなおして ボロンに差し出した。
「ありがとう」
そういって ボロンはせっせと箸を動かす。
「このお重 ずいぶん立派な器だけど、ほんとに持ち帰ってもいいんだろうか?」
スカイが小声でボロンに尋ねた。
「きちんと洗って乾かして返すから大丈夫」ボロン
「なんだか ずいぶん気を遣わせっちゃったみたいだね」スカイ
「もしかして お身内なんですかい?」清明
「見たまんまの関係だよ」ボロン
・・・
その後3人は、果物に酒とつまみの入った籠まで土産に持たされ、
送り出された。




