温泉卵とスカイの料理
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・鶏卵を、地下の貯水槽に入れると 湯温があうのか温泉卵になる。
「そうか ゴンにとってちょうどよい湯加減というのは70度くらいなんだな」ボロン
「ゴンの体を洗っているあいだに、温泉卵ができあがり
ゆったりと湯につかっている間に 程よく冷めた温泉卵を湯上りに食べる。
なかなか良いではないか」コンラッド
「君 食べ物の温度に関しては 案外人族に近い感覚だね」ボロン
「そりゃ 人との付き合いが長かったから、
人族の作る料理が 人にとって程よい温度感覚が、わしの好みになったまで」
と言いながら コンラッドは器の上に(念力で)浮かせた卵を、前足でチョンとついて卵を器に割りいれた。
「コンラッドは 温泉卵を割るの上手だねぇ
ぼくもできるかな」
コンラッドは ゴンの失敗に備えて大きなボールを差し出した。
「ボールの上に卵ホルダーを置いて、卵ホルダーの中の卵を念力でそっと割る練習から始めたほうがいいんじゃないかな」ボロンは提案した。
「いや ダーさんの卵を割る練習から始めたほうが良いかもしれん」コンラッド
念力の微妙な操作がまだできないことを自覚しているゴンは
「あ ぼく 当分 温泉卵は食べるだけでいいです。
おいしく食べたいから」と慌てて言った。
・田鴨の卵は小さいので 温泉卵を通り越して半熟卵や黄身だけ固い逆転卵になってしまった。
ダーさんの卵は大きすぎて 黄身まで温度が伝わらず全体が固まらなかった。
「大洞窟の熱泉に ダーさん卵を入れたら うまくいくかな?」ゴン
「そのまま入れると破裂するかもしれない。
大釜に湯を汲んでそこにつけたら 半熟卵になるかな?」ボロン
「そこまで手をかけるなら プリンや フワフワ卵のほうはいいや」ゴン
「しかし スカイたちが調理するときに お前がダーさん卵を割る練習をするのはよいかもしれんな」コンラッド
というわけで、念力の力の調整を覚えるために、ゴンは ダーさん卵割りに挑戦することになった。
最初のうちは 力加減を失敗して卵が飛び散っても大丈夫なように
透明な袋に入れた卵を割る練習。
「割れた卵の中に落ちた殻を引き上げるのも 練習だな」コンラッド
コンラッドの応援・補助付きで毎日がんばったかいあって、半年後には
スパンと卵を半分に切って、半分にわれた殻だけを空中で取り除けることができるようになったゴン。
「大きさに関係なく卵の居合切りとは 私も挑戦したい」
清明は 卵を空中に投げ上げ スパっと切って、落ちてくる黄身と白身をボールで受け止めることには成功したが、殻のほうはとっさに右手でうけとめたものの握りしめてしまい 砕けた殻がパラパラと床に落ちた。
「えっと 調理中に台所掃除するのも大変だから それ もうやんないでね」スカイ
「私としても 素手で卵の殻を受け取るのは手が汚れるから嫌ですね」清明
「それ以上に 卵の黄身が付いた刀をそのまま納刀したから さやの手入れが大変です」
しょんぼりと手を洗い 刀の手入れのために自室に引き上げる清明を見送って
「なにやってんだか」とスカイは首を振った。
「えっと ぼく いけないことしちゃったかな?」悩むゴン
「清明は魔法を見慣れていないから
君の見事な技を見て マネしたくなっただけだよ
気にしなくていい」ボロンはゴンを慰めた。
「君の場合は 一人でおいしく生卵を食べるために念力を使う練習でもあったわけだけど
清明は 普通に手で卵を割れるんだから 何も居合切りする必要ないんだから
ただの悪乗りだよ」スカイもゴンをいたわった。
・・・(話が先に進みすぎたので、スカイが仲間に加わったばかりのころに巻き戻すと)・・・
・調理は、スカイとボロンの得意技であった。
二人とも独身でうまいもの好きであったので、必然的に料理上手になったのである。
そして心眼使いとして稼ぎの良かった清明も舌が肥えていた。
しかし 彼は目が悪かったので調理はできるだけ人に頼んでいた。
というわけで スカイとボロンは交替で清明に料理を教えた。
「君は 目が見えるようになったんだから 調理ぐらいこなさなきゃだめだよ」スカイ
「ここでは、どの仕事も交代でこなさないと手が回らない」ボロン
「まさか 視力があがると、自分でやらなきゃいけないことが増えるなんて思ってもみませんでしたよ。
自分で なんでもできるようになるってことが、
自分で なんでもやらなきゃならないことになるなんて」清明
「あのね、君は 子供の頃は誰かに世話をしてもらって、
自分で稼げるようになったら、人を雇って
それで細かいことをしなくて済んだだけなんだよ。
子供のころから 身の回りのことをすべて自分でやるようにしつけられる子も多いんだよ。
視力と関係なく」スカイ
「料理ができるかできないかは、親のしつけと経済力によってきまるんですかい?」清明
「僕はそう思うけどねぇ」スカイ
「だけど 身体的条件によって、調理の技を覚えやすいか覚えにくいかの違いはあると思う」ボロン
「確かにそうだね」スカイも同意した。
「自分で手軽に料理できるようになると、便利と言えば便利ですね。
殻をむいたゆで卵って 出てきた時から冷めているのでおいしくないんです。
でも ここでは 出来立てを自分でむいて食べるからすごくおいしい!
自分で殻をむくのはすごく大変だけど」
清明の言葉を聞いて ボロンとスカイは「おぼっちゃんだ~」と驚いた。
「君って すごく大切に育てられてたんだねぇ」ボロン
「っていうか 甘やかしの範疇にはいるのでは?」スカイ
「いや 単に 親が私とかかわりたくなくて、
召使は 私に何かを教える・訓練するなんて手間をかけたくなかっただけだと思いますね」清明
再び顔を見合わせるボロンとスカイ
「ごめん 無神経なこと言っちゃって」スカイ
「ごめん 召使のいる暮らしについて何もわかってなくって」ボロン
「もしかして お二人の家には召使はいなかったのですか?」清明
「いない いない」ぶんぶんと首を振りながら否定するボロン&スカイ
「じゃあ 料理はどうやって覚えたんです?」清明
「料理だけでなく 生きていく上で必要なことは何もかもコンラッドから教えてもらった。今のゴンみたいに」スカイ
「私も 自活できるようにと 幼いころから家庭教師がついていましたからつい最近までは一人で大丈夫だったんです。
でも まさか失明するとは思ってなかったんで慌てました。
まさか 物がぼんやりと見える状態と、全く見えない世界とで 生きにくさが全く違うとは思わなかった。
そんな時に皆さんに出会えて幸運でした。」清明
「いや こちらこそ、人手不足のところを助っ人に来てもらえて助かっているよ」スカイ
「お試し期間の3か月が過ぎた後も 残ってもらえると嬉しい」ボロン
「そう言っていただけると嬉しいです。
でも今の私は 『物がはっきりと見えるようになった時の暮らし』ってやつを学んでいる最中ですからねぇ。
できるだけ 足手まといにならないようにしますから、
どうか これからもいろいろ教えてくださいね」 清明
「そんなこと いちいち言わなくてもわかってるよ。
目の前にいる人が 懸命かさぼっているか まじめかズルいかなんてわかるし
人間だれだって なにかしら『初めて』のことがあるんだから」
スカイは 励ますつもりで清明の背中をたたこうとしたら さっと身をかわされた。
あっけにとられるスカイにボロンは言った。
「あのさ 剣士の背中をたたこうなんて無謀だよ。
まして 清明は心眼使いなんだから。」
「あっそうか ごめん。
そういえば ぼく、剣士と親しくつきあったことなかったんだった。
励ましたいときのボディランゲージって どうすればいいんだ?」スカイ
「みんな 生い立ちが違うと 感覚も違うんだねぇ」ゴンはしきりに感心していた。
「あはは ここは学習中の人ばっかりだ。俺も含めて」ボロンが場を和ませようと言った。
「私はその 気配に敏感なんです。
だからその 私に何かが向かってくるのは嫌ですね。
でも 励ましのお気持ちは言葉で十分に伝わってきましたから ありがたくいただいておきます」
清明はスカイに一礼した。
「それにここの台所は設備も道具も整っているから 作業が楽ですね。
お二人の説明がうまいから、調理方法も覚えやすくて、
やってみたら思ったよりも 簡単でほっとしました。」
楽しそうに清明は言った。
一方ボロンにとっては、足の長さだけでなく腕の長さも違うから、人間用のキッチンはいろいろと不便だった。
たとえば流し台の奥にある蛇口に手が届かない
鍋を移し替えるときに、足台に登って鍋を抱え上げ、
一度足台から降りて、自分の足で足台の位置をずらしてから再度登らないと
隣のコンロに鍋を置けないなどなど。
だから 城での調理はスカイと清明にまかせ、自分は清明へ調理法の説明だけすることにした。
一方洞窟近くに建っている宿屋のキッチンは、すべてドワーフサイズに調整しなおしたので
そこは背の高いスカイや清明にとっては微妙に使いにくいキッチンであった。
だから それぞれ いつだれが何を作るかは その都度話し合って、適当に分担していくようになった。
「ドワーフの料理と魔法使いの料理、それぞれに個性があって
同じ素材・同じ料理名でも出来上がりにバリエーションがあって飽きないですね。
これが自分たちで料理する良さかなぁ」
清明は満足そうに言った。




