第7話 じゃあクイズ 友達の作り方を知ってる?
★生徒会室からの帰り道、クラスメイトのミキティこと多々良葉美希と出会う。零斗を心配して追いかけてきたという彼女を、零斗は軽くあしらってしまった。
翌日。
零斗は授業を受けていた。高校生なんだから当たり前の風景。そのあたり前を入学以来初めてじっくりと味わっていた。
1クラスは400人の大所帯。その全員が着席してもまだまだ余裕のある巨大な教室。
そして、隣にはいつも通りの金髪ギャル。物覚えが悪い零斗でも彼女の名前がミキティであることは流石に、しっかりと覚えていた。
「昨日はごめん」
「ぐっすり眠って反省したのかな。分かればよろしい」
何を分かればいいのかちっとも理解はしていなかったが、それでも自分を心配して追いかけてきてくれた少女にお礼の一つはすべきだと、今朝歯を磨きながら気付いたばかりだった。
だからといって、ラメ入りのギャルと気軽に話す度胸が突然生まれたわけでもなく、会話はそれ以上続かなかった。
教室の前面に備えられた超大型のディスプレイ。そこから階段状の座席が放射状に広がっている。画面に映し出されているのは、ハリウッド映画並みの予算をかけて作られた映像教材。今は再現された石器時代の生活風景が流れている。日本史第1回の授業だ。 一応教壇を前にして担任の教師が座っているが居眠りするばかりで、何もしていない。
質疑応答はAIの役割だ。過去50年間の授業で蓄積されたあらゆるデータから最適な回答を導き出し、物分かりの悪い生徒にも丁寧に粘り強く対応し、『教育』を効率よくこなしていく。
生徒たちはローカルネットワークに接続し、同じ授業を受けているメンバーと自由に会話ができる。トピックごとにルームが作成され、『土器について語る』とか『縄文人vs弥生人』とか、果ては『教材出演の俳優・声優について語る』といった話題で盛り上がっていた。十数年前に作られた教材は、声優陣は無駄に豪華なことが一部マニアには知られているようだった。何を語るも自由だが、常に風紀委員が監視していることを忘れてはならない。
すべてがネットワーク上で完結するはずの教育システムを目の前にして、なぜか彼ら生徒たちは一つの教室に集められ、席を並べて授業を受けている。
それは『学園』として譲れない一線なのだった。
『ごめん。心配してくれたことはうれしい』
零斗は生徒会でもらったメモ帳を取り出すと、短い手紙をミキティに送った。
私語厳禁。すべての通信が風紀委員の監視下にある中、秘密裏に会話をする画期的な方法を彼は生み出したのだ。筆談だ。
『ごめんじゃなくて そこはありがとうだろ』
ミキティは派手な見た目のわりに、習字の先生のような綺麗な字を書くのだなと感心する。
『ありがとう。お礼をするよ』
『そういうことじゃない』
『本当に何も問題ないよ』
『困ったことがあるなら、神様なんかじゃなくて友達を頼れ』
『頼れる友達なんていないよ』
零斗が手紙を返すと、一瞬、不穏な空気が流れた。彼自身は全く気付くことがなかったけれど。
『じゃあクイズ 友達の作り方を知ってる?』
『なにそれ?』
『なんでもいいから考えてみて』
随分と難しい問題だ。哲学的な問題、それともひっかけクイズだろうか。
友達とは何か。作ろうと思って作れるものか。その答えが出るより先に、零斗が待ちわびていた便りが届く。
『メールが届きました』と端末ディスプレイに通知が表示される。
授業中に端末間での通信はできないはずだが、神様にそんなことは関係ないようだ。
『今日の放課後17時、喫茶リリーマルレーンにて待つ』
メールには画像データが添付されていた。その中身が何であるか、考えるまでもなく理解できた。息を整えると、神妙な面持ちで画面をタッチする。
そこにあったもの。
零斗の記憶と一分の違いもない。まさにあの夜、零斗がレンズを通して観た光景。満月に照らされた少女の写真だった。
どっと鼓動が速くなり、顔が熱くなる。
息を止めたまま画面を見つめていると、突き飛ばすようにして美希が無理やり割りこんできた。
「なにこれ、なにこれ?」
零斗は慌てて美希の口に指を当てる。
『し ず か に』
空いた手で紙片にそう綴る。
『神様って奴からのメールだよね』
『YES』
『やっぱり女絡み』
『?』
『この女の子、誰?』
『??』
『洗いざらいしゃべってもらうね』
『!?』
『!!』
『!!!』
そんなやりとりが何度か続いたのち、巨大ディスプレイに大きく「続く」の文字。とたんに教室全体がざわめきだす。授業終了の合図である。
『さっきの問題の答えは明日ね』
美希は役目を終えた紙片を小さく折りたたむと、零斗の胸ポケットに優しくそれをしまった。
「さぁて、とりあえず今はその写真の女の子のことについて語り合わないとね!」
◇
「ここはハッキリさせておくと、恋だとか愛だとかそういうのではないからね」
「はいはい。会いたいってことは好きってことだよ。でもさぁ、この子、目つきも悪いし、全体的に陰気な感じがしてゼロっちがそこまで熱心になるのは理解できないなぁ。こういうのがタイプなんだぁ」
「会いたいのは会う必要があるからだよ。たしかに誰からも好かれる美人って感じじゃないけどさ」
「あーあ、ゼロっち。女の子に向かってそんなこと言うのは外道だね。サイテー。会ったらすぐに謝るんだね」
「なんだよ。最初に言いだしたのは多々良葉さんだろ。それに彼女自身が言っていたよ。他人に好かれる顔じゃないってさ」
「ほぅらね、やっぱりだ。彼女にとってもコンプレックスなんだ。なのに、女の子の容姿をあれこれ言うのは男としてどうなんだ。それと私のことはミキティって呼んでね」
「いや、僕は美人ではないといったけど、顔が好きだとか嫌いだとか言ったわけじゃない。それと多々良葉さんをどう呼ぶかは僕が決めることだ」
「じゃあ好きってことじゃん。素直になれよー。で、私のことはミキティって呼ぶんだ。これは命令」
アーめんどくさい。こういうときに取る手段は一つだけ。
大きく深呼吸をして。
そして、沈黙。
一心不乱に前だけを見て足を進める。
それを追うミキティも歩みを止めることは無かった。