第3話 僕は本物も偽物も知らない
★生徒会室には、優しく頼りがいのある副会長八坂が。しかし、零斗が本当に会いたいのは神様で……
八坂が忌々しげに声のする方を見つめたので零斗も視線の先を追った。
応接ソファからは死角になっている背の高いパーテーションで区切られた向こう側にも部屋は続いているようだった。
「もしかして……あの向こうに神様が!?」
零斗は興奮して飛び上がるように席を立つ。
メガネ男子は肯定も否定もせず、とぼとぼと自分の事務机へと戻っていく。そして席に着くと視線を戻すこともなくこう告げた。
「忠告だよ。もし君が平穏無事にこの学園を卒業したいと考えるなら、ここで引き返すべきだ。君に悩みがあるというなら、生徒会副会長として僕が相談に乗ってあげてもいい。だが一瞬でも君が彼女と関わったのなら、もう引き返すことはできないよ」
「おいおいおい英樹君。それはルール違反だぞ。重大なルール違反だ」
間髪入れずに少女が釘を刺すと、彼はそれきり黙ってしまった。
零斗は八坂に対する申し訳ない気持ちを振り切って、歩みを進める。このままで終わりにするには彼の中で期待は大きくなりすぎていた。
パーテイションを避けて進むと先ほどまでの部屋とほぼ同じ大きさの空間が広がっていた。ただ一つ違っていたのは、それがただ一人の人間のために存在していることだった。真ん中には英樹が座っていたものより二回りは大きい執務机。いかにも年代ものといった雰囲気で相応の傷と気品を帯びていた。
そして、驚くべきことに。
いや、本当に零斗の予想を裏切って。
そこに鎮座するのは黄金に輝く頭をした人間大の大仏様だったのだ。
「あぁ、うわぁぁぁぁ」
零斗は威光に気圧され思わずその場で土下座した。
黄金大仏、その空虚な瞳は彼を捉えているのだろうか、大きな頭を微妙に揺らしながらゆっくりと立ち上がった。
「コンニチワ、藤原零斗君。えーっと、三重県は伊勢市の出身だね、素晴らしい、神宮には私も敬意を払っているんだよ。なんたって神様だからね。趣味は写真。お爺さんが戦場カメラマンでその影響かぁ。子供のころに祖父から貰ったカメラを肌身離さず首に下げている。ああ、でもお爺さんは戦場で活躍していた時代よりも水着姿のグラビア・アイドルを撮っていた時期の方が長いようだね。まぁ、その事情については踏み込むのはよしておこう。なぁにこれは礼儀の問題さ。家族はそのお爺さんと母親、妹が一人。お父上は海外に単身赴任中か。それと犬一匹、ふむふむ。好物はちくわ」
「す、すごい。全部当たってますよ」
「神様だからね、当然さ。ところで、ボクに何か言いたいことがあるんじゃないかな」
立ち上がった大仏様を見ると、そのアタマこそきらめく黄金のそれだが、体は千夜学園の制服。それも女生徒用だ。カッコよくポーズを決めているようでいて、大きすぎる頭がアンバランス。よく見ればかなり間抜けな姿である。
「声も女の子ですよね。最初のコンニチワだけ声作ってたけど、すぐ諦めましたよね? 」
「……」
「アナタが神様ですなんですか? ホントにホントに?」
「……」
間延びした時間が過ぎる。
痺れを切らしたのか、とうとう大仏が動いた。両手でがっちりと頭部を掴みゆっくりと持ち上げる。金属製のそれはかなり重そうで、ぐぐぐと腕に力を入れてようやく脱げた、スポンっと。
そして、投げた。投げつけた。思いっきり投げつけた。
「ぎゃふん」
大仏頭部が零斗に襲い掛かる。
「どうだね、驚いたかな」
「驚くとかじゃなくて、ただの物理攻撃じゃないですかっ!」
「ちがーう。これは、いよいよ神様登場だなと思わせておいて、出てきたのが仏様だったら笑えるだろって。そこをキッチリとツッコんでくれないとボクが馬鹿みたいじゃないか」
「わ、分かりにくいボケですね」
「そうかなぁ。今どきの笑いというのは難しいものだね。親が厳しかったせいかな。お笑い番組はあまり見せてもらえなかったんだ。もちろん今じゃ寄席に通うほど熱心に勉強中なのだけどね。今日のところは改良の余地アリとしておこうか。あー、それとだ。これは、あくまで大仏風だよ。デザインはボク自身だ。著作権にも宗教問題にも配慮しているんだよ。神様だからね。コンプライアンスは大事だろ?」
「はぁ……」
とても奇妙な少女の登場に戸惑う零斗だが、それ以上に言葉を失ったのがその美しさにだった。
一言でいうと目鼻立ちが整った正統派の美人。表情には自信がみなぎっていて、眉毛は意志強そうに吊り上っていた。後頭部に一つに垂らすように結われたその髪は艶やかで人のものかと疑いたくなるような絶妙な色相で輝いていた。
身長は170cmほどあるのだろうか。足はすらっと長く、スカートから延びる生足が眩しい。
零斗は思わずカメラを構えていた。そして、本当の美人とはこういう人を言うのだと悟っていた。
目の形が綺麗だ、鼻の筋が通っている。透き通る白い肌。そうではない。全身全霊その細胞の隅から隅aまですべて。皮膚が、骨が、血管が、彼女の美しさを表現しようと競い合っているようなのだ。
「神様に会いに来てボクみたいな小娘が現れると、どうもガッカリされることが多いんだよ。そこで純金で被り物を作ってみたんだ。鋳物は初めてだったけど、なかなかの出来だろう」
「じゅ、純金ですか!」
「ははは。そこは、純金とかいいながら実は22金じゃないですかってツッコんで。ボケはちゃんと拾ってくれないとだよ」
「ボケなんですか? あ、もしかして神様なのに笑いの神様は下りてこないっていう高度なボケですかぁ」
零斗はめっちゃ睨まれた。
大仏の頭のぐるぐるした奴をブチ、ブチと引きちぎって、鬼の形相で睨まれた。
だがすぐに天使のような笑顔に戻る。
「さてさて、さっきのはホット・リーディングだよ。つまり、君が隣の部屋で英樹と話している間に、ネットワーク上の君の情報を検索していたというわけさ」
「なぁんだ。さすが神様だって驚いちゃいましたよ」
「こんな安っぽい手口には引っかからないで欲しいな。ボクは本気で神様なんだからね。さて、とっとと君の願いも当ててあげよう。君は女の子を探している。それもこの学園の生徒だね。頼れる人間もいないから神頼みにすがろうという魂胆だ。匿名サロンで噂を聞きつけて、北校舎を一人彷徨いやっと生徒会室を見つけた」
「えええ、凄い。凄いですよ。それは絶対ネットを調べても出てこない情報ですよね。さす……」
そこまで言いかけたが、神様は零斗の唇に指をそっと当て続きを遮った。
「今朝、校内で女の子を片っ端から盗撮する不届き者が出没しているという報告を読んだのだけど、まさかそれがキミだったりするのかな」
「と、とんでもない。勘違いですよ。僕は盗撮なんてしていませんよ!ちょっと自由に写真を撮ってますけど、ちゃんと目的があるんだから盗撮だなんてとんでもない」
「と、言いながらさっきから何枚かボクの写真を撮っていたみたいだけど」
「すいません。僕が、レンズを通してみたモノを絶対に忘れない特技があるんです。あと、レンズを通してみると真実が見えるというか、なんというか……」
それは半分は彼の才能であり、半分はただの思い込みでもある。
「それは凄いね。じゃあ、君の目に映るボクは何者だい?」
「はい、嘘は付いてないと思います。あと、きっと只者じゃない」
「それだけ? 65点というところだけど、まぁいいや。盗撮の件は忘れてあげよう。ただ、今朝の行動を知っていれば君がこの学園の女生徒を探していることは誰にでも分かるね。残りはコールド・リーディングともいえないただの推理さ。二流三流の詐欺師の手口だよ。ボクみたいな本物が相手をしてあげるんだから、そういう安っぽい手口には引っかからないでくれよ」
「は、はぁ……善処します……。あ、いや。それよりも彼女ですよ。そうです、探しているんですよ。だから、何より願いを叶えてくれるんですよね、神様」
「ああ、叶えるよ。絶対に叶える」
「信じていいんですよね?」
「心配はいらないよ。君が信じようと信じまいと僕は君の願いを叶えるよ。神様だからね」
「じゃあ、とりあえずパンティ見せてください」
蹴られた。鋭く蹴られた。その軌道は本当に、死神の鎌のように鋭くて。命を刈り取る形をしてるだろ?
ゴキッと首がもげそうになる一瞬、パンツが見えた気がした。
「ごめんなさい。こういうの定番のボケかなと思って……」
「ボクはそういうの嫌いだよ?」