プロローグ 出会いは夢うつつ
「入学式の夜に、新入生がこんな場所にいちゃいけないわよ。どんなに馬鹿馬鹿しいと思っても、自分の居場所じゃないと感じても、今日だけは石に噛り付いてでもあの喧騒の真ん中にいなきゃ。さもないと、私みたいなはぐれ者になってしまうよ
「」
「ははは、そんなピカピカの制服を着ていれば誰だって分かるわよ。そして、新入生は想い悩むものだってことも決まっているの。
「」
「アドバイスができるほど立派な人間じゃないけどさ。悩むことはいいことだよ。考えている限り、そんなに酷いことにはならないさ。最悪なのはね、世の中をこういうものだと悟ったフリして何も考えなくなること。
「」
「私? 私は月を見てるんだ。川面の映る月だよ。本物よりもずっと曖昧で、ゆらゆらと揺れて、眩しくない。ちょうどいいんだ。
「」
「勝手にカメラを向けてごめんなさいって? それって盗撮って言うんだよ。捕まるんだから気をつけなよ。うーん、そうだなぁ。それでは、どうぞ一枚撮ってくださるかしら。私の方からのお願いだよ。フィルム式のカメラなんて骨董品でも目にしないよ。それがあんたのベル・エポック(古き良き時代)?
「」
「こんな目つきの悪い、愛想のないソバカスだらけのチビ女。どう頑張っても美人に撮れるわけないよ。そこそこでいいんだよ。額に入れて飾るつもりなんてないんだから。
「」
「もし、カッパが地の底から現れたら学園中大騒ぎになるでしょうね。そうなれば、そのときは私だって眺めているばかりじゃない。本物の月にだってなってみようと思うんだ。
「」
「どんなに華のない女優でもね、それ相応しい舞台があれば輝けるってお話よ。それとも願望かな。ねぇ、あの月。河童のお皿に見えない?
「」
こうして少年は、少女と別れた。やがて、彼のもとに本文のないメールと真っ黒で何も映っていない写真データが送られてきたのだった。