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対英戦への道

※1940年時点の主要国国力

1990年ドル基準の実質GDPを購買力平価で換算した値。

出所:Monitoring The World Economy 1820-1992 OECD(経済協力開発機構)

単位は億ドル

・イギリス:3156.9

・日本:2017.7

・ドイツ:2428.4

・イタリア:1520.3

参考アメリカ:9308.3

(ソ連はデータ無し)

 秋丸機関が以前の情報で纏め上げた「対英総力戦」の結果は

「日本はアジアでイギリスに勝てる。

 この勝利はドイツがイギリスに勝つ事に連動する」

「日本単独では、イギリス全体に勝つ事は出来ない。

 どこかで終戦工作をする必要がある」

 であった。

 これと総力戦研究所を始めとした各種研究機関が、バラバラに調べながらも出した

「資源を確保するならイギリスとの関係維持は必要不可欠」

 という意見があり、それらを統合した結果

・イギリスとの関係を重視し、戦わず、ドイツは見捨てる

・ドイツを勝たせる為に、積極的にイギリスと戦い、資源地帯も占領する

 が主だった意見となっていた。


 つまるところ、ドイツがイギリスに勝つ可能性が高い事を前提とし、どちらに恩を売った方が日本の価値を上げられるか、という計算をしている。

 だが、余計な駆け引きはマイナスにしかならないのではないか?

 天秤にかけるような駆け引きではなく、ドイツへの全面協力を前提に恩を高く売りつけるような交渉こそ重要かもしれない。


「確かにイギリスの方が資源を持っていて有利だ。

 だが、ドイツは短期決戦で勝てるのではないか?

 ドイツ軍の力を持ってすれば、イギリスもイタリアもスペインも敵では無い。

 あっという間に欧州全土を支配してしまうだろう。

 我々はバスに乗り遅れる事はない」

 この意見は陸軍から出された。

 だが、ドイツ情報をこれまで分析して来た陸軍省戦争経済研究班、通称「秋丸機関」首班の秋丸中佐は首を横にする。

「東部戦線の後遺症が甚大です。

 あの戦争で一体どれだけの兵力が失われたか。

 今のドイツ軍は、ソ連との開戦前のドイツ軍では有りませんぞ」


 独ソ戦は凄まじい消耗戦となった。

 あの人の命を、刈っても刈っても勝手に生えて来る雑草程度にしか思っていない独裁者二人を休戦させる程に激しいものだった。

 兵士や兵器だけの問題ではない。

 戦場となっていたヨーロッパロシアやウクライナの地が、年々不毛の地に変わっていき、多くの難民が出るし、食糧の現地調達が叶わなくなった。

 ドイツもソ連も、寒冷化の影響で食糧生産力が低下している。

 そんな中で、不毛の地に居る大軍に食糧を輸送し続けた結果、戦地以外の国民すら飢え始めてしまった。

 その両国に食糧を売り、戦争させ続けたのがイギリスなのだが、そこまで日本は知らない。

 表向き、ドイツとソ連はスペインとイタリアから食糧を買い続けていた。

 その食糧供給元にドイツは侵略戦争を仕掛けている。

 これは

「資源が欲しいなら、イギリス植民地を奪って我が物としてしまえ」

 という日本の姿に重なって見えた。


 一方のイギリスは、なりふり構わないチャーチルの食糧及び資源獲得政治と、国民疎開政策で、この事態に対応出来る態勢になっている。

 亡命政権である自由フランスのアルジェリアとチュニジア、今やイギリス同盟国のイタリア領リビア、そしてイギリス影響下のエジプトと、北アフリカは全てイギリス陣営だ。

 ドイツがイギリスに勝つには、地中海の制海権を手に入れ、スエズ運河を掌握する事が必要である。

 優勢なイギリス地中海艦隊と、まだ多数の戦艦を有するイタリア艦隊の前に、ドイツが地中海の制海権奪取するのは困難だろう。

 地中海の制空権をかけた戦いが、マルタ島のイギリス空軍、シチリア島のイタリア空軍とドイツ空軍の間で行われているが、ドイツの戦闘機は高性能故に資源を必要とし、何時まで高品質な状態で大量生産出来るやら。

 ではドーバー海峡を渡りイギリスを占領すれば良いが、可能か?

 これも難しい。


「ドイツが勝つには、東部戦線が非常に余計でした。

 イギリスを潰す事に専念していれば、昭和十五年(1940年)の時点で勝てたかもしれないのですが」

 陸軍秋丸機関は、本来非常に親独的である。

 イギリスに勝つ為にドイツの協力が必要、この結論が全てであった。

 その為に同盟国ドイツの経済戦力を調査したのである。

 その時も

「独ソ戦が早期に決着し、ソ連の資源を使えるようになる事が必要」

 という条件を付けていた。

 だがドイツは、彼等が言う二、三ヶ月での勝利を得られなかった。

 三年に渡る独ソ戦で、ドイツは大いに消耗してしまったのだ。

 残念だが、秋丸中佐はそれを言わざるを得ない。

 氷河期化対策を怠ったドイツが、準備万端のイギリスに果たして勝てるのだろうか?


 イギリスへの傾倒はどうなのか?

 その疑問に松岡商工次官が回答する。


 松岡は、イギリスへの完全な依存関係になるのを危惧した。

 イギリスの悪意とかは関係無い。

 独占企業というものは、消費者のニーズとかは無視し、自分の都合で物事を決められる。

 国と国の関係でそうなってしまえば、それは属国化を意味する。


 現在のイギリスも問題を抱えている。

 インドで暴動が起きていて、その鎮圧に手間取っていた。

 この暴動は、インド独立運動家のチャンドラ・ボースが行っているが、その後ろにドイツとソ連が居る事までは、松岡も知らない。

 イギリス大使館のカウンターパートであるサンソム氏も、聞いていない事には答えないし、ドイツ大使館もわざわざ言わないから、想像もしていなかった。

 ただ彼は、商工業の専門家だけあって、それが貿易において影響している事を掴んでいる。


 イギリスはインドの穀物をあてにしていたが、暴動で予定量の確保が出来ない。

 そこで日本から米を大量に買い付けている。

 温暖化により東北地方や新潟の米収穫量が増え、更にやはり温暖化した朝鮮半島や台湾からも米が流入し、普段なら米の値段が下がって米農家は豊作貧乏になるところである。

 だが、香港経由でイギリスが大量に米を買っている為、米価格は高値が維持されていた。

 これにより、今まで悲哀を味わって来た東北地方の米農家は、一転して好景気に湧いている。

 しかし、このインドの暴動が鎮圧され、インドからの穀物だけで間に合うようになればどうなるか?

 日本で、高く買ってくれる事を見込んで大量に作られた米は、今度は暴落に転じる。

 好況を見込んで、朝鮮半島や台湾からも買っていれば尚更だ。

 資源を買うだけでなく、商品を売る場合でも、顧客が絞られてしまえばこういう危険が生じる。


 そして松岡は通貨の問題にも触れる。

 軍部はこの問題ではポカンとしていたが、何となく言いたい事は理解して貰えたようだ。

 イギリスとの貿易量を増やす、それによって為替の手間を省略する為、ポンドと円を固定相場にする。

 イギリスは既にそう求めて来た。

 まだ駆け引きの段階であり、日本の反応を見定めている。

 円とポンドでは、どちらの通用量が多いか?

 ポンドである。

 故に円はポンドの事情に引き摺られる。

 そして経済政策の上で、自由に通貨量を増やしたり減らしたり出来なくなる。

 固定相場なのに、通貨量を勝手に変えれば問題が生じるのだ。

 こうして通貨を自由に発行出来なくなっても、独立国と言えるだろうか?


 面白い事に、親独派の秋丸中佐がドイツの問題点を並べ、

 親英派と言える部類の松岡がイギリス傾斜は危険だと説く。

 岸信介や東條英機はこの議論に

(面白いものだ)

 という感想を持っていた。


「しかし、イギリスとの関係が深い松岡君が対英戦を唱え、

 ドイツ研究の第一人者、秋丸中佐がドイツに肩入れするなというのは面白いものだね」

 岸、東條と同様の感想を持った者が口にする。


「いえ、私は手を組むならイギリスしか無いと考えています」

 松岡がそう言うと

「自分もドイツよりはイギリスだと考えます」

 秋丸中佐が続く。

「じゃあ、今までの議論は何だったんだ?」

「組んだ後の話です。

 イギリスは強力な味方になりますが、その分見返りも大きい。

 大英帝国という世界帝国の一部に組み込まれるかもしれません。

 それは益も大きいですが、自主性と誇りが失われます。

 商工業の責任者の立場から言うと、イギリスの言いなりの価格や量しか資源を得られず、産業の根源を他国に握られる事になるのです。

 そうなる危険性を訴え、過信は禁物という話をしています」

「自分は松岡次官とは逆に、経済面からドイツの勝利はあり得ないと言っています。

 イギリスが黙って負け続けても、数年経たずにドイツの資源は枯渇します。

 ドイツの兵器が高性能なだけに、より資源の消費が大きいのです。

 短期決戦で勝つには兵力が必要でしたが、ソ連との戦争でそれを無駄にしたのです」

「では、両名とも短期的にはイギリスと組むべきだと言うのだね」

 松岡と秋丸は共に頷いた。


 こうして事前協議では対英傾斜と決まったのだが、それはあっさりと覆る。

 まさに

「今までの議論は何だったんだ?」

 と言った感じに。


 秋丸中佐も松岡も、基本的な部分で

「背後にソ連の軍事的脅威を抱えている」

 という部分では一致していた。

 故に、必ず負けるドイツに肩入れして前後を敵に挟まれる事態を避けたいという思いがあった。

 これを覆したのが東郷茂徳外相である。


「ソ連との戦争は無い。

 ソ連は中立条約延長を申し入れて来た。

 少なくとも7年は平和が維持される。

 確かに日本がドイツを見捨てれば、ドイツは数年で敗北するだろう。

 だが日本が亜細亜を解放し、その資源をドイツに売れば、

 ドイツは勝つし、その際に貢献大の日本に感謝をするだろう。

 また松岡次官の言う大英帝国の一部に組み込まれる事も防げる。

 ドイツは欧州第一の国だから、亜細亜の事に口出しはして来ない。

 ドイツを中心とした欧州、日本を中心とした亜細亜、そしてソ連の三極鼎立が良いのではないか」


 外務省は任国にとかく寄り添い過ぎる。

 ソ連から中立条約更新の手続きを始めて欲しいと言われた事で、喜んで本国に希望混じりの報告をしていた。

 駐ドイツの外交官も、ドイツが意図的に優遇していた事から徹底した親ドイツ派となり、ヒトラーの人種蔑視を相当に甘く見た、或いは見ないふりをした。

 そんな者たちからの報告を元に外務省では方針を考えている。

 秋丸機関から派遣された駐在武官が、日本大使館に居る身内にも漏らさず、焦って帰国して直接ドイツの危機を報告しようとしたのは、こういう事情に由る。

 更に総理大臣も勤めた海軍左派の重鎮・米内光政が親露派であった。

 山本、井上が死んだ後、この元総理はこれ以上の身内のテロに脅かされないよう大事に扱われ、それ故に意見も尊重されるようになる。

 さらに陸軍の中で、亜細亜主義者にかぶれた南進論を説く者が勢いを増す。

 こういった勢力が、事前会議での対英傾斜を知らされ、政治的に動き出した。

 海軍は陸軍の言う事に反対であり、更に米内光政がソ連と戦う意味は無いと言った事もあり、より強大なイギリスと南方で艦隊戦を行う戦略に切り替えた。

 陸軍若手将校は、上層部が対英傾斜と知ると、関係の深い政治家の所に押し寄せ、ドイツとの同盟強化と亜細亜解放を訴える。


 こうして事前会議とは全く異なる、対英戦を主張する者たちが御前会議に少なからず参加するというおかしな事態となった。

ある意味、途中まではcase1と似た状況が続くので、同じ文章コピペが分かると思います。

分岐したてのすぐは、他とそれ程かけ離れた状況にはなりませんからね。

なので、コピペで稼げる話数分はサクサク進めます。

次話は18時にアップします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ああ、少しずつ不穏な方向に進んで行きますねえ。 このルートの結果がどうなるのかすごく楽しみです。
[一言] 先のルートを読み終えた後だから余計にそう思うのか、このルートの日本って滅亡以外の道は無さそうな。 戦前の日本って東南アジアにあまりにも幻想抱いて居て更に救いようが無いほど独善的。そもそも八紘…
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