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熱戦!講和会議

「ふ」号作戦発動前、帝都宮城。

「風船爆弾にて細菌戦を行う所存」

東条英機がそのように奏上すると天皇は首を横に振った。

「そのような戦法は決して我が国が使うべきではない。

 一都市、一国を滅亡させるような武器を我が国が使ったとあらば、永遠に歴史に汚名を残す事にならん。

 人道上からも断じて使用を禁ずる」

東條は陪席の書記官に言う。

「今の陛下のお言葉、しかと記録しておくように。

 陛下は都市を滅亡させるような兵器の使用に反対をされたと。

 証拠として残るようにな」


東條は覚悟を決めていた。

自分が汚名を被ればそれで良い、と。

そんな東條に報告が入る。

『風船爆弾が上空に到達すると、搭載した細菌は全て死滅するので、細菌戦なんて出来ません』

「ドイツは占領国から撤退し、領土を1939年以前のものに戻せ」

「イギリスはドイツの覇権を認め、現国境を承認せよ」

「我が要求聞き入れられざれば、帰国する」

「戦争を続行するが、それでよろしいな?」

 初日のチャーチルとヒトラーの応酬以降、2人は顔を合わせていない。

 それが外交テクニックである。

 仲介の日本がオロオロして、「利害調整出来ていたのに」と泣きそうになっているが、一旦席を蹴って怒っているとアピールするのは、単なる技法の一つに過ぎない。

 チャーチルもヒトラーも、これくらい強硬的に出ないと、国内が納得しないのだ。

 その上で、外交官たちが細かい話について話し合っている。

 交渉の席まで引っ張って来た後、英独にとって日本は「実務交渉においては蚊帳の外」に置かれるものである。

 日本の残る仕事は、話が纏まった後に仲介者として条約の立会人となる事だけだ。


 英独の外交官は、両首脳が居ない席では愚痴をぶつけ合っている。

 双方とも御目付役が要るから暗号めいた会話となるが。

「コーディリアも大変ですな。

 リア王もあれではいけません」

「同感です。

 シェークスピアの話をするなら、私は『リチャード3世』を推しますね。

 味方が裏切らないとなると、傲慢さが酷くなるように思います」

 イギリス側の監視役は、こういう表現に慣れている為、リア王=ヒトラー、コーディリア=ドイツ外交関係者、リチャード3世=チャーチルというのは理解出来る。

 まあ、こういう場合は聞かなかった事にするのがマナーだろう。

 ドイツ側の監視役のナチス党員は、シェークスピアはよく知らない。

 外交のプロではない党員を付けたあたりにドイツの外交より軍事な思考が見て取れる。

 何を言ってるか分からないが、両方とのトップへの不平をぶつけているとは感じられる。

 だが、分からない以上は恍けられるから、睨むだけに留めた。


 この次の話は、ナチス党員でも理解出来た。

 敬愛する総統が愛するワーグナーの楽劇になぞらえた話だからだ。

「ところで、『ニーベルンゲンの歌』について話したいのですが。

 どうすればクリームヒルトは救われますかね?」

「欲を捨てれば、エッツェルの客将ヒルデブラントも彼女を殺しますまい」

 欲深きクリームヒルトが日本、フン族の王エッツェルがスターリンだろう。

 かつての麗しき乙女も大分強欲になってしまった。

 ジークフリートの遺産こと満州に拘り過ぎれば、ヒルデブラントとこジューコフに叩きのめされるのだろう。

 こんな感じで、首脳以外は割と紳士的に交渉をしている。


 そんな英独外交官が真剣にぶつかっているのは、インド問題である。

 インド解放戦線の持つ武器に、ドイツ製の短機関銃や小銃が多数有った。

 独ソ戦の戦場で拾ったものを商人が売っているだけだ、ドイツはそう恍けている。

 そんな事あるか!

 直ちにインドへの支援を中止せよ、イギリスはそうねじ込んでいた。

 ドイツ側は否定する。

 この辺は駆け引きである。

 自分たちの非を認めれば、それだけ相手が有利となる。

 ヨーロッパ問題は、ヒトラーが考える南方の生命線を認め、逆にパリ近郊やらベネルクスは解放、ただし従属的同盟締結とドイツを中心とした経済圏設立で大筋合意している。

 第一次世界大戦で負けたドイツが勝ったフランスに復讐を果たしたという、象徴的な意味があるパリの占領だが、逆に言えば今や象徴でしかない。

 経済圏としては捨てがたいものがあるが、極寒に変化する地域と予測されていて、維持していてもコストがかかるだけだ。

 フランス北部の対応は、フランス政府に任せよう。

 北アフリカも、今現在全く手がついていない以上、現所有者であるフランス、イタリア、イギリスのもので良い。

 ここを没収すると、イタリアはともかくフランスには凄まじい飢餓が発生するだろう。

 戦後を考えたら、フランスにも恩恵を与えた方が良い。

 と、この辺は大丈夫な為、あとはインド問題なのだ。

 イギリスは何としてもインドを再平定したい。

 ここまで問題がこじれた以上、インドにイギリス人を大量に移住させるのは諦めた。

 だが、インド周辺には中東、ビルマ、マレーといったイギリス影響圏がある。

 インドが不穏であれば、周辺地域にも波及するだろう。


 あと、イギリス外務省には、和平の話を纏める為にチャーチルに貸しを作りたいという思惑もあった。

 インド暴動は明確なチャーチルの失政である。

 あの時はああするしか無かった部分もあるが、内部で結束させない為の分裂工作は悪手だった。

 バラされたからこそ悪手になってしまったきらいはあるが、それでもチャーチルのインド蔑視が引き起こした厄介事と言える。

 これを無事に解決し、それを武器に強硬なチャーチルに和平を納得させる。

 チャーチルも振り上げた拳を下す為には、そういうものが欲しい。


 一方ドイツでは、ここで下手にイギリスに付け込む隙を与えたら、ヒトラーに粛清される危険がある。

 ただでさえ監視役に忠義に篤いナチス党員が貼り付いている。

 ここで引き下がる事も出来ない。

 激しい舌戦を繰り広げる。


 英独の外交戦は、同じ文化圏、同じ常識が通じる国同士のやり合いだ。

 日ソの外交戦はそうではない。

 一歩退けば十歩踏み込んで来る強欲な外交のソ連と、耐えるだけ耐えて爆発する癖がある外交下手の日本。

 日本は両国の違いと、それがもたらすすれ違いをイギリスに指摘されている為、安易に妥協せずブチ切れもせず、精一杯喋ってソ連に対抗する。


 日本だって弱腰じゃない、タフな交渉を出来ない事は無い。

 根室辺りの漁船は、割とソ連領海に入って拿捕されてしまう。

 この漁民を取り返しに行く日本の官僚は、海軍に言って駆逐艦を引き連れて交渉に臨む。

 ソ連側もそれに負けて、あっさりと漁民を解放する。

 相手に寄り添い過ぎる外務省以外は、結構こういう交渉が出来るのだ。


 そして松岡や池田は、段々とソ連との外交のコツが掴めて来た。

 こいつらが言う「帰る」とか「もうこれまでだ」は嘘である。

 そう言って揺さぶりを掛けて来るだけだ。

 一回外交で片を付けると決めたソ連は、相手を揺さぶる言葉をマシンガンのように言って来るが、それでいて実際にはテーブルを決して立たない。

 この辺、如何に強欲で「田舎者」と言われようが、ソ連、ひいてはロシアはヨーロッパの国である。

 会議から去った方が負けなのだ。

 日本が自ら国際連盟を去ったのと違い、ソ連は国際連盟から除名された。

 ブチ切れて席を立つのと、相手がブチ切れるまで居座る、そういう違いがある。

 だからソ連相手の交渉というのは精神を削られる。

 決して自分は退席しないまま、強気に要求を繰り返してくる。

 イラついて切れたら負け、相手の要求を飲んでも負け、こちらの要求は絶対に飲もうと歩み寄っては来ない。

 まともにやり合ったら精神を病みかねない。


「よし、爆弾を投下しよう」

 何度かの不毛な交渉の後、宿舎で松岡が池田に話す。

「また風船爆弾ですか?」

 池田は軍人や外交官ではないから細かい事は分からないが、相手の首都攻撃は何度もやるものではない。

 前回とて気を使って模擬弾を使ったのだから。

「違いますよ、もっと身近な爆弾です」

 そう言ってニヤリと笑う。

「松岡さん、何やるっちゅうんですか?

 まさか、会議場に爆発物持ち込むなんちゅう……」

「いやいや、そんな事をしたら会議決裂の口実を与えるだけです。

 それどころか英独からも見限られかねません」

「なら良いですがね。

 わしゃ本当に腹立って、腹立って、辛抱ならんのですがの。

 あいつらギャフンと言わせられるもんなんて、何ぞありますかね?」

 松岡は自策を話す。

 それを聞き、池田は思わず

「それ、マズいですって。

 じゃが、まああいつらに一泡吹かせるにゃ、それくらいやっちゃいますかの」

 と笑いを堪えながら頷いた。


 ある日の交渉の後、松岡はソ連側に酒宴を申し入れた。

 余りにも歩み寄りが無さ過ぎるから、親睦を深めましょうという理由である。

 ソ連側は、歩み寄る気は全く無いが、相手の酒宴を断る礼儀知らずではない。

……飲みたいだけかもしれんが。


「こちら、イギリスとの交渉で補佐を務めている宮澤君だ」

「宮澤です。

 どうして呼ばれたのか分かりませんが、御相伴に預かります」

 そして乾杯。

 恐ろしい速度で酒が進む。

 作り酒屋の息子・池田ですらキツイ火酒(ウォッカ)がグイグイ飲まれていく。


 そして爆弾が炸裂する。


(松岡さん、いつ宮澤の奴が酒乱だって知ったんですか?)

(駐日英大使が離任する時の送別会があり、彼にその時話した事を聞かせようとしてね。

 その時に誘ったんだが、まあ、なんというか……)

(分かりますのお。

 ありゃとんでもない)

(だから爆弾だった)

(あーあ、あのロシア人どもがドン引きしてる。

 しかも、ああも酔ってなんであいつは英語が流暢なんじゃろ?)

「まずい、もう止めないと」

「宮澤!

 落ち着け!

 お前、分かってるのか?

 それはソ連の首相だぞ!

 髭をむしるな!!!!」


 大失態の筈だが、宮澤は強制帰国にはならない。

「いやあ、とんでもない事をしてくれましたな」

 次の会合で、ソ連側が早速苦情を入れて来る。

 酒の席での揉め事は、とりあえず不問となる。

 ロシア人が酒の失敗について一々咎めたら大変な事になるからでもある。

 これを理由に交渉を打ち切りこそしないが、怒っているのだと示す必要はあった。

「ええ、申し訳ございません。

 どうです?

 この埋め合わせに、また今晩も飲みませんか?

 交渉が進まないようなら、何度でも親睦を深めませんとね」

(このオッサン、大したタマじゃ。

 ソ連が決して交渉を打ち切らんのを逆手に取って、とんでもない嫌がらせをしよる)

 池田は冴えない風采の松岡が、大胆な交渉をするのを見て思わず舌を巻いた。

「いや、結構です。

 もっときちんと交渉を行いましょう。

 親睦会はもう十分です」

「これは椿油といって、毛先の手入れには良いものです。

 整髪料として持って来たのですが、スターリン閣下に進呈します」

「いや、結構……」

 ソ連は、前よりは多少歩み寄って来るようになった。

 親睦が深まっていない、という理由を相手に与えない為だろうか。

 だが、それでも強硬な交渉相手である事には変わらない。


 日本は、突っ張るだけ突っ張って、一気に引く作戦である。

 しかし、それで相手が下がらねば、引いた分だけただの損だ。

 なんとか相手が「もうこの辺にしとこう」という線まで粘らねばなるまい。




 そのきっかけは、別な会議の方からやって来た。

 酒宴の後、本来の英独交渉の仲介の方に戻された宮澤は、見事な裏切り行為を目撃する。

 ドイツ側外交団が、インド問題で落としどころを作った。

「あれはソ連がやってる事だ。

 そういう事にして欲しい。

 我々はあくまでもソ連に武器輸出をしているだけだ。

 実際にインドに武器を送っているのは我々ではない。

 そうだろう?

 インドと国境が近いのはソ連なのだから」

 イギリスもその落としどころを受け容れた。

「ドイツ側の主張を認める。

 連合王国はドイツの責任を問わない」

「そうか。

 では、インドで生産された食糧の輸入については?」

「確かに売ると約束しよう。

 安くはせんがな。

 その代わり、ソ連への武器輸出は……」

「もちろん停止する。

 そしてドイツ第三帝国はイギリスのアジア支配を承認する」

「よし、決まったな。

 あとは首脳会談となる。

 総統閣下によろしく伝えて欲しい」

「で、ソ連の方はどうする?」

「貴国の知った事ではないが、一応言うと、我が国は極東に番犬を飼っていてな」

「それは奇遇だ。

 我が国も極東に剣を置いてある。

 それを利用するのだな」

「そういう事だ」


 かくしてイギリスはソ連に裏から

「インド解放戦線への肩入れを中止せよ。

 武器輸出は一切認めない。

 それが受け入れられない時は、極東において全面的に日本を支援する」

 と伝えた。


 スターリンは、宮沢にむしられ、赤くなった髭の跡を摩りながら、苦虫を嚙み潰したような顔で言う。

「イギリスまで敵に回すのはまだ早い。

 そろそろ潮時だ。

 日本側と話をまとめろ」


 交渉は大詰めを迎える。

おまけ:

ドイツではナチス党員がとある研究機関に文句を言っていた。

「日本は安上がりな方法で大陸間攻撃兵器を作り上げた。

 諸君たちは高額な予算を使いながら、せいぜいロンドンに届くのがやっとの兵器しか作れない。

 大西洋からモスクワを攻撃した日本に比べ恥ずかしいとは思わんのか!」

そう言われたV2ロケット開発者のヴェルナー・フォン・ブラウンは思った。

(そんな事言ったって、こっちは兵器開発隠れ蓑に月目指しているんだから。

 風上に飛ばせない風船なんかと一緒にして欲しくねえわ)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 重厚な外交交渉を味わえました!
[一言] 日本ってなんやかんだで史実で本土からの米本土爆撃成功させちゃってますからね 北海周辺なら大量に飛ばせば今でもいくらかはモスクワ辺りに届くんじゃないですかね そしてここはアメリカ消失によりジ…
[気になる点] いやその前の >「風船爆弾にて細菌戦を行う所存」 部分で日本からソ連に飛ばすのは無理なんじゃと思ったのです 満州からでもモスクワには無理ですよね
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