表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/128

日本国内の意見不統一問題

※森コンツェルン

実業家の森矗昶が創始したアルミニウム生産などの電気化学工業中心の企業集団。

昭和電工、日本冶金工業、昭和炭酸、東信電気(後に東京電力と改名)等が属する。

大日本化学工業株式会社は、遥か後年、オリンピック選手村で世界を唸らせる冷凍餃子を送り出す事になる。

「満州は日本の生命線である。

 政府はよもや、ソ連に割譲して屈辱的な講和を締結するつもりでは無いだろうな?」

 議会でこのように吠えているのは、政友会議員の河野一郎である。

 この質問を本当にしたいのは、河野が推す鳩山一郎なのだが、彼は敢えて表に立たない。

 だから河野が鉄砲玉を引き受けた。


「野党としては、政府のやる事に反対である」

 というこれまでの日本の二大政党だが、今はトップの鳩山が弾劾すべき時ではない。

 政友会も、意図的に流出された今後の気候変動予測を見ていた。

 北半球が危機的状況にある、故にソ連による攻勢が激しさを増す、だから焦っている今なら餌を与えれば交渉の席に着くだろう、そこまでは理解出来た。

 理解出来たが、政府の方針に従うかどうかは別問題である。

 野党として、政党としては別の方針を打ち出したい。

 しかし、まだそれが分からない。

 分からないが、対案も無いからという理由で勝手に進められたら、政党人としては面白くない。

 だから、原理原則論を大声でまくし立て、政府の邪魔をする者が必要だ。

 鳩山が出ていくのは、妙案が出来た時になる。


 一方、政府というか終戦工作に積極的な政党政治家も居た。

 三木武夫である。

 三木武夫の妻は軍需産業で発展した森コンツェルン総帥の次女であり、その縁もあり三木は軍需省の参事官をしていた。

 三木は最初期ではないが、それでも早い内に松岡次官から対ソ講和と、その仲介をイギリスに頼む代わりに日本が英独講和を仲介し、世界大戦を終わらせるという事を打ち明けられていた。

 彼は感動する。

 三木という政治家の国防意識は、戦争はすべきではないが、だからと言って弱腰はいかんというものである。

 アメリカ合衆国消滅以前、日米が緊張していた時期でも日米友好を訴え、日本滞在中にアメリカ合衆国が消滅した為に帰国出来なくなった留学生を保護したりしている。

 その一方で森コンツェルンの婿として、軍需産業の振興に関わる。

 こんな感じで、強硬過ぎないし盲目的平和論者でもないし、現実的である為国防部分では大きな問題は無い。

 三木は筋道の通っていない事を嫌う。

 汚職、金権政治を嫌う。

 議会を無視した強引なやり方を徹底的に追及する。

 故に、早期に彼に話をしていたのは正解と言えた。

 軍需省の参事官という立場だから、次官の松岡としては話を通す相手であり、当たり前と言えば当たり前ではある。

 だが仮に、三木の知らない所で内容が確定し、あとは議会を通過させれば良いだけ、みたいに進めてしまったなら、彼は強力な敵対者となっていただろう。

 無論、松岡と三木とで意見が合わない部分もある。

 松岡は正直、アジアを切り捨てている。

 これから資源確保とか様々な難局が待っている中、国家運営をした事もない、教育もこれからの現地人に資源地帯を任せられないという考えだ。

 それなら、植民地統治をイギリスやオランダ、フランスに任せていた方が安定する。

 一方三木は、その思想に協調主義(コーポラティズム)がある。

「国民、社会、国家それら共同体は相互に協調し合って、一体の身体のように生きていくべきだ」

 というものである。

 議会重視で筋道の通らないやり方を嫌うのも、この協調し合いの精神に悖るからだ。

 この考え方は、困った時だから利己に走らず、皆で資源を分け合おうという統制経済は受け入れやすい。

 極端な話、共産主義もファシズムも、国家とか労働組合とかの共同体重視という部分で協調主義(コーポラティズム)の一形態とも言える。

 それ故、日英独ソ均衡、それぞれが協調し合っての平和実現という部分は受け容れる。

 三木はそれ以上に進んで「世界はもっと多くの国の協調で成り立つもの」で、ドイツやソ連が他国を侵略している状態はそれを侵すものであり、更に言えば欧州の植民地支配も認められないとする。

 アジア各地も独立し、それを日本が手助けする形で亜細亜共同体とすれば、協調によって彼等もやっていけると信じている。

 この理想と、彼の政治家の部分が持つ現実主義が折り合って、松岡のアジア切り捨て路線を攻める時は攻め、妥協案を出したりして筋道を通す。

 結局今必要なのは戦争を終わらせる事で、英独ソは氷河期対策、日本は資源問題を切り抜ける事が重要、その後の事には枠を嵌めない、将来的にはアジアの独立支援や国家運営への協調も否定しないよう三木の意見を呑んだ。

 これにより三木軍需省参事官は、この路線の積極的な支持者として国会で論戦を引き受ける。


 国会の事は良いが、最大の問題は軍部と国民である。

 軍部でも上層部は、ソ連との戦争の深刻さを徐々に理解しているから、まだ話がしやすい。

 予測より早くソ連が主力を東シベリアに展開している。

 沿海州を切り捨て、シベリア鉄道の往復間隔を短くする事は、支線の活用で参謀本部も関東軍も想定が狂ってしまい、次の手を考えている。

 ソ連戦で重要なのは、東は日本、西はドイツで協調し、ソ連軍を纏めさせない事だ。

 独ソ戦で一番ソ連が有難がったのは、ゾルゲの諜報で「関東軍は独ソ戦に介入しない」と分かった事である。

 これによりソ連は、極東の兵力も全てドイツとの戦争に投入出来た。

 逆に今は、ドイツが不介入を決め込んでいる為、ソ連はヨーロッパの兵力も極東に回せる。

 ここはドイツに、またソ連の背後を脅かすような立場でいて欲しい。

 となると、英独の戦争でドイツに負けて貰っては困る。

 だが、秋丸機関という陸軍内のシンクタンクはドイツ必敗を導き出した。

 ここは日本の為にも英独を和睦させ、ドイツ健在の状態でソ連と講和するのが得策だ。


 しかし、軍部の若手にはこんな理屈は通らない。

 満州は正に自分たちが今戦っている場所で、既に交渉の対価として引き渡すのであれば、何の為の戦争なのか分からない。

 正義の為にも、兵士や戦友の死を無駄にしない為にも、断固戦い抜くべきだ!

 戦争を終わらせる方針は政府が決めるもので、我々がすべき事ではない。

 ただし政府の終戦は、我々が認められるものでなければならん。

 そうでないなら、その首を物理的に挿げ替えてやるぞ。


 この若手将校の猛々しさには、統制派の東條ですら手を焼いている。

 彼等は都合の良い時は「石原閣下の真似をしただけだ」と言い、肝心の石原の「上層部の統制に従うべきである」という意見には耳を貸さない。

 これと国民がそっくりである。

 まあ、国民から徴兵された兵士と常に接している為、中佐以下の将校は国民と近くなってしまう。

「大国日本、神国日本が負ける事など無い。

 勝って豊かになるのだ」




「国民なら何とか出来ますぜ」

 田中角栄がそう話した。

「どうやって?」

 一介の土建会社社長に……と言いそうになったが、数年接してこの男もある種の異能者であると感じていた松岡は、否定せずに方法を聞く事にした。

「お忘れですか?

 俺は新聞社の社長もやってんですよ」

 田中角栄は、昭和十八年に暴漢に家に押し入られた事があった。

 その後、自分たちの政策も間違っていないと、一方的に悪者にされないよう、言論対策で新聞社を一個買収していたのだ。

 その後、五・二六事件をきっかけに新聞社への統制が強まり、経済派への風当たりは弱くなった。

 だがそれは過激な右翼思想を垂れ流さなくなった、国の代弁者として紙面を書くというもので、経済派が考える一般からしたら難解な論説を発表する場ではない。

 その事を松岡が指摘すると、田中は

「まあ、任せて下さい。

 新聞社も仲間内の会合みたいなのがありましてね。

 政府が代表幹事を決め、その仕切りで取材させるよう決めたのも効いてます。

 まずは俺に任せて下さいよ」


 そうして田中に任せた数日後、彼はとんでもない事を言ってくる。

「これを政府発表して貰えませんかね」

 内容は、かつてのチャーチル演説を更に先に進めた最新の情報と、国際情勢の分析である。

 要は政府高官が知り得ていれば良いとされる情報。

 こんなものを国民に向けて発表しろ、と?

 それ以上に、既にこれを記事として出す予定だから、それを本当にする為に政府に公式発表とか、順番が逆な事を言って来ている。


「俺は学が無いんですよ。

 だから難しい事言われても分からない。

 その一方で、学が無い者の気分は分かるんですよ。

 エライ人が言えば、何となく信じたくなる。

 だから、平易な分かりやすい文章に落とすのは俺たちがしますんで、

 政府にはそれっぽく言って貰いたいんです」

 以前、東條に「越権行為だ!」と怒鳴られた事がある松岡だが、その彼から見ても

(政府に新聞の業界団体が指示を出すとか、有って良いのか?)

 と思うものだった。


「ちょっと考えさせて欲しい。

 私だけじゃ無理だ。

 岸さんにも相談しないと」

「やってくれるのを期待してますぜ、大将!」

 田中はそう言って去っていった。

「いやあ、新聞記者とかは、今まで付き合ってた人たちとはまた別種の生き物ですな。

 話つけんの大変でしたよ」

 利害が対立する新聞社を纏めた手腕といい、ゴロツキみたいなのもいる記者も口説き落とした人たらしの才といい、やはり田中角栄という若者は異能者だ。

 こんなのが、誘ってもいないのに、自ら近づいて来てくれたのは近年にない幸運だ。


 岸も松岡から田中角栄という若造が提案した話を聞いて、最初は不愉快そうな表情になる。

 岸からしても、順番が逆で秩序を乱すようなものと思えたからだ。

 だが、

「僕が説得してみます。

 やらないと始まらないんでショ?」

 そう言って、提案を承認した。

 非常事態だから、というのではない。

 岸には何か別の思惑があるようだ。


 そして僅かな期間で、第二回東久邇宮談話がラジオ放送された。

 難しい口調の発表が、即日号外となり、平易な解説付きで全国民に無料で配布される。


『欧州の氷河期への進行は、当初の予測よりも相当に早い。

 十年持たないだろう。

 その十年は準備期間ではない。

 もう今からやるべき事をしないと、十年後には欧州の人類は死滅する。

 そして、ヒトラー総統もスターリン首相も、そのすべき事を始めている。

 ドイツは南下、ソ連は極東への侵攻だ。

 日本はこのソ連の侵攻を受け止める立場である。

 しかし、早くしないと国民が死滅するソ連は必死である。

 きっと日本が勝っても、戦争をやめないだろう。

 日本は既に満州事変以来十四年戦い続けている。

 この先の十年も、ソ連が滅びるまで戦い続けるか?

 実はソ連は、食糧問題を解決出来れば戦争を止める事が出来る。

 ドイツも同様だ。

 国民に問う。

 この先十年、歯を食いしばって、生きる為に必死のソ連と、どちらかが滅びるまで戦い続けるか?

 それとも戦争を一時的にでもやめて、世界規模での立て直しを行うか?

 最後に、北米大陸消滅の影響は我々が思っていた以上に大きかった事を国民の皆に告げる。

 そして、今が異変の終わりではない。

 まだ始まったばかりなのだ、と』


 国民の意見は割れた。

 十年で勝てる、ソ連を滅亡させられるのなら戦うべきだ、という者も当然いる。

 こんな事は分かっている(本当か?)が、それでも国民の血で勝ち得た満州は維持せよ、ソ連とは戦え、という者もいる。

 だが、次第に「凄く納得し難いし、政府は倒れろ!と思うが、こういう状況なら仕方ないんじゃないか」という意見が主流になり始めた。

 最後の一文、「俺たちの異変はまだ始まったばかりだ!」は田中角栄が入れさせたものとされる。

 国民にしても、まだこの先異変が続くのか、と思うと戦争をしている場合ではないと考え直したようだ。

 相手がソ連なら軍事力でどうにか出来る、かもしれない。

 しかし相手が気象なら、軍事力で対抗など出来ない。

 不満はあるが、任せるから、この先ちゃんとやっていけよ、という国民感情となった。

 田中角栄は「計算通り」と悪い表情でニヤけていた。


 だが、これでもまだ反対派は残る。

 軍部若手将校と、軍部と結託した政治家である。

 まだ内を纏める戦いが続く。

おまけ:

「満州は日本の生命線」

満州国の1931年から1932年にかけての鉄の生産量は100万トン

遼寧にボーキサイト

石炭は1941年には2000万トンを産出

ガソリンを1941年には100万トン精製


捨てろというのに反対が出ても、あながち間違いではない。

産業上極めて重要。

野党の反対も、ただ感情的なものではない。

(ただし与党になった時に、自分たちが「満州放棄やむなし」という結論に至りそうなのがなんとも……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ほんま感情ばかりで動く若手将校はさぁ···(クソデカ溜息) やってることがガキなんだよな。反対意見を唱えるなら、まず知識と情報を仕入れろという話だ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ