(解説)塩分濃度、気流、熱循環の話
解説回
北米大陸が健在だった時の話である。
赤道付近の海水は、強力な日射によって蒸発する。
その水蒸気は、低緯度では東から西に移動する。
少し緯度の高い海域では、逆に西から東に吹く風に乗って移動する。
大西洋赤道海域で蒸発した水蒸気は、パナマ付近を越えて太平洋に到達する。
太平洋低~中緯度の水蒸気を多分に含む空気は、東に向かうが、そこで巨大な壁に当たる。
ロッキー山脈である。
ここで上昇し、冷やされた空気は雨として水分を放出する。
それは太平洋に流れ込む。
結果、大西洋から水蒸気を供給され、自身の水蒸気は雨として戻って来る太平洋に比べ、
常に蒸発しては太平洋に水分を持っていく大西洋の塩分濃度は高い。
僅かな塩分濃度の差である。
しかし、その僅かな差が海流に影響する。
僅かに塩分濃度が濃い海水は、薄い海水の下に潜り込む。
この沈降によって、地球規模の海流循環が動いていた。
北米大陸が、具体的にはロッキー山脈が無くなった世界ではどうなるだろう?
アフリカ沖で蒸発した水分がアジア側に運ばれるのは今まで通りだ。
しかし、太平洋中緯度までで蒸発した水蒸気は、山脈に遮られる事無く、大西洋に移動する。
北太平洋と北大西洋の塩分濃度は均一になろうとしていた。
だが、海水の循環は千年規模のものである。
今すぐに始まったとしても、完全に同じ濃度に混ざり合うまでには時間がかかる。
反応が早いのは表層海流と空気である。
アフリカ沖の温かい海水は、コリオリの力によってアジア側に移動する。
その海水は、パプアニューギニアの辺りで2つに分かれる。
1つはインド洋の方に流れる。
もう1つはユーラシア大陸の縁に沿って北上する。
それが日本沖を流れる黒潮の元となる。
黒潮はオホーツク海の方にまでたどり着く。
ここで塩分濃度は薄まる。
多数の河川から流れる淡水が入り込むからだ。
この塩分濃度の薄い海水はカムチャツカ半島沖を北上し、北極海に入る。
河川の流入や北極からの寒流の影響もあって、冷えた海水は北極海をヨーロッパ方面に移動する。
そしてグリーンランドの北方に達する。
ここで海水は、グリーンランド西岸を南下するもの(西グリーンランド海流)、グリーンランド東岸を南下するもの(ノルウェー海流)、そしてユーラシア北方に到達するもの(環北極海流)とに分かれる。
3つとも寒流である。
かつて北米大陸にぶつかって高緯度まで来ていた暖流は無い。
ノルウェー沖は異常に冷たい海水域となる。
そして、西グリーンランド海流とノルウェー海流がぶつかる北海は、海流が乱れる難所となった。
これに大気循環モデルを合わせてみる。
太平洋の温かく湿った空気は、遮られる事無くヨーロッパ、アフリカに運ばれる。
この地域の中緯度は北アフリカ、地中海となる。
ここで雲を発生させるような高い山脈は無い為、雨は降らないが、異常な湿気を持つ気候となる。
雨こそ降らないが、砂漠は植物の生育が可能となる。
だが、これが悪影響となる作物もある。
エジプトの小麦や大豆は、湿度に弱いのだ。
この湿った空気が雨となる地域がある。
アルプス山脈にぶつかった場所だ。
アルプス山脈の南側、南イタリアやバルカン半島西岸は湿潤となる。
もっと北ではどうなるか。
暖流の勢いが強く、中~高緯度まで熱帯低気圧が到達する。
この雨雲も、偏西風・ジェット気流で遠くヨーロッパに運ばれる。
しかし、アルプス山脈以北には、やはり雨を降らす高い山脈は無い。
水蒸気を含む空気はヨーロッパ深く進入する。
そこに、北極海からの寒気がやって来る。
塩分濃度の薄い海流に、さらにロシア各地の河川から淡水が供給される。
これが海氷となる。
海氷は太陽光を反射し、さらに寒冷化を進める。
この冷えた空気塊は、東では弱い。
温暖化した太平洋の空気に、特に夏場は押されてしまう。
この冷たい空気と海洋性の湿った空気がぶつかり、雨を降らせる。
ポーランドからロシアのモスクワ辺りにかけて、ずっと雨が降り続く一帯が出来てしまう。
この地域は寒い。
春から夏にかけて、日本で言う梅雨のような状態が続く。
短い夏が過ぎ、秋から冬にかけて、また梅雨のような状態が戻って来る。
そして冬は大陸性の寒気に覆われ、しかも暖流の影響が無くなった為、異常に冷える。
東欧も穀倉地帯である。
しかし、気候が変わり、長雨ばかりになると不作となる。
ライ麦は多雨には弱い。
南半球では「吠える40度、狂う50度、絶叫する60度」という言葉がある。
北半球に比べ海洋面積が多い南半球では、風が減衰せずに吹き付ける。
広大になった北太平洋と北大西洋と元北米海、これを合わせた「北大海洋」では、この「吠える40度、狂う50度、絶叫する60度」の若干弱い版が起こるようになる。
北緯40度、マドリッドからアンカラにかけては湿った強風が吹く。
北緯50度、英仏海峡、アルデンヌ、フランクフルト、プラハと結ぶ辺りは上空を凄まじい気流が吹き荒れ、特に風上に位置するイギリスは航空攻撃に対して要塞化した。
この強風圏は、気象は変われど地形は変わらぬヨーロッパにおいて、戦場としては重要な地となる。
北緯60度、グリーンランド南端からオスロ、そしてバルト海に走るこの緯度を走る風は、2千メートル級のスカンジナビア山脈に一旦遮られる。
ここで冷たい雨を降らせ、海流を更に冷たくする。
そして乾いた冷たい風が吹きつける。
南半球よりはマシだが、北大海洋の誕生で高緯度地域は常に荒れるようになった。
どうやら北米大陸消滅の影響は、その東側の方が大きいようだ。
西側はどうだろう?
やはり広大な太平洋がクッションになっているのと、東アジアには強力な守り神が在った。
ヒマラヤ山脈と季節風である。
多少水温の上がったインド洋からの風も、やはり8千メートル級の山々で遮られ、冷やされ、そして上昇気流が強くなった分だけ季節風も強くなって、中国南方から日本にかけて吹き付ける。
これが温暖化して強烈になった台風の直撃や、凶悪な熱気の塊が上空に滞留を防ぎ、常に天気の変化をもたらす。
確かに暑くなった。
雨も多くなった。
だが、熱気も寒気も長期間同じ場所に留まらない、そういう風の加護を受けているというのは僥倖であろう。
暖流の影響も、大陸深くまでは及ばない。
シベリア気団によって冷やされた空気や、その大地を流れるアムール川の水や、河口で出来る氷が、熱くなった黒潮を冷やす。
暖流と寒流のぶつかる潮目は、三陸沖から北海道沖、千島列島一帯に北上した。
この温暖化が恩恵をもたらしたもの、それは稲作である。
日本において、青年将校・下士官が度々決起したのは、東北地方の冷害で破産する農家が多く、そこから来た兵士たちに同情しての事だった。
それが緩和される。
また、日本海の温度も上昇し、その分冬の豪雪も酷くなる。
だが豪雪は雪解け水を大量に作り、これも稲作にはプラスに働く。
北方・乾燥地の作物である小麦に対し、南方・湿地の作物である米が栽培されていたのも幸運だったかもしれない。
こういった影響は、1940年には微々たるものだったが、次第に強まっていく。
真っ先に影響を受けたのは、強くなった偏西風の影響を受けたドイツ空軍のパイロットだったかもしれない。
向かい風の中、いつもより僅かだが燃料消費が多くなる。
ただでさえ航続距離の短いドイツ戦闘機は、更に滞空時間が短くなり、爆撃機の犠牲を増やした。
一方のイギリスパイロットも、大きな翼で抜群の空戦性能を持つスピットファイア戦闘機が、度々強い気流に翻弄されるという報告を上げている。
なお、これに対しイギリスは、気流に負けない強力な回転のエンジンを搭載し、その強力なトルクによって操縦性が実にピーキーな機体を開発するという英国面を見せるのであった。
海流・気流・気団・水蒸気・海水の塩分濃度についての説明です。
生物学的、地政学、資源確保についてはまた後の回です。
(影響が出るのが遅れる、調査が後になるものもありますので)