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イルクーツク空襲

※零式艦上戦闘機型式別航続距離:

一一/二一型:全速30分+2,530 km(増槽あり)/全速30分+1,433 km(正規)

三二型:全速30分+2,134km(増槽あり)/全速30分+1,052km(正規)

→三二型ではイルクーツク往復不可能

 イルクーツクはバイカル湖の南に位置する。

 この辺りは、極東の温暖化の影響は受けていない。

 ヨーロッパの寒冷化の影響というより、普通に寒い。

 イルクーツクの北のヤクート・ソビエト社会主義自治共和国は、北米大陸消滅前から南極の次に極寒の地域として知られている。

 北極振動という、北極からの寒気が入り込みやすくなれば「より寒くなる」だけで、この地は普段から寒い。


 そんな地だが、ノヴォシビルスクと並びシベリアの重要都市である。

 シベリア鉄道はノヴォシビルスクを拠点として建設が進み、イルクーツクまでは無難に敷設出来た。

 イルクーツクからハバロフスクまで線路を作る過程で、バイカル湖南岸の山岳地帯で難工事となり、予定より工期を大幅に遅れさせた。

 このバイカル湖南岸とオビ川鉄橋が中央シベリアにおける急所と言えるだろう。


 2つの内、オビ川鉄橋は日本軍の手が届かない。

 斉斉哈爾からは約3000km離れている。

 零戦の航続距離を持ってしても片道飛行となる。

 まあ、日本海軍には片道飛行の後で体当たりで鉄橋を攻撃する、非人道的な奇策を考えかねない参謀も居るが。

 イルクーツクまでが限界であった。


 日本は、イルクーツクに関する情報は持っている。

 第一次世界大戦前後のシベリア出兵で、日本軍はイルクーツクまでを占領した事がある。

 日本における右翼民族主義者が、ソ連に対し楽観的な事を言っていたのは、混乱期とはいえイルクーツクまで攻略出来た過去の実績があったからでもある。

 20年以上前の事ではあるが、全く知らない場所ではない。

 その知見から、イルクーツクの都市部とバイカル湖南岸のスリュジャンカが攻撃目標に選定された。


 目標は定まった。

 だが、どちらも斉斉哈爾から1500km以上離れた場所な事は変えようも無い。

 零戦の航続距離でも、単に往復するだけで、戦闘はほぼ無理だろう。

 出来て数分だけである。

 そこで零戦の航続距離延長処理が行われる。


 アメリカ合衆国消滅と日英同盟により、零戦は競い合う相手を失ってしまった。

 速度600km以上の戦闘機がざらに存在する中、零戦は「艦載機としては高性能だね」に留まってしまった。

 ただし、それは速度・上昇力・武装に限った話である。

 この戦闘機の真価は、長大な行動時間もしくは航続距離にある。

 それを世界のどこも気づいていない。

 時代遅れの蔣介石軍の空軍を、最初期型の一一型が漢口から重慶への出動で撃破して以来、大きな戦果を挙げた後は目立たぬ存在となっていた。

 その後、空母に搭載可能とする為に翼端を折り畳める二一型、予定通り強化型エンジンに換装し、かつ日中戦争の戦訓から横転(ロール)性能を向上させた三二型、20mm機関砲を強化させた三二型甲と強化されて来た。

 新型の三二型は速度と上昇性能が上昇したものの、航続距離は低下している。

 その為、山本はイルクーツク空襲には旧型の一一型、二一型を使用する事を想定した。

 だが、用兵家の思う通りには現場はなっていない。

「イルクーツクまでは増槽が有るから十分に辿り着ける。

 しかし、そこで30分空戦したら、飛行可能なのは約1400km。

 100km程足りない。

 長官は数分の空戦なんて言っているが、そんなもので済む筈が無い。

 どうにかしないと……」

「まったく、長官は航空航空言う割に、現場の事を知らん……」

「搭乗員の疲労も大変だぞ。

 ヒロポン大量に用意しておけ」

(※当時は麻薬という認識がなく、覚醒剤(ヒロポン)は栄養剤感覚)


 奇襲とする為、試験飛行とかも出来ない。

 海軍では科学的見地からと、根性論的見地から、ぶっつけ本番用に航続距離延長措置を行う。

 海軍の気象関係の観測から、

「西に向かうと向かい風で燃料を食う。

 だが、帰路は追い風となるから航続距離を稼げる」

「下地のジュラルミンが光って発見されやすくなるだろう」

「帰還の確率を上げる方が先決だな」

「ちょっといいかな?

 無線機だけど、故障多いし、手信号でどうとでもなるから、下してくれんか。

 長距離飛ぶとなれば、軽い方が良いだろ。

 俺たち搭乗員としても、軽快な方が使いやすいしな」

「アンテナも、アレ空気抵抗増すだろ」

「無線帰投装置も外そう」

「いっそ、ションベン弾の20mm砲も外してもらおうかな」


 ありとあらゆる手段で軽量化と航続距離延長が図られた。

 機関砲は、流石に攻撃力が低下し過ぎるとして、装弾数を半分にする事でお茶を濁した。

 搭乗員の訓練も進む。

 戦闘機の性能を明かす訳にはいかないが、流石にぶっつけ本番でイルクーツクまでの飛行は出来ない。

 航続距離4000kmの百式司令部偵察機を数度飛行させ、イルクーツクまでの飛行を試す。

 偵察機の飛ばし合いは両軍毎度の事であった。

 4000km程の長距離を飛行可能な機体は両軍に存在する。

 お互い上空を飛ばし、時々嫌がらせのように爆弾を投下する。

 だが、ソ連には固定観念があった。

 単座式単発戦闘機が1000kmを超えて飛来する事は無いというものである。

 大型の双発機が、空戦は度外視で単機侵入して強攻偵察を行う。

 だが、大型の双発機と言えども、編隊を組んで1000km以上離れた場所を攻撃はしない。

 爆撃機は単座式単発戦闘機に歯が立たない。

 爆撃機だけでやって来ても、迎撃機の餌食になるだけだ。

 そこで護衛戦闘機が必要になるが、ソ連が今まで戦って来た相手のドイツ空軍にも、1000kmを超える航続距離を持つ戦闘機とは、双発戦闘機だけであった。

 航続距離がそれという事は、往復+空戦で行動半径は数百kmという事になる。

 日本陸軍の戦闘機は1000kmを超える航続距離を持っているが、行動半径からすればやはり数百km。

 ソ連軍の後方の物資集積地を攻撃する九九式襲撃機の行動半径もそんなもので、ソ連軍は前線後方の戦術的な拠点しか攻撃を受けた事は無い。

 これまでの空戦は、前線を挟んで数百kmの範囲で行われていたのだった。


 故に百式司偵の飛来を見ても

「日本は一体何処から飛ばしたのだ?」

 と考えるくらいで、警戒は全くしなかった。

 飛来の目的を

「シベリア鉄道の運行状態を偵察していたのだろう」

 と評価した。

「まあ、分かったところでどうにもならんがな」

 相当後方に在るイルクーツクには大した戦力は配備されていない。

 前線に行く前の最後の休息地として、機関車の整備をしている最中に降車している兵士や、積み替えをしている物資は大量に在ったが、防空戦力はほとんど無かった。

 以前は多少有ったのだが、独ソ戦用に外されて使われ、元から少なかったものがほとんど無いに等しくなった。


 そういう事情も百式司偵の飛行で明らかになっていく。

 頻繁に飛ばすと目的を察知される為、目的地を変え、如何にもシベリア鉄道の運行状況を調べている風を装った。

 もっとも、確かにシベリア鉄道の運行も調べている。

 どうせなら。人や貨物を満載した列車が居る時に攻撃をしたいからだ。


 そしてついに作戦発動。

 イルクーツク空襲の「イ号作戦」は四式重爆60機、零戦46機で実施される。

 零戦は数は揃えたが、まずは確実さを求めて熟練搭乗員だけを出撃させる。

 それにイルクーツク上空の警戒は薄い為、戦闘機がそれ程必要とも考えられなかったからだ。


 まずは陸軍の襲撃機部隊による、前線付近の敵航空基地への攻撃から作戦は始まった。

 途中で迎撃されたら困る。

 せめて往復の間だけでも、戦闘機を発進不能にさせたい。

 敵機よりも滑走路を破壊する攻撃を加えられ、上がって来たソ連軍戦闘機も、四式戦闘機が返り討ちにする。

 ソ連軍の方が数は多い為、日本軍の攻撃は反復され、消耗も増していく。

 だが、とりあえず進路にある航空基地は壊滅させ、迎撃機を投入可能な範囲の航空基地または航空戦力に、当面は動けないだけの損害を与えた。

 そしてすぐにイルクーツク攻撃隊を発進させる。


 この出撃には、山本五十六連合艦隊司令長官自らが斉斉哈爾を訪れ、激励と見送りに当たる気合の入れようであった。


 そして百機を超える攻撃隊と、途中までの護衛を担当する陸軍戦闘機隊がソ連領内に進入する。

(随分大規模な空襲だな)

 ソ連軍は、辛うじて生き残った戦闘機を発進させ、迎撃に当たる。

 それと空戦を行う四式戦闘機隊。

(あいつらはどこに向かっているのだ?

 前線基地を通り過ぎる勢いだぞ)

 空で戦う者も、地上から見守る者も、西北西に飛び続ける日本軍の編隊を見て不思議に思う。


「分かった、シベリア鉄道を襲撃する気だ。

 直ちにイルクーツクに連絡しろ。

 列車を出すな、と。

 届くとも思えんが、予定より早く運行していて近くに居たら空襲を受ける。

 その場合、直ちに最寄りの駅に逃げ込むか、そこに停車して兵員を下しておかねばならん。

 何にしても鉄道運行を行うイルクーツクには報告を入れねば」

「同志指揮官!

 我が国で予定より遅れる事はあっても、予定より早まる事なんて有るのでしょうか?」

「誰か、こいつを最前線に送れ。

 銃は不要だ、落ちてたらそれを拾って使え!」


 かくしてイルクーツクに連絡が入り、兵員と物資を満載した列車はスリュジャンカ駅に止まり、そこを動かないようにした。


 4時間後、ソ連軍は信じられない物を目にする。

 その後何の連絡も無く、警戒を解除し、列車を進発させようとしていたその時、イルクーツクで今まで鳴った事が無かった空襲警報が鳴り響く。

 遠くから爆撃機が飛来した。

「連中の偵察はこの為だったのか!」

 僅かな高射砲が火を噴くが、当たらない。

 スリュジャンカ攻撃隊の31機の四式重爆は、ロシア帝国時代に難工事の末完成させた路線を爆撃する。

 イルクーツク攻撃隊の27機は、駅や倉庫近くに爆弾をばら撒く。

 車両を止めていたのは、後知恵で失敗と言えた。

 爆弾が命中し、破壊されてしまう。

 兵員は退避していて、戻れと言われても予定通りに戻らず、油を売っていたのが幸いした。

 人的被害は少なかったが、物資は炎上して損なわれてしまう。


 四式重爆は「重爆撃機」という割に爆弾搭載量は800kg程と攻撃力が低い。

 物資には多大な被害を与えたが、構造物への被害は大した事が無い。

 しばらくすれば修復可能だ。

 一番の目標だったバイカル湖南岸の線路だが、確かに使用不能にはした。

 しかし修復不可能な程の破壊はされていなく、1ヶ月もあれば復旧するだろう。

 幸い、強制労働させられる兵員は無事だったのだから。


 この空襲で、敵機が居ない事を知った零戦隊は、帰路も考えて増槽を捨てず、上空待機をした。

 故にこの空襲に単座式単発戦闘機が居た事を、まだソ連は気づいていない。

 見た者も居たが

「欺瞞情報を流すとは、貴様シベリア送りだ!」

「同志政治将校、ここが既にシベリアです」

「そうだった。

 では心の中のシベリア送りだ」

「同志政治将校、それは一体どこに存在するのですか?」

「考えるじゃない、感じるのだ。

 分かるだろう、皆まで言わせるな」

 と言った感じで信じられる事は無かった。


 かくしてある程度の戦果を挙げ、攻撃隊は往路で故障して引き返した3機を除く103機中、対空砲火に当たって帰路に墜落した1機と、途中のエンジントラブルで墜落した1機以外は無事に帰還した。

 戦果報告に沸く関東軍と連合艦隊。


 この博打的な成功が前例となる。

 イルクーツク空襲は、戦果大と言えども完全破壊には至らず。

 繰り返し攻撃する要アリとの結論であった。

 また、イルクーツクに限らず敵の注意を分散させる為、オトポールやタルスカヤ、そしてチタも空襲する。

 オトポールは国境付近であり、度々陸軍が空襲をしていた。

 タルスカヤは斉斉哈爾から約830km、チタは斉斉哈爾から約900km。

 行って行けない距離ではないが、陸軍三式戦闘機では限界ギリギリ、四式戦闘機が増槽付で何とかなる地点に在る。

 だが今回の成功で「断じて行えばきっと成功する」と陸海軍は刻み込んでしまった。

 故に、一回成功してハードルが下がったこの長距離空襲は、何度も繰り返される事になる。


 東シベリア航空消耗戦の始まりであった。

先にネタバラシ的になりますが(話の都合上バレても問題無いので)、

イルクーツクはシベリアの「経済上」重要な拠点ではありますが、

ここの「駅」を潰したらシベリア「鉄道」が完全麻痺ってポイントではありません。

重用な場所には間違い無いので日本軍は勘違いしてますが、

ソ連は幾らでも迂回出来ますので、そこのとこはツッコミ無用でお願いします。

(ただその迂回線を今すぐ作れるかと言ったら、それは別問題ですが)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 難工事のすえ未完成ってさすがロシア
[一言] ガダルカナルかな? いやでも陸上だから史実と違って上手くすれば結構パイロットは助かるか…?
[一言] 心の中のシベリア送りwww
感想一覧
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