シベリア鉄道破壊作戦
※シベリア鉄道路線(簡易版):
モスクワ→キーロフ→ノヴォシビルスク→イルクーツク→タルスカヤ→ハバロフスク→ウラジオストク
オトポール支線:
タルスカヤ→オトポール ---- 満州里←ここから東清鉄道(満洲国有鉄道)
満州を守る関東軍にとって、ソ連のシベリア鉄道を破壊する事で敵の輸送を止められる、それは戦前から分かっていた事である。
日本が分かっているように、ソ連もそれは分かっていた。
関東軍特種演習や虎頭要塞の建築を受けて、ソ連はウスリー河対岸のシベリア鉄道イマン鉄橋をソ満国境より15km迂回させる。
これを受けた日本は、射程50kmを誇る九〇式二十四糎列車加農砲を虎頭要塞に設置した。
ソ連軍第1極東戦線の準備が整わない開戦劈頭、この二十四糎砲が猛射を行い、イマン迂回線の鉄橋を破壊する。
物資集積が不十分なまま、次に日本海軍第一艦隊第二戦隊の狂気の特攻砲撃を食らい、沿岸諸都市が炎上、ここの物資も失われた。
その為、物資不足の第1極東戦線は関東軍に押されていた。
ソ連の強みは、人民を平気で捨てられる事である。
捨てても、後で取り戻せば良い。
ソ連は沿海州方面を捨てた。
そこに居る軍が独力で守れ、守り切れなかったら死ね、と命じる。
鉄道も鉄橋も物資集積地も、初期の内に破壊された為、こちらにいくら物資を送っても届かない。
だから、そちらは自力でどうにかさせ、西方で戦力を整える。
国境に近い場所は、日本軍の空襲に遭っている。
だから、日本軍の攻撃機が届かないモンゴル北方で鉄道は下車し、そのまま第2極東戦線かザバイカル戦線に、トラック輸送で移動する。
第2極東戦線が互角に戦い、その間にザバイカル戦線が西方の満蒙国境から満州深く攻め入る。
西方で勝って、背後から関東軍を打ち破れば、沿海州などすぐに取り戻せる。
モンゴル北方に、駅とも言えない簡易停車場が多数作られる。
そこで順次人が放り投げられるように下される。
満州に隣接する場所の通過を諦めた為、輸送距離は大分短くなった。
それは即ち、往復時間の短縮を意味する。
特にザバイカル戦線への輸送と兵員増強は、当初の予想を大きく上回っていた。
正面からの攻撃に囚われていた陸軍に対し、意外な提案をしたのは海軍の山本五十六であった。
部外者であり、かなり冷静な目で見られた事。
第二戦隊の暴走で意図していた航空攻撃がおまけ程度で終わった事。
そもそも海軍は長距離攻撃が前提であった事。
山本は海軍軍人である、陸軍の固定観念は持ち合わせていなかった事。
これらから、素人考えで奇策を提案する。
「イルクーツクを爆撃し、そこの鉄道拠点を破壊出来ないか?」
イルクーツクは満州の斉斉哈爾からは1500km、満州北方のフルンボイルからは1138kmの距離に在る。
陸上部隊は、特に西方では押し込まれ、北方も山岳地帯で防戦していて、とてもそんな遠くを攻める力は無いし、関東軍司令部もそんな遠くを見てはいない。
しかし、日本軍機の航続距離なら空襲は可能だ。
問題は護衛戦闘機である。
陸軍四式重爆撃機は航続距離3800km、十分に往復可能だ。
だが、爆撃機を護衛も付けずに単独で飛ばせば、中華民国空軍の戦闘機によって爆撃隊をバタバタ撃ち落とされた海軍の「人殺し多聞丸」の二の舞となろう。
護衛戦闘機の候補だが
・一式戦闘機 航続距離1600km(落下タンク)
・二式複座戦闘機 航続距離1500 km
・三式戦闘機 航続距離1800km
・四式戦闘機 航続距離2500km(落下タンク)/1400km(正規)
こんなものだ。
四式戦闘機以外の選択肢は無い。
しかし、それでも国境に近いフルンボイルから飛ばす事が前提となる。
そして北方の戦線は、第二極東戦線に押されていてフルンボイルはとっくにソ連の占領下、関東軍は大興安嶺山脈を防御線として戦っている。
整備されている飛行場は斉斉哈爾になる。
「海軍さん、まさかあんた、片道切符で行けって言うんじゃないだろうね?」
それに対する山本の回答は
「海軍の零式戦闘機を護衛につけましょう」
であった。
零式艦上戦闘機は、航続距離ではなく飛行可能時間で仕様を出した為、分かりづらい部分もあるが、初期型は約3350kmという航続距離を持つ。
これなら斉斉哈爾からイルクーツクを爆撃に行く陸軍の四式重爆を護衛可能だ。
だが、
「それは戦闘も無しで往復可能なだけではないか?
それに零式って事は、もう四年前の機体だろう?
性能は……時速530km?
これでは勝てんぞ」
「まあ、速度が空戦の全てじゃないので、案外勝てるものです。
そして航続距離と戦闘時間の問題ですが、運用で何とかしましょう」
「海軍さんがそう言うなら……」
博打好きな山本らしい作戦であった。
陸軍との協調用の第三種軍装であった山本を見送ると、陸軍の方もこの事を真剣に考える。
現状で3000kmを超える飛行が可能な戦闘機は、海軍の零戦しか無いのも確かだ。
しかし、奇襲となる初回はまだ良いだろう。
破壊しても、ソ連は直す。
反復した攻撃を加えねばなるまい。
そうなると次第に対策をされる。
如何に航続距離が長い零戦とは言え、1500km彼方のイルクーツク上空に留まれるのは数分。
そうなると、正直戦闘機は無視し、帰投した段階で送り狼となって爆撃機を攻撃すれば良い。
そんな事をされると厳しい。
「フルンボイルを含む、北西地区を奪還しないとならない」
それが陸軍参謀本部が立てた方針となる。
ではどうするか?
「沿海州のソ連軍と交戦している第一方面軍に、ソ連軍北方集団(第2極東戦線)の背後を襲わせよう。
沿海州の制圧は、朝鮮軍を北上させて当たろう」
「いや、朝鮮軍だけでは不足だ。
本国の部隊も派遣しよう」
「新型戦車や自走砲も輸送せねばな」
かくしてハバロフスクを攻囲中の第一方面軍が、以前第四軍がやったのと同じ「東からの後背攻撃」に回る。
代わって沿海州攻略担当は朝鮮軍(四個師団規模)を拡充して方面軍(八個師団以上)に増強、更に本国からも四個師団+二個旅団を派遣した軍となる。
山下奉文大将が指揮官に任命された。
そして、敵が居ない為、日本海から艦載機を飛ばしてハバロフスクを空襲している小沢機動部隊と、オホーツク海の小艦隊を潰しに行った第二艦隊は本国に召還される。
「こんなつまらん任務の為に、必死に夜戦技術を磨いて来たのか!」
と南雲第二艦隊司令長官は文句を言い。
「艦載機は空母から飛ばすのが筋。
全て陸上に送ってしまうとは……」
と小沢第一航空艦隊司令長官は嘆いた。
彼等に与えられたのは、陸軍との共同作戦という任務である。
山下将軍以下の部隊を沿海州に直接輸送するが、まだ何隻か残っていると考えられるソ連の潜水艦や、小型艇からの攻撃から、第二艦隊が守る。
第一航空艦隊は、山本案を実行する為にウラジオストク沖から零戦を発艦させ、斉斉哈爾まで飛ばす。
空母が空になったら帰投し、また零戦を搭載してウラジオストク沖まで運ぶ。
それを繰り返す。
「つまらんとは何だ!
戦うのは制海権を得て、輸送を安全にする為の手段に過ぎん。
戦う事そのものを目的にするとは、本末転倒である!」
南雲や小沢の不満を伝え聞いた海上護衛総司令部付参謀・大井篤大佐は、連合艦隊諸提督の不見識に不満を漏らした。
艦隊決戦が消滅したなら結構。
海上補給路を安全にするのが海軍の意味な以上、目的を果たしたなら退屈となるのは「誇り」であろうに。
退屈とは程遠かったのが、商工省転じて軍需省及び農商省となった省庁の職員たちである。
軍需省は軍需物資の確保、農商省は繊維産業や民生物資についての統制事務を行っていたが、両者は同じように資源を確保する事から密接に関わり合っていた。
「鉄が足りません。
こんなに早く戦争が始まるとは想定外で、大部分を軍需産業に回さねばならず、民生用が大きく不足しています」
「石油は確保していますが、備蓄する場所を造らないと。
それと、原油だけあってもガソリンや軽油、重油に生成する能力が足りず、
国内はいっぱいいっぱいになっています。
調整を掛けないと」
「この報告書の数字が微妙に合わなかったのですが、
輸入している商社が今までアメリカが主な取引相手だった為、
英ガロンと米ガロンの換算を間違って提出していたようです」
「ドイツから食糧輸出量を増やして欲しいとの要望です。
あちらも戦争と寒冷化で、かなり厳しい状況のようです。
必要量売ってくれれば、高射砲だか対戦車砲だかをもっと売ると言っています」
「それ、どっちも同じものだよ」
「イギリスの方も、インドで起きている暴動で思ったような食糧調達が出来ていないので、
日本に対して食糧輸出量を増やして欲しいそうです」
「イギリスは足りていなかったか?」
「幾ら有っても足りないのでしょう。
あと、新天地に入植した国民が、とりあえず1年か2年生活出来る食糧を確保したいとか。
食糧と石油や生ゴムを取引材料にしています」
「軍需物資調達の為には、内地、外地構わず食糧をかき集めて輸出する他無いな。
今の時期、主力産業の絹や生糸は売れん!」
「この食糧輸出総量で見ると……日本で不足しますよ」
「飢餓輸出ってやつ?
だが仕方ない、軍需物資を得る為には国民に我慢して貰おう」
「おいこら、軍需省の無能どもが!
この輸出計画は何だ!」
「えーっと、大蔵省東京財務局長の池田さんでしたっけ?
いきなり入って来て無礼ですね。
部外者は黙ってて下さい」
「黙ってろとは何じゃこらワレ!
ええか?
食う米と酒造用の米は違うんじゃ!
酒米は普通に食ったら、不味いからな。
ワシんとこは造り酒屋じゃけえの、その辺良く知っておるんじゃ。
で、米の輸出言うちょるが、どっちをどんな割合で売るんじゃ?」
「それ、何の問題が有るんですか?
どうせ外人に米の味なんか分からんでしょう?」
「たわけもんが!
酒はなあ、酒税言うて税金取れるもんなんじゃ!
酒造用の米を減らして酒が減ったら、政府の税金が不足するようになるぞ。
そうなれば、先に政府の方が立ち行かなくなろうがよ。
おどれら、責任取れんのか?」
「……忠告ありがとうございます。
おい、皆、計画書作り直しだ。
まったく、米が足りなくなるまで輸出するなんて初めてだから、よく分からんかった」
「おう、酒税については教育しちゃろか?」
「忙しいんで、後にして下さい」
こんな感じで、イギリスやドイツから買うのも、買う為に売るのも大変であった。
いっそ南方を占領して、資源は奪い放題の方が……と不穏な事を思う職員も出たりしたが、ソ連との戦争中にわざわざイギリスと事を構えるのも……と思い直す。
「うちの大将どこ行った?」
「大将? 岸大臣なら政府の会合で……」
「松岡次官だよ。
大臣はほとんど顔を出さないし、経済統制の方に御執心だからね。
物資調達、輸出入の事は松岡さんの担当だから、あの人がうちの大将。
で、大将どこ行った?」
その頃松岡次官は、国土開発省の方で田中角栄から陳情を受けていた。
「こちらにもっと人手、予算、物資を回して下さい。
今のところダム建設と治水事業、河川改修は計画通りに進めていますが、
発電所の建設で支障が出ています。
これから電気が必要となるのでしょう?
ダムの建設と発電所の完成は二つで一つです。
発電所の方に遅れが出れば、結局ダムの完成も遅れます。
どうにか資材や燃料を回して下さい」
ゼネラル・エレクトリック、AT&T、ウェスティングハウスといったアメリカ合衆国のメーカーが消え、発電機は国産と、ドイツのシーメンス社、イギリスのギルバート・ギルケス&ゴードン社から購入し、比較している。
予算が無いと買うに買えない。
資材が無いと建物を作れないし、送電が出来ない。
電力が不足すると、電気でアルミニウムを精錬する航空機開発に影響が出る。
軍需の為には、迂遠ながら発電所とかのインフラ整備も必要である。
限られた資源を有効活用すべく、松岡は部下と共に多忙な日々を送っていた。




