表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/128

ウラジオストク港内海戦

昭和十九年八月時 日本海軍艦隊編制


■連合艦隊:司令長官 山本五十六大将

・第一艦隊:司令長官 山本五十六大将(兼任)

・第二艦隊:司令長官 南雲忠一中将

・第一航空艦隊:司令長官 小沢治三郎中将

・第四艦隊(南太平洋担当)

・第六艦隊(潜水艦部隊)


■支那方面艦隊

・第三艦隊(小型空母、水上機母艦で編成)

・第一遣支艦隊(河川砲艦隊)

・第二遣支艦隊(河川砲艦隊)

・第三遣支艦隊(旧式艦部隊)


■北東方面艦隊(別名北極海・ベーリング海艦隊)

・第五艦隊

・千島方面根拠地隊

・他航空隊

 山本五十六はかねて、航空母艦を集中運用して、航空機主体の艦隊決戦を行う事を考えていた。

 第一航空艦隊の創設は、彼が以前より有事の際に編成すると決めていた為、各艦隊から航空戦隊と護衛用の駆逐隊を引き抜いて臨時の部隊として作れた。

 この艦隊は員数外の艦隊であり、元より存在する第一艦隊や第二艦隊に比べれば格が低い。

 その為、対ソ戦で日本海北方に展開させた艦隊は、本来はこの第一航空艦隊中心で行うものなのだが、指揮系統においてそうはならなかった。

 主攻ではなく、出撃したソ連太平洋艦隊の落ち武者狩り役の第二艦隊司令長官南雲忠一中将は海兵36期、主攻の第一航空艦隊司令長官小沢治三郎中将は海兵37期で、艦隊序列も司令長官の卒業年次も南雲の方が上であった。

 第一艦隊は、連合艦隊司令部が兼任して指揮を執る。

 その為、山本五十六が出撃させたのは、南雲よりも年次が下、海兵38期の戦隊司令たちであった。

 連合艦隊司令長官は軽々しく動くなとされ、戦艦「武蔵」に座乗して柱島沖から指揮を執る。

 こうして、現場において最上位の指揮権を持つ者は、第二艦隊の南雲中将という事になった。

 なお南雲は、そろそろ大将昇進の時期である。

 勝って景気づけといきたいところだ。


 第一艦隊第一戦隊の戦艦「大和」「長門」「陸奥」は日本海軍の至宝である。

 司令部付の「武蔵」と合わせ、この4隻は出撃していない。

 第一艦隊第二戦隊の戦艦「伊勢」「日向」「扶桑」「山城」が、航空攻撃終了後にウラジオストクを艦砲射撃する役割で出撃している。

 第二戦隊司令官は、海兵38期の角田覚治中将である。

 攻撃精神が旺盛な砲術出身の猛将であった。


 角田は自身が艦長を務めた事もある戦艦「山城」が廃棄予定である事を悲しんでいた。

 いや、ただ普通に老朽化によって廃艦なら問題無い。

 折角戦う機会が与えられたのに、瀬戸内海で何もせずに過ごし、そして退役してスクラップにされる事を惜しんだ。

(まだ戦えるだろう、「山城」は!)

 それもあって、感情に走っている事を自覚しながらも、第二戦隊の出撃を山本に懇願した。

 角田は、御情けで出撃させて貰った為、役割を踏まえて大人しくしていよう、当初そう考えていたのだが、事情が変わる。


 第一航空艦隊司令長官小沢治三郎こそ、航空攻撃の専門家である。

 空母を集中させ、纏まった航空戦力で遠距離から敵に先制攻撃を加える「アウトレンジ戦法」を提唱し、山本五十六がそれを是とした。

 要研究とされた空母集中運用と「アウトレンジ戦法」は、アメリカ合衆国消滅以後の3年余の時間を掛けた研究の結果「十分に実践可能」という評価になる。

 戦艦程資源を使わない空母機動部隊を艦隊の主軸にしたいと、山本五十六が考えたのも無理は無い。

 しかし、実戦部隊の指揮官としては、やや臨機応変に欠ける部分があったようだ。

 敵より遠方から攻撃を加える「アウトレンジ戦法」だが、南雲や角田から見てかなり後方に空母機動部隊を置いている。

 陸上航空機は航続距離が長い。

 それを警戒し、敵の哨戒圏外に防御の弱い空母を置いたのだが、これがかなり消極的な態度に見えてしまう。

 そして波の高い日本海。

 開戦時期が早まった事もあり、小笠原気団が衰え、日本近辺は台風の通り道となっている。

 ソ連も哨戒機の行動が低調になっているくらい、空の条件が悪い。

 海流の変動もあって波も高く、発艦のタイミングを計っているのか、中々攻撃隊を出さない。

 次席の指揮官である山口多門少将(海兵40期)は

「猛訓練を課した我が航空隊は、これしきの波なら発艦も着艦も可能。

 何年この海で訓練したと思っているのですか!

 さっさと出撃させましょう」

 と発破を掛けるが、慎重過ぎる小沢中将は動かない。

(無謀な事は出来ない。

 貴重な搭乗員たちを、戦闘ですらない荒天の発艦や着艦で死なせてたまるものか。

 私は「人殺し多聞丸」とは違うのだよ)

 山口少将は、護衛戦闘機無しで重慶に向けて爆撃機を出撃させ、結果大きな損害を出した事がある。

 その時「人殺し多聞丸」という仇名をつけられてしまった。

 小沢中将は山口少将の意見を退ける。


「臆したか!

 あんな後方で戦況が掴めるものか!

 敵機の攻撃が怖いのなら、我が戦艦部隊が囮を引き受けてやる。

 やる気がないなら、俺に代われ!」

 角田中将は怒っていた。

 彼なら、空母で前線まで突き進む蛮勇もしてのけるであろう。


 そうこうしているうちに、ソ連の哨戒機が前衛の第二戦隊上空を通過する。

 大荒れの空で頻度は低下していたとはいえ、流石に戦時下、ソ連は哨戒機を飛ばして警戒はしている。

 雲の隙間から、偵察機の様子がはっきり見えた。

 こちらが見えたという事は、ソ連軍機からも同様であろう。

 発見された、そうに違いない。


「ここに至りては仕方なし。

 我が戦隊は突撃を行う。

 敵機の空襲を待つ事は無い。

 敵が脱出するのを見逃す事も無い。

 敵軍港が防御を固めるまで我慢する必要も無い。

 損害を恐れず、肉を切らせて骨を断つ戦いをしようじゃないか!」

 角田は司令部でそう叫ぶ。

 参謀の中には

「それは命令違反ではありませんか?

 第二戦隊の役割は空襲後の艦砲射撃にあります。

 まずは空襲を待ってからで良いのでは?」

 そう反論する者も居た。

 だが角田は目を血走らせながら

「君も後方で、戦況も掴めずに時を無駄に過ごす輩と同類なのか?

 よろしい、直ちにこの『日向』から退艦したまえ。

 戦いは臨機応変なのだ。

 日本海海戦で、上村中将は自分の判断でバルチック艦隊と戦ったではないか。

 我々の任務はウラジオストク軍港の破壊と敵艦隊の無力化である。

 順番が変わるだけだ。

 我々の後に空襲をすれば、それで十分だ!」

 そう吠える。

 反対派は沈黙する。

 慎重派が

「せめて、南雲中将に一報を入れましょう」

 と進言し、それは容れられた。


……突撃を開始する時に事後報告での一報なのだが。


 そして角田は文章を書き上げ、短艇で指揮下の全艦に自分の言葉を送る。

 無線封止下なので、それは艦内放送で流される。


『第二戦隊、ウラジオストクに突入す。

 そこで浮き砲台と化し、4隻で48門の36サンチ砲を打ち尽くす!

 どうせ廃艦となるのだ。

 惜しむ事は無い!

 何もせずに柱島の置物として戦争を終え、廃艦となりスクラップが工場の資材となるより、

 戦って沈んだ方がこの艦も本望であろう!

 乗組員、諸君たちの命をくれ!』


 何だかんだで、戦隊の乗員たちは燃え上がった。

 勇将の下に弱兵無しというか、類は友を呼ぶというか、司令官に汚染されたというか。

 第二戦隊の他、第九戦隊(軽巡「北上」「大井」)、第三水雷戦隊もこれに続く。


「突入せよ!!」

 旧式戦艦が迫って来る。

 巡洋艦2隻、駆逐艦10隻のソ連太平洋艦隊には十分な脅威である。

 それでもソ連は防御を施していた。

 戦艦の前を突っ走っていた駆逐艦が、突如爆発。

 機雷に触れたようだ。


 日露戦争の折、日本は虎の子の戦艦「初瀬」と「八島」を機雷によって一晩のうちに喪失した。

 当時日本は戦艦を6隻しか保有していなかった。

 その内の2隻を失った。

 機雷の脅威は身に染みている筈だ。

 それなのに……。


「角田中将、機雷です」

「見れば分かる」

「危険です。

 この海域からは一旦離脱し、掃海してから再突入を」

「我が戦隊の辞書には、後退とか迂回とかまどろっこしい言葉は載っておらん!

 進め進め!

 機雷は既に一個、体当たりによって処分された!

 もし触雷しても、それによって後続の艦が被る損害を排除出来たものと思え!」

「危険過ぎます!」

「断じて行えば鬼神もこれを避くと言う。

 敵も機雷も恐れるな。

 恐れるものは怯懦のみだ」

「角田中将、南雲中将から返信です」

「……そう言えば、突入する際電信を送っていたなあ。

 読め……。

 多分、直ちに引き返せ、なんだろうが……」

「それが……。

 『責任ハ小職ガ負フ。

 司令官ハ存分ニ戦ヘ』

 との事でした」

「おお!

 話が分かるではないか!

 よし、皆、ガンガンいこうぜ!!」

「全艦、残弾を気にする必要は無い。

 回避もしなくて良い。

 全火力を叩きつけよ!」

「中将!

 ガンガンいこうぜではなく、せめて『無駄弾を使うな』くらいにしましょう!」

「そんなチマチマした戦いが出来るか!

 この後の戦いの事など考えんで良い。

 どうせこの戦艦部隊はスクラップになるのだ。

 だったら、戦いの中で華々しく散っても良いだろう!」


 ソ連太平洋艦隊は炎上している。

 戦艦の砲撃よりも、61cm四連装魚雷発射管片舷5基20門という軽巡洋艦「大井」「北上」の、近距離からの雷撃で大打撃を受けてしまった。

 戦艦4隻はルースキー島、ポポフ島、そして金角湾の沿岸砲と交戦している。

 日露戦争時の戦艦「ポルターワ」から陸揚げされた305mm砲や、新型の180mm砲と攻撃力は日本戦艦より低いが、コンクリート陣地で守られた要塞砲は、有利に戦える筈であった。

 角田は損害を省みない。

 退かぬ、媚びぬ、省みぬ!とばかりに戦艦を至近距離まで寄せて戦い続ける。

 ついに要塞砲も沈黙した。

 そのままウラジオストク市街も砲撃。

 シベリア鉄道の終着駅である駅も、軍事飛行場も、貿易港も倉庫も徹底的に破壊される。

 この近辺に居た第1極東戦線所属の第25軍は、日ソ開戦と共に満州に向けて進発していた為難を逃れたが、その兵站基地は砲撃され、多くの物資を失った。

 鉄道も役に立たなくなり、第10機械化軍団は当分車両を受け取れない、人員だけの部隊と化す。


 こうして沿海州を砲撃して回って多大な損害を与えた第二戦隊。

 スターリンは改めて、戦艦の猛威を知らされる。


 そして日本では、山本五十六が頭を抱えていた。


「確かに『伊勢』以下4隻を廃艦にし、鉄材に再利用するという話はあった。

 だが、まだ本決まりじゃないとも言った筈だ。

 なんで、廃艦前に勝手にスクラップにしているんだ!」


 当然ながら損害は大きかった。

 第二戦隊及び第九戦隊、第三水雷戦隊、無傷の艦は1隻も無かった。


 海軍はこれらの艦の修理を諦め、本決まりでは無かった4隻の戦艦の廃艦を前倒しして決めたのだった。

連載していた1作が10月1日に終わるので、更新間隔を変えます。

次話は10月2日17時にアップします。

その次は10月4日17時と隔日1話ずつの更新とします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「目的は達成されたからヨシ!」
[良い点] 久しぶりに角田チャージを拝見しました! [気になる点] ウラジオストクと沿海州、そしてソ連が貯めていた物資の壊滅と引き換えに戦艦4隻含めた艦隊(そして水兵の命)かあ。 これ収支的にどうなん…
[一言] やべえ 前線指揮官が全員フォーク准将だ・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ