日ソ開戦
1940年のアメリカ合衆国消滅に伴う建艦計画の順延が発生し、
・有事空母化を前提とした客船「橿原丸」「出雲丸」の改装→中止、そのまま客船として運用
・④計画で建造予定だった27000トン級航空母艦「W102」(大鳳)→起工前に建造中止
・大和型戦艦第110号艦(信濃)及び第111号艦→建造中止、資材は産業鋼材に転用
「翔鶴」「瑞鶴」と「剣崎」級潜水母艦からの空母改装は、急に中止する方が経済上悪影響と考えられ工事続行。
さらにアメリカ合衆国消滅に伴う国際状況の変化からイギリスの軍事作戦が全て中止。
11月に予定されていたジャッジメント作戦(タラント空襲)も実行されず。
世界はまだ、空母機動部隊というものを知らない。
(ただしソードフィッシュ雷撃機による停泊中の艦艇に対する攻撃は評価されている)
関東軍が勝手にモンゴルに侵攻。
それだけならノモンハン事件のように、どうにか制止は出来ただろう。
だが、国境警備の関東軍はすぐに、何故かその付近に居た支那派遣軍に交代。
この支那派遣軍がモンゴルに侵攻開始。
一方、北方の第四軍が大興安嶺山脈を越えて進軍。
モンゴル人民共和国が満州国に対し宣戦布告。
それに政府が応答する前に、第四軍がソ連軍第2極東戦線を奇襲。
防衛的先制攻撃、能動的守備戦略、可能性排除の為の「後の先」攻撃と称された。
こうしてソ連と日本は、お互い準備が整っていないまま戦争状態に引きずり込まれてしまった。
「一体どういう事だ!」
「現場指揮官が、ソ連は現時点で既に脅威と判断したようだ」
「だが、戦争するかどうかを決めるのは政府だろう?」
「今更それを言うか?
我々陸軍は、既に何回も政府を引きずり込む形で戦争を開始しただろう」
「まったく……まだ対ソ戦の準備は終わっていないのに、勝手な真似を!」
「いや、吾輩は関東軍の措置は極めて正当なものと思うぞ」
陸軍参謀本部、陸軍省ではあちらこちらでこんな会話が交わされていた。
政府は混乱する。
確かに対ソ戦は既に確定事項であった。
だが、外交努力で回避可能かもしれなかったし、そう主張する外務省の顔も立てた。
独ソ戦の情報分析から、極めて強力なソ連戦車や自走砲への対抗兵器として、ドイツ88mm砲、イギリス17ポンド砲の輸入を決め、これから大量に購入する予定であった。
それなのに、いきなりこのような状態に陥ってしまう。
「慌てても仕方が有りません。
こうなったら一刻も早く勝利を収める必要が有ります。
既にソ連からは中立条約破棄と宣戦布告の通告が来ています。
罵倒付きですがネ」
岸がそう発言し、
「ここに至りては致し方無し。
責任は取るなり取らせるなりは後回しにし、まずはソ連との戦争に専念すべし。
二年早まったが、現場指揮官が脅威と看做した以上、やるしか有りません」
東條もそのように意見を述べる。
「私はお上に対し、辞表を提出する」
総理大臣である東久邇宮がそう話す。
「お待ち下さい。
今、責任を放棄して辞任等陛下がお許しになろう筈が有りません。
近衛さんの時も相当にお怒りになられた。
もしかしたら死を賜るかもしれませんぞ」
周囲はそう止める。
「いや、慰留される事が前提だ。
お上は責任を放棄するのを望まれない。
しかし、誰も責任を取らないのも好まれない。
私が一身にお上の怒声を浴び、然る後に改めて戦時内閣として政権を担う。
皆さん、着いて来てくれますか?」
侍従長には話を通してあった。
かくして東久邇宮は参内。
宮様総理に対し、怒る事が出来るのは天皇だけであった。
公式記録では、総理が辞表を提出、天皇がそれを慰留し辞表は撤回、そうなった。
だが、記録に残らない部分で天皇は怒りを爆発させた。
侍従長の気遣いで人払いをさせた後、天皇は感情を剥き出しにして罵倒しまくった。
(こんなお姿、臣民には見せられない……)
侍従長はそう感じる。
そしてひとしきり感情を吐き出し終わった天皇は、急に冷徹な君主の顔に戻り
「して、宮はこの事態を如何に収拾すべきと考えるか?」
と下問。
「臣は責任から逃れるものでは有りませんが、それはこの戦争を終えての事。
勝手に戦端を開いた者の責任も追及しますが、それも戦争を終えての事。
ソビエト連邦に負ければ、国体は危うくなり、国土は損なわれます。
負ける訳にはいきません。
御前会議で話した通り、二年以内の開戦は想定内。
問題なのは統制を無視した事で、戦争自体では有りません。
臣はこのまま戦時内閣を率い、戦争を勝って終わらせます」
東久邇宮の回答に天皇は
「侍従長からおかしな言葉を聞いた。
『防衛的先制攻撃』とは一体何か?
『能動的守備戦略』とは何か?」
そう質問する。
「それは…………(私が言った事じゃないのに)
国を守る為には、敵の攻撃部隊を先制攻撃で壊滅させる事、
守備の為には座して待つ事無く、能動的に動いて主導権を握る事、でありましょう」
「彼が動くのを察知し、その前に仕掛ける『後の先』というものか?」
「よくご存知で」
「朕は乃木将軍や東郷元帥の教育を受けたからな。
それで、その後の先とは、彼の攻撃の前兆が『錯覚』であっても成り立つのか?」
(そんな事私に言われても……)
「そんな事言われても、何だ?
申してみよ」
「(心の中を読めるのか?)
いえ、錯覚であろうとも、『李下に冠を正さず』という言葉も御座います。
そのような行動を取ったソ連軍に問題が有ります。
どうか陛下は、然様な些事に気を病まれませぬよう」
「なぜ朕がお前の指図で気を休めねばならんのだ?
甚だ図々しい、身の程を弁えろ」
(冷静な表情をしているが、相当にお怒りだ!?)
「いいえ、そのような事はありません!!
私はただ陛下の御為を思って申しておるので御座います」
「お前は朕が言うことを否定するのか?」
「…………」
「朕が何を恐れておるのか、教えてやろう。
その『能動的守備』は、最終的にはソビエト連邦という国そのものを滅亡させるまで終わらぬのではないか、という事である。
であろう?
潜在的脅威を排除する為に積極的に動くのであれば、我が国以外の外国全てを打倒するか支配下に置かねばならないのではないか。
宮はそれを止められるのか?」
「そのような事はさせません。
現実的に不可能です。
そのような跳ね上がりが……」
「居ないと言い切れるのか?」
「いえ、居たとしても止めてみせます。
そんな事だけは何としても!」
「本当か?」
「この身命を賭して!」
「朕は何度も陸軍が勝手に戦端を開くのを見て来た。
それを総理大臣が如何とも出来ず、ただ眺めておる様もである。
お前は、宮は、これを止められるのか?」
「何としても。
例えこの身に何事かあっても、必ずそれだけは止めてみせます」
「よかろう。
宮を信じてみる事にする。
宮、朕を失望させるなよ」
こうして天皇は対ソ戦は承認する。
日本もソ連に対し宣戦布告。
第二次世界大戦後半戦が、ついに極東でも始まった。
海軍にはとある噂があった。
就役から四十年を経過した36サンチ砲搭載未満の戦艦は、順次スクラップにされるというものだ。
ただし「金剛」級は代艦建造が認められ、その完成までは現役を続ける。
つまり、「扶桑」「山城」「伊勢」「日向」の約12万トンは、「扶桑」就役から40年である昭和二十年(1945年)以降順次産業用の鉄に再利用される。
高速戦艦「金剛」級も、主砲を40.1cm砲にした巡洋戦艦型か、30cm三連装主砲を搭載した小型「大和」的艦形の超甲巡型になるか、議論されている。
大正時代の軽巡洋艦も、順次「阿賀野」改型に置き換えられる。
「阿賀野」改は「阿賀野」を更に軽量化し、燃費を向上した資源節約型となる。
これは「噂」以上ではない。
確かに連合艦隊司令長官の山本五十六や、海軍兵学校校長の井上成美はこのような事を主張している。
だが、彼等に編制権は無い。
軍備調達に関わる事は海軍省、戦略立案とそれに属する部隊編制については軍令部が行う。
如何に海軍「左派」が盛り返し、日本の鉄鋼事情から戦艦廃艦を訴えようと、海軍省と軍令部が認めなければ実現はしない。
だが噂には続きがある。
その海軍省の長・海軍大臣に山本五十六が、軍令部総長に井上成美が就任すると、既に内定したというものだ。
こうなると、海軍は左派の言う通りになるだろう。
何より山本五十六に人事権が握られる。
若手将校がこれを排除しようとし、逆に艦隊派の立場を失わせてしまった。
あの件は「無かった」事にはなっているが、それでも条約派、左派が盛り返すには十分な出来事ではあった。
実際のところ、山本五十六は対ソ戦を前に、そんな急に改革なんかしようと考えていない。
彼は開戦が決まった以上、今までの持論は全て放棄し、勝つ事に専念したかった。
この辺り、「山本さんは状況に流され過ぎる、意見が首尾一貫していない」と井上成美からは文句を言われ、「風見鶏だ」と艦隊派からは陰口を叩かれる部分である。
山本にしたら、ソ連太平洋艦隊はアメリカ合衆国太平洋艦隊に比べ、全く脅威ではない。
日露戦争から40年近く経つが、いまだにウラジオストクには貧弱な基地しか無い。
アメリカ合衆国のサンディエゴ基地や工廠、西海岸の生産力に比べ、ソ連の極東地域は辺境に過ぎない。
そこで、山本は簡単に勝つ事を考える。
小沢治三郎中将に世界初の戦術を任せる事にした。
第一艦隊隷下の第一航空戦隊(空母「赤城」「加賀」)、
第二艦隊隷下の第二航空戦隊(空母「蒼龍」「飛龍」)、
連合艦隊司令部直属の第四航空戦隊(空母「龍驤」)と第五航空戦隊(空母「翔鶴」「瑞鶴」)
これを集中運用させるのだ。
「強風下、ブレストを奇襲したイギリスの戦い方を参考にしたよ」
と山本は言う。
しかしそのイギリスですら、空母をこれ程集中させて、航空戦力主体の艦隊を編成した事は無い。
画期的な戦法となる筈である。
また、ソ連の前身・ロシア帝国は日露戦争の時、強力な装甲巡洋艦を遊弋させて日本の補給線を脅かした。
泊地への空襲で取り漏らした艦隊、或いは既に出撃済みの艦隊は、南雲忠一中将率いる第二艦隊に始末して貰う。
南雲中将は艦隊派に属し、水雷戦を学んだ提督で、ロンドン軍縮条約には井上成美に短刀を突き付け
「今、ここで貴様を殺す事も出来るのだぞ!」
と凄んだ事もある。
山本とは合わない筈だが、それと将としての気質は別物だ。
得意分野である水雷戦で大いに活躍を期待している。
……山本五十六と言えど、兵学校卒業順位や卒業年次の序列は崩せず、崩す気も無いし、人事に余計な口出しは出来ないから、南雲第二艦隊司令長官は任命された以上使わなければならないのだが。
こうして見ると、機動力の高い空母部隊と巡洋艦部隊を中心にするという、山本の思想が反映された攻撃計画、になる筈であった。
これに待ったを掛けたのが戦艦部隊の指揮官及び艦長たちである。
「栄光ある戦艦部隊、最後の戦争になるかもしれない。
是非出撃許可を!」
「いやいや、第一艦隊が出る相手じゃないよ。
それに、私は戦艦を廃止する気は無い。
変な噂に踊らされず、待機していて欲しい」
「いや、戦艦『伊勢』他4隻は廃艦が予定されているのでしょう?
では最後のご奉仕を!」
「まあ、確かに旧式艦は戦後、廃艦とすべく調整中であはあるが、本決まりではない」
「是非とも第二戦隊(戦艦『伊勢』『日向』『山城』『扶桑』に働き場を!」
「司令長官!」
「長官! お願いします!」
山本五十六は結局折れた。
第一艦隊にも出動を命じる。
太平洋の沖合でアメリカ合衆国太平洋艦隊を迎撃する事に比べれば、日本海を渡った先のウラジオストクやオホーツク海のソ連基地は、大規模動員しても大して燃料消費にはならない。
山本の甘さ、浪花節的な部分が出た。
ウラジオストク沖合に到達した第二戦隊司令官は、まるで陸軍の参謀でも憑依したかの如き命令を下す事になる。
「第二戦隊、ウラジオストクに突入す。
そこで浮き砲台と化し、4隻で48門の36サンチ砲を打ち尽くす!
どうせ廃艦となるのだ。
惜しむ事は無い!
何もせずに柱島の置物として戦争を終え、廃艦となりスクラップが工場の資材となるより、
戦って沈んだ方がこの艦も本望であろう!
乗組員、諸君たちの命をくれ!」
山本の航空攻撃計画は狂うのであった……。
ちょっと海軍の宿痾「艦隊保全病」を消してみたくなりました。
第二戦隊司令官が誰なのかは次話で書きます。
次話は18時にアップします。