表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/128

関東軍先制攻撃

中国大陸方面に展開中の日本陸軍及びその同盟軍

・関東軍:31個師団相当

・支那派遣軍:27個師団以上

・満州国軍:兵力15万人

・内蒙古政府軍:6個師団+3個旅団

 武藤章という男が居る。

 かつて関東軍参謀第二課長を務めていた時、内蒙古の分離独立工作を行った。

 これは中央の統制に従わない、勝手な行動である。

 その事を当時参謀本部作戦課長であった石原莞爾が咎めると、武藤は

「石原閣下が満州事変当時にされた行動を見習っている」

 と言い放ち、石原を絶句させた。


 だがこの武藤は、陸軍省軍務局長をしていた時にゾルゲ事件に関与してしまう。

 軍務局長として、リヒャルト・ゾルゲに積極的に情報を提供していたのだ。

 これはドイツとの関係性を強化したいという思いから、駐日ドイツ大使館に出入りする、正式なナチス党員のジャーナリスト・ゾルゲから情報を得たいと思い、ギブ&テイクの関係でやっていた事だ。

 共産主義に共鳴しての事ではない。


 ゾルゲの実体はコミンテルンのスパイであった事が判明し、ゾルゲ事件が明るみになる。

 武藤はこの事件に連座し、中央を追われていた。

 そして古巣の関東軍に派遣される。

 この時期の花形は支那派遣軍であり、こちらに送って功績を立てて復帰されるのを恐れたともされる。

 それでも関東軍は陸軍の中では重みがある総軍で、武藤は左遷されたとも言い難い。



 日本政府は、まず外交ルートを通じてイギリス、ドイツ共に敵対行為をしない、積極的に加担しないと伝えた。

 時を置かずに軍を使ったルートから

「ソ連との戦争が差し迫っている。

 こちらは日本が請け負うが、それ故に助力する国力が無い」

 と正直に伝えた。

 英独両国も、外交の方では

「日本の同盟に対する態度は、実に非誠実である」

 と批難声明を出すも、裏ルートでは事情を理解し

「敵対行為を働かないなら、それも可とする。

 武器の輸出は認められないが、北米大陸消滅に伴う非常事態であり、

 食糧の輸出については例外とする」

 という密約を交わして、日本との同盟関係は維持する事に成功した。

 まあ両国とも

「日本の食糧輸送船は沈めないよ。

 でも、日本の船はヨーロッパまで来ないからな。

 日本の食糧を積んだ他の国の商船は沈めてやるよ」

 という腹積もりであるのだが。


 そして参謀本部から、対ソ開戦の基準が示される。

「ノモンハン事件時の兵力、30個師団をソ連軍が超えたなら、侵攻の意思有りと看做す」

 しかし、今既にそれを超えそうな勢いで、ソ連軍がシベリアに展開している。

 では今すぐに開戦して良いのか?

「ソ連軍に重砲、戦車、航空機はどれ程存在するのか?」

 ほとんど無かった。

 銃もろくに持っていない歩兵中心、しかも歩兵の中には家族を連れていて、各地を開墾している者もいるという情報が、現地諜報員からの報告でもたらされている。

「では、それは戦力化されていない為、兵力として数えない。

 30個師団相当の兵力が、戦闘可能な状態になったと見たら、先制攻撃を可とする」

 このような回答となる。


(曖昧過ぎる!)

 満州北部の北安に駐屯する関東軍第四軍司令官となった武藤は、自身の縁を使って参謀本部に連絡、この件について問い詰める。

 だが、この曖昧さについて、電話口の参謀本部の相手からとんでもない意見を聞く。


「この件について吾輩の解釈なのだが。

 どのような状態が戦闘可能な状態かは、現地司令官の判断に委ねられております。

 天皇陛下への奏上が必要であった為、なるべく戦争を避けるような表現としたが、

 陸軍としては座して敵の準備が整うのを待たず、必要が有り次第先制攻撃を良しとする。

 それが当然の事と吾輩は考えておりますぞ、武藤閣下」

「そうか、そういう事なのか。

 このまま待っていてもジリ貧に陥るだけだ。

 おかしいと思っていたのだ」

 武藤は納得した。

 そして密かに先制攻撃の為の下準備を始める。


 あとはきっかけだ。

 そのきっかけ作りは、陸軍のお手の物と言える。

 張作霖爆殺事件、南満州鉄道爆破事件、柳条湖事件ときっかけは常に用意するものである。


「内蒙工作の続きをやろうか。

 蒙古の線からつついてみよう」

「大丈夫なのですか?

 また勝手な行動を、と参謀本部からとやかく言って来ませんかね」

 事情を知らない参謀の意見に、

「大丈夫だよ。

 むしろ参謀本部はそれを望んでいる。

 表向きは言えないようだがね」

 と答える。

 武藤が「必要が有り次第先制攻撃を良しとする」という回答を得た参謀本部の人間は不明である。

 議事録にあえて記載されていない。

 それが参謀本部全体の意見なのかも分からない。

 だが

「始めてしまえばこっちのものだ!」

 武藤はそう考えた。


 実際のところ、武藤と謎の参謀本部の人間の考えも、あながち間違いとも言えない。

 ソ連軍は満州侵攻への準備を急ピッチで進めていた。

 ソ連の計画では、9月までに30個師団相当どころか、その3倍の90個師団の兵力を集める予定である。

 戦車や重砲はそれよりは遅れるだろう。

 その頃には中央シベリアの河川が凍結し、戦車や砲牽引車が凍った大地を突き進んで来られる。


 航空機は、徐々に自力で極東までやって来ている。

 ソ連軍機は航続距離が短く、広大なシベリアを一気には渡って来ない。

 中間基地で補給をしてから飛来するが、この基地の補給能力はまだ高くない。

 現在、工兵や強制労働者が、後方に大規模な航空機整備拠点や生産工場、飛行場を作っている。

 温暖化の方の悪影響、凍土が融けていて難儀しているが、これも暫くしたら完成し、更に大規模な航空隊が進出して来るだろう。


 日本の現地諜報員はシベリア鉄道ばかりを見ていたが、ザバイカル戦線の兵士はトラック輸送もされていた。

 関東軍が把握している以上に、ソ連軍の戦争準備は進んでいる。

 だから、実は国際法ガン無視で先制攻撃を仕掛けるくらいで丁度良かったのである。

 このまま待っていたら、31個師団の関東軍は3倍の兵力に三方から攻められる。

 ならば準備が整わない内に仕掛けて、兵力の方だけでも壊滅させてしまおう。

 戦車や重砲はまだ到着が遅れている為、こいつらが来る前に対応する必要がある。

 そこまでは理解していないが、状況として

「日露戦争と同じである。

 敵の準備が整うのを待つ必要は無い」

 そう武藤は考えた。




 関東軍が進めた内蒙工作(内蒙古独立工作)とはどのようなものか?

 簡単に言うと、外蒙古ことモンゴル人民共和国に対し、その外側、南側は中国の河北省・山西省・陝西省に接し、東側は満州に接する内蒙古が在るが、これを中華民国から独立させる策略である。

 敵である蔣介石政権からも、共産主義であるモンゴル人民共和国からも切り離したモンゴル人の為の国、と言えば聞こえが良いが要は満州国のような存在を冊立するのだ。

 石原莞爾は、満州事変を起こし、満州国を立てるに当たって己の思想をそこに投影した。

 内蒙工作はその形だけ倣ったものだが、一応「五族協和」の中にモンゴル人も含まれるという思想も含まれてはいる。

 この工作で出来た蒙古聯合自治政府だが、大日本帝国と同盟関係に入った中華民国汪兆銘政権の顔を立てて、独立は認められず、あくまでも中華民国に隷属する自治領という形にされてしまった。

 またノモンハン事件での日本陸軍の敗北(と彼等は判断していた)で、工作自体も下火となる。

 内蒙古に手を出すより、満州国を固めた方が良いという判断だ。

 そして日ソ中立条約により、ソ連は満州国を認め、日本もモンゴル人民共和国を承認する事で国境問題も解決してしまった。

 その後の独ソ戦勃発とソ連シベリア方面軍の西進で、この数年内蒙は安定していた。


 だが、火種はまだ燻っている。

 蒙古自治政府の首班・徳王(本名デムチュクドンロブ、チンギス・ハーン30代目の子孫)は、完全独立を求めて来ている。

 モンゴル人民共和国のチョイバルサンは、汎モンゴル主義を掲げ、内蒙もモンゴル人民共和国に組み込みたい。

 こちらの方をつついてみよう。


「しかし武藤司令官閣下、我が第四軍は北方のソ連軍に対する備えであります。

 西の満蒙国境に勝手に出動しては、命令違反のみならず、肝心な北からの侵攻に対処出来ないのではないでしょうか?

 我等はここを動くべきではないかと愚考いたします」


 北の大興安嶺山脈を越えて来るソ連軍だが、ここは戦車は通行不能と考えられている。

 だが今、ソ連軍の戦車到着が遅れていた。

 ならば開き直って、歩兵だけで国境突破するなら、ここも安全地帯とは言えない。


 武藤は元々参謀である為、この件へも腹案があった。

……内蒙工作を進めていた人物らしい、実に政治的な作戦である。


「満蒙国境付近の騒動は別なものに起こして貰う。

 その後始末は支那派遣軍に担当して貰おう。

 一号作戦の時は、関東軍からも部隊を派遣したのだ。

 借りは返して貰おう。

 なあに、一旦戦端が開かれれば、支那派遣軍も高みの見物とはいくまい。

 距離的にも、この第四軍と比べてもそう遠くはない。

 自分にも支那派遣軍には知り合いが居るし、話は通しておこう」

 関東軍にも支那派遣軍にも、一定以上の「私は戦争が好きだ」という将校が居る。

 満州事変という輝かしい戦果に続き、国の栄光と己の名誉を高めたい。

 水面下で作戦行動が練られていった。




 今年の春頃から断続的にソ連軍による越境が相次いでいる。

 東方国境付近の五家子と虎頭、西方国境付近のモンゴシリで小規模な部隊が越境し、守備隊と銃撃戦を起こしていた。

 満州北東部の光風島では、ソ連軍による不法占拠事件も起こる。

 これらは日本軍の反応を見る為の威力偵察であろう。

 関東軍司令部も、それは承知していて大規模な反撃は行わない。

 関東軍の方も準備中であり、今戦端を開きたくない事情もあった。


 独ソ戦を参考に、ソ連軍戦車とも戦えるであろうカタログスペックを持った四式中戦車・七糎半戦車砲(長) 搭載型の試験が終わった。

 この量産を待っている。

 口径75mmの長砲身砲で、中国で鹵獲したスウェーデン・ボフォース社製75mm高射砲をコピーした、ソ連の戦車とも互角に戦えるだろうと考えられている期待の砲である。

 この戦車砲を搭載した新型の四式中戦車と、一式中戦車の砲をこの七糎半戦車砲に換装した三式中戦車をもって、ノモンハン事件の借りを返したい。

 だが、配備完了は早くて来年五月である。


(そこまで待てるか!

 ソ連軍はすぐそこに来ている)


 戦車に比べれば、航空機の方は随分と充実していた。

 液冷エンジン搭載の三式戦闘機と、二千馬力級エンジンの四式戦闘機。

 更に極めて高速の四式重爆撃機も揃いつつあった。

 戦闘機に搭載されている液冷エンジンも二千馬力級空冷エンジンも、一号作戦終了に伴い工場に人手が戻り、当初は不具合だらけだったものも次第に品質が上がって来ていた。

 だが、現場の整備員泣かせなのは変わりない。


 武藤たちの派閥は戦車はソ連の方が先に揃うから、関東軍が戦車を定数揃えるまで待たず、航空機においては優勢な現時点で仕掛けるのが得策と判断した。

 そして最低限の確認、イギリスとドイツのどちらも敵に回さない、南方で戦う事は一切無いし、両国とも確認が取れたと分かった時点で行動を開始する。





 内蒙古は日本陸軍の駐留が許されていた。

 そこからモンゴル人民共和国への移住希望者が大量に現れ、日本軍部隊と揉め事を起こす。

 国境付近という事もあり、モンゴルの国境警備隊も出て来て、睨み合いに入る。

 ここで軍使を送り、移動する者の身分照会と引き渡し、犯罪者ならば引き取り拒否等の現場やり取りで終了する。

 だがこの時、何者かが日本側の送った使者に発砲した。

 その銃弾はモンゴル側から撃ち込まれたものである。

 使者に当たらなかったものの、周囲に何発分もの土埃を巻き上げ、何が起きたかは一目瞭然であった。

 これに対し日本軍は反撃。

 そのままモンゴル国境警備隊を蹴散らし、モンゴルに越境攻撃を行う。


 この国境での事件をきっかけに、関東軍の一部が師団規模での越境攻撃を開始。

 ソ連軍ザバイカル戦線から援軍が出ると、関東軍の方でも増援を出さざるを得ず、戦闘は拡大。

 更に「防衛的先制攻撃の為」と称し、第四軍が北方に移動。

 なし崩し的に日ソは開戦してしまった……。

三式戦闘機は「飛燕」、四式戦闘機は「疾風」、四式重爆撃機は「飛龍」の愛称ですが、アメリカ消滅に伴って防諜上の「〇〇式だと製造年が分かってしまう」という意識が薄くなり、年式が正式名称のままだったりします。

だって、今まで戦ってたのは中華民国・蔣介石軍で、しかも空軍戦力の支援が無くなっていましたし、年式まで機密にする必要が全く無かったので。

次話は29日17時にアップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] もしかして、この世界線では震電は登場しないのかな [一言] 飛燕も疾風も飛べそうで安心だが、その後継がどうなるか。 出来れば、ウラジオストクを飛ぶ紫電改が読みたい
[良い点] この中央を無視したグダグダ謀略具合がいい感じに旧日本軍ぽいのを表してますね。 [気になる点] 謎の参謀本部の人、辻っぽく感じてしまうw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ