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総力戦研究所

日本には、これから立ち上がる総力戦研究所以外にも

「今後の日本をどうしたら良いか?」

を考える機関が存在する。

官僚たちの「企画院」もその一つだ。

松岡の上司・岸信介はこちらに関わっている。

岸は、松岡が今後たどり着く資源不足について、とっくに予測していた。

優秀な商工官僚なら誰でもその結論にたどり着くだろう。

だが岸はそれでも良いと考える。

なにせ、企画院の目指すのは「計画経済」。

資源確保が難しければ難しい程、計画を主導する革新派官僚が力を持てるのだから。

 昭和十五年(1940年)九月三十日、勅令第648号が施行された。

 これにて内閣総理大臣直轄の「総力戦研究所」が開設される。

 この機関は各官庁・陸海軍・民間等から選抜された若手エリートで、総力戦体制に向けた教育と訓練をするものである。

 もっと砕けた書き方をするなら

「アメリカ合衆国と全面戦争になったら、どうしたら良いかをシミュレートする」

 のが目的だ。

 結果として「負け」が出たとしても、何年粘れるか、どうやったら破滅的敗北を回避出来るか、相手は何を狙って来るのか、を纏められたら良い。


 だが、アメリカ合衆国は消滅した。

 総力戦の対象は変更せざるを得ない。

 そこで、以下のような組み合わせで総力戦を想定し、それぞれを纏める事となった。


壱:対ソビエト連邦

弐:対イギリス帝国

参:対ドイツ・イタリア枢軸

肆:対イギリス・ソ連連合軍

伍:対ドイツ・イタリア・ソ連連合軍

陸:対ドイツ・イタリア・ソ連・イギリス連合軍


「欧州情勢は複雑怪奇」

 こう言って情勢を読めず、辞任した総理大臣もいる。

 どのような組み合わせが発生してもおかしくない。


 松岡外相は世界を「東アジア」「アメリカ」「欧州」「ロシア」のブロックで考えている。

 これは松岡外相だけの構想ではない。

 陸軍で、現在は左遷されている石原莞爾が、アメリカ消滅の前日に出版した「世界最終戦争論」でも同様の思考をしている。

「世界はヨーロッパ、ソビエト連邦、東亜、南北アメリカの連合国家に纏まる。

 最終的には東洋の王道と西洋の覇道で衝突し、それが世界最後の戦争となる」

 というものだ。

 最終戦争がどうこうは置いて、こういう思考は多くの者が抱いている。

 これには地政学用語で言う「生存圏(レーベンスラウム)」が影響しているだろう。


 「生存圏」とは、国家が自給自足を行う為に必要な政治的支配が及ぶ領土の事で、国力が充足すれば、より多くの資源が必要となって生存圏は拡張される、とする。

 ドイツはこの考えを元に、東方に領土を拡張している。

 もっともドイツの場合

「停滞と退化からドイツ人種を守る手段として必要なもの」

 として生存圏拡大を思想的にしてもいた。


 日本は、1929年の世界恐慌において、英仏植民地帝国が行ったブロック経済から弾き出され、独自の経済圏を欲した。

 そして日本の産業が成り立つだけの資源を確保し、売りつけるだけの人口を得る為に「満蒙は日本の生命線」という思考に至る。

 更に「遠い英仏からアジアを解放し、アジアの経済圏を作ろう」という「大東亜共栄圏」を構想している。

 つまり世界のブロック化において、日本が潰れない為の「生存圏」としての考えである。


 やがて集約したブロック同士が、次の成長においてぶつかる、そういう思考に至る。

 その時に負けない為にも、自分のブロックはしっかりと固めなければならない。


 この思考の反対にあるのが「地球規模統合(グローバリズム)」であろう。

 だが、1940年までにそういう事を大っぴらに言っているのは「世界同時革命」を標榜する共産主義者で、その共産主義の中ですらスターリンは「一国社会主義論」を唱えて、同時革命論のトロツキーを追放している。

 世界全体を一つで考えるより、まずは自分の所が大事、それが当世の思考の主流だろう。




 さて、アメリカが消滅した。

 日本のブロック構想における前提が崩れた。

 ドイツの生存圏追及では、アメリカには背後を衝かれなければ良いだけなので、大した方針変更は無い。

 日本の場合は「戦国時代が三国志に変わった」くらいのインパクトが有る。

 別な場所で戦争が起こっているから、こちらで火事場泥棒を、てな考えが通用しない。

 三竦み、即ち二者が戦争をすれば残る一者の得となる、二者が組めば他の一者を圧倒出来る、故にプレイヤーは他の二者の動向に常に気を配り、自滅するような一か八かの博打に出にくくなる。

 この三竦み状態では、自分以外の二者に手を組まれた場合の対応こそが重要課題だろう。

 総力戦研究所では、それを想定し、現在の同盟国ドイツが仇敵ソ連と組むという事態もシミュレートしなければならない。

 なにせ、前年の1939年には「防共協定」を結んでいたドイツが、ソ連と不可侵条約を結んでいるのだ。

 ありとあらゆる場合を考えるべきなのだ。


 松岡成十郎は総力戦研究所に商工省代表で参画している。

 一期生として昭和十七年三月(年度末)まで研究を行う。

 ただし、前提が変わった今、一期生の負担は大きくなった。

 一期生が上手く纏められたら二期生以降は楽になるが、一期生で手に負えなければ二期生の負担となろう。

 松岡は軍事は専門外である。

 専ら経済戦を研究する。

 そして、どう考えても「今の日本は、このままでは衰弱死する」という結論に至る。

 産業で必要な石油が無いのだ。

 今まではアメリカから買っていた。

 それも原油だけではない。

 航空機用燃料や潤滑油、航空ガソリン添加用四エチル鉛といった石油製品、その材料もである。

 今の日本に、高品質な石油製品を精製する技術や、精製する為の装置を作る技術は無い。

 それを解消するには

・自前の油田を発見し、自前の技術を磨く

・南方のイギリス植民地から奪う

・イギリスやソ連をアメリカの代わりとして購入する

 となるだろう。


 第一案は時間が掛かり過ぎる。

 大体、周囲に油田等無い。

(満州の大慶油田、樺太の天然ガスは全く知られていなく、それを探す技術も採掘する技術や資本も日本には無かった)


 第二案は、とりあえずの石油確保は出来るが、技術の上昇にはやはり時間が掛かる。

 そしてイギリスとの戦争を誘発する。

 イギリスと戦争せずに油田を確保するには、イギリスがドイツに屈服していれば良い。

 ドイツと組んで、巨大な海を渡ってイギリスの背後を衝く手もある。

 イギリス本土はドイツに任せ、シンガポール、マレー、そしてインドをイギリスから奪って資源を断つという手もある。

 妙手にも思える。


(だが、急転直下、イギリスがドイツと和睦する可能性も考えられる。

 白人同士が手を組んで黄色人種を阻む事は十分に考えられる。

 ドイツだってイギリスから石油を売ると言われたら、転ぶだろう)


 すると、英連邦との全面戦争を想定しなければならない。

 どこまで戦えるか、総力戦研究所に居る陸海軍の研究員と話さねばなるまい。


 第三案は手っ取り早い。

 この案の欠点は、ドイツを敵に回す可能性が有る事だ。

 ドイツが石油を生産出来ない以上、石油確保でドイツを購入先にするという選択肢は無い。

 中東や東南アジアに油田を持つイギリスか、バクー油田を持つソ連が選択肢となる。

 イギリスは現状ドイツと交戦しているし、ソ連はヒトラーが憎む共産主義国家で、かつドイツの生存圏の向かう先だ。

 ブロック同士の衝突、或いはブロック内での争いで、両方と手を組むのは困難だ。

 イギリスまたはソ連と手を組んだら、ドイツが敵になる可能性もある。




 石油をベースとした思考で、どういう戦争が想定されるかを整理した。

 この上で経済戦争はどう推移するか?


 経済戦争で、一番厳しいのはイギリスから石油を止められた場合だ。

 アメリカが無い以上、イギリスから止められたら、もうソ連に頭を下げる他ない。

 だが、ソ連は油断ならないし、バクーの石油を極東に輸送するのは高コストだ。

 石油価格はぼったくりもあって高騰し、やはり日本の産業は衰退する。


 ドイツと喧嘩をしたら、工作機械(マザーマシン)の更新が止まる。

 松岡は知らない事だが、先月進水した「第一号艦」と呼ばれる巨大戦艦の16インチ砲(本当のサイズは18.1インチだが、情報秘匿の為に16インチと称している)砲身を削ったのはドイツワグナー社の旋盤である。

 航空機のエンジンも、イギリスのロールスロイス社やブリストル社以外で、ドイツのダイムラー・ベンツ社、ハインケル社、ユンカース社は有力メーカーで、特に液冷エンジンは技術導入の為にも購入したい。

(三菱も中島飛行機も、エンジンはアメリカのプラット・アンド・ホイットニー社の技術を使っていたなあ)

 アメリカ消滅の影響は大きい。


 ソ連とは大きな貿易、重要な貿易は無い。

 だが英独と違い、北海道の目と鼻の先に在り、樺太では陸上で国境を接している。

 漁業において、度々漁民が逮捕されたりして、摩擦が絶えない。

 軍事は専門外だが、それでもシベリアのソ連軍が満州に侵攻して戦争になったら、日本の生命線・満州の経済活動が止まる。

 単純な経済戦争だけでは計算出来ない、実際の戦争とセットにして考える必要が有るだろう。




(なるほど、東條陸相や松岡外相とのコネは重要だった)

 松岡は岸次官が重要人物と引き会わせてくれた事を感謝する。

 ドイツを切っても技術更新が滞るくらいで、影響は少ない。

 ソ連を切っても、元々仲が悪い国、戦争をすれば良いだけだ。

 イギリスとの関係が重要だ。

 という結論を出すと、特に陸軍は不快に思うだろう。

 陸軍が不快に思うと、それはすぐに新聞社が報道する。

 国士と呼ばれる血の気の多い者が、国賊に天誅を加える為にやって来る。

 それを防ぐには、有力者の庇護が必要だ。

 そもそも不愉快に思わせなければ、危険も無い。

 だが、それには相手を知らなければならない。

 幸いにも、というべきか、この研究所は研究をすれば良く、それを国策に反映させるかどうかは政治家や軍人の領分だ。

 その事を弁えて、相手が受け入れやすい形に纏めれば良い。


(次官には感謝するよ、本当に。

 でも、あの人にはあの人の計算が有って、自分を紹介したんだろうなあ)


 当然だが、松岡が東條に気に入られたら、紹介者たる岸の株も上がる。

 岸の政策を松岡を通して反映させやすくもなるのだ。


 しかし、松岡にはどうしても言いにくい事実がある。

 誰もが不快に思う。

 言わねばならない松岡自身にも不快な事実。

 現在のどの勢力と手を組んでも、アメリカ合衆国健在だった時のような経済力と軍事力を維持出来ないという事実。

 どの勢力から買っても、奪っても、原油や鉄鉱石という資源ではない、石油製品や産業用の鉄が確保出来ない。

(いずれ誰かが気づくだろう。

 如何に不満を持たれずに、この事実に基づいた商工業体制を作る提言をするか、だ)



 かくして総力戦研究所では、あらゆる状況での日本について研究が進む。

 しかし、彼等には重要なデータが抜けていた。

 気候変動に伴う食糧生産の変化、それによる生存圏の移動と戦争の可能性。

 そしてアジアを襲う環境の激変であった。

土日、駆け足で6話までアップしました。

「有人宇宙船」と「武田信長」も連載してますので、これからは3日に1話の更新とします。


5日、8日、11日が「有人宇宙船」

6日、9日、12日が「武田信長」

7日、10日、13日が「アメリカ消滅」

てなローテーションでいきます。

(どれかが終了したら、更新間隔も調整)


よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 海賊と呼ばれる男はこの世界に居るのですかね?wktk
[良い点] アメリカが消滅するという発想はなかった! 気候の変化も考えたことがなかったので面白いと思いながら読んでました [一言] ブックマークに登録しました(*´∀`*)
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] なかなかシリアスな展開ですね。 気候変動に伴う世界的な食糧の減産は斬新な切り口だと思います。 安土桃山時代、いわゆる戦国時代は小氷河期だったと目にした事があり…
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