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混乱の大日本帝国

イタリアに侵攻したドイツ軍は、時々強力な抵抗を受ける。

「あの弱いイタリア軍が何故こんなに強い?」

第一次世界大戦ではドイツの浸透戦術に脆く敗れまくり、

第二次世界大戦でもギリシャに苦戦、北アフリカではイギリスに叩き出された弱さから

ドイツ軍は呑んでかかっていたのだが……。

「やはり故郷を守るとなると、イタリア兵も強兵となるのだろう」

「そうだな、警戒せねば」


彼らはまだ気づいていない。

11人(サッカーの人数)までのイタリア人は世界でも稀に見る強兵だということを。

 ドイツとソ連の和平成立。

 ドイツとイタリアで開戦。

 イギリスがイタリア側に立ってドイツと再戦。

 情報がリアルタイムには届かない日本は混乱していた。


 ドイツ・イタリア・イギリス全て日本の同盟国である。

 ソ連は中立条約を結んだとはいえ、油断がならない強敵である。

 枠組みがガラっと変わった事に、内閣では方針が決定出来ずにいた。


「欧州情勢は複雑怪奇と言って、政権を投げ出せたらどれ程楽だろう」

 東久邇宮はそうボヤく。

 まあ、そんな事をしたら天皇が堪忍袋の緒を切ってしまい、下手をしたら死を賜ってしまうだろう。

 近衛が責任放棄して政権を投げ出した時も、相当に激怒していた。

 侍従たちが宥めて落ち着いたのだが、二回連続で総理大臣が責任放棄なんかしたら激怒で収まるかどうか。


 日本の混乱は、外交情勢の変化だけに留まらない。

 この冬は厳冬となった。

 北極振動と呼ばれる気象現象のせいなのだが、初めて知った事でもあり、まだ名前もついていないジェット気流の蛇行現象について、政府は上手く説明が出来ない。

 こうなると

「チャーチル発表は嘘だったのではないか。

 何が東アジアの温暖化だ。

 寒いではないか!」

 こう言う者が増え、イギリスに対する不信感を強める。




 日本の幸運でもあり、混乱要素なのが気候の不安定さである。

 原因はヒマラヤ山脈だ。

 ここから発生する季節風(モンスーン)が上空の熱気を移動させ、台風も高速移動させる。

 それだけでなく、この季節風が北極にも影響を与える。

 それで予測困難なジェット気流の蛇行、北極振動を起こし、この影響で強力な北極の寒気が海流の影響を圧する事もあるのだ。

 この為、暖冬でない年も起こる。

 日本海を流れる暖流は強いままなので、そこの水蒸気が強い上空の寒気によって冷やされ、やはり豪雪を生む。


 また、これより遥か後に明らかになるのだが、深層海流湧昇位置の振動であるエルニーニョ現象、ラニーニャ現象による冷夏や台風頻発年も起こる。

 この為、チャーチル発表の「東アジアは温暖化」は単純には説明し切れない。

 もっと複雑なのだ。

 ヨーロッパはこの点単純だ。

 寒冷気候か、超寒冷気候かの二択であり、どの道人民の避難が必要である。

 日本は「暖冬・高温夏」「厳冬・高温夏」「暖冬・冷夏」「厳冬・冷夏」のどれかの組み合わせとなる為、分かりづらい。

 チャーチルだけでなく、全世界の学者がまだ分かっていない。

 温暖化側で起こるのは、高温化の他に「変化が極端になる」であった。

 科学よりまだ迷信が通じるこの時期の日本人には、イギリスの陰謀論の方が理解出来るもののようだ。




 一号作戦こと「大陸打通作戦」の成功、成功と宣伝されたものなのだが、それによって日本国民の意気は上がりまくっていた。

 ついに支那を屈服させた。

 ソ連だって、日露戦争の時に一回勝った相手だ。

 何程のものがあろうや。

 イギリスは信用出来ないし、ドイツとの戦争に入った。

 ならば我が国はドイツと組んでアジアにおけるイギリス植民地を解放し、大東亜共栄圏を作ろうではないか!

 ソ連が仮に攻めて来ても、無敵関東軍と支那派遣軍が居れば、簡単に勝てるだろう。

 その勝利に乗じてウラル山脈まで攻め落とし、東シベリア一帯を日本領にしてしまえ!


 陸軍統制派の首魁・東條英機も、満州事変の張本人で思想家の石原莞爾も、共に頭を抱える自信過剰な意見が飛び交っている。

「ソ連とイギリスを同時に敵に回すとか、馬鹿か!」

 そう思うが、市井ではその条件で戦争をして、勝つ方法が論じられ始める。


 既に総力戦研究所で「ソ連相手では単独では勝ち目が無い、資源、特に石油が持たない」と分析している。

 総力戦研究所は、政官財軍各界からエリートが集まって、最新のデータを基に分析をし、自分を責任者とした模擬内閣で戦争遂行をした演習を繰り返していた。

 その分析結果で、何度やっても「ソ連を撃退するには、単独では無理で、イギリスやオランダと関係良好となって石油と鉄鋼を安定確保する必要がある」という結論しか出ないのに、市井では自称「軍事の達人」が違う結論を出している。


「まずは海軍が馬来(マラヤ)、仏印、蘭印を制圧し、石油を確保する。

 陸軍は北進し、蒙古高原で蘇聯を迎え撃つ。

 蘇聯は独逸との戦争で消耗し切っている為、勝つのは簡単だ。

 そのまま追撃を行い、バイカル湖より東は全て占領する」


 こういう展開の架空戦記が新聞に掲載され始めた。

 この作者は

「ウラル山脈まで攻め上がるという非現実的要素を排し、現実的な話を書いてみた」

 と述べている。


 確かにこれが、一番現実的な方であった。

 もっと痛快な講談も行われている。


「帝国陸軍はウラル山脈を越えた!

 ああ、あれがモスクワの灯である。

 ドイツ軍が半年も維持出来なかった都市を、今度は帝国陸軍が制圧するのだ。

 当然ソ連も反撃に出て来る。

 そこに襲いかかる我等が荒鷲!

 空からの攻撃に、ソ連の戦車隊は火を噴いて全滅するのであった!!」


 こんな具合である。

 日本軍無謬論が蔓延っていて、陸軍にも痛し痒しであった。

 というのも、無敵日本軍を信じる者は

「蔣介石との和睦も必要無かった。

 そのまま滅亡させてやれば良かったのだ」

 と口にする。

 特に新聞がそれを書いて煽り立てる事が腹立たしい。

(あの洪水地獄を一回経験してみろ!

 口では何とでも言える!)

 と言いたいが、陸軍を高く評価しての言なので文句を言うのも躊躇われる。


 時計の針が昭和一桁年代に戻ったような感じだ。

 世には威勢の良い言葉が飛び交い、慎重論は「弱気」と断じられる。

 故に世間は海軍の軍縮に反対する。

 海軍はその声を利用し、艦隊を維持しようとし続ける。


「私は軍縮をしろとは言っていない。

 今の情勢と技術に合った海軍に変革しろと言っているだけだ。

 大艦巨砲主義はやめて、航空主兵にせよ。

 戦艦等、何隻あろうが航空攻撃の前には役に立たない」

 そう主張するのは、第四艦隊司令長官から海軍兵学校校長に転任となり、内地に戻って来た井上成美中将である。

 海軍軍人である彼は、まだ一般にその存在を教えていない「大和」型戦艦の実情も知っている。


 井上は空母の建造にも反対である。

 「大和」型の建造費は約一億四千万円。

 これに対し「翔鶴」級空母の建造費は約八千五百万円。

 一見安いように見えるが、空母には艦載機が必要である。

 航空機も年々高性能化する為、零式艦上戦闘機、三式艦上攻撃機、二式艦上爆撃機を定数調達すると空母も1隻あたり一億円以上予算を使ってしまう。

 空母を抜きしても、軍用機は平時でも一年程度の寿命しか持たない。

 使っていればボロボロになってしまう。

 さらに航空機は毎年エンジンの性能向上があり、更新間隔が短い。

 新型機の開発費、調達価格の上昇もあり、それなりに金がかかる。

 全然安上がりではない。


 だが、鉄の使用量で見れば話が変わる。

 戦艦や空母は排水量から単純に考えても数万トンの鉄を使用する。

 航空機はアルミニウム合金が主である。

 くず鉄の輸入元、アメリカ合衆国が消滅した為、日本は鉄調達を切り替えている最中だ。

 戦艦や空母を建造すると、産業に必要な分を削らざるを得ない。

 一方、アルミニウムの原料ボーキサイトの調達は北米大陸消滅の影響を受けていない。

 オランダ領東インドのビンタン島産のボーキサイトが使われている。


「戦艦も空母も、古いやつはスクラップにし、その廃材を産業に回せば良い」

 こういう言い方をする為、井上は正論ではあっても、周囲からは嫌われる。

 正直、戦艦「扶桑」「山城」辺りは戦力外であり、空母も「鳳翔」は小型過ぎて新型艦載機を運用出来ない為、海軍でも持て余している部分がある。

 せめてこの辺だけに言及しておけば、井上への風当たりも変わっていただろう。


「山本さんにも困ったもんだ」

 井上は愚痴を零す。

 井上成美と同じ航空主兵論者の山本五十六だが、彼は戦艦「大和」を気に入ってしまったのだ。

「戦艦は床の間の飾りと言ったが、

 飾りは飾りで必要だな」

 と乗り心地を絶賛している。


 山本五十六は、井上成美程言動が過激ではない為、艦隊派をある程度納得させる為に戦艦も認める発言をしていた。

 確かに井上の言は正論だ。

 だが、軍艦は航空機よりも更新間隔が長い。

 この「大和」と「武蔵」は、ワシントン条約準拠で二十年近く使う事が出来る。

 艦齢二十年に達したら代艦建造とすれば良く、それまでは使い続ければ良い。

 その間に日本人の意識も変わるだろう。

 山本は、今すぐ減らせ、ではなく計画を見直して更新する際に代艦の隻数、トン数を減らして少しずつコンパクトな海軍にしていこうと考えていた。


 それでは今そこにある危機に間に合わない、というのが井上である。

 それは分かるが、余り急にやり過ぎると失敗するぞ、というのが山本の考えである。

 軍縮派も一枚岩ではなかった。


 この航空主兵のネックが、日本の電気料金の高さである。

 アルミニウムの精錬には電気が必要なのだが、日本はその電力生産設備が貧弱である。

 水力発電主体だ。

 これは、石油が採れない以上やむを得ない部分もある。

 今、田中角栄という実業家が水利用のダム建設で、同時に発電もこなせるようにし、電力供給を増やそうとしている。

 その話は井上成美や山本五十六にも伝わって来ていた。

 電気料金の高さは、航空機調達部門に関わった者なら気にしてしまう。

 田中という男は、理研財閥の伝手を使いまくり、各省に必要な電力を聞きまくり、効率の良い発電法について調査していて、全体での発電量と電気料金による建造費支払いで、どれくらいの料金で何年かければ完済可能かを纏めているという。


「田中某は俺と同じ越後の生まれらしいな。

 一回会ってみたいもんだ。

 堀君は会った事あるんだろ?

 どんな奴だい?」

 山本五十六は、彼を訪ねて来た堀悌吉に聞く。

「せわしなく走り回っていて、落ち着きは無かったな。

 だが、不思議と人好きがする感じだ。

 僕にもニコニコしながら挨拶に来たよ。

 なんか彼、国士に命を狙われたそうだけど、上手く説得して帰したそうだ。

 まあ、直接会ってしまえば殺せないような気がするね」

「人格については分かったけど、力量は?」

「僕もこれ以上は分からないよ。

 造船で使う電力について聞かれたけど、意見を言わずに聞き続けていたから、どの程度理解したのか分からない。

 ただ、随分と勉強している感じには受け取れた」

 そして堀は溜息を吐く。

「さっき言ったように、彼は国士、壮士に命を狙われているようだ。

 困ったものだね。

 財閥の使い走りをし、国から事業を引き受けて、小さい企業の癖に大儲けしているって言われているようだ。

 私腹を肥やしている、と。

 だが、彼が作ろうとしているダムと発電所が、結果として軍備増強に繋がる。

 そこのところを分かろうとしない人が多過ぎる」


 世間はまだ、航空機の生産にどれだけ電力が必要か、まるで理解をしていない。

 ナチス・ドイツを賞賛する癖に、ヒトラーが言う戦争をするには経済の事から考えねばならない、資源や穀倉地帯の確保は軍事的要衝を占領したり敵兵力を殲滅するより先に行わねばならない、という理屈を知らない。

 そして、幕末や昭和一桁年と同じように、観念論に動かされた者が行動を起こすようになる。

気象・海洋系の影響は大体出揃ったと思います。

あとは、有っても長周期の影響であと数年の歴史ifには関係しません。


次話は11日17時にアップします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日本なんとか乗り切ったように見えたけど史実ルートに戻っちゃう? どんな愚行が再開されるのか更新が楽しみです!
[気になる点] 今も変わらない日本の風景な気がするんだけど。
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