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北極事情は真に複雑怪奇

振動(テレコネクション)とは?

遠隔相関とも呼ぶ。

「ある地点で起きた現象が、離れた地点での変動に相関する」というもの。

有名なのは、深層海流の湧き上がりの異常で起きた、東西の赤道海水温の変化が、中緯度地域の気象に影響を与える「エルニーニョ現象」と「ラニーニャ現象」。

なお、デンマークの冬がいつもより寒いと、グリーンランドは逆に暖かくなり、その反対もあるという事は、バイキングの時代から既に知られていた。

学術用語として「振動」が最初に使われたのは、1924年にアゾレス高気圧とアイスランド低気圧の相関で気象が変わる事を「北大西洋振動(North Atlantic Oscillation)」と呼んだものになる。

この大西洋振動(NAO)を見つけたギルバート・ウォーカーは、現在イギリス空軍の気象委員会に居て、北極には来ないで異常気象について調査をしている。

 宇多たち日本の科学者チームは、北極での観測を続けている。

 政治的、経済的な事と違い、イギリスチームも傲慢ではなく、協力的で真摯な態度だ。

 実際、日本のラジオゾンデを使った上空の観測技法や、日本が長年収集した東方の海洋及び気象観測データを使った変位照らし合わせ等、日本の協力が無くては彼等も困る。

 東京で松岡が考えた

(日英が対等になるには、日本が無視出来ない価値を持つ必要が有る)

 というものが、科学の世界では実現している。


 こちらでは更に色々な協力関係が出来る。

 中立条約を結んでいるとは言え、お互い緊張している日本とソ連だが、そのソ連からも科学アカデミーの学者が派遣されて来た。

 その裏には、極東地域が温暖化するというチャーチル発表を確認したいスターリンの意向がある。

 だが、その思惑を理解した上で、ソ連の科学者は心までは支配されていなかった。

 というより、既に学術的好奇心というものに洗脳されている彼等に、共産主義の理念や国家への忠誠心という二次的な洗脳は効果が無いようである。

 ソ連としてもデータを得たい。

 シベリアの気象データと、ソ連側北極海の安全航行及び寄港許可を土産に、調査に参加を申し出た。

 日英の科学者チームは警戒しつつも、彼等もまた学問馬鹿であり、これを受け容れた。


 もう一つ、新合衆国の科学者もやって来る。

 彼等が意地で確保しているアリューシャン列島や一部の島嶼の事もあるが、彼等はもっと大きな視点で物事を考えていた。

 新合衆国の主要領土と人口集中地域はフィリピン、ハワイ、キューバである。

 つまりチャーチル発表では「温暖化」の方。

 地球の熱循環が大きく変わった時、熱の上流に位置する地域にあたる。

 ただ「暑くなったね」で終わらせない。

 この熱はどのように循環し、地球をどう変えていくのか?


 新合衆国はアメリカ合衆国消滅の後、全世界に散らばっている国民を糾合して作られようとしている。

 新合衆国(ニュー・ユナイテッド・ステイツ)自体暫定的な名称だ。

 彼等は敵によらない亡国を体験した人たちであり、立場的に敵による亡国のオランダやノルウェーと変わらない。

 この残った地がアメリカ合衆国の全てなのだ。

 この残った地が、果たして安住の地となるかどうか?

 チャーチル発表が間違っていたなら?

 大筋で間違ってはいないのだろうが、熱変動の見積もりが誤っていて、今後新合衆国の地が熱帯を超えた灼熱地帯となり、人間が居住出来なくなる可能性は無いだろうか?

 もしそうなってしまったら、彼等には行く場所が無い。

 それはヨーロッパにおける領土を失いながら、熱帯の植民地に生き残りをかけているオランダやベルギーにも当てはまるが、彼等はまず南への移住が先決であり、そこまで頭が回っていない。


 ハワイには大学がある。

 そこには数こそアメリカ合衆国消滅前と比べ物にならないとは言え、学者が残っていた。

 この危機に真っ先に思い当たったのが、まだ学者とは言えない学生だったのが如何にもアメリカらしいが、その後の柔軟さもまたアメリカらしい。

 学者はすぐにそれを理解し、フィリピンで暫定的に首班の椅子に座っているマッカーサーに伝える。

 それからは、規模が小さくなって小回りが利くようになった事もあり、あっという間に

「新合衆国も北極の調査に人員を派遣する。

 お土産として、フィリピン、ハワイ、カリブ海地域の各種観測データを持参する。

 軍事機密としていたデータも、公開して構わない」

 と決まった。


 こうして一大観測チームとなり、多角的な視点で調査が行われるようになった。

 そんな中、北極上空の気流を観測していた日本チームが異常を発見する。

「気流が乱れている」


 日本は気球を使った上空観測の先進国だった。

 エスペラント語で発表したから注目されず、ドイツ人の命名が一般的となったものの、世界で最初にジェット気流を見つけていたのも日本である。

 その気球観測を北極でも行っていたのだが、ある時に異常を見つける。


 地球の自転軸上に位置する北極と南極。

 ここには環極流という気流が循環している。

 南極の場合はほぼ円形だが、北極は異なる。

 周囲を陸地に囲まれた北極には、遠くヒマラヤ山脈からの季節風も影響を与える。

 それでも極域に留まる気流だったのだが、秋を過ぎた頃から変動が始まった。

 かなり低緯度まで気流が南下していた。


 これは北極振動という現象である。

 原因は不明だ。

 太陽活動が関係していると考えられる。

 原因はともかく、彼等はこの未知の現象に頭を抱える。

 いや、未知というより、今までの人類が無知だった。

 北米大陸消滅という事件が起きて、初めて全世界規模で科学者が北極の総合観測に乗り出したのだから。


 日本隊の報告を受け、イギリス隊、ソ連隊も調査を始める。

 意外な所からも、これを裏付ける報告が入った。

 ドイツとソ連が死闘を繰り広げていた東部戦線からである。


 インド独立運動家を巡る駆け引きで、ヒトラーとスターリンはなし崩し的に戦闘を停止させる事に成功していた。

 だが、戦争が正式に終わったわけではない。

 北はレニングラード、南はクリミア半島の広範な地域で、互いに偵察機を飛ばし、それに対して迎撃機が監視の為に貼り付いたりと、空では超過勤務が続いていた。

 そのパイロットたちが上げて来る報告が、観測隊の気球による異常発見と時を同じくして、上空の異変を知らせていた。


 北米大陸消滅以来、遮るもの無く北大海洋を渡って来る偏西風は強くなっていた。

 上空を飛ぶ事は困難である。

 だが、その風は西から東に吹く。

 最近の異常は、北から南に吹く強風があり、所々で乱流が発生している事だ。

 その乱流によって墜落した機体もあるし、北風によって流されてしまった機体もある。

 帰還したパイロット、墜落するも脱出して敵地で捕虜になったパイロット、その双方から事情聴取をした結果、謎の北風の存在を独ソ共に知る。


 ドイツは、イギリスがリードする国際観測チームとは別に、独自の北極観測隊を出していた。

 ドイツはノルウェーを占領している為、そこを拠点としている。

 ドイツが制海権を持つ、ノルウェー沖からバレンツ海の調査を始めた。

 ヒトラーもチャーチル発表を鵜呑みにしてはいない。

 陰謀論大好きな彼は、これも状況を利用したイギリスの謀略の疑いを捨てていない。

 異常気象は事実だが、それがチャーチル発表の通りなのか、自分の目で確かめる。

 チャーチル発表は単なるラジオ演説だけでなく、その後詳細なデータも添えて新聞発表がされた。

 そして、大使館が置かれた国ならば、申請すれば更に詳細なデータも貰える。

 それが生データではなく、写しである事から

(幾らでも情報操作は出来る)

 とヒトラーのみならず、スターリンも考える。

 それ故の独自の調査チーム編成なわけだ。


 その学者チームは当然の主張をする。

 データが足りない、もっと広域を調査したい。

 だが、ドイツは北太平洋まで観測隊を送る能力が無い。

 日本に拠点を借りたい。

 そうなるとイギリスにも当然伝わる。


「よかろう、諸君たちにイギリスとの合同調査を許可する。

 彼等が居る旧カナダ海域まで航行を許可する。

 何にせよ、情報交換しておいた方が良い」


 スターリンも、極東でイギリスや日本と合同で行っている観測隊の他、中央シベリアからカラ海の調査隊も出していた。

 極東の国際観測隊からは、東部戦線の気流異常を裏付ける情報が入る。

 一方の中央シベリア隊は

「気流が逆に見当たらない」

 という報告であった。


(これは我々だけでは分からない)

 スターリンはヒトラーに比べれば、学問に対して柔軟であった。

 ヒトラーは科学知識が多少あり、それでかえって我を張る癖がある。

 スターリンはその辺無知を自覚していて、専門家の話に耳を傾ける。


「分かった。

 東部戦線の情報をイギリスにも教えてやれ。

 その代わり、奴等がどう考えているかも聞き出すように」


 こうして空白域が全て埋まった状態で、北極上空の異変観測とデータのすり合わせ作業が成された。

 どうも北極上空の気流が大幅に蛇行しているように考えられる。

 今回初めて知った。

 スターリンは、これが何なのか知りたがっている。

 彼等も知らない。

 初めて知った現象なのだ。

 学者にしても無知であったと思い知らされる。

 だから彼等は議論する。


・これは恒常的に起こる事なのか? それとも一時的なものなのか?

・この現象による気象への影響は何なのか?

・この現象によって影響された気象は、各国にどのような事態をもたらすのか?


「データが足りません。

 研究はこれからになります」

「そうだな。

 だが、我々はそれしか採る道は無いが、政府のお偉いさんは違うだろう」

「まず分かる事をまとめ、それを各国政府に送ろう」

「各国への影響は、我々では分からない。

 そっちを考えるのは本国の専門家に任せよう。

 今はこの北極観測に専念したい」

「発表内容も、共通見解と我々個々の見解とに分けた方が良いな。

 各自自分の考えも有るだろうし、それを全員の共通認識だと思われたら判断に影響を与える」

「そうしようか。

 ミスター・ウダ、それで良いか?」

「う……うむ、問題無い」


 宇多に限らず、日本では科学者が政策提言する事はほとんど無かった。

 行政に役立つ事はあるが、彼等から政策に関わる発言はしない。

 同じ学者馬鹿でも、日欧では意味合いが異なる。

 自分の専門の学問以外見えなくなるのは一緒だが、

 学費捻出者(パトロン)の為に利になる話や政策提言、研究費を出させる交渉をする欧州と、

 そういう俗事をすると「学者として不純」と見る日本は違いがある。

 鉱山技術者を「山師」と言って、胡散臭い者の代表にするのが日本である。

 学者が政策提言するのは、聞かれた時だ。

 それでも世間は「御用学者」と言って、政府の犬扱いする。

 だから宇多は、政府に働きかける事について、かなり権限があるのを前提とした欧州の学者たちに圧倒されていた。

 連名で出された意見書は政府を動かすし、個人の署名だけでも十分な判断材料とされるのだ。


(こういう時、私が水産庁の官僚をしていたのは生きて来るな。

 一介の学者であれば、私の意見であっても、ここにいる学者全員の署名をつけなければ信用されなかったかもしれない)


 なお日本は、西洋コンプレックスというか、欧米の学者が出した論ならば無条件で信用してしまう部分がある。


 こうしてまだ名前もついていない「北極振動」の観測結果が、世界各国に送られる。

 これが世界情勢に影響を与えるのだった。

あかん、1943年が終わらない。

次々話で1943年の章を〆ます。

次話は5日17時にアップします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 急いで〆なくても良いですよ。 もっとメチャクチャになった世界をじっくり大漁の文量で味わいたいです。 [気になる点] ドイツの超距離ロケット平気に影響しそうな話でした。
[一言] ≫日本では科学者が政策提言する事はほとんど無かった。 80年近く経っても結論ありきで後から数字を入れたり政府からも国民からも突き上げれれるのは変わらんな
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