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欧州大戦は一旦休戦となるが……

「ところでアメリカはどうなったのかな?」

「異世界にでも飛ばされたんじゃないですかね」

「気の毒に」

「そうですね」

「異世界の連中、あんな凄まじく強力な軍事力を持つ人種差別国家が転移して来て、酷い目に遭わされるだろうなあ」

「あ、そっちですか」

とある者同士の会話である。

 九月二十六日、東京城にて御前会議が開かれた。

 冒頭の挨拶で天皇陛下が口を開く。


「アメリカ国消滅は、朕の悲しむ所である。

 無辜の市民が何処かへ消えてしまった。

 哀れでならぬ。

 彼等の無事を皆で祈ろうではないか」


 その後、日独伊三国同盟についての話し合いが行われた。

 陸軍関係者は、松岡外相が及び腰と聞いて不安を覚えていた。

 海軍も以前は反対をした。

 しかし、その不安とは裏腹に、全員一致で日独伊三国同盟締結が決まる。


 その後、松岡外相が提案をする。

「英国とドイツとの和平を仲介したく、ドイツのオット大使に提唱したいと存じます」

 その発言の直後、黙って聞いていた天皇陛下が

「良い事だ。

 世界に平和をもたらすので有れば、諸手を挙げて賛成出来る」

 と発言された。


 この発言で、全ては決定する。

 何かを言いたかった者も、同盟締結もする事だし、敢えて注文を付ける事をしなかった。


 十月に入り、ベルリンの総統官邸と東京の外相官邸で調印式が行われる。

 東京では松岡外相がオット大使に

「この同盟締結は真に喜ばしい。

 そこで、友好国にして同盟国の日本としては、現在行われている英国との戦争に対し、和平仲介の労を引き受けたいが」

 と伝える。

「いや、我が軍は順調に勝っている。

 そのような事は必要無い」

 オット大使は虚勢を張る。

 この頃、既に駐英日本大使及び駐独日本大使から

「ドイツの英国上陸(ゼーレーヴェ)作戦が無期延期」

「昼間爆撃が縮小された」

 という情報がもたらされている。


(ドイツ人は信頼出来ないかもしれない。

 事、情報については英国は正しい情報をくれる)

 松岡外相は、一旦は捨てた対ドイツの不信感を、再度芽生えさせつつあった。


 東京の外相官邸での調印式と、その後の祝賀パーティーには、とある大使館情報官も参加している。

 ただし、その者の本当の上司はオット大使ではない。

 その者の名はリヒャルト・ゾルゲ。

 コミンテルンを通じ、日本がドイツとイギリスの和平仲介を提唱しているという情報も、モスクワに届けられていた。




 ところで、空襲下のロンドンにある学者が訪ねて来た。

 中立国スウェーデンの海洋学者でヴァン・ヴァルフリート・エクマンである。

 北極の海流について研究し、「エクマンの海流理論」を提唱した当代最高の学者の一人である。

 そのエクマンが恐るべき事を言い出した。


「北米大陸消滅はヨーロッパを壊滅させる危険性がある」


「北米大陸にぶつかって発生するメキシコ湾流と北大西洋海流という暖流が消滅した。

 地球の熱循環が大いに狂う。

 ヨーロッパは記録的な寒冷化をするだろう」


 恐怖を煽るような彼の理論を、最初ドイツでヒトラー総統に説いたのだが、相手にされなかった。

 内陸国出身のヒトラーは、太陽による熱があれば海流の影響等無いと考えている。

 無理もない。

 海流と偏西風と気候についての研究発表は、エクマンでない、別の学者が9月に行う予定だった。

 ノルウェー出身でオスロ大学で海洋学を学び、カリフォルニア大学スクリプス研究所所長となったハラルド・スヴェルドラップは、海洋表層循環理論を組み立てた。

 その発表の前に、彼は北米大陸と共に消滅してしまう。

 だが、研究者仲間は「そういう内容が発表される」という噂を聞いていた。

 論文発表になる前でも、大体の話は伝わっているのだ。


「気候は上空の気団と、海洋の暖流と寒流による熱循環で左右される」

 この理論が周知の物となる前の話である。

 世間は未だ、上空の気温は太陽によって決まる、とだけ考えている。


「大きくはそれで間違いありません。

 しかし、海からは水蒸気が供給されます。

 水蒸気が放出する熱や、逆に冷やされて雪になる事で気象は変わります」


 イギリスには心当たりが有った。

 漁場であるドッガーバンクがかつてない不漁なのだ。

 ドイツ潜水艦がうろついている為、大がかりな調査は出来ない。

 だが、スペインやポルトガルからの情報で、漁場が大分南に下がっていると聞いた。


 更に10月だと言うのに、異常に寒い。

 ヨーロッパは高緯度に存在する割りに、温暖だった。

 イギリスは東アジアに持って来れば、樺太島と大体同じ緯度に在る。

 ドイツはモンゴルよりもやや北だ。

 それなのに温暖な気象なのは、暖流の影響が大きい。

 これに対し、海洋国家のイギリスは敏感に反応し、内陸国のドイツは鈍感だった。

 そして、現在蚊帳の外にあるソビエト連邦も、である。

 彼等は「冬は寒くて当たり前」なので、気温の低下に鈍感だ。

 現在も「例年より寒いかな」くらいのものである。

 敏感に反応したプランクトンや魚を見て、イギリスはもう既に異常だと判断していた。


「それで、今後の予想は?」

 チャーチル他、閣僚が集まってエクマン博士の話を聞く。


「海流の流れが変わった影響は、今後もっと大きく出るでしょう。

 関係が有るものだけ話します。

 北赤道海流は、北米大陸に衝突する事無く、太平洋のシンガポールの方まで流れます。

 流れる距離が長く、太陽に温められる時間も増える為、この海流は今までより高温になります。

 その暖流は、フィリピン沖から日本沿岸を北上し、北極海に至ります。

 そこで熱を解放し、北極海をカムチャツカ半島の縁に沿って東に進み、グリーンランドの縁を回って大西洋を南下します。

 この時も、北米大陸が無い分、冷却される時間が長くなり、より強烈な寒流となるでしょう。

 現在は、既存の海水が送り出されているので左程では有りませんが、次第に新しい海流循環システムで温められ、冷やされた海水がヨーロッパ沿岸を循環するでしょう」


 ゾっとする予測である。

 救いなのは

「温暖な太平洋から吹き付ける偏西風の影響で、大西洋沿岸まではどうにか気温を維持出来る事です。

 イギリスはまだマシな方です」

 という言葉だった。


「その他はどうなるのか?」

「太平洋の気温が上がる影響で、ヨーロッパの上空には寒気団が押し出され、寒冷化します」

「そこを詳しく説明して欲しい」


 大陸上空では寒気団が出来る。

 それは季節により北上したり南下したりして、気温を左右する。

 東アジアでは、太平洋の小笠原気団、中国の揚子江気団とせめぎ合う。

 この小笠原気団が海水温度の上昇で強くなる事で、シベリア寒気団はヨーロッパ方面に押される。

 ただ、ヨーロッパも大西洋から湿って強くなった偏西風が吹き付ける。

 結果、ヨーロッパの内陸部で寒気団によって冷やされた水蒸気が、豪雪となって降り積もる。


「その予想を、博士はヒトラーに話したのか?」

「話しました。

 しかし、途方も無い話だと言って、笑い飛ばされました。

 それと、私に対しシベリアとは何処に在るか知っているのか? とも言われました。

 彼はシベリアの寒気団が、ヨーロッパまで押されるという事が信じられないようです」

「それは我々もよく分からないが……」

「メルカトル図法で見るからそうなのです。

 地球儀で確認して下さい。

 ロシアはあの図法よりはずっと狭いのです。

 そしてシベリア気団は東欧の縁まで覆う巨大な気団なのです」

「理解した。

 そういう事か」


 確かにシベリアとは巨大である。

 しかし、有り得ない事ではない。


 その他、北アフリカ上空に滞留するアゾレス高気圧はそのままである為、北アフリカから地中海にかけては相変わらず高温のままという予想である。

 スペイン、ポルトガル、南フランス、イタリア、バルカン半島諸国、トルコにかけては、今とそれ程変わらない。

 地中海気候という、温暖で乾燥した気候はそのままだ。

 イギリス植民地であるエジプトは距離の近さもあり、重要となるだろう。

 穀物が穫れる事と、英領インド帝国から運ばれる船が通るスエズ運河が、イギリスの生命線となる。




 チャーチルはエクマン博士に感謝の意を示し、閣僚に対し食糧調達計画を指示する。

 戦争をしているどころの話ではない。

 ババリアの伍長の思い通りになるのは癪だが、そんな感情は犬にでも食わせてやれ。

 インド、オーストラリア、ニュージーランド、東南アジア、アフリカ世界各国の植民地や英連邦への移住や食糧輸送について計画を立てねばなるまい。

 ドイツに潜水艦を大西洋に展開されられては迷惑だ。

 日本も香港やシンガポールを狙われないよう、手を組んで正解だった。

 早く日本を通じ、ドイツとの和平を成立させる必要がある。


「ただし、今行われている上空の戦いには勝利せよ。

 本土を空襲され、泣き言を言うような形で停戦は有り得ない。

 奴等を叩き出し、連合王国侮り難しとババリアの伍長が困ってから、和平だ。

 少なくとも、あのゲーリング(デブ)には屈辱を味わわせてやれ」


 イギリスはいち早く国家の危機に対応し始めた。

 一方、北大海洋(ノースグレートオーシャン)の彼方に在る国も、変化に気づき始めた。


 三陸沖のサンマ漁が信じられない程の不漁となった。

 秋の味覚であるサンマが、全く獲れない。

 潮目、漁場、水産海洋学の第一人者である農林省水産局の宇多隆司は、調査に当たってある事に気づいた。

「黒潮が随分と速いな。

 潮目が北に上がっている」


 日本も海流に関しての研究では決して他国に劣っていないのだ。

 日本は危機をどう認識し、対応するのだろうか?

宇多隆司も実在の人物をモデルにした、立場が同じ別人です。

研究業績も、似ていますが細部に違いが出ます。


次は18時更新です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 北米大陸消滅から気候大変化の危機感が面白い! [気になる点] 外伝で異世界アメリカとか読んでみたいですw
[一言] 細かいとこまで良く作り込みましたねえ……僕だったら辞書片手でもこんな詳しくはなりませんよ……
[一言] まぁでも地表だけだから豊富な資源が残ってるかも怪しいし1940年のアメリカならまだ軍事力もそこまで高くないはずだから同レベルの技術力の世界ならやべー国程度で済むんじゃなかろうか… 資源が残…
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