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一号作戦・洛陽攻略

昭和十八年の支那派遣軍

・支那派遣軍:司令官 畑俊六大将

 ・北支那方面軍:司令官 岡村寧次大将

  ・第1軍:司令官 吉本貞一中将

  ・第11軍:司令官 横山勇中将

  ・第12軍:司令官 喜多誠一中将

  ・駐蒙軍:司令官 七田一郎中将→上月良夫中将

 ・第23軍(旧南支那方面軍):司令官 田中久一中将

 昭和十八年四月に発動した大陸打通作戦こと一号作戦は

・京漢作戦(コ号作戦):第12軍が担当

・湘桂作戦(ト号作戦):第11軍が担当

・四川作戦(ハ号作戦):引き続き第11軍に支那派遣軍直属の予備兵力が担当

 の三弾構えとなっていた。


 河南方面のコ号作戦が進捗してから、ト号作戦、ハ号作戦が開始される。

 しかし黄河やその支流の氾濫で、敵軍の捕捉・撃滅どころか目的地への進軍すらままならない。

 このままの進捗ではト号作戦発動に支障が出る。


 東京はチャーチル発表の後、一号作戦を中止するよう命令した。

 支那派遣軍はそれを無視して、独断で作戦を発動させた。

 成功したなら命令違反も帳消しとなる。

 だが失敗したなら……。


 そんな司令部に、陸軍参謀本部作戦班長から辻政信中佐が派遣されて来た。

 彼に与えられた任務は、一号作戦を終わらせて兵を撤収させる事であった。


「一体貴官たちは何をされているのか!」

 司令部に登場早々、中佐の彼が畑俊六大将や落合甚九郎少将を怒鳴りつける。

「貴様! 礼を失しておるぞ!

 如何に参謀本部から派遣されて来たにせよ、貴様は中佐、将官に対する態度を弁えよ」

「そのような枝葉末節に構っている場合ではない。

 貴官たちのせいで、多くの兵が苦しんでいると言うではないか!

 責任を感じたらどうか?」

「ノモンハンの事もある貴様には言われたくないな。

 実際作戦は発動した。

 かくなる上は勝って終わるしか無いではないか」

「当たり前だろ!」

「なに?

 貴様は一号作戦の中止の為に来たのではないのか?」

「吾輩に与えられた任務は、一号作戦の終了だ。

 中止では無い。

 一刻も早く、勝って終わらせねばならない。

 だから貴官たちの作戦指揮の拙さを問題にしておるのだ!」


 その後も辻中佐と支那派遣軍司令部との口論は続く。

「貴様は東京から来たばかりで、この地が如何に悲惨な状態なのか、知らんのだ。

 貴様や東京の思うように事は運ばない」

「そう言う貴官こそ、前線の様子を知っているのか?」

「もちろんだ」

「前線に行ったのか?

 その目で見たのか?

 兵たちと共に泥水を啜ったのか?」

「いや……」

「吾輩はそれを問題にしておる」


 やがて辻中佐自身が前線視察を行い、上手い収束方法を考えるという事になる。

 辻がそのように話を持って行った。


 辻はまず陸路行ける場所、黄河によって足止めされている部隊を見舞った。

 本来ならここで一席演説でも打つか、兵士たちに歩み寄ってその苦労を称えて見せる人物なのだが、この時は違った。

 視察後、辻はすぐに上海に飛ぶ。

 ここには海軍の支那方面艦隊が居るのだ。


 支那派遣軍も無能では無い。

 海軍ずれに頭を下げるのは癪だという感情をねじ伏せ、上海に居る海軍に頼んで河川砲艦の出動と、多数の短艇の借り入れを打診していた。

 海軍にも「陸軍の為に働くなど以ての外」という感情が有った。

 だが意外にもこの地の海軍部隊は非常に協力的で、積極的に陸軍の支援をしようとしていた。


 そこに辻がやって来る。


「ほお。

 吾輩は海軍の力を借りようと思っていたが、もう行われていたのか」


 日本海軍揚子江部隊(第一遣支艦隊)は砲艦10隻を数える。

 この艦艇は長江中流の洞庭湖まで遡上した事もある。

 陸軍はこの砲艦による火力支援と、(はしけ)を牽引して物資を輸送、更に短艇を運搬し、それを使った沼地と化した平原の移動手段にしようとしていた。


「この中の何隻かを黄河に回してくれんか?」

 辻の作戦は、長江で行うト号作戦用の河川部隊を、黄河に回そうというものだ。


 だが長江と黄河では条件が違う。

 長江は水が多く、水深は15メートルに達する部分もある。

 必然的に水運主体となる為、日本海軍の喫水が浅いとは言え砲艦が遡上する事が可能なのだ。

 増水期であれば、漢口まで1万トン級の輸送船が登れる。


 しかし黄河では水運が発展していない。

 この河は大量の黄土を含む、泥の河である。

 長い歴史でそれが堆積し、天井川となった。

 それ故、決壊しやすく簡単に流路が変わる。

 昨年の黄河決壊で、日本軍が被災地の水を排水しようとしても上手くいかなかったのは、排水溝を掘っても、流し込む川の方が高い位置にある為、流れないからだった。

 こんな河だから、季節によっては流れが切れる。

 泥の下を水が流れているのだが、要は水位が下がって干上がっているように見えたりする。

 その為、船が往復出来る部分が限られている。

 長い中国の歴史で、長江が北方民族を防ぐ盾となっていたのに、黄河はそうならなかったのは、こういう浅さの為である。

 氷も張るし、時には馬で渡河可能なのだ。


 海軍はそう言って黄河遡上を断る。

 だが、辻は諦めない。


「吾輩はここに来る前、黄河を視察して来た。

 大幅に増水し、深くなっておった。

 無論、それでも船には厳しいかもしれない。

 だが、運べる場所までで良いから、短艇や艀を運んで貰えれば随分と助かるのだ。

 どうか飢えに苦しむ兵士を救うと思って協力して欲しい」


 海軍の士官たちは何やらひそひそと打ち合わせを始める。

 だがそれもすぐに終わり、

「砲艦『橋立』型は喫水下2.45メートルで黄河では使えないでしょう。

 しかし砲艦『勢多』型は喫水下1.02メートル。

 これなら何とかなります。

 浅瀬に乗り上げないよう、調べながらの航行で遅くはなりますが、それでも量の輸送は保証しましょう」

 そのように回答した。


 かくして揚子江部隊から黄河別動隊が編成され、コ号作戦の最終目的地・洛陽攻撃の支援が決まった。


「頼み込んでおいて、このような言い方をするのも妙なものだが……」

「辻中佐、何か?」

「いや、海軍さんはもっと非協力的かと思った。

 黄河を軍艦で遡上など、吾輩も現地を見て何とかなるのではないか、と思ったくらいだが、

 奇抜な作戦に変わりはない。

 拒絶されると思い、泊まり込みで説得するつもりで来たのだ」


 そう言われた海軍士官は大笑いする。

「海軍としては、陸さんにもっと勝って貰いたいと思っているのです」

「ほお?

 言っちゃなんだが、意外ですぞ」

「おかしい事はありません。

 海軍はアメリカ合衆国消滅に伴い、その果たす役割を軽視されて来たのです。

 ですから、ここらで戦功の一つも欲しいところです。

 そうでないと、政治家を見返す事も出来ません。

 しかし、敵が居ない事も確か。

 今回の事は渡りに船です。

 是非とも協力させていただきます。

 そして、海軍もまた、陸軍の戦功に一枚噛ませて貰います」


 辻には正に意外だった。

 確かに内地でも、現在のアメリカ合衆国消滅とその後の事情に合わせて軍備を削減したいという者と、それでも艦隊を維持したいという者とに分かれて争っていると聞いた。

 だが政府に対し発言力があるのは軍縮派の方である。

 かつての五・一五事件の後、海軍の強硬的な意見の者は、その言動を慎むようになった。

 そして連合艦隊の司令長官自ら艦隊削減を言っている以上、海軍は軍縮派が主流と勘違いしてしまう。


 だが現場レベルでは艦隊維持派が多い。

 艦艇も人員も減らされたくない。

 艦隊を縮小し、その分航空兵力を増やす航空主兵論には賛成出来ない。

 航空兵力も艦隊も陸戦隊も、全て増やすべきなのだ。


「ところで、もしやと思うが、今回の黄河派遣の件、海軍省の許可は出ているのだろうな?」

「陸さんがおかしい事言いますね。

 許可なんか取っていませんよ。

 処罰覚悟で、我々が決めた事です。

 独断専行ってやつですよ」

 そう言って笑う。


 辻は意外に思ったが、それでもその答えに満足した。

「実に天晴れであります。

 皇国の為には、そうでなくてはなりません。

 作戦成功の暁には、不肖この辻政信、貴官たちが処罰されないよう全力で擁護いたしますぞ」

「おお、それはそれは有り難い。

 期待させて頂きますぞ」




 こうして海軍を動かした辻は、その船団と共に許昌の第12軍の元にやって来た。

 砲艦は海路大回りをして黄河河口から遡上するが、発動機付の短艇はもっと最短距離を通る。

 かつて隋の煬帝が掘削した黄河と淮河と長江を結ぶ大運河。

 大分土砂も溜まったし、清が終わって中華民国の軍閥内乱期に入ってからは保守作業(メンテナンス)されていなかった。

 しかし、この数年の豪雨で水位が回復した上に、通れない場所は陸海軍共同で掘削を行い、ついに大量輸送可能な状態に戻したのだ。


 この運河を通って黄河に出た、物資を運ぶ短艇の先頭に立つ辻政信の姿に、第12軍の将兵たちは沸き立つ。


「よくぞ物資を持って来てくれた。

 感謝するぞ、辻中佐」

「なあに、今回は海軍さんのお陰だよ。

 吾輩は頭を下げて頼んだに過ぎない」

 最初の依頼は支那派遣軍からだったが、この話を聞いた将兵は、辻が海軍を説得したものと錯覚してしまう。


「では、早速洛陽を落とし、皆で凱旋しようじゃないか」

「待て、中佐。

 まだ砲が到着していない。

 砲無くして攻城は難しいぞ」

「それも心配要らんですぞ。

 海軍が砲艦を送ってくれました」

「いや、甘いぞ辻中佐。

 ここらの水深は胸くらいまでだ。

 深く無く、広く水が溢れているのだ。

 艦艇ではここまで来られないだろう」


 確かに洛陽どころか、それより遥か下流の鄭州の辺りで、河川砲艦は水深不足で先に進めなくなっていた。

「よし、砲を外せ」

 そのような命令が出る。


「日露戦争の時、黒井(悌次郎)大将、当時は中佐だったか大佐だったかが、艦砲を外して旅順要塞砲撃の為の陸上砲とした。

 この『勢多』の砲もそのようにして使おう」

 艦砲は砲架も運搬用の車輪も無い。

 それを現場で工夫して使う。

 かくして『勢多』級の四十口径三年式八糎高角砲は4隻で8門取り外され、陸送された。

 もっとも、総重量2.6トンのこの砲よりも、艀や短艇に分解した九四式山砲を載せて運ぶ方が役に立ったのだが、それでも気持ちは伝わったようだ。


 結局洛陽攻撃に艦砲は間に合わなかったが、海軍が派遣した短艇や艀が軽砲を洛陽前面まで運ぶ事に成功する。


「諸君!」

 指揮権等無いのに、前線に立った辻が兵士を鼓舞する。

「これまで敵よりも泥と飢えと戦い、辛苦を嘗めて来た事と思う。

 それももう終わる。

 とっととこんな城を落とし、この泥沼から帰還しようじゃないか!

 吾輩も諸君と共に駆ける。

 皆、行くぞ!」


 そして砲撃開始と共に、第12軍は猛攻を掛けた。

 それは犠牲を顧みない、猛烈な攻撃である。

 何時までもこんな場所に居たくない。

 勝って、さっさと帰りたい。

 その一心で撃たれても、同僚の屍を乗り越えて突撃する。


 猛攻に洛陽を守備する中国軍第36集団軍司令官の李家钰中将が戦死。

 多くの犠牲を乗り越え、洛陽はついに落ちた。




 この報せを聞いた支那派遣軍司令部は安堵の溜息を吐く。

 そしてこう語り合った。

「やっとコ号作戦が終わりましたな」

「遅れに遅れたが、これでト号作戦を発動出来るな」


 一号作戦は、第一段階がやっと終わっただけで、作戦自体はまだ終わらない。

 早期に勝利で終了という目標の元、攻撃は担当を代えて続く。

18時に次話をアップします。

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