インド大暴動
インドも温暖化している。
サイクロンの被害も増していた。
だからイギリス人はベンガル地方やムンバイ等には住みたくない。
「避暑地でもあり、高原で雨が少ないデカン高原が良いだろう」
気温が上昇したものの、最低気温18度前後、最高気温は30度前後は住みやすい。
(※参考:気候変動後のコルカタは最低気温30度前後、最高気温39度前後)
イギリス政府はここを有力な移住先と考えた。
イギリス・インド帝国。
この国でチャーチル発表を聞いた者はそう多くない。
比率の問題でだが。
多くのインド人は、今何が起きているのか知らないでいる。
聞いた者たち(人数から言えば数千万人だが、その他は数億人)は
「イギリス、ざまあ見ろ」
「このまま出て行ってくれねえかな」
と思う者と
「商売の好機だ!
今ならもっと儲けられる!」
「困るなあ。
私はイギリス本国からの優遇策で威張っているのに。
イギリスが弱体化したら私にも降り掛かって来るじゃないか」
と思う者とに分かれた。
昨年のベンガル暴動以来、インドの治安は著しく悪化している。
チャーチル発表を聞いたインド解放戦線の者は、雪や寒さを知らないインド人でも理解出来るように変換して噂を広めた。
「イギリスはもうおしまいだ。
神の怒りに触れて飢えて死ぬ」
北部のヒマラヤ山脈が見える辺りの者には
「イギリスはあの雪山の祟りを受けた。
雪男に襲われて滅亡する」
そう騙る。
そうこうしている内に、インド各地で暴動やサボタージュが頻発するようになる。
だが、彼等の影響力ではここまでだった。
嫌がらせ程度に、商店に放火したり、貿易会社に投石したり、イギリス商人の手先となって働く者を殺害したりしたが、全体からしたら微々たるものであった。
この小火を大火にまで燃え拡げさせたのは、チャーチルその人である。
チャーチルはイギリス人の移住先にインドを考えていた。
オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカと共に、1千万人程移住させたい。
その移住先が物騒では困る。
その為、
「暴動を鎮圧せよ。
そのついでに1千万人程間引いておけ。
どうせそれくらい我が国民が移住するのだから。
あんなウサギのような繁殖力を持った連中は、少なくするにこした事は無い」
こんな事を言い出す。
「閣下、本当にそれではヒトラーと言っている事が変わりません!」
そう周囲は苦情を言うが、
「チョビ髭の言ってるのは妄想だ。
私のは事実を言っているに過ぎん」
と返し、呆れさせている。
イギリスの植民地支配の原則は「分割して統治せよ」である。
チャーチルは、周囲が余りに反対するので、イギリス・インド軍による暴動鎮圧、という名の浄化命令を出せない。
そこでインド人同士を争わせる事にした。
イギリスの本領は三枚舌外交である。
チャーチルはエージェントを使ってイスラム教徒に約束する。
「ヒンドゥー教徒を殺しまくれば、上位者として支配権を与えよう。
その権限の大きさは殺す人数に比例する」
次いでグルカ人たちに伝えた。
「北インドからデカン高原にかけて、自分たちと白人以外を殺せ。
そうすればグルカの独立国を認める。
どれだけ割譲するかは、殺した人数に比例して決める」
そしてインド総督には公式に
「各地で発生している暴動を鎮圧せよ。
それにはインド人部隊を出撃させよ。
それならば、無闇に同族を虐殺する事は無い。
その代わり、確実に鎮圧してみせよ」
と命令を出す。
更に身分ごとの対立を煽り、地域の対立を利用し、暴力を助長する。
「汚物は消毒しなければならない。
それには焼き払うのが一番だ。
インド人同士が殺し合い、火を点けて、全てが清められてから我が国民を移住させれば良いのだ」
葉巻をくゆらせながら、そう嘯く。
そしてインドには何度も強烈なサイクロンが来襲する。
別の地域では異常高温となり、熱中症で倒れる者が続出する。
その被害も、白人居留地域以外は一切面倒を見ない。
「病院は白人専用である。
インド人にはそこらの草でも食わせておけ!
それで十分治る」
を地でやる。
こうしてインドでは、東部戦線でドイツとソ連が殺し合い、民間人も犠牲になっていったのと同じくらいの人数が天災で死んでいく。
インド人が減っていくのを、チャーチルはつまらなそうに見ている。
「まだあと数億人残っているじゃないか……」
だが、チャーチルの思惑通りに事は運ばない。
ドイツに亡命していたインド独立指導者・スバス・チャンドラ・ボースが密かにインドに戻って来た。
ヒトラーは今更のチャーチル発表に不満を持つ。
せめて今年の1月に言ってくれていれば……。
そのヒトラーの元に
「イギリスは困難に直面している。
是非ともインド独立の為に力を貸して欲しい」
と訴える者が現れた。
それがボースである。
ヒトラーとチャーチルの考えは大体同じだ。
ヒトラーもインド独立運動家を
「ヨーロッパをうろつき回るアジアの大ぼら吹き」
と呼び、インドについては
「インドは他の国に支配されるよりは、イギリスに支配されるほうが望ましい」
「イギリスがインドから追い出されるなら、インドは崩壊するであろう」
と評していた。
だから、ボースの言う事に賛同はしない。
しかし
(ちょっとこれは使えるかもしれない)
と、ボースを利用する事を考えた。
「君は、我がドイツをイギリス同様に嫌っていると聞いたが?」
「それは事実です。
しかし、敵の敵は味方と言います」
「ふん、素直で結構。
では、ソ連に行きたいというのも事実かね?」
「ドイツがイギリスと戦わず、インド独立に協力してくれないなら、そうせざるを得ません。
生憎戦争中で、行く事が出来ずにいますが」
「では、私がソ連行きを許可したなら、行くか?」
「その場合、私はソ連に行き着く事も出来ず、途中で死ぬでしょう」
「いや、君の身はドイツ軍で守ってやろう」
「???
言っている意味が分かりません。
ドイツ軍が私を護衛し、ソ連に送り届けると言うのですか?」
「それ以外に聞こえたのか?」
「戦争中の両国が、そんな事出来るわけないでしょう?」
(いや、出来るのだ)
第一次世界大戦でもドイツとロシアは戦争をした。
その時、ドイツは国内に居たレーニンたち亡命革命家たちを、封印列車に乗せてロシアに送り届けたのだ。
政治的アクロバットは可能なのだ。
「出来るのだよ。
まあ、細かい事はどうでも良い。
私の質問に答えたまえ。
私がソ連行きを許可したなら、行くのか?」
「行きます」
「よろしい。
では、これよりその為の環境作りを行う。
下がって休みたまえ」
ボースを下がらせると、ヒトラーは日本のドイツ大使館に電話をかけ、ある指示を出す。
「外務省を通じ、ドイツがソ連との休戦の仲介役を依頼して来た!」
東久邇宮総理は喜んだ。
政治実績の乏しい東久邇宮内閣にとって、功績を挙げる恰好の材料がやって来たのだ。
東京のソ連大使館にも連絡を取り、交渉を取り持つ。
東條陸相は、独ソ講和となると、ソ連が満州を狙って来る可能性があり、不満であった。
同様の事を天皇も気づかれたようだ。
天皇は杉山元参謀総長を召す。
「もし独ソ和議の後、ソ連が満蒙を侵す場合、陸軍はこれに勝てるや?」
こう問われて弱気な事は言えない。
総力戦研究所での模擬演習では敗北という結果が出ている。
それを知っていても、こう答えざるを得ない。
「帝国陸軍は、必ずやソ連軍を押しとどめ、シベリアの奥地に押し返します。
その為の関東軍です。
精強なる関東軍が負ける事は有り得ません」
「では中華民国との戦争は如何に?
軍がまた勝手な事をしておる。
統率は出来ておるのか?」
「彼等を止めるべく参謀を派遣しました。
もうこれ以上の戦争は続きません」
「ならば良い。
速やかに派遣した軍を満州の守りに就かせ、油断する事無きように。
ソ連が満蒙を侵さぬのであれば、朕の心は平和の実現に在り」
「御意!」
こうして天皇の意思を知った東久邇宮内閣は、全力で忖度する。
「平和の実現、それは即ち独ソ停戦交渉を実現させる事だ!」
そうなると東條陸相も黙って従う。
実際のところ、天皇は独ソ停戦交渉の仲介どうこうは触れていない。
勝手な解釈であったが、だからと言って全く反対でも無い。
(この世界が大変な事になっている。
戦争どころではないのだ)
ソ連への備えが万全なら、独ソ停戦も悪い事ではない。
口には出さないが、そう考えている。
こうして独ソ停戦交渉が始まり、世界の視線が東京を向く。
交渉開始に伴い、戦闘停止命令が双方に届く。
1943年9月、東部戦線から砲火が消えた。
その隙に、ベルリンから列車でケーニヒスベルクを経由し、レニングラードにボースが移動する。
そこから空路を乗り継ぎ、スターリングラードを仮首都にするスターリンと面会する。
空路、途中まではドイツ空軍が、それを引き継いだソ連空軍が護衛を担った。
「ヒトラー総統から話は聞いていた。
インドの独立を目指すそうだな」
スターリンはボースと話し合い、将来の共産主義国化と同盟締結を約束し、インド独立闘争の為のソ連の協力を取り付けた。
ボースはすぐに、ソビエト連邦を構成するタジキスタンに移動する。
そこから密かに国境を越え、ついにインドに入国を果たした。
そして、そのカリスマ性を発揮し、同調者を増やしていく。
ボースは叫ぶ。
「私はイギリスのやり様を知っている。
きっと彼等は、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒、ジャイナ教徒、シーク教徒を分断させるべく、甘い言葉を吐いたに違いない。
奴等のやり様はこうだ!
インド人の宗教、民族、地域、身分の違いを利用し、それぞれを騙してお互い憎ませ合う。
我々はイギリス人の狡猾な弁舌に踊らされてはいけない。
隣の奴が嫌いだ?
殺してやりたい?
結構、やるが良い。
だが、それはイギリスを追い払ってからにしろ。
今やると、勝っても負けてもイギリス人に利用されて馬鹿を見るだけだ。
まずやらねばならない事は、イギリスを追い出す事だ。
見よ!
イギリスは既に神に見放されている!!
だから我々から必死になって食糧を奪っているのだ!!」
全く根拠無くイギリスの陰謀を言い立てたのだが、当たっていた。
ボースに心酔してしまった者が「実は……」と裏交渉をばらしてしまう。
それが口から口へと広がり
「イギリス人はインド人を騙して殺し合いをさせている。
酷い連中だ。
対立はさておき、総統の言う通り、先にイギリスを追い払おう!」
叛乱は燎原の火のように燃え拡がる。
チャーチルはインドをイギリス人に住みやすくする為に、焼き畑をしたつもりだった。
だが、どうやら火に揮発油をぶちまけたようだ。
燃え広がった火は、重なって炎となって燃え上がる。
最早制御不能である。
こうしてセポイの乱と呼ばれたインド大反乱以来の大規模暴動が全土で発生する。
最早移住とか食糧調達どころでは無くなってしまっていた。
次話は27日17時です。