東部戦線1943年夏季戦線
ドイツ軍ジェット機:
・メッサーシュミットMe262戦闘爆撃機
・アラドAr234高速爆撃機
・ハインケルHe162戦闘機(試験飛行中)
・ヘンシェルHs132急降下爆撃機(試験飛行中)
ガーランド「リソースを分散せず、Me262だけに集中して生産した方がいいだろ!」
ゲーリング「いやいや、すぐに大量に生産出来る機体の方が良い」
ガーランド「操縦系や機体特性の違う機体が複数種類あっても、パイロットの育成はどうするんですか?
閣下もパイロット上がりなら、それくらい分かるでしょう?」
ゲーリング「うるさい、黙れ! 総統に言いつけてやるからな!」
こうしてジェット機は複数種類生産される事になった……。
ドイツとソ連は北方・中央・南方の全戦線で激闘を繰り広げている。
雪が融け、それなりに暖かくなり、両軍の戦闘は激しさを増す。
そんなドイツ軍に驚くべく情報が届いた。
「なんだと?
ティーガー重戦車の正面装甲が撃ち抜かれただと?
ソ連にそんな強力な戦車が有ったのか?」
戦車ではない。
SU-152自走砲、KV-1重戦車の車体に152mm榴弾砲を乗せたKV-14をベースに、「僅か25日で設計が完成した」と言われる重砲搭載戦闘車である。
「夏になったら有利なのは自分たちだけだと思わんことだな、このナチ野郎が!」
そう、SU-152自走砲はその重砲の為、弾薬は20発分しか搭載していない。
暖房器具等、余計なものを搭載する空間的余裕は無い。
冬季攻勢で貴重な戦闘車両の操縦士を凍死させる訳にはいかなかった。
数が揃うのを待ち、暖かくなってから大量投入したのだ。
「ティーガー戦車の装甲が、貫通というより叩き割られている……」
この自走砲を切札に、ソ連軍はT-34やKV-1を大量投入した攻勢をかけて来た。
だが、この時期にはドイツ軍もティーガー重戦車、パンター中戦車の数を揃える。
両軍、大量の車両を投入した陸戦が繰り広げられていた。
一方空の戦いである。
高空では強烈な気流に対抗可能なドイツ空軍が優勢であった。
「狂う50度」と呼ばれる強力な偏西風。
その中でも特に強力なのはジェット気流という。
このジェット気流は、日本の高層気象台長大石和三郎が発見したものの、エスペラント語で論文発表した為、世界的にはほとんど知られなかった。
その為、ドイツの気象学者ハインリヒ・ザイルコップが1939年に論文を発表した時に、初めて「ジェット気流」という名が使われ、認知され始める。
ドイツ空軍はバトル・オブ・ブリテンでイギリスを爆撃する際にこの気流に遭遇し、北米大陸消滅後は更に激しさを増した為に閉口した。
そしてウクライナ上空の強風。
ドイツ空軍は、燃費無視、出力に全部振り切ったジェット戦闘機やジェット爆撃機を開発する。
一方ソ連空軍は、まだ風の弱い超低空で性能を発揮するLa-5戦闘機を大量投入した。
「ナチに付き合って高空で戦う事も無い」
このLa-5戦闘機とIl-2襲撃機の低空戦法に、ドイツ陸軍は苦しめられる。
ドイツもJu-87急降下爆撃機でソ連陸軍の戦車を破壊し続けるが、強風と対戦車機関砲搭載による操縦性の悪化で、一部の人外パイロット以外は苦戦している。
それに、相変わらずジェット機の数は少ない。
水冷レシプロ戦闘機のメッサーシュミットMe-109、空冷レシプロ戦闘機のフォッケウルフFw-190が数から言えば主力である。
ソ連の、整地しても秋には雨で泥濘となり、冬はそのまま凍り、春は凍結が融ける事でまだ泥濘になる大地では、多少荒れた滑走路でも離着陸出来るフォッケウルフの方が有用なようだ。
両国とも持てる機械力を総動員して戦っている。
前線で戦っている兵士には、チャーチル発表は意味を持たない。
大体、聴いていない者が多数だ。
ではあっても、彼等は
「さっさとこの戦争を終わらせたい。
4回目の冬を迎えたら、もう死んでしまう!
凍死するくらいなら、戦って勝って引き上げる方がマシだ」
という気分で、補給も滞る中戦い続けている。
「総統、東部戦線の損害が同盟軍も含め、累計で既に800万人を超えました」
「同志首相、大祖国戦争の死傷者は民間人も含め、既に1000万人を突破しています」
2人の独裁者は頭を抱える。
勝てるなら、彼等にはこの被害は「この程度」で片づけてしまう。
だが、いまだに勝敗の行方が見えない。
優れた指導者は損切りが出来る。
これ以上損害が大きくならない内に、そこを捨ててしまう事が出来る。
その決断を出来ない凡庸な人間がどれほど多い事か。
その視点では、ヒトラーもスターリンも凡庸である。
勝利に、得た領土や失った領土に執着している。
戦果に執着し、勝てるのでは?と思ってしまう。
戦争を止められない。
本当に、1月が停戦の機会だったのだ。
ドイツ軍が攻勢準備の為に活動を低調化させていた為、極寒下でディーゼルエンジンを動かせないから冬営に入っていたソ連軍も打って出ず、小規模な戦闘が散発的に起きていただけの状態だった。
その時点でチャーチル発表があったなら、戦場を外交の場に移せたであろう。
だが、一回戦闘が始まってしまっては、もう止められない。
止める力を持つ独裁者なのだが、彼等自体が勝ちたいという欲を捨てられない。
ヒトラーとスターリンだけの問題ではない。
日本軍だって、泥沼(文字通り)の中国を損切り出来ない。
日本の場合、責任者が明確でない上に独断専行が横行し、しかもそれに対する処罰が軽いという、もっと質が悪い状態なのだが。
チャーチルにも大英帝国の栄光を捨てられないという執着がある。
そこは激しい。
しかし、彼は損切りをした。
ヨーロッパを捨てた。
亡命政権の嘆願をバッサリと切り捨てたのだ。
現状、イギリスが比較的賢く立ち回り、他は北米大陸消滅前の方針を捨て切れずに損害を拡げていた。
損切り出来ないヒトラーとスターリンは、日々届けられる損害報告、毎週届けられる戦況報告に頭を痛めていた。
「こんな報告は見たくない。
一々細かい報告をするより、さっさと勝ったという報告を出来るよう、努力してみたらどうかね?」
イライラする独裁者を宥め、情報を伝えるのが参謀長の仕事となっている。
5月、6月、7月の3ヶ月の被害が両軍で600万人程である。
負傷後送で、治療して治る者もいるが、ドイツ軍もソ連軍も毎月100万人程の損害を出している。
野戦病院は既に飽和状態、彼等を後方に運ぶ車両も足りていない。
それでも7月が終わった時点でこの被害総数で、まだ勝てる気配が無い。
ヒトラーもスターリンも、ついに考えを改めた。
「本当の所を言いたまえ。
9月までに勝利出来るのか? 出来ないのか?」
ヒトラーは陸軍首脳部に問う。
彼等は顔を見合わせて、そして頷き合い、回答する。
「残念ながら、その見込みはありません、総統」
ヒトラーは溜息を吐く。
そして
「どうして勝てないのか、理由を聞きたい。
怒らないから言いたまえ」
暴君の「怒らないから」というのは信じてはいけない。
彼等は瞬時に、総統が怒らない答えを考える。
「北米大陸が消滅した事による影響を過小評価してしまった為です。
まさか、こんなに寒冷化するとは想像も出来ませんでした。
小官も、仮に二年前にチャーチル発表を聞いたとして、一笑に付した事でしょう。
それくらいの超常現象です。
誰も、こんな事が起こる等と信じられなかったのです。
知っていたのはチャーチルだけではないでしょうか?
それと日本も知っていたようですが、我々に教えてくれませんでした。
知っていたなら、我々を説得すれば良かったのです。
彼の者たちは、自国を救う為に我々を見捨てたのです。
あまつさえチャーチルは、こうなると知った上で食糧を送り、戦争を続けさせました。
我々はチャーチルの陰謀によって先の見えぬ消耗戦に落とされたのです」
徹底的に異常気象と、それを知っていて教えなかった者たちに責任転嫁をした。
でないとヒトラーは怒らないと言いながら、直後に激怒するだろう。
実はドイツ軍でも、異常気象の兆候は早い段階で掴んでいた。
なにせ、最初にエクマン教授が訪ねたのはドイツだったし、ジェット気流の名付け親である気象学者も居るし、科学においてイギリスや日本には負けない国なのだ。
だが、知ってはいても、信じなかった。
ドイツ軍も、知った上で無視をしたのだ。
それを隠す為にも、主にチャーチルのせいにする必要がある。
ヒトラーもまた、陰謀論大好きである為、この理由はすんなりと受け入れた。
「よく分かった。
私もまた、ナポレオンと同じく冬将軍に負けたという事か?」
「いいえ総統、我々は冬将軍に勝ちつつありました。
ナポレオンと違い、もう3年もロシアの冬に抗い続けています。
しかし、戦争計画そのものが北米大陸消滅以前の知識を元に立てられていました。
一度立て直さねば、根本の部分でどうにもなりません。
そして、冬将軍は単なる一将軍に過ぎません。
これからやって来る氷河期大首領の前では冬将軍、泥濘大佐、疫病博士、飢餓大使は小者です」
「そうか」
多少気が休まったヒトラーは考える。
(そうだ、何もかも、異常気象が悪いのだ。
ここで戦争を止めても、私の誇りに傷はつかない)
「諸君たち、ありがとう。
お陰で今後の方針が立った。
仔細は後で伝える。
下がってよろしい」
スターリンも同様の説明を受けた。
「我々にとって冬は味方でした。
今までは。
今、冬は我々にも牙を剥いています。
今や我々の母なる大地は、北極、ツンドラとなってしまいました。
その兆候を掴んでいながら報告をしなかったロンドンの諜報員は、即刻処刑しましょう」
「いやいや、それは待ちたまえ。
彼等には今回の事、厳しく叱責した上で、今後はイギリスの動向を漏らさず伝えるよう指導せよ。
今から諜報網を作り直している余裕は無いのだから」
処刑を言った側も、本気で思ってはいない。
彼が怒ってみせれば、スターリンは自身が寛大である姿を見せるだろう。
スターリンが言ったように、今から外国の諜報網を再構築するのは意味が無いし、外国に居る諜報員を処罰しようとしたら、そのまま情報を抱えて亡命してしまう。
「同志首相、では大祖国戦争はどうなりますか?
このまま続けますか?」
「当然だ!」
その言葉に一同は息を飲む。
だが、スターリンはニヤリと笑って続けた。
「戦場を外交の場に変えて続けよう。
ドイツ人を叩き出すのは、軍人ではなく外交官にやって貰う。
祖国は回復せねばならん。
その為に、弱みを見せないよう軍には更なる努力を期待する。
以上だ!」
両軍、それぞれ被害が累計1000万人を超えてしまった。
そして戦場での勝敗が見えない。
ソ連はどちらかと言うと押されているが、まだまだ国土に奥行きがあり、幾らでも戦える。
だが、また冬が来る。
ここでやっとヒトラーとスターリンは、損切りをする覚悟を固めた。
……覚悟を固めたからと言ってすぐに解決するものではない。
東部戦線はもう少し、あと数百万人程血を流す事になる。
次話は18時にアップします。