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チャーチル発表の衝撃

エイプリルフールで嘘の新聞記事が出るのは1698年にはあった。

この時の記事は

「ライオンを洗う式典がロンドン塔で開催される」

というものだった。


1943年3月31日、翌日のエイプリルフールを控えタブロイド各紙はとっておきの嘘を掲載しようと頑張っていた。

デイリー・メール:グリーンランドで雪男の集落を発見

デイリー・ミラー:ドイツのアドルフ・ヒトラー総統、髭の枝毛に悩む

サンデー・エクスプレス:ソ連のスターリン首相、雪の女王とコサックダンスを踊る

デイリー・テレグラフ:レスター・タイガース、ホンマに強すぎるで!優勝会見や!

デイリー・スケッチ:空軍司令官、実はゾンビだった

ニュース・オブ・ザ・ワールド:チャーチル首相、時を止める能力を発動か?


だが、4月2日に重大発表を控えていたイギリス政府は、もし氷河期や寒冷化関係の記事が入っていた場合、その発表も嘘と思われかねないと、各紙に嘘記事掲載停止を通達する。

怒った各紙は、示し合わせてエイプリルフールに以下のような記事を掲載した。


「政府、嘘を禁止する命令を発動」


そして夕刊紙でこう訂正する。

「嘘を言うなというのは嘘でした」

『皆さん。

 私は大英帝国首相ウィンストン・チャーチルです。

 今日皆さんにお伝えするのは、あなた方の生命に関わる重要な話です。

 余りにも途方も無い話なので、あなた方はきっと嘘だと思うでしょう。

 嘘ならば昨日言った事でしょう。

 今日に発表をずらしたのは、嘘で無いという事と、我々も真偽をしっかり見定める必要が有ったからなのです。


 結論から言います。

 数年から数十年以内にヨーロッパは氷河期に突入します。

 農作物は壊滅し、多数の餓死者、凍死者を出す事になります。

 このブリテン島も今の人口を維持出来ません。

 温暖な地への移民を考えなければならないのです。


 原因は北アメリカ大陸の消滅です。

 今も何故あの大地が消滅したのか、理由は分かっていません。

 ですが、消滅した事による影響は既に出ています。

 暖流であるメキシコ湾流が、メキシコ湾そのものと共に消えました。

 本来、北米大陸に沿って北上する暖流は、そのまま太平洋に流れ去るようになりました。

 我々はストーブを失ったのです。


 既に知るように、1940年から三年連続で猛烈な寒波にヨーロッパは襲われました。

 漁業関係者は、ドッガーバンクで全く魚が獲れなくなった事をご存知でしょう。

 空軍や航空会社の人間は、上空を強風が吹き荒れるようになったと感じている事でしょう。

 全て、北米大陸消滅がもたらした災いなのです。


 私はかつて、スウェーデンの海洋学の権威ヴァン・ヴァルフリート・エクマン教授より警告を受けました。

 その時既に、ドッガーバンクの異常が報告として上がっていました。

 私は多数の科学者を招集し、対策チームを立ち上げました。

 彼等の出した結論は、この寒冷化はこれからもっと酷くなる、というものです。


 北半球の熱循環が大きく変わりました。

 本来ヨーロッパを温める海流は、そのまま太平洋に流れ、更に太陽の熱で温められてシンガポールの方まで流れます。

 そこで北に進路を変えます。

 だから、フィリピン、日本、ソ連極東地方は高温化します。

 実際にしています。

 その暖流は、やがて東に曲がって大西洋に戻って来ます。

 この時、海流は冷やされていて、かつてのような温かさを持っていません。

 そして北極からの寒流は、メキシコ湾流が無い為に逆に強くなりました。


 このように、異常は北半球で起こっています。

 南半球は無事なのです。

 また、北半球でもアジア側は逆に高温化しています。

 極地に人は住めませんが、熱帯になら住めます。

 あなた方は、南半球のオーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ及び東アフリカ、インド帝国、マレーに移住すべきです。

 残念ながら、カナダは失われました。

 北極圏に僅かに島が残っていますが、お薦めはしません。


 1940年以来、私は必死になって食糧を調達して来ました。

 これまで連合王国の国民に餓死者を出さなかったのは、私の誇りとする所です。

 ですが、いつまでもそれは続けられません。


 ヨーロッパがもたない時が来ているのです。

 非情なる冬がやって来ます。

 この冬将軍は、ナポレオンだけでなく、全ヨーロッパ人を粛清するのです。


 私はもしかしたら焦り過ぎているのかもしれません。

 慌てて移住し、結局本格的な氷河期到来は百年後になるかもしれません。

 その時は笑って下さい。

 私は、数年後に氷河期に突入する場合を想定し、最悪の場合に備えて動いているのです。

 どうか連合王国の国民の皆さん、政府を信じて行動して下さい』




 各国で反応は様々だった。

 イギリスでは暴動が発生する。

 低所得層が

「そんなになる前に、どうして手を打たなかった!」

 と、ラジオ放送の何を聞いていたんだ?という叫びを上げながら、商店に乱入して略奪したりした。

 中所得層以上は

「なんか、薄々気づいていたけど、そんなに危険なんだ」

 と溜息を吐く程度である。

 もっとも、イギリス人らしい毒とユーモアは健在である。

 暴動で略奪に遭ったとある百貨店は、翌日

『冬物バーゲンセールを開催した結果、商品は全て売り切れました。

 再入荷まで休業いたします。

 再度の御入店の際は、是非適正価格でのご購入をお待ちしております』

 という立て看板を、破壊された入り口に置いていた。


 ドイツ占領下の各国や、イギリスに逃れて立てられた亡命政権は絶望に囚われる。

 どうしてイギリスが、突然ドイツとの戦争に消極的になったのか、はっきり理解出来た。

 だが、理解と納得は別物である。

 彼等は黙って物事を進めた。

 イギリスを頼っていた者からしたら、裏切りにしか映らない。

 パニックを抑える為だというのは分かる。

 分かっても、裏切りは裏切りだ。


 ここで対応が2つに分かれる。

 ヨーロッパの外、南に植民地を持つ国と持たざる国とで動きが違った。

 まずはベルギー。

 亡命政権はイギリスに残る。

 あくまでも国を奪い返す意思であった。

 それに対しドイツ支配下で残された国王レオポルド3世は、国民に植民地コンゴへの移住を勧める。

 コンゴは、先々代国王レオポルド2世の統治が余りに酷く、統治権を国王から政府に移譲させられた過去がある。

 亡命政権はベルギーの死守を、国王はもう統治権が無いのにコンゴへの移住を国民に求める。

 この分断は、国王支持派のフラマン人(オランダ語系)とワロン人(フランス語系)との諍いに発展し、国が氷河に覆われるかもしれないのに喧嘩が始まった。

 だが、さっさと行動するものは国王の指示に従ってコンゴに逃れて行く。


 続いてオランダ。

 ここの最大の植民地はインドネシアである。

 インドネシア(蘭印)は日本軍から狙われる位置に在る。

 今まで、対ドイツへの意地から亡命オランダ政府は対日石油輸出を制限していた。

 イギリス王室は古くはハノーヴァー、オランダから出た一族である為、いつか戦線復帰してくれるものと考えていた。

 それは叶わない。

 そして単独では日本の攻撃を食い止められない。

 イギリスがマレーの石油を売っているからインドネシア侵攻は起きていないが、それも何時まで続くか。

 オランダは日本に急接近する。

 靴の底を嘗めんばかりの勢いで、日本の属国となってでもインドネシアを維持しようと外交攻勢に出る。

 ここが安全でないと、国民を避難させられない。

 日本は資源の輸出を求めて来た。

 そんなの今となっては安いものだ。

 かくしてオランダはインドネシアに軸足を移す事になる。

 これにより、国王よりも東インド総督が優越し始める。


 フランスは過激であった。

 亡命フランス政府は徹底抗戦を主張する。

 故にヨーロッパから退く気は無い。

 だが、フランスは海外に多数の植民地を持つ。

 これらをドイツに降伏して作られたヴィシー政府と奪い合う。

 単にドイツとの関係で、どちらの政府が正統かの争いではなく、フランス人の将来を賭けての戦争が発生した。

 亡命政府軍とヴィシー政府軍は、ドイツ軍や日本軍がドン引きする激しさで殺し合う。


 一方持たざる国は諦めをもってチャーチル発表を受け容れた。

 どこに逃げたら良いというのか?

 北欧諸国は、先祖帰りの道を選ぶ。

 彼等はそれこそ度々訪れた氷期の頃も、そこに住んでいたのだ。

 寒さが厳しくなっても、トナカイとかアザラシとかクジラを食えば良い。

 短い春の間に、野山のキノコやベリー類を採って、瓶に詰めて保存しておけば良い。

 防寒をしっかりし、森林は失われてもそれに代わる燃料を確保しよう。

(乾燥した動物の糞や、泥炭等も)


 東欧諸国は、もうおしまい。

 スラブ系の民族は、ナチスからは迫害対象である。

 ドイツは迫害対象の民族からは、家も農地も財産も没収する。

 その結果、既に寒空の下で統計不能な凍死者や餓死者が出ていた。

 東部戦線に向かうドイツ兵は、そういう死体を見ながら進むが、二年も経つ内に慣れてしまって気にしなくなった程だ。

 西はドイツ、東は戦場、北に行ったら凍死で残るは南である。

 バルカン半島はイタリアや、枢軸参加国が抑えている。

 彼等は難民を、最初は受け入れていたが、事態の深刻さをチャーチル発表以前から薄々感づいていた為、国境を封鎖した。

 そして無理に国境を越えて、逃げた先で犯罪者となって生きるか、行き場の無い東欧の地で死ぬかの選択となる。


 そして現在戦闘中のドイツとソ連である。

 両独裁者は図らずも同じような激高をする。

「なんで1月に発表しないんだよ!!」

 冬営中で、自然休戦状態のこの時期、なし崩し的に戦争を終わらせる事が可能だったのだ。

 だが、発表が遅れた事でドイツによる2月攻勢が生起し、3月末にはソ連による反転攻勢が起こっている。

 もう両軍とも止めるに止められない。

 退いたら相手から撃たれる恐怖に支配されている。


 ヒトラーとスターリンは、奇しくも同じ判断を行う。

「ある程度の形を作ったら、勝ち負けはさておいて戦争を終わらせよう」

 そして

「温暖な地に国の軸を動かす必要がある」


 ヒトラーは東方にゲルマン民族の生存圏(レーベンスラウム)を求めて、スラブ人の殲滅を図った。

 もう東方にそんな生存圏は無い。

 向かう先は南しか無い。


 スターリンは、世界同時革命を訴えたトロツキーを追放し、一国社会主義を唱えたものの、同じく社会主義を採る衛星国(属国とも言う)を求めていた。

 それを東欧に求めたかったが、今はそれどころではない。

 チャーチル発表は、スターリンに有益な情報も与えていた。

 それは極東地域は高温化、緯度的には温暖化といえる方に変わる。


(モスクワやレニングラードは残すにしても、多くの民はシベリアの更に東に送れば良い。

 これは懲罰ではなく、生きる為である)


 しかし極東にはそれ程の都市や農地がまだ無い。

 出来るまでの間我慢しろとも言えない。


(無ければ奪う。

 丁度良い土地があるではないか)


 かつてロシアにとって「牛乳と蜂蜜が流れる地」とされた満州。

 ここを巡って日本と争い、敗れた。

 今、満州には日本の傀儡国家が出来ている。

 だから

(第二回戦だ。

 今度は本気度が違うぞ)

 そうスターリンは考えた。

 モンゴル人民共和国以外の衛星国として、中国の共産化にも力を入れよう。


 ヒトラーやスターリン級の独裁者になると、自分の保身と野心と国民の為の実利と方針を、全部一体化させて考える事が出来る。

 つまり「自分の望む事は国民の望む事で、人類の将来にとっても最良の道である」と心の底から錯覚出来るのだ。

 その為、ヒトラーもスターリンも他人の迷惑は顧みない。

 これがまた戦乱を起こす事になる。


 さしあたって今直面しているのは、目の前の敵軍を撃破する事である。

 相手を押し返さない事には、撤退も出来ない。

 2人の独裁者は全く同じ命令を出した。


「夏が終わる9月までに敵軍を駆逐せよ!」

次話は21日17時にアップします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そのデイリーは違うトコや!www
[一言] アジアやアフリカの独立が遠ざかるなぁ 統治によっては中東やベトナム化があちこちに現れそう
[一言] 満洲奪ったところで工業力全く無いから初動はまだしもジリ貧で死ぬやろそれ…ウラジオストク以外に極東方面でまともな都市(工業都市ではない)ってあるんか…?
感想一覧
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