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イギリスとの交渉

確かに超大国アメリカ合衆国は消滅した。

しかしアメリカ合衆国は実はまだ残っている。

ハワイ準州に40万人(うち、米国籍日系人16万人)

アリューシャン列島に数千人

グアム島に千数百人

その他、ヴァージン諸島、キューバ、プエルトリコ、サモア等にアメリカ合衆国国籍人が残っていた。

彼等の物語はいずれ描かれる。

 元々九月十九日に予定されていた御前会議は、一週間延期された。

 九月二十一日になって確報として認識された北米大陸の消滅、これを前提に各部署が調整に入る。

 たった五日では意見は纏まりようが無い。

 しかし、日独伊三国同盟締結については、相手国もあってのものである。

 再延長をするにせよ、まずは一回話し合って決めねばなるまい。


 ドイツ外交官ハインリヒ・スターマーは、事情の変化について行っていない。

 アメリカ消滅以前と同じように、日本に同盟締結を迫る。

 その相手である松岡洋右外相の態度は明らかに変化していた。

 日独の提携は、アメリカに脅威を与えて介入を防ぐ事が出来る、それが松岡の考えである。

 しかし、アメリカが居ないのなら、その必要自体無い。

 松岡は「西欧」「東アジア」「アメリカ」「ロシア」という世界4ブロック構造構想を持っていた。

 そこからアメリカが消滅した。

 だったら急ぐ事は無い。


 彼は満州事変の後でイギリスを訪問し、「日本は賊の国だ」という罵りを受けた。

 イギリスに対し同情の念は無い。

 そういう意味で同盟締結を保留したのではなく、3つのブロックの内の2つが手を組んだ時、残る「ロシア」がどう出るのかを見定めたいという気分からだった。


 ハインリヒ・スターマーはオイゲン・オット駐日大使と相談し、陸軍経由での同盟締結交渉に切り替える。

 日本陸軍もまた、アメリカ消滅以前と意識が変わらない。

 アメリカが消滅したのなら、支那攻略も捗る。

 強盛なドイツと手を組み、世界に日本の威を示そうではないか!


 陸軍の意思はマスコミを通じ、政府への圧力となる。

 それでも松岡外相は考えを保留し続ける。

 スターマーが陸軍を通じた交渉に切り替えた頃、松岡外相を岸商工次官が訪ねて、もう少し現実的な話をしたからだった。




「うちの省にも貴方と同じ松岡ってのが居ましてネ、総力戦研究所に出向させるんですよ。

 そいつがイギリスの外交官から、今回のアメリカ消滅の情報を与えられたんです」

「ほお」

「外相、何が狙いだと思います?」

「そりゃあアメリカが消えた以上、我が国にドイツと組んで欲しくない、そういう事ですよ」

「そうですね。

 でも、手土産は何だと思います?」

「手土産か……。

 そうだね、何も無しで要求だけしたって、我が国が従う筈も無い。

 イギリスが持っているものと言えば……

 石油か!!」

「それも有るでしょう。

 しかし、それだけでは『だったら占領して奪ってしまえ』という声には勝てませんよ」

「それもそうだ。

 先日の津波で延期になったが、陸軍は仏印に侵攻する計画が有った。

 欲しいものは力づくで取れば良い。

 その結果、アジアの解放が出来れば一石二鳥だ」

「そうでしょう。

 そうでしょうとも」

「で、イギリスはどんな条件を出して来たのかね?」

「何も言って来ていませんよ」

「何だと?」

「アメリカ消滅が確定したら、再度交渉しましょう、って言ってましてネ。

 安売りはしないつもりですよ。

 で、どうです?

 イギリスは何を土産にするか、会って話してみませんか?」

「……それをすると私は、売国奴と言われかねない。

 世間は日独伊三国同盟を歓迎しているのだ。

 私は世間の風潮に流されないように、十分に吟味を重ねて物を言っているのだ」

「そこは大丈夫です。

 一緒に東條サンも会うのですから」

「東條陸相だと!?」


 岸は松岡洋右の後、東條英機にも会って同じような話をした。

 彼の狡猾な所は、東條に会った時には

「どうです?

 松岡外相は閣下の同席を望んでおるのですヨ」

 と言ってのけた事だ。


 東條英機は様々に言う人も居るが、基本的に天皇陛下の忠臣である。

 その意向を絶対視する。

 天皇陛下のご意思は何処に在るだろう?

 陛下は意識して、その意思を現さず、政治を左右させないようにしている。


 東條は、天皇陛下が皇太子時代に英国留学をし、親しく感じているのを知っていた。

 陸軍としてはドイツとの同盟に賛成である。

 しかし、陛下のご心中を無碍にも出来ない。

 会うだけ会ってみようと思った。

 岸の説得も、そう思わせるような上手さが有った。




「ほお、君が商工省の松岡君かね。

 同じ姓として親しみを感じるよ」

 松岡成十郎は松岡洋右と握手を交わす。

 東條には敬礼をする。


「君は、この度の事をどう思っておるのかね?」

 東條が面接官のような態度で質問する。


(迂闊な答えは出来ない)

 岸から身の処し方に気をつけろと言われた事を思い出す。


「小生は国の意思決定に口を挟む程増長しておりません。

 ただ英国との交渉を橋渡しした迄です。

 許されて意見を言うなら、決して日本にとって損になる取引をしてはいけない、そう思っております」


 無難な返事であるが、愛国的でもある。

 東條は重ねて問う。


「英国の論に乗るべきと思うか?」

「英国は、俗な言い方をするならば嘘つきです。

 先の欧州大戦の後、アラビア半島を混乱させたのは、その噓つき外交に因るものです。

 騙されてはなりません。

 乗るべきではないと考えます」

「だが、君は英国との橋渡し役ではないか」

「その役目は私情を挟まずに引き受けております。

 閣下は敢えて小生に自分の意思をお聞きになりました。

 今言ったのは自分の意思であり、日本の為に何をすべきかは上の者に任せます。

 自分が判断するとしても、私情ではなく、公益を以て判断します」


 東條はこの答えを気に入ったようだ。

 そして、この官僚に対しても信頼を持つ。

 東條の信頼を得た事が、今後の松岡成十郎の行動には大いにプラスとなる。




「よくおいで下さった」

 駐日イギリス大使ロバート・クレイギー、離任した筈の駐在武官フランシス・ピゴット少将がサンソムと共に居た。

 日本側は代表・松岡洋右、仲介役・松岡成十郎、そしてオブザーバーとして岸信介、東條英機が参加した。


「我々は、アメリカ合衆国の消滅に極めて大きな打撃を受けております」

 クレイギー大使の率直な言いように、松岡洋右も

「そりゃそうでしょうとも」

 と返す。


「このピゴット少将は、天皇陛下訪英の際は接伴員を務めました。

 彼は日英同盟破棄の反対派です。

 そしてそれは私もです。

 連合王国は日本帝国の強さをよく認識しております」


(なるほど、確かに口が上手い)


 イギリスの外交官というのはこうなのだろうか?

 流れるように話を続ける。


「それで、我が国にドイツとの同盟締結を止めて、日英同盟を再度締結したい、そういう事ですか?」

「閣下。

 日本は締結寸前の同盟を止めるという非礼が出来るのですか?

 ドイツとの同盟締結を止めろ、なんて言う気は有りませんよ」


 この辺、まさに嘘吐きそのものである。

 本音は同盟締結阻止なのだ。

 それは松岡や東條にも分かるのだが、相手がこう言う以上、それを否定も出来ない。


「では一体何を求めるのです?」

「ドイツの友好国である貴国には、和平の仲介を求めたい」

「何ですと?」

「アメリカ合衆国が消えた、だから我が連合王国と日本帝国は、海を挟んで隣国同士となりました。

 隣国の誼で、ドイツとの和平を取り持って下さい」


 ここで東條が、外交関係であるのに口を挟む。

「英国は既にドイツとの空戦で追い込まれていると聞く。

 最早屈服寸前だ。

 そんな国の肩を持てば、友好国ドイツから不信感を抱かれるだろう」


 挑発的な発言を、流石は外交官、笑って流す。

「何時、連合王国が敗れたのでしょう?

 我々は勝っていますよ」

「何だと?」

「アメリカ消滅同様、信じられないようですね。

 我々は嘘は言いません。

 どうぞ、自分の目で確かめて下さい。

 ドイツの空軍は、早晩行き詰まります。

 その時、日本が仲介してくれたら、ヒトラー総統も喜ぶでしょう。

 実は彼の意思は、独英停戦なのです。

 同じ民族として、連合王国を攻める気は無いのです。

 我々はポーランドとの同盟、更にはフランスとの同盟の為にドイツと戦いました。

 そして負けておりません。

 ここは日本が仲介役となり、和平を取り仕切ってくれたら、ヒトラー総統の意にも沿うし、我が国も感謝するし、世界に日本の名を轟かせる事が出来る。

 誰の損にもなりませんよ」


「それで、日本が仲介役をしたとして、何が得られる?」

 イギリスに主導権を握られているな、と思いつつも松岡洋右は聞かざるを得ない。


「マレーにある石油を輸出します。

 それと、インドの市場を日本に開放します」

「インドの市場??」

「はい。

 あと、中国に対する肩入れを停止します。

 これで日本は、中国とインド、双方で数億の市場に参加する事が出来ます」

「考えさせて欲しい」


 松岡は自分の負けを悟る。

 外交としては主導権を握られっぱなしだ。

 しかし、負けても良い、この条件は国益に大いに叶うものだ。

 しかも失う物は無い。

 同盟締結もそのままで、仲介をすれば良いだけだ。


 一行はイギリス人たちとの交渉を終えて帰る。


「これで良い。

 日本が我が国の背後から襲い掛かるのを防げた。

 今はこれで十分だ。

 停戦が成れば、ドイツの目は共産主義者の方を向くだろう。

 態勢を立て直すのはそれからで良い」


 本国に事の顛末を話すと、外相・ハリファックス伯はそう返した。

 元々が対独宥和派の彼は、これでイギリスの戦争を終わらせられると信じている。

 実際、ヒトラーも対英和睦がなれば、敢えてドーバー海峡を越える気も無い。


 だが、危機は彼等の予想外の所から迫る。

 それが現れるのは、数ヶ月先になる。

次の更新は15時です。

今日はあと2回更新の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第一話で予想しましたが、まさにハードボイルドもしくはサスペンス路線を爆進中という感じがします。
[気になる点] 地味に海面下降の影響ってどうなってるか興味深いですね 3メートルってたいしたことなさそうですが もともと水深の浅い既存の港湾とか大きなところでいうとスエズ運河とか使用できなくなつたりし…
[良い点] 1話の最後の「これでは我が国の産業は壊滅するじゃないか!!」というセリフで主要キャラの問題意識と認識にどうなってくんだとこの話に引き込まれました [気になる点]  特高の目が強かったりしま…
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