表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/128

中国戦線の悪夢

いわゆる中原「最近、雨が増えたアル」

江南・広東「雨も台風も非常に酷いマー!」

満州「最近過ごしやすくなって来たけど、我々には暑いヨー」

西方「なんか知らんが、砂嵐が酷いアッラーアクバル」

 ソ連の奥深くでドイツ軍とソ連軍が泥沼に嵌まっていた頃。

 ベンガル地方でイギリス軍も泥沼に嵌まっていた。

 そして日本軍も中国戦線で泥沼に嵌まって身動きが取れなくなる。


 蒋介石軍の反撃に遭ったのか?

 否。

 異常気象が中国の大地にも牙を剥いたのだ。


 広大な中国の気象は、幾つかの要素によって左右される。

 一つはインド洋の水蒸気と上昇気流が、ヒマラヤ山脈に衝突して発生する季節風(モンスーン)である。

 インド洋の温暖化で、水蒸気量は増えたが、同時に風速も上がった。

 この結果、日本を襲う台風は激しくなったが、一方で足も速くなり、さっさと駆け抜けていく。

 これが被害をまだしも小さく抑えていた。

 季節風は中国上空も通過する。

 水蒸気の多い空気が、絶えず運ばれているのである。


 日本と同じく、シベリア気団という寒冷な空気塊も、中国の気象に影響を与える。

 小笠原気団に押され気味の太平洋上空と違い、内陸の中国奥地では寒冷化した北極海の影響を受けたこの気団により、温暖化はしないでいた。

 このシベリア気団に押されて、日本でいう梅雨前線が中国上空にも出来る。

 だが中国に前線を作るのは、シベリア気団そのものではない。

 シベリア気団が温暖化し、揚子江気団と名を変えたものである。


 中国の気象に影響を与える3つ目の要素・揚子江気団と4つ目の要素・チベット高気圧は移動性の高気圧である。

 この移動は季節風の強さによって影響を受ける。

 インド洋の熱で発生する中緯度高圧帯のチベット気団は、高原で雨を降らせる事で潜熱加熱を起こし、より高温化する。

 これが季節風で東方に運ばれ、日本の夏を猛暑としていた。

 日本が夏を迎える前、この2つの高気圧気団は中国は華南から南シナ海にかけて、梅雨前線を作るのは既に述べた。

 インド洋からの水蒸気は多く、ぶつかり合う2つの気団の勢力が温暖化で強くなった為、前線の活動が活発となっていた。

 昭和十六年も雨が多く感じたものだが、昭和十七年になるとそれは猛威と化す。


 百年に一度と言われる雨が、毎月降っては記録を更新する。

 河川は氾濫する。

 日本軍の侵出は、北は河南省洛陽の線、南は湖南省と正にこの豪雨の影響を受けやすい地域であった。

 日本軍の作戦行動を豪雨が妨げる。

 洪水や堤防決壊が起こる。


 


 遡る事四年前の昭和十三年、西暦では1938年6月7日、国民党軍の劉峠第一戦区副司令官は

「黄河の堤防を爆破して意図的に洪水を起こし、日本軍の進撃を阻止する」

 という作戦を提示した。

 それは蒋介石総統の認可を得て、実行に移される。

 更に6月11日にも国民党軍は堤防三ヶ所を爆破した。

 この作戦による黄河の氾濫で河南省、江蘇省、安徽省にまたがる5万4000平方kmが水没。

 11都市と4000の村が水底に沈んだ。

 水死者およそ100万人と被災者600万人以上を出す。

 更に農地も破壊され、農作物が壊滅するという多大な損害も出してしまった。

 皮肉な事に日本軍は行軍中だった為、この作戦による犠牲者は僅か3名であった。


 国民党側はこの黄河の堤防決壊を日本軍の仕業だと喧伝する。

 しかし、海外の新聞記者から

「堤防の厚さは20メートル。

 それに対し、日本軍の航空爆弾で穿たれる穴は1メートル程度なのに破壊出来るのか?」

「6機の爆撃機がただの一点のみを爆撃出来るのか?」

 と疑問を呈され、やがて国民党軍の犯行であると判明した。


 当時、日本を批判し、国民党を支援していたイギリスメディアは軽く触れる程度で、露骨な非難を避けた。

 しかしチャーチルはこの件を知り、一層蔣介石への評価を下げている。


 一方、開封に駐屯していた日本軍は救助活動を行う。

 6月12日17時には堤防の修理を始め、住民の避難誘導用の堤防や河道を作った。

 百数隻のイカダ船や、自動車を使って孤立していた被災者を救い上げる。

 地元の自治体と協力して堤防の修復作業を行う。

 当地の治安維持や、洪水後に流行するであろう病気に対し、防疫行為を行う。

 日本軍はこのように献身的に復興を支援した。

 それに対し国民党軍は、日本軍と中国人が協力して土嚢を積み上げている最中に航空機で機銃掃射を行ったり、地上部隊が被災者ごと機関銃で日本兵を撃ったりして、協同作業を妨害する。

 中国の農民は、国民党軍ではなく、真摯に対応してくれる日本兵の方を見て感心し、歓迎するようになった。

 同年9月23日、国民党軍は撤退の時間を稼ぐ目的、今度は揚子江の堤防を決壊させる。

 ここでも無警告で行った為、現地人が巻き添えを喰らい、日本軍が救助活動を行う。

 国民党軍による堤防破壊作戦は、失敗を含めて12回行われた。

 国土は国民党軍によって破壊される。


 昭和十七年の豪雨災害で日本軍の足が止められたのも、こういう理由からであった。

 日本兵自身の被害は少ない。

 更に本土の中央気象台職員が、陸軍参謀本部を通じて、豪雨による災害を予報していた。

 支那派遣軍は地元中国人に警報を発し、黄河決壊事件の時も居た避難に消極的な者は銃剣で脅してまで彼等を安全な場所に逃がす。

 長雨かつ豪雨は各地で堤防を破壊し、濁流が村々を飲み込む。

 当初は「食糧の略奪か?」と批難する者も居た村々からの食糧移動が功を奏し、避難場所では陸軍による食糧や水の配給、不足している地域への輸送、不足量の算出がなされて輸送機による空中投下等が行われた。


 もう空軍力が枯渇している国民党軍は、航空攻撃こそ出来ないが、それ以外はやはり妨害活動を行う。

 被災者を装って接近し、突然銃を乱射して自国民諸共日本兵を殺害した後、また被災者に紛れて去って行く。

 日本兵と現地民が土嚢を積んでいる中に、爆弾を投げ込む。

 日本軍が配給する食糧や水の中に毒を混入する。

 そして

「日本人が食糧に毒を入れた」

「日本人が井戸に毒を入れた」

「日本人が堤防を決壊させた」

「日本人が決壊させて溢れた河川の水に細菌兵器を投入した」

 と宣伝しまくる。


 日本軍は大いに憤慨するも、今回は昭和十三年の時とは敵味方の状況が違った。

 今は日本に気を使うイギリスメディアが

「交戦国相手に救助活動を行う日本軍の騎士道精神」

「自然災害時にも関わらず、自己中心的な蒋介石軍」

「自国民を犠牲にする蔣介石軍と、作戦を中止してまで中国人と共に復興に働く日本軍」

 と、このような報道を行った。

……自国がインド・ベンガル地方でどんな事をしているかは一切報じずに。

 むしろ、その話から目を逸らすかのように、大々的に報道する。

 そうして蔣介石軍は益々追い詰められていく。


 だが、日本軍はイギリスメディアに褒められても、嬉しくはあっても何の得にもならない。

 現実問題として、作戦行動が停止しているのだから。

 日本人として困った人は助ける。

 その律義さから、放ってはおけないが、一方で蔣介石軍との戦いが出来ずに困ってもいた。


「言っちゃなんだが、敵地を攻撃していながら、感謝されるとは変な気分だ」

「だけどさあ、俺も兵隊になる前は農家だったんだよ。

 農地が水浸しになってる奴を前に、助けないなんて有り得ないんだよ」

「それは俺も同じだよ。

 途方に暮れてる支那人の爺さんを見ると、田舎の爺様を思い出してしまってなあ」

「さっさと勝って、田舎の親父や兄貴の顔を見たくなって来たよ」

「まったく、蔣介石もさっさと降参しろよな」


 日本兵が微妙な厭戦気分に陥る。

 一方で中国人も

「日本人は侵略者かもしれないが、我々を助けてくれる。

 国民党軍は同胞でも、酷い奴等だ。

 日本人の方がずっとマシだ」

 となり、自警団を作って破壊工作をしに来る同胞を捕まえたり、別な地域の堤防工事の為の作業員に募集したりと、日本軍に協力的になる。


 短期的ならば美談で終わっただろう。

 だが、今年の異常気象は、四月から毎月のようにあちらこちらで豪雨、堤防決壊、洪水が起こる。

 日本軍は次第に、歩兵を使った人海戦術から、工兵や内地の専門家を使った大規模な堤防補修を行うようになる。


「こんな付け焼き刃な治水じゃ、直す先から決壊するだろう」

「専門家による治水を行う方が、結果として安く、長期的な効果が得られる」

「歩兵は国民党の便衣兵による破壊工作を防ぐのに使おう」

「それと同時に、便衣兵が潜む拠点の攻撃を行う」


 確かに、清後期の混乱以降、まともな治水事業が行われなくなり、場所によっては明代や宋代まで遡るような堤防しか無かった為、西洋の技術を入れた日本の工事を行った方が良い。

 しかし、日本ですらこの異常気象に対する治水工事の技術は足りていない。

 本土で相次ぐ水害がそれを物語っている。

 本土を後回しにし、戦地で治水事業を行うのもおかしな話だ。

 そして中国の大地は日本よりも遥かに大きい。


「あたかも乾いた海綿が水を吸うが如し」

「砂地に如雨露で水を撒くが如し」

 際限の無い事業費に大蔵官僚が嘆く。

 予算が幾ら有っても足りやしない。


 大本営では今後の戦争について、方針を纏める。

 このままでは際限なく土木工事、治水工事、破壊工作に対する警備を行う羽目になる。


「明年、全軍をもって蔣介石軍に対し、決定的な攻撃を行う。

 まず包囲している洛陽を落とし、其処より支那大陸を南北に貫通する。

 航空基地を前進し、重慶のみならず、成都も空襲可能とする。

 更に雲南の昆明を攻略し、成都を背後から脅かす。

 これら一連の作戦を『一号作戦』と命名する」


 この作戦には、支那派遣軍の他、満州から関東軍、後方の警備には海軍陸戦隊まで動員し、持てる陸戦戦力のほとんどが注ぎ込まれる。

 陸軍の新型戦闘機だけでなく、重慶攻撃でその性能を遺憾なく発揮した海軍の長距離戦闘機・零式艦上戦闘機に新型の長距離爆撃機・一式陸上攻撃機も投入される。

 この日本の総力を挙げた一号作戦で蔣介石軍に致命的な損害を与え、降伏を求める。

 蒋介石の降伏を以って、支那に広く展開している部隊を引き上げる。

 その後は汪兆銘政権に治水事業を引き継ぐ。

 つまりは、戦争を終わらせる。

 その為に、堤防の補修工事は行いつつも、作戦準備は今から開始する。

 このような方針は大元帥である天皇にも承認された。


 だが、日本のこういった議論には欠点がある。

 それでも蒋介石が降伏しなかった場合、どうするか?

 日本には決戦なのだが、相手はそれに応じず逃げてしまうかもしれない。

 大本営では、この時点でその場合についての議論を行おうとしなかった。

 口に出して言ってしまえば、本当にそうなってしまうかもしれないからだ。

 誰もがその可能性から目を逸らしたのだった。

 一番の問題を後回しに、一号作戦の為に支那派遣軍と関東軍が準備を始めた。

次話は8月3日17時にアップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 日本の一番悪いところはそれを言う人間を悪にする事
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 日本人に永遠に付き纏う「言霊」信仰。
[良い点] Bプランを用意しない。いつまで経っても日本と日本人は変わらない点ですね。そこが上手く出ていて嬉しかったり悲しかったりしますw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ