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1942年夏季攻勢

ドイツ戦車の搭乗員構成:

・車長(指揮官)

・砲手(敵を狙う)

・装填手(徹甲弾か榴弾かを選ぶ、攻撃をスムーズにする)

・運転手

・通信手(車体機銃手も兼任)


ソ連KV-1重選手搭乗員構成:

・車長兼装填手

・砲手

・操縦手

・補助操縦手兼整備手

・無線手兼前方機関銃手


専任の指揮官はいない。

また無線は搭載されていなかったり、性能が悪いものも多い。

 ヒトラーは考えた。

 余り考えたくもない事ではあったが。

 もしかしたら今年の冬も恐ろしく寒いかもしれない。


 スターリンも考えた。

 余り考えたくもない事ではあったが。

 もしかしたら今年の冬も恐ろしく寒いかもしれない。


 ヒトラーは命令する。

「何としても今年の夏で勝利せよ!」と。


 スターリンも命令する。

「何としても冬まで粘り、冬にドイツ軍を殲滅せよ!」と。


 ドイツ軍は必死になった。

 ソ連軍は士気がガタ落ちした。


「同志スターリン、今年中にドイツ野郎を祖国から叩き出せと言われていませんでしたか?」

「何もおかしな事は言っていないぞ。

 今年というのは12月31日まであるのだ」

「……冬まで待ってドイツ野郎を押し戻し、その上でベルリンまで落とせ、と?」

「君ねえ……。

 私はそんな無謀な事は言っていないぞ。

 クリスマス(ハリストス)までにドイツ野郎を駆逐すれば良い」

「では?」

「その後、新年(ノーヴィ・ゴード)までにベルリンを落とせば良いだろ?」

 周囲は急ぎジューコフ上級大将に頼み、無理である事を説得する。

 とりあえずの目標は、1942年の内にドイツ軍をポーランドの線まで押し戻そうとなった。

 ただ、冬の有利さが諸刃の剣であるソ連軍に対し、冬を迎えたら負けだと思うドイツ軍の方が、必死さという面で遥かに勝る。


 北極からせり出していた気団が北に去り、風こそ強いものの、ウクライナの大地に青空が戻る。

 ドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)は総力を挙げてソ連軍攻撃に出る。


 一方、気温が上がった事で軽油の気化が復活した事もあり、ソ連機甲師団も反撃に出る。

 相変わらず強力なソ連のT-34中戦車に対し、ドイツの新型戦車はまだ開発完了していない。

 そこでF2型と呼ばれる長砲身75mm砲を搭載したⅣ号戦車を投入した。

 ごく少数であるが、夏の内に決着を着けたいドイツ軍参謀本部は必死である。

 この後もなりふり構わず、出来た兵器を次から次へと戦場に投入していく。


 兵器だけではない。

 ヒトラーもハルダー参謀長も、他の全てを捨ててソ連戦に兵力を投入していた。

「総統!

 イタリアが北アフリカへの援軍を求めています」

「放っておけ!」

「フランスで抵抗組織(レジスタンス)の活動が活発になっています」

「そんなのどうでも良い!」

「海軍が不満を漏らしています。

 予算も人員も物資も削減しているから、これでは戦争が出来ない、と」

「黙れ!

 イギリスとも戦争を終えているのに、どこと戦争するのか?」

 流石にヒトラーも、バルト海やバレンツ海で戦える分の予算は付けているが、空母「グラーフ・ツェッペリン」を建造中断から建造中止とし、戦艦「ビスマルク」「ティルピッツ」の作戦を一切取り止めた。

 試作兵器も、旧式装備を持った後備兵も、負傷加療中の兵も、根こそぎ動員してソ連の大地に叩きつける。

 この必死さにソ連軍は昨年以上に押されまくった。


 本来ヒトラーは、自分の直感を信じて参謀本部の作戦を否定する。

 だがこの年、ヒトラーは陸軍の作戦計画を、文句を言わずに承認した。

 モスクワ攻略に全力を注ぎ込む。

 ヒトラーは今でも、ウクライナやドネツ、カフカスを先に制圧せよという意見を持っている。

 そんなヒトラーだが、作戦期間が短い上に、作戦を多数同時に行ってはどの方面も中途半端になってしまう事を理解した。

 そこで「確実に夏季の間に作戦を終了せよ」という条件で、モスクワ攻撃計画を承認した。


 これで陸軍参謀本部は俄然やる気を出す。

 そして偶然にも、ソ連の意表を突く事にも成功した。

 ソ連は、昨年の異常気象による食糧不足、燃料不足からドイツは、具体的にはヒトラーは南方を狙うものと予測した。

 ウクライナ防衛の為に、主力を南下させていた。

 にも関わらず、軍事馬鹿のドイツ軍は戦略物資確保よりも、首都攻撃を選択したのであった。


 ドイツ軍の攻撃の上手さは、歩兵・砲兵・戦車・航空攻撃の素早い連携にある。

 戦車の性能で、ドイツのⅢ号戦車、Ⅳ号戦車はソ連のT-34中戦車やKV-1重戦車に劣っている。

 しかし、ドイツ戦車は全ての車両に車載無線機とそれを扱う通信手が搭乗しているし、専用の戦車長が居て指揮をする。

 T-34中戦車は4人乗りで、戦車長は装填手も兼任して指揮に集中出来ず、高性能の車載無線機の開発と量産に手こずり、小隊長車、あるいは中隊長車にしか装備されていなかった。

 KV-1重戦車も同様である。

 戦車兵の熟練度もあり、無線通信を活かした連携戦車戦闘で、高性能のソ連戦車は苦しめられた。

 ドイツ戦車を狩るソ連の「空飛ぶ戦車」Il-2シュトゥルモビク攻撃機も、無線による誘導指示の悪さと、高気圧に覆われた夏空で性能を発揮するドイツ戦闘機の妨害で、思った以上の戦果を出せない。

 ソ連軍の作戦指揮だって悪くはない。

 だが、必死のドイツ軍が各方面でソ連軍を上回る。

 それでもソ連軍の陣地防御の巧みさで、ドイツ軍の突破を許さない。

 8月に入り、極めてまずい、深刻な情報がもたらされる。

 スペイン経由でイギリスが売りつける食糧が減ったという。

 インド・ベンガル地方で大規模な暴動が発生し、イギリスの食糧調達に影響が出たという。

 燃料や弾薬はまだドイツで生産可能だから十分に補充されるが、食糧については昨年から減少し続けていた。

 国内が不作のドイツでは、イギリスからの食糧が生命線でもあった。

(実はソ連にとってもそうなのだが)

 このままでは補給が途絶えてしまう。

 これ以上先まで食糧は届かないかもしれない。

 夏季中のモスクワ攻略は不可能かと思われた。


 ここでドイツ軍に英雄が出現する。

 エルヴィン・ロンメル中将である。


 西部戦線、フランス侵攻の英雄でもあった彼は、映画でも宣伝されていた有名人である。

 神出鬼没な彼の部隊は「幽霊師団」と呼ばれたりもした。

 全精力を注ぎこんだソ連戦、しかも目標が明確に「モスクワ進撃」となった為、彼は独断専行を行う。

 かつてフランスを攻略した時のように、欺瞞工作・囮・陽動・迂回等ありとあらゆる手段を使って防衛線の突破を行った。

 補給も無視。

 他部隊との連携も無視。

 居場所を知られないよう、定時連絡も行わず、無線も使用しない。

 孤立を恐れぬ突出。

 後続部隊等無視して、とにかく前進を続ける。


 おそらくロンメルのこの用兵は、近代軍のそれでは無い。

 エドワード黒太子の騎行戦というか、モンゴル帝国の騎兵戦法というか、馬を戦車に代えた後先考えない突出であった。


「将軍!

 このままでは燃料が持ちません。

 モスクワまでたどり着きません」

「では、戦車は途中で置いて行く。

 それなら燃料は持つだろう?」

「それではモスクワまでは行けますが、帰りの燃料がありません。

 敵中に孤立します」

「モスクワで孤立?

 モスクワまで着いたなら、そこに空からの補給を呼べば良い。

 我々はまず、目標となる都市を確保しなければならない。

 モスクワの一角でも橋頭保と出来れば、皆がそこにやって来る」


 完全に博打である。

 それをロンメルはやってのけた。


 彼が持っていた戦車に、新型のⅣ号戦F2型(長砲身75mm砲搭載)やⅢ号戦車J型(50mm戦車砲搭載追加装甲型)は無い。

 Ⅲ号戦車G型(50mm砲型と37mm砲型が混在)とⅢ号突撃砲E型(75mm砲搭載)であった。

 それでも陸戦の花形であるこの兵器を、彼はナロ=フォミンスクで使い捨てとする。

 街を破壊し、大量の黒煙を出してソ連軍の注目を集める。

 ここで非情な命令

「戦車兵はここで戦え。

 弾薬が尽きたら降伏しても構わん。

 まあ、ロシア人が諸君を生かすかどうかは分からないがな。

 私が無事にモスクワに辿り着けたなら、諸君たちを救う手を打つ。

 それまで戦い続けよ」


 ロンメルに対する信頼からか、置き去りにされる戦車兵や、それを支援する砲兵は文句も言わずに命令に従う。

 モスクワから250km離れたスモレンスクが独ソの前線だったのに、いきなりモスクワから70kmのナロ=フォミンスクにドイツ軍が現れた事で、ソ連軍は混乱する。

 首都方面の部隊まで、燃料の尽きている戦車部隊に目を取られた隙に、装輪装甲車や半軌道車(ハーフトラック)の部隊がモスクワに突入する。


 無謀過ぎた。

 いくら前線に兵を貼り付けた上に、ナロ=フォミンスクの囮部隊に首都防衛隊をぶつけたとは言え、モスクワにはまだ兵力が居る。

 だがここで「幽霊師団」の本領を発揮する。

 敵に「一体どれくらいの兵力が居るのか」を悟らせない。

 冷静であれば、モスクワに潜り込んだのは半個師団である事は分かっただろう。


「ロンメル中将の部隊がモスクワに突入したようです」

「は?

 行方不明になったと思ったら、単独で敵地深く入り込んでいたのか?

 奴は命令系統や補給というのを何だと思っているのだ!」

 ドイツ中央軍集団司令官クルーゲ元帥は怒鳴り散らす。

 地道に、確実にモスクワへの道を切り開こうとしていた彼に、ロンメルの独断専行は腹立たしかった。

 その上更に彼を激怒させる報告がもたらされる。

「グデーリアン上級大将の軍がモスクワ目指して動き出しました!」


 クルーゲとグデーリアンは激しく対立していた。

 昨年の侵攻時、冬の厳しさにさっさと退却準備をしていたクルーゲと、あくまでもモスクワ攻撃を主張していたグデーリアンは激しい口論となった。

 グデーリアンはクルーゲ解任を求めたが、却下された為、心臓病を理由に休職してしまった。

 だが今年、モスクワ攻撃が総統に認められた事で前線勤務に復帰。

 前年と同じ中央軍集団に配属されたのだが、クルーゲの司令部に顔を出す事は無かった。


 グデーリアンはクルーゲを無視し、麾下の部隊を前進させる。

 当然ソ連の防御陣の前に被害を出す。

 しかし、ロンメルのモスクワ到達と、グデーリアンの突撃を知ったドイツ中央軍集団各部隊は、司令官を無視して全面攻勢に出てしまった。

 クルーゲはこれを止めとうとするが失敗し、統率力不足として解任される事になる。


 計算とは無関係に起こった狂奔は、ソ連軍の防御を飽和させ、ついに突き崩す。

 ドイツ軍は全戦線でソ連軍を撃破。

 更に空軍がモスクワを爆撃し、ロンメルを支援する。

 空挺隊がモスクワに降下するのを見て、スターリンはモスクワ放棄を決断した。


 こうしてドイツ軍は、目標に掲げていたモスクワ攻略をギリギリ夏の内に達成出来た。

 損害は6割にも達する。

 ロンメルの部隊は戦闘可能な兵力が2割にまで減っていた。

 

 しかし戦争は終わらない。

 この点、陸軍参謀本部よりもヒトラーの方が正しい。

 モスクワを落としても、スターリンの戦意は喪失されない。

 むしろウクライナやバクー等を落とされた方が継戦能力を削げたのだ。

 スターリンはノヴゴルドに首都を移し、まだ戦い続ける。

 モスクワも、多くの兵が市内に残り、市街戦を行い出した。


 モスクワ陥落の報はヒトラーを喜ばせはした。

 しかしスターリンが一向に降伏しない事にヒトラーは激怒する。

「諸君たちの言う通りに作戦を承認したのに、

 諸君たちの言った通りの勝利にならないではないか!」


 作戦目的は達した。

 だが戦争は終わらない。

次話は7月31日17時にアップします。

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― 新着の感想 ―
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[一言] 細かいところなんですがロシアにおけるクリスマス(降誕祭)の呼称はラジストヴォですね。ハリストスだと救世主って意味なんで。
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