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北極海を進む

「そういや、カナダの話題が出ないねい」

「そうだねい」

「影が薄いから仕方ないのだよ」

(今回、カナダの辺りが舞台となります)

 測量艦「筑紫」は、砕氷船「宗谷丸」を先頭に、まずはベーリング海に入る。

 カムチャッカ半島沖は、第一次世界大戦後に日本が漁業権を得てはいたが、なにせ相手はソ連、油断はならない。

 遠くには日本の水雷艇(世界的には小型駆逐艦?)が、ソ連の海上部隊がちょっかいを出さないよう警戒に当たっている。


 黒潮という暖流が強くなったのは確認済みだ。

 だが、ベーリング海は冷たいままである。

「黒潮が北上するという予測と、アリューシャン列島に沿って東に反れるという予測があった。

 どうやらアリューシャンの方に行っているようだ」

 宇多博士が水温や潮流測定、棲んでいるプランクトンを調べながら、そう判断する。


 同様の判断は、大西洋側から調査をしていたエクマン教授らのイギリスチームも出す。

 彼等は消滅したカナダの北で、生き残ったクイーンエリザベス諸島に観測拠点を置く。

 元々カナダはイギリス連邦の一員で、カナダ本体が消滅した事に伴い、カナダ領だった地域は全てイギリス領とされたのだった。


「諸君、はっきり分かった事は、かつての北西航路の水温が上昇している。

 つまり、クイーンエリザベス諸島の南側は暖流が流れ込むようになった」

 観測結果に一同が沸き立つ。

 暖流があるというのは、寒冷化の予想を覆せるかもしれないからだ。


 だが、追跡調査の結果、残念な結論を出す。

 暖流である黒潮は千島列島最北部で、オホーツク海とベーリング海の冷たい海には流れ込まず、寒流である親潮と衝突して東に向きを変える。

 そしてアリューシャン列島の南側を通り、北東に進む。

 そしてクイーンエリザベス諸島の南側、北西航路を通った後、バフィン島の手前で向きを変える。

 グリーンランド島の氷河が流れ込む冷たい海。

 この塩分濃度の薄い海水が上に在る事で、塩分濃度の高い黒潮転じた北太平洋海流は、バフィン島に沿って南下するのだ。


「それでは暖流は?」

「昔のハドソン海峡を通り、ラブラドル海に達する。

 ここで北から来る寒流の西グリーンランド海流と衝突して熱を放出する」

 これがイギリスがまだ、ヨーロッパ内陸部よりは寒冷化せずに済む理由の一つだった。

 寒流とぶつかって冷やされた時、熱を大気に放出する。

 この熱が陸地に遮られずに強くなった偏西風に乗ってイギリスに達する。

 これにより、イギリス上空には寒気団が覆いかぶさらない。


 また、この暖流と寒流のぶつかる海域は、変わらず良漁場のままとなる。

 元々ニューファンドランド島沖、ラブラドル海のグランドバンクスは暖流の北大西洋海流と、寒流のラブラドル海流がぶつかる潮目であった。

 メキシコ湾流から北大西洋海流というのは消滅したが、はるばる太平洋からやって来る暖流がそれに代わる。

 この海域を実効支配していたカナダはもう無い。

 ドッガーバンクを失ったイギリスは、この海域を独占する事に決めた。


 エクマン教授らは、エルズミーア島のグリスフィヨルド集落に留まり、観測を続けながら日本人の到着を待つ。

 ここの宿泊所には、イギリスの官僚たちも多数待機している。




 「筑紫」と「宗谷丸」はアリューシャン列島・ダッチハーバーに停泊した。

 アリューシャン列島は世界で唯一残された「アメリカ合衆国本土」なのである。

 日本人たちは、港湾に高々と掲げられている星条旗を見て

「見ろ!

 アメリカ合衆国があそこに在るぞ!」

 と思わず興奮する。


 海軍基地になる前に大陸が消えてしまったダッチハーバーは、寂しい港湾であった。

 だが、そこで意外なものを見る。

「巡洋艦が居る。

 駆逐艦も。

 一体どうしたのだ?」

 日本に接収されると警戒したのであろうか?


 否。


 小艦隊の司令部を表敬訪問した調査船団の代表は、思わぬ事を聞かされる。

「リトルダイオミード島が一時ソビエトに奪われた」


 アラスカ領リトルダイオミード島は、ソ連領ラトマノフ島(ビッグダイオミード島)と僅か5kmしか離れていない。

 アメリカ合衆国消滅を受け、早速彼等は侵攻した。

「この島は元々クルーゼンシュテルン島と言って、我々の領土である」

 そう言って、住民であるイヌイットを追い出す。

 さらにソ連はセントローレンス島にも侵攻する。

 しかし、小島であるリトルダイオミード島と違い、この島には先を見越した新合衆国準備委員長であるマッカーサー将軍が、ハワイに居た第21歩兵旅団から部隊の一部を守備に送っていた。

 数百人同士の部隊で睨み合いになる。

 通信を受けたアメリカ陸軍ハワイ軍の司令官ヘロン中将は、海軍と協議して艦隊と共に増援部隊を送る。

 この部隊が到着する前に、ソ連軍は撤退した。

 どうもソ連陸軍カムチャツカ防衛区の一部隊の暴走だったようだ。


 臨時政府代表的な肩書でスターリンに抗議するマッカーサー。

「指揮官はシベリアに送るから、それで勘弁してくれ」

「待て、カムチャッカはシベリアじゃなかったのか?」

「カムチャッカ?

 どこだっけ?」

「同志首相、東シベリアの更に東の果て。

 日本の千島(クリル)諸島の北にある巨大な半島です」

「おお、なんだ、既にシベリアに居る連中だったのか。

 分かった、シベリア送りは止めにする。

 クヴェスクネリに送ろう」

「クヴェスクネリとは一体何処か?」

「将軍、世の中には知らなくても良い事が有るのだよ。

 貴国が消滅した事に同情はするが、それは貴国の軍事力も消滅した事を意味する。

 余り調子に乗らない方が良いぞ」


 電話会談が険悪な感じで終わる。

 なおクヴェスクネリとは、グルジアの神話に登場する「この宇宙で最も低い位置にある世界」の事で、キリスト教と結びついた後は「霊が片道切符で旅する地」となった。



「なんと、ソ連が……」

「まだドイツと戦う前だったが、彼等はさっさと戦いを止めて兵を引いた。

 きっとドイツ戦を警戒して、余計な戦争をする気は無かったのだろう。

 もしもドイツと戦っていなければ、本気でアラスカ領の島嶼を占領に来るだろう」

 日本人たちはソ連に対する警戒心を新たにする。


……もっとも、彼等がこれから会おうとしているイギリスも、カナダ領の接収を「平和的に」しただけで、基本的にソ連と同じ事をしているのだが。


 一時は巡洋艦と駆逐艦からなる10隻程の任務部隊が派遣されたが、現在は軽巡1隻、駆逐艦1隻、警備艇数隻が駐留しているに過ぎない。

 この部隊の指揮官は、いざという時に日本と共にソ連と戦おうと考えているのか、日本のダッチハーバーの使用に対して極めて協力的であった。

 寂しい港湾ではあるが、誠意ある対応を受けた日本人たちは、アメリカに同情的、ソ連に対して警戒を抱くようになる。


 ダッチハーバーの気象・海洋調査結果は、明らかにこの地が温暖化している事を示した。

 司令官はハワイからやって来た為、元々は寒かったのか、こんなものなのか分からず、この点では役に立たない。

 彼等は国土消滅による衝撃と混乱の中で生きて来た。

 フィリピンもハワイもキューバも島国であるが、その気候変動には極めて鈍感であった。

 どれもが南国で、普段よりも暑く多雨になった日本や、明確に寒冷化が始まったヨーロッパのような大きな変化が無かった事も彼等を鈍感にさせていた。


 宇多はアメリカの司令官に日本とイギリスが危惧している事を話す。

「理解はした、……つもりだ。

 だが、我々が今出来る事は無い。

 我々にはそういった学者を派遣する余裕も……

 いや、そもそも学者が残っているのかも分からない」


 1907年創設のハワイ大学マノア校には海洋学専攻もある為、学者は居るだろう。

 ただ、本土と共に消滅したハラルド・スヴェルドラップ博士のような権威が居るかどうかは分からない。

 実際問題、協力を依頼出来る情勢ではないが、一応マッカーサーやハワイの軍司令部、議会等に報告をしてくれるとは言って貰えた。




 補給を終えると、そのまま北上し、ベーリング海に浮かぶセントポール島に立ち寄る。

 ここで学者数人を降ろし、海軍設営隊は急ごしらえで宿泊施設と物資貯蔵庫を作る。

 この島は500人程の原住民アレウト族が暮らしているが、日本人が必要とする物を、足りないからと言って買おうとしても得られないだろう。

 必要な物は全て置いていく。

 「筑紫」と「宗谷丸」の帰路に回収するが、それまではベーリング海の状況を定点調査する。

 少数だがアメリカ人漁師も居る為、彼等から情報を聞く事も出来るだろう。


 セントポール島を出ると、アメリカ臨時政府の許可を得てセントローレンス島、そして問題のリトルダイオミード島にも観測員と物資を置き、船団は彼等にとっては未知の海域ボフォート海に突入する。

 いよいよ本格的な北極であった。


「流石に寒いですね」

 船団は暖流を追って北東に舵を取って進んでいる。

 少し北に逸れて暖流の上から離れると、途端に北極海の冷たい水によって空気も冷やされる。

 初夏になろうとしているが、たまに遠目で氷山を見るようになる。

 だが、冷たい水の上の方が安全だ。

 暖流の上には霧が発生し、視界を遮っている。

 アリューシャン列島にも濃い霧が掛かっていて、空からの観測は危険であった。

 だからたまに氷山と遭遇する海域を、砕氷船「宗谷丸」を先頭にして、イギリス調査団との会合の為に進んで行く。


前方に氷山アイスバーグ・アヘッド

「間違っても氷山で船体をこすって、沈めないようにして下さいね」

 海が怖くなって来た松岡は、恐る恐る艦長にそう言ってみる。

 操艦に口を出すなとか怒られるとも思ったが、案外気さくに対応して貰えた。


「大丈夫ですよ。

 どっかの巨大客船と違って、救命ボートは十分な数を積んでいますので。

 全員乗れますよ」

「いや、そういう話じゃなくてですね……」

「SOSを打ったら、すぐに駆け付けてくれる船もありますし」

「だから、沈む事前提で話をしないで下さい」

「飛び込む時は一緒です」

「だーかーらー……」

「その船を沈めてしまった国の人間と会うんですから、

 今の内しか冗談に出来ませんからね。

 今の内に言いたいだけ言わせて貰いますよ」

 

 不謹慎な冗談(イギリス人はブラックジョーク好きだから、案外自分から言って来るかもしれないが)を口にしながら、船団は元カナダ領プリンスパトリック島に到着した。

 元カナダの灯台連絡船が出迎えに来ていた。

 ここからが本番である。

今日からはまた3日おき、1日2話更新でいきます。

18時に次話アップします。

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