イギリスの野望、日本の善意
※計画経済とは?
政府が「○○をするから、××年××日までに実行して△△の利益を挙げてね」
とするもの。
※統制経済とは?
政府が「○○は不足しているから、△△までしか使用を許可しない。
××は資源を無駄食いするから禁止」
とかするもの。
計画経済でも資源の管理やその時点でしてはいけない事の禁止をするから、
統制経済は共産主義に見られる計画経済に片足突っ込んでいると言える。
日本から北米大陸は遠い。
幌筵島からならアリューシャン列島、アラスカは近いのだが、どうしても人は東京から考えてしまう。
東京からサンフランシスコというアメリカ合衆国の太平洋の港で考えると、広大な太平洋を渡る為、相当遠くに在るように感じる。
一方、イギリスから北米大陸は然程遠くは無い。
無論大西洋を渡る必要はあるが、大西洋は太平洋程に広くは無かった。
それに米英航路は輸送量も多く、勝手知ったる海である。
イギリスは油田を保有し、石油の採掘をしている。
それだけに油田の位置や深さについて、敏感に理解出来た。
「北米浅海は平均水深50ヤード(45.7メートル)程と言ったな」
新任の軍需生産大臣リトルトンが食いついた。
「それならばテキサスが在った海域で、油田を掘れるかもしれないな。
残っていれば、の話だが」
油田は数百メートルから二千メートルくらい地下を掘るものである。
水面下50メートルまでの陸塊が消滅したとして、その下の油田はきっと残ったままだろう。
「調査船は?」
「そちらの海域までは行けていません」
イギリスとて、大西洋を横断し、広大だった北米大陸の痕の海を進んでテキサスの在った海を調査する余裕は無い。
前例の無い事だから、東海岸からカナダ東部の辺りを優先的に調査をしている。
太平洋側は日本の担当だ。
だが日本は、テキサスに油田が在った事を知ってはいるだろうが、何となく一緒に消えたと判断でもしているのか、その辺りを念入りに調査しているように見えない。
(好機かもしれない……)
北米大陸には多くの資源が有った。
北米大陸消滅という非常識な事態に、だれもが資源も一緒に失われた、そう思っている。
しかし、資源の多くは地下深くに眠っている。
世界各地で鉱山を占領し、そこから富を得て来たイギリスは、その辺りに敏感だった。
平均水深50メートルの浅海、そう知った時に真っ先にその事に思い至った。
(資源さえ有れば大陸の上の方は不要だ。
合衆国なんて飾りです、偉い人にはそれが分からないんだ。
良いアメリカ人とは消えたアメリカ人だけだ)
酷い事を考えながら、166年ぶりに北米大陸の辺りの領有を考えるイギリスである。
そして、海の向こう側にいる国との、都合の良い海洋分割を考えていた。
つまり、日付変更線より西は日本領、日付変更線より東はイギリス領、というものである。
得るものは明らかにイギリスの方が多い。
(まあ、気づかなければ日本はそれまでの国だ)
何か言って来たら外交ゲームとして駆け引きに応じるが、それで良いと言うなら何も教えてやる必要は無い。
とりあえず、これまでアメリカ合衆国が持っていた地下資源をいただいてしまおう。
フィリピンで新合衆国の設立を進めている爺さんがいるが、実効支配出来ない者に何を言う資格が有ろうか?
何ならハワイを日本にくれてやろう。
その代わりに、そこにいる大艦隊は日本に叩いて貰う。
そうすれば連合王国は何も失う事なく、脅威を排除出来るだろう。
(味方にすれば、随分と使い勝手が良い国だな)
白人上流階級の傲慢さだろうが、彼はそれに気づいていない。
寧ろこの英国様が褒めているのだ!といったくらいの意識で、日本をイギリスの為にこき使おうと考える軍需相であった。
イギリス上層部では、そろそろ国民に真実を発表するべきではないか、という議論をしている。
そうでなければ、国民は海を渡った避難計画に従ってはくれないだろう。
誰だって、霧が多かった、飯の不味い、皮肉屋だらけの祖国から離れたくないのだ。
せめてヨーロッパ大陸か、北米大陸ならまだ移住もする。
対象は流刑地、羊牧場、香辛料亜大陸、暴風岬、赤道近辺都市国家、あとは香港とかだ。
行きたがる筈が無い。
そんな場所は遠いし、田舎臭いか獣臭いか有色人種臭いか、だ(当時の英国人的価値観)。
しかし、挙げられた地域はかなりマシな地域と言える。
イギリスには他に、フォークランド諸島、ジブラルタル、英領ソマリランド、英領ギアナ、セントヘレナ島、トリスタン・ダ・クーニャ島、ピトケアン島といった海外領も有るのだ。
首脳陣はそこも有効活用しようと考えている。
そんな地にでも行かざるを得ない程、危機が迫っていると国民に知らせる。
それはやらなければならない事だ。
だが、可能ならイギリス人にのみ知らせ、他のヨーロッパ人には無知でいて貰いたい。
食糧の余裕が見込めたなら、イギリス人に奉仕する民として避難地で使ってやっても良いが、今は自国民の食糧を確保するので精一杯だ。
ドイツ人とロシア人の腹をちょっと満たしてやって、こっちを見ないようにする、それがまだ本格的な飢餓が来ていない今出来る事である。
まだ植民地帝国の貯金がある内に何とかしておくのだ。
それで準備が出来た時、初めて公表しよう。
この時にヨーロッパ各国はパニックに陥るだろう。
だがそんなのは、手を打たなかった方が悪いのだ!
かくして移住先も資源も情報も持っているイギリスは、世界を出し抜いて生きようとしている。
世界恐慌が起きた時、ブロック経済を取れる国は「持てる国」、独自の経済圏、資源調達地域を持たない国を「持たざる国」と言った。
日本は「持たざる国」である。
故に満州を求め、南方に資源を求めた。
だが今、南方を抑えているイギリスが資源を売ってくれるようになった。
それも有ったのかもしれない。
日本軍は北部仏印から撤退する。
「一体何をやっているのか?
亜細亜を欧米列強から解放し、大東亜共栄圏を作るのが我々の使命。
フランスからインドシナ植民地を解放する為、南印まで進駐すべきであろう」
このような主張をする一派がいる。
南進派で大東亜共栄圏構築論者である。
彼等は北米大陸消滅による事情の変化を知らないわけではない。
イギリスがアメリカ合衆国消滅の影響で、日本に対する態度を変えた事は知っている。
だが……
「英国のような権謀術数に長けた国が、日本を本心から味方と思っている筈が無い。
良いように使われ、用が済んだら再び排除されよう。
故に英国に依存する事なく、我々大日本帝国が先駆けとなって亜細亜を解放し、亜細亜人の為の亜細亜を作るのだ」
と述べている。
ある部分、イギリスの悪意というか自己中心的な部分を見抜いている。
そして
「仏国、阿蘭陀は友邦独逸帝国に屈服している。
米国は消滅した。
残るは英国だけである。
仏印、蘭印を接収し、比島よる米国人を追い出し、馬来、印度を解放して亜細亜を取り戻そう」
このようにヨーロッパの一大事に付け込んだ火事場泥棒でアジア解放を望む。
日本の帝国主義的な部分もあるが、真にアジア解放を考えてもいるし、その為に日本がリーダーになるべきだという「善意」も持っていた。
独善的な部分も有るが、日本こそがアジア解放を為すべきだ、自分たちが善導するのだと心底から思っている。
だがこの思想は、今上層部を批判している陸軍若手将校たちが自ら考えたものではない。
この思想を考えた者は他にいる。
一人はアジア主義者である大川周明。
もう一人は世界最終戦争の提唱者・石原莞爾。
彼等はアメリカ合衆国消滅という事態を受け、自身の思想の更新を行っている。
石原莞爾は白人が嫌いである。
白人を「悪鬼」であると言っている。
「この地球上から撲滅しなければなりません」とも述べた。
その石原の思想では、憎むべきアメリカが消えた以上、これを好機としてアジアから白人を全て追い出せ!となる。
そして、世界最終戦争の相手も変わる。
石原は「東亜連盟、南北アメリカ、西欧、ソ連の争いで、西欧は国が多過ぎて覇者が現れず、ソ連はスターリン死後に一気に衰える、故に日本を中心とした『王道』東亜連盟と、南北アメリカの『覇道』との争いとなる」と予言していた。
だがアメリカ合衆国は消滅した。
南米にアメリカ合衆国に代わる覇道国家は現れない。
ソ連に対する予測は以前のままである。
であるならば、西欧諸国のいずれかが南米を吸収し、新たな覇道国家となる。
それは南米に行く海軍力の無いドイツではなく、イギリスであろう。
ドイツにもソ連と同じ、ヒトラー死後に一気に衰えると予想される。
「世界最終戦争は日本の王道と、イギリスの覇道との対決となる」
その予想を、陸軍内の彼の信奉者に伝える事だろう。
大川周明もまた、アジア解放を訴えている。
その彼は、内政面では統制経済を唱える。
日本の精神を持ちつつ、マルクス主義経済を実践する。
それでアジアの資源を無計画に使う事なく、経済発展の為に計画的に利用する。
その為に、資本主義・帝国主義のイギリスは排除しなければならない。
彼等はアジアの発展等は頭に無く、自国の為に全てを持ち去るだろう。
陸軍若手将校には、反英思想・反白人思想を持つ者が水面下で増えていた。
反白人であるのに、ドイツ贔屓な事に矛盾は感じていない。
日本の国是として反共を訴えながら、共産主義的な統制経済を考えている。
そして同じような考えの者はここにも居た。
「かつて解散を命じられた企画院のメンバーが再び集結出来た事は喜ばしい。
これも岸さんのお陰だ」
「だが喜んでばかりもいられない。
我が国の資源獲得、産業発展はアメリカ合衆国有ってのものだった。
イギリスではその代わりには成り得ない」
「我々が経済を統制し、無駄無く、計画的に日本を発展させねばならない」
「持たざる国である日本は、自由主義的資本主義では駄目だ。
結局持つ国から資源を買わざるを得ず、国富を外国に吐き出す。
無駄遣いをさせず、計画的に発展させる、統制資本主義こそ我が国の進む道だ」
「諸君。
野放図な企業の長たちに経済を任せてはならない。
我々官僚が日本を導いていかねばならない。
その心構えは出来ているかネ?」
「もちろんです、岸大臣」
石原莞爾と組んだ宮崎正義、近衛文麿のブレーン集団でもあった昭和研究会にも参加した高橋亀吉、大蔵省の革新官僚である毛里英於菟等を前に、岸信介が座長として「官僚による統制経済」に向け一同を纏めていた。
資源無き日本を、アメリカ消滅後の日本をどうにかしたい、その「善意」の行く先には共産主義的な統制経済が待っていたのだった。
次は24時(26日0時)に更新します。




