退くに退けぬヒトラーとスターリン
※ルタバガ(rotabagge(スウェーデン語)):
イギリス英語ではスウィードと呼ぶ。
日本語では西洋カブ、またはスウェーデンカブ。
日本にも明治時代初期に他の作物と共に北海道に導入されたが、在来種のカブに味が劣ることから普及しなかった。
北欧ではスープにして食べる模様。
またスコットランドの郷土料理ハギスは、伝統的にマッシュしたルタバガで食べる。
年が明けた。
1942年、モスクワどころか遥か手前でドイツ軍は後退している。
だがソ連もそれを追撃こそしたが、壊滅的な被害を与えられていない。
撤退を許さないヒトラー。
失敗は粛清のスターリン。
その2人が妥協せざるを得ない程、この年の寒さは異常だった。
ヒトラーはかつて、スウェーデンのエクマン教授から警告を受けた。
更に以前北米大陸が在った海域調査に、自国の学者も送った。
その学者が不穏な事を言ったから黙らせたが、もしかしたら正しかったのか?
スターリンはイギリス及び日本から北極調査の申請を受けた。
この戦争時に面倒な事に付き合っていられるか!
自国の裏庭に当たる海域への立ち入りこそ許さなかったが、外周地域の港湾の使用や物資の補給(購入が前提)は許可を出した。
だが、彼等は何故そのような事を「今」やっているのだろう?
イギリスに居る共産主義の信奉者が、同国に潜ませている情報部員を通じて送って来た欧州寒冷化の情報は軽視すべきものでは無かったのか?
2人の独裁者は不安を感じ始める。
だが今は
(戦争の真っ最中である。
あのヒゲに負けてはならない!)
そう思うチョビ髭と口髭だった。
要は戦争を良い事に現実逃避したのだ。
彼等は期待する
(どうせ一年限りの事だ。
また夏が来る。
その後もずっと、こんな寒さだなんて信じられない)
と。
その一方でドイツ、ソ連両国とも食糧不足が起きている。
これは待ってはくれない。
ソ連は配給制である。
「国家の非常事態であり、配給量が少ないが耐えねばならない!」
そう言われ、逆らう気力のある者は既にシベリアに送られている。
このシベリアとは中央シベリアの事で、ここはヨーロッパロシアより更に寒冷化している。
そうではない、東シベリアについてはまだ気づいていない。
ドイツもまた、食糧は配給制度である。
むしろドイツの方が配給については先輩と言える。
第一次世界大戦の時期に起きた飢餓「ルタバガの冬」。
アブラナ科の根菜類ルタバガは、ドイツでは家畜用の飼料であった。
ジャガイモの大凶作や、イギリスによる海上封鎖で食糧が絶えたドイツでは、そのルタバガを食べ、カラスやスズメの肉が市場で売られた。
戦後、革命と敗北は食料不足につけこんだ社会主義者とユダヤ人の陰謀である、そう言われるようになる。
これがヒトラーが政権を取る遠因であった。
それだけにヒトラーは、スターリンよりも食糧問題に敏感に反応し、対応する。
対応せねばならなかったと言って良い。
まずヒトラーは、国の全備蓄食糧を配給に回す。
それだけでは心許無い。
占領地からかき集める。
そして国民の不満の目を逸らす。
ユダヤ人に「食糧を不正に外国に売った」罪を着せて公開処刑を行った。
ユダヤの家や倉庫からは食糧が見つかったとされ、それを国民に配る。
更にヒトラーは、イタリアやスペイン、更にはイギリスや日本にまで食糧購入の打診をする。
地中海の恩恵を受けるイタリアとスペインは、まだ食糧の余裕があった。
だがこことて自国の民に食わせる方が優先である。
イギリスは一切余裕が無い。
日本も水害の影響で多くは出せない。
この水害をきっかけに、日本も食糧配給を始めた。
だが、この食糧事情でありながら日本で食べない食材がある。
それは「米」正確には長粒米である。
日本人は米についてうるさい。
銀シャリと呼ばれる白米しか食べたがらない。
そしてジャポニカ米と呼ばれる米は、とりあえず足りている。
東北地方と北陸地方が昨年、大豊作だったのだ。
大豊作なら、それはそれで米価が下がるから農家は困る。
しかし水害の影響で九州は「やや不作」で、他は「例年並み」な為、米価の変動は僅かだった。
一方で日本には朝鮮半島と台湾からの輸入米がある。
この輸入米が東北地方の農家を困窮させたりもした。
この米なら供与出来る。
更に日本の進出により、中国沿岸部、北部仏印(ベトナム北部)の米、友好国タイの米も手に入る。
だが、これらの地域の米を日本人は食べない。
「パサパサして、臭いもきついし、不味い!」
現地の農家が聞いたら激怒しそうだが、日本人は平気でそう言っていた。
輸送の際の扱いが悪いのもあるかもしれない。
この日本の米に目を付けたのがイギリスである。
丁度良い場所に香港とシンガポールというイギリス領が在る。
「ババリアの伍長には、もっとロシアと戦って貰わないと困るな」
チャーチルがそう言った事で、自国の民は飢えさせないようにしつつ、ドイツに食糧を与える策を取る。
つまり日本から余剰米を買い、イギリス商船を使って欧州に運び、ドイツに売りつける。
この商船は日本米を運ぶ専用ではなく、マレー植民地等から食糧を買い、中継地のインドでも食糧を積み込み、イギリスに運ぶものだ。
ついでのような扱いではあるが、
・アメリカという輸出相手国を失った日本に恩を売れ
・食糧不足のドイツに食事を与え、引き続きソ連に目を向けさせ続ける
そういう狙いがあった。
更に香港を経由した日本との貿易を活発にする。
イギリスは世界各地に植民地を持っている。
かつて値崩れして恐慌を起こした程、貯蔵庫も持っている。
色んな穀物を世界中から買い漁る。
「首相、それでは十年もたずに財源が尽きます!」
官僚の悲鳴を、チャーチルとウッド財相は笑い飛ばす。
「だったらポンドを発行すれば良い」
「それではポンドの値下がりを起こします!」
「何に対しての値下がりかね?」
「それは…………あっ!」
「そう、米ドルはもうこの世に存在しないのだ。
第一次世界大戦の結果、世界の基軸通貨は完全にドルになった。
それは悔しい事であった。
だが、もう米ドルは無い。
手持ちのものは、もう記念通貨に過ぎない。
今こそポンド復活の時だよ。
ポンドが基軸通貨になりさえすれば、幾ら刷っても大丈夫だ。
簡単に言ってしまったが、要はそういう事だ。
今は損をしてでも、世界の決済通貨としてポンドを使う時なのだよ」
ウッド財相の説明に、チャーチルは黙って頷く。
真にイギリスは損をする政策を取らない。
通貨だけではない。
海運について、海難保険は全てロンドンに集約させる。
ロンドンの貴族請負人連合の保険に加入していないと、英連邦内での寄港で損をするようにする。
日本に対しては優遇させる。
貧乏国だから、高くすると払えない。
払えないと英連邦内への商船派遣が出来なくなる。
結局「ブロック経済に弾かれた」となって、また制御から外れかねない。
多少損をしてでも、日本をイギリス経済に組み込んでおいた方が、大陸の反対側を支配する上で得となる。
もうアメリカは居ないのだ。
うざったい正論をかざす国でもあったが、一方で極東で力を付けていた日本を抑えられる国でもあった。
それが居ない以上、綺麗事は抜きに、利で誘い、気づかれない針を飲ませ、釣り上げた後は英国の生け簀の中で飼った方が良い。
「総統!
中立国スペイン経由で、イギリスが食糧を売っています」
「ふむ……、狡猾だな」
ヒトラーはイギリス外交の上手さを見抜く。
奴等は食糧不足による飢餓休戦などさせたくないのだ。
余程ドイツと戦争をしたくないのだろう。
(それならそれでよろしい、実によろしい)
そう考える。
だが、イギリスの狡猾なところは、直接ドイツに食糧や物資を売らない事だ。
直接売るなら、弱みに付け込む事も出来る。
また英国の空戦をして欲しくなかったら値下げしろ、そう脅してやっても良い。
だが、ドイツに対する好意的中立国スペインを間に入れる事で、これが通じなくなる。
イギリスはスペインに売っているに過ぎない。
スペインがドイツに売るのだが、中立国を恫喝も出来ない。
更に、直接取引ではないから、ソ連に売っている事も阻止が難しい。
こちらは同じ中立国で、ソ連の脅威に近いスウェーデン、もしくは食糧を武器にした安全保障をさせる為にフィンランドを経由するかもしれない。
両国ともドイツには割と好意的であり、ソ連との取引をやめさせる事は出来ても、民間の流通までは疎外出来ない。
だが、それでもイギリスの思惑に乗ろう。
ソ連との戦争は避けられない運命、ヒトラーはそう考える。
まず共産主義者は撲滅せねばならない。
東方生存圏を確保したい。
人種的にも劣等なスラブ人と仲良く等出来ない。
「今年の内にロシア人との戦争を終わらせよう!」
ヒトラーは全軍に発破をかけた。
雪解けを待たず、夏にはモスクワ、レニングラード、スターリングラードを落とし、ソビエト連邦を解体に追い込むのだ。
同様にスターリンもイギリスの狡猾さは見抜いている。
「諸君はイギリスの三枚舌外交は知っているかね?」
第一次世界大戦の時、アラブ人には独立を約束して対オスマン帝国での協力を取り付け、ロシアとフランスには中東の分割を呼び掛けて外交関係を強化し、ユダヤ人にはパレスチナに居住区を作ると持ち掛けて資金を得た。
「彼等は自分の得になる為なら、何でもやる」
フィンランド、スウェーデン北方にある「北の遊牧民」の国「ラップランド」。
ここを通じて食糧が得られているという。
恐らくはイギリスが、ドイツとの戦争を終わらせない為にやっているのだろう。
北極圏で穫れる筈もない米が入っている時点で、東方にも植民地を持つイギリスの関与が透けて見える。
「だが、狡猾なのは悪い事ではない。
我々も大いに狡猾になろうじゃないか。
イギリスは食糧援助などしてはいない。
恩を感じる事も、金を支払う必要も無い。
ただそれを軍に回せ」
「しかし同志首相、米の食い方を兵士たちは知りません」
「お粥にでもすれば良い。
どうしてもと言うなら、生で食わせろ。
無いよりはマシだ」
スターリンも言う。
「今年中にチョビ髭をソ連の大地から追い払い、ベルリンまで攻めるのだ!」
前線で凍えて動けない兵士を他所に、両首脳は春季攻勢を立案するのであった。
今日も連休中なので、このあと18時、21時、24時に更新します。