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1941年は終わる

※機関砲と機関銃:

日本海軍では口径40mm以上を機関砲、未満を機関銃と呼ぶ。

日本陸軍は、昔は口径11mmを境界にしていたが、昭和十一年に区分を廃止した。

ホ一〇三(口径12.7mm)は、一式十二・七粍固定機関砲として正式採用された。

なお海軍は、僅かに口径が大きいものを三式十三粍固定機銃(口径13.2mm)として採用した。

12.7mmで機関砲、13.2mmで機関銃だが気にしてはいけない。

日本陸軍と海軍ではよくある事だから……。

 外務省で査証を得て、特別な出国について手続きをしていた松岡は、職員に呼び止められる。

 松岡外相が呼んでいると言うのだ。

 緊張した面持ちで大臣室に入る。

 だが、そこでは大した用事は無く、茶飲み話がてら先日の総力戦研究所での対ソ模擬演習の感想が話された。


「実に陸軍が立腹していてねえ」

 商工省の松岡成十郎としても、総力戦研究所での大体の結論は耳にしていた。

 優勢は1年、その後数年で必敗、日本は大陸から叩き出される。

 そして中国に共産政権か、その傀儡政権が出来る。

 松岡成十郎が北極行きを言われず、まだ総力戦研究所に専任でいた時点では長江の線が防衛線となり、そこより南にソ連は来られないというものだった。

 だが、湿地帯でも動けるソ連戦車の存在を知って、その予測を改めたと言う。


「東條さんは、よく勉強しているが、実戦はそのようなものではない、と評していました。

 君が居たらもっと違った結果が出たのではないかね」

 いや、松岡成十郎が居ても大して結果は変わらない。

 そもそも一人の影響で変わるような研究は、研究としておかしい。

 だが、模擬演習の席に松岡成十郎が居なかった事で、松岡洋右、東條英機の信頼はいまだ厚いままのようだった。


 陸軍の反論としては、航空損耗を悪く見積もり過ぎている、というのがあった。

 陸軍はノモンハン事件の戦訓から、防弾装備を備え、上昇性と急降下性能に優れた重戦闘機を開発中だと言う。

 中島飛行機株式会社は、既にキ43、キ44という2種類の戦闘機を審査に送った。

 本命は機関砲を積んだ重戦闘機キ44である。

 機関銃型の軽戦闘機キ43は、航続距離で優れた性能を見せていたが、格闘戦において九七式戦闘機に及ばず、最高速度が時速500kmに達しない事で採用保留となった。

 対英戦を想定し、改良必要と主張する審査員も居たが、現状対英戦の気運は遠のくばかり。

 キ43は開発中止となる見込みである。


 一方のキ44も、最高速度で求められていた時速600kmに達しなかったものの、ドイツから輸入したメッサーシュミットBf109E-7との模擬空戦で優勢であり、操縦性の問題や旋回性能の悪さ、前方視界の悪さといった不満を無視して正式採用が決まる。

 操縦席後方に13mmの防弾鋼板、自動漏止(セルフシーリング)式防火燃料タンクを装備した防御力と、機関銃2丁+機関砲2門、250kg爆弾1発という攻撃力で、対ソ戦では大いに活躍するであろう。

 航続距離660kmのドイツのメッサーシュミット、航続距離1,840km(増槽装備時)のイギリスのスピットファイア、航続距離700km(増槽装備時)のソ連のI-16及び航続距離820kmの同じくソ連MiG-3と比較し、キ44の航続距離1,296km(増槽装備時)は十分なものとされた。

 11月にはキ44追加試験機による独立飛行第47中隊が編制され、運用試験が行われている。

 12月にも一式単座戦闘機として前線配備される。


 また戦車の方も、対戦車性能を強化した九七式中戦車改、通称「新砲塔チハ」が完成した。

 中国戦線で運用する事も考え、大きく仕様変更も出来ない。

 だが、総力戦研究所で想定した推移とは違ったものになる、陸軍はそう考えている。


 松岡は

(そういう個々の性能でどうにかなるものではない)

 と考える。

 産業構造、資源確保、開発力とそれを支える基礎工業力が無ければ、最終的には同じ道を辿る。

 早いか遅いかの差でしかない。

 要は「戦時中も同じ事が出来るか?」なのだ。

 だが、それをわざわざ言って不快にさせる事もあるまい。

 今は北極行を無難に済ませたい。

 茶飲み話に付き合い、話を適当に合わせた後、外務大臣室を辞した。


 松岡成十郎はまだ一介の官僚である。

 今のところ保身と、自身の身の丈に合った職務しか頭に無い。

 彼が覚醒するのは数年後になる。




 ソ連は日本に対し、自国沖の北極海の調査を許可しなかった。

 いくら日ソ中立条約を締結しているとはいえ、日本はドイツの同盟国である。

 自国の裏庭に招き入れる訳にはいかない。

 それでもオホーツク海とベーリング海の調査を許可し、港湾の使用や補給を約束した事は大きな譲歩であった。

 ぶっちゃけた事を言うと、今はそれに構っていられないのだ。

 文句を言ったとて、日本海軍に実力行使をされたら、調査されるのを黙認する他無い。


 窓口がどこになるか困った事にはなったが、とりあえずアリューシャン列島の寄港許可をフィリピンの新合衆国準備政府及びアメリカ連邦政府キューバ臨時出張所から得た。

 アメリカ合衆国ダッチハーバー基地は、建設が承認された後にアメリカそのものが消えた為、着工もされていない。

 だがここは古くから毛皮商人や捕鯨船の寄港地である。

 日本はここに補給基地を置き、調査を行う事とした。


 商工省次官候補の松岡という官僚が派遣される事で、この辺りの事務手続きも任される。

 彼が一旦総力戦研究所から出たのはこの為である。

 彼は外務省、イギリス大使館、元アメリカ合衆国大使館、ソビエト連邦大使館を走り回り、陸軍省や海軍省と連絡して船や基地の建設要請、物資の確保を行っている。


「いやあ、良い人を回してくれましたなあ」

 今回も調査団長を勤める宇多隆司が感謝の言葉を口にする。

 彼も官僚の一員ではあるが、基本は学者である。

 学者馬鹿という程世事に疎い訳ではないが、膨大な書類仕事は面倒臭い。

 報告を纏めるのは得意だが、申請手続きとかは苦手な方だ。

 何が?って、あちこち役所を動き回ってハンコを貰い、必要書類を揃えるのが時間の無駄と感じるのだ。

 そんな時間があるなら、資料でも読んでおきたい。


 だからと言って、事務所手続きをしないと、それはそれで困る。

 半年前の「宗谷」による北米浅海調査において、燃料・物資の補給手続きに不備があり、会合海域と会合時期が食い違った事があった。

 危うく「宗谷」は燃料を使い切り、大洋のど真ん中で漂流するところだった。

 無線もあるから、危機を迎える前に対処は出来たものの、日本から遠く離れた過酷な場所で作業する上で、不安要素は一個でも無くしておきたい。

 書類業務の専門家(と秘書、助手、部下)のお陰で、ただ海のど真ん中に行けば良かった前回よりも、仮想敵国や消滅国家の主権が在ったり、環境が厳しく補給に失敗したら命取りの海域に赴くに辺り、準備の方に専念出来るのは非常に有難い。


 松岡は学者ではない。

 正直、北極に行って自分が何をしたら良いか分からない。

 ケーブル捌きでもするのだろうか?

 それは行ってから分かる事である。

 行く前の作業として、書類仕事の他にデータを預かるというのがあった。

 欧州の学者たちが、日本の、太平洋側の詳細なデータを欲しがっている。

 データを外国人に渡すと、痛くない腹でも探られる。

 故に保証人が強力過ぎる松岡が、データを預かって「(秘)印」をつけたりして管理する。




 北極調査の準備はイギリスでも進められている。

「科学者は教授(プロフ)ウダで良いが、政治はマツオカという男だったな?

 外相と同じ苗字(ファミリーネーム)だったから覚えている。

 苗字は一緒でも、親族では無い、だったな」

御意(イエッサー)

「最終的に日本がどう判断しようが、それは日本の問題だからどうでも良い。

 だが、連合王国が生き残れる体制を築くまでは、日本の協力は欠かせない。

 で、移住計画の方はどうだ?」

 チャーチルは大規模な移住計画を立てている。

 それは、どこぞの世界で一大ブームを起こしたアニメーション作品のそれと似ていた。

 エリート層は本国に残るが、貧しい者は海外に移住させて、そこで一次・二次産業に従事させる。

 寒冷化しようが上流階級は本国にしがみつくのだ。


 オーストラリアは今回の気候変動の影響を全く受けていないようだ。

 そして土地的にも余裕がある。

 生産力も魅力だが、人口が足りない。

「え? 私何か犯罪を犯しましたか?

 あそこに移住させられるって、そういう事ですよね?」

 なんて国民が毒舌を吐く。

 だからこそ、多くの人口をそちらに移し、彼等もオーストラリアもイギリス本国も得するWin-Winを実現したい。

 このWin-Winはあくまでも上流階級であるチャーチルから見てのものだったが、それだけに彼は心の底からこの政策が正しいものと考えている。

 オーストラリア・ニュージーランドや南アフリカ連邦(その周辺の英植民地も含む)といった南半球地域は棄民、もとい移民先として大事になる。


「太平洋地域でまで戦闘している余裕は無い。

 日本とは当分仲良くしなければならない」

 そして、潜水艦の脅威を受けないよう、如何に屈辱的でもドイツとも協調する。


「あとは、何時この事実を公表するか、だ」

 世界的にパニックが起こるだろう。

 イギリスの自己中心的(ドメスティック)な視点からは、欧州をドイツが席捲しているのは、この場合望ましい。

 事実を知れば、大量の移民が出て、そいつらは英植民地や英連邦諸国にも流れ込むだろう。

 ドイツが情報を抑制し、移住を制限し、出国する者は殺してくれたら助かる。


 イギリスのこの底意地の悪さのせいで、折角インドネシアという植民地を持ちながら、ドイツ占領下オランダは対応が遅れに遅れる事になる。

 もっとも、欧州とは逆に猛烈な暑さに変わって来ている蘭領東インドに、オランダ人が大量に移住しても無事で済むかは保証の限りではない。


 ドイツとソ連という情報統制国家が泥沼に嵌まったまま凍り付いた戦場から抜け出せず、余計な画策が出来ない内に、イギリスは上手く日本を利用して生存圏を確立しようとしていた。

 チャーチルは言う。

「北極調査でマツオカとやらを通じ、日本をこちらの陣営に取り込んで、当分は安定させろ。

 将来、彼を首相として日本の舵取りをさせられるならなお良い。

 協力者にせよ。

 可能なら彼を出世させよ」


 松岡成十郎の人生は、おかしな所で変えられつつあった。

 それを本人は望んでいたのかどうか……。

お疲れ様でした。

この次の25日も四連休最終日ということで、4話更新します。

次は25日15時です。

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― 新着の感想 ―
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[良い点] 英国の情報戦や工作がエグいですね。 だからこそ覇権国家たりえると。
[良い点] チャーチルは気候変動による食糧危機に対して危機感を抱いていてそのために行動しましたがエジプトでは上手くいきませんでしたね 危機を認識しリスク取って行動しても良い目が出るとは限らない0どころ…
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