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余計な善意と悪意ばかり世界

復習:

石原莞爾は「東洋」「アメリカ」「欧州」「ソ連」という世界を4ブロックに分けた思考があった。

そして「王道」を掲げる日本を始めとした東洋と、「覇道」のアメリカが最終戦争をするという世界観。

この世界を4勢力に見る事は、石原以外にも見られた特徴であった。

 日本の戦争目的というのは、モヤっとしたものである。

 満州事変を起こした石原莞爾には、独善的でちょっとオカルト的だが、未来像があってそこに行き着くまでの道が見えていた。

 満州事変はその道を辿る為に起こしたものであった。


 だが彼を真似る者たちは、石原と同じ未来像を共有なんかしていない。

 まず満州は、ブロック経済から弾き出された日本が、経済を回す為の新しい市場に過ぎない。

 それと資源を得る場所でもある。

 ここに日本企業を進出させる。

 経済という点でも、内部で対立が起こる。

 海外資本も受け入れて「東洋の合衆国たるべし」という者たちと、あくまでも「満州は日本の利権である」として海外資本を拒絶する者たちとがいた。

 また満州は軍事的にも意味がある。

 日本を守るには、大陸から匕首(あいくち)のように突き出た朝鮮半島を確保せねばならない。

 朝鮮半島を守るには、背後の満州を持っておく必要がある。

 満州はどこから防衛する存在か?

 それはソ連及び中華民国である。

 中華民国は恐るるに足らず。

 問題はソ連だ。

 ソ連と戦う為に、共産革命で国を追われた白系ロシア人を満州では受け入れていた。


 この白系ロシア人を受け入れた他に、多くのユダヤ人も住み着いている。

 1940年7月18日、ドイツ占領下のポーランドからリトアニアに逃亡してきた多くのユダヤ系難民を出国させるべく、領事代理である杉原千畝が日本に入国して通過する事を許可する査証を発行した。

 この「命のビザ」はリトアニアを併合したソ連によって日本領事館が閉鎖されるまで発行され続けた。

 他にも満州に逃れて来たユダヤ人を救った者には、樋口季一郎中将がいて、その上司は東條英機であった。

 樋口は積極的に、東條は許可を出す形でユダヤ人を満州に入れた。

 その後、1940年9月11日にアメリカ合衆国は消滅する。

 それまでにアメリカ合衆国に渡航した者たちは、その地と運命を共にした。

 行き場所を失ったユダヤ人たちは、上海租界や神戸にも移住したが、多くが満州にそのまま残った。

 他に行き場が無いのだ。


 日本には亜細亜主義と、その裏返しの反白人感情が蔓延っていた。

 それは「世界の金持ちイギリス」と「世界の地主ロシア」に向かっていて、何故かこのユダヤ人を迫害し、かつ「アーリア人以外劣等種族」と言っているナチス政権下のドイツには片思いに似た親愛を持っている。

 白系ロシア人に対しては、割と無関心な方で嫌ってもいないし、優遇もしていない。

 反英感情からか、インド独立運動家を積極的に支援している者もいる。

 善意と悪意は表裏一体な部分があった。

 インドやアジア諸族への親愛は、そのままそこを植民地支配する者への敵意になって現れる。

 同じアジアの民族でも、日本への理解を示さずに反抗する中国人等には蔑視が表面化する。

 こうした感情が民間だけならまだ良いが、時として政治とも不可分となるから厄介だ。


 アドルフ・ヒトラーはアーリア人やドイツというものへの親愛は恐らく本物である。

 それがドイツを食い荒らす(彼の主観的だが)ユダヤ人やその他劣等種族への悪意となり、実際に行動となっていた。

 チャーチルも大英帝国への義務感は相当なものである。

 それ故に、イギリスさえ良ければ他国などどうなって良いと考える。

 実際彼の他民族への差別感情は、ヒトラーに全く劣らない。

 善意があるかどうかは不明だが、スターリンも基本的にソ連中心主義である。

 やはり他国がどうなろうが知った事ではない、むしろ食い物にしてやろうという悪意がある。

 そして蒋介石も中国の支配権を握りたいという欲から、かつて留学したりして知己も多い日本に徹底的な抵抗をしていた。

 日本だけが他民族への悪意を持っているのではない。

 全世界大体こんな感じの時代だったのだ。

 アメリカ合衆国が存在していた時に、理想主義的なものが入って各国取り繕うようになってはいたが、そのアメリカ合衆国が消滅し、気候変動が発生して余裕が無くなって来た今、かつての剥き出しの自国第一主義、自民族第一主義が表に出て来ている。


 松岡もこの時代の人間だ。

 日本だけが甘っちょろい事を言っていても生き残れない、そういう意識を持っている。

 一方で北極を見て来たり、欧州の事情をイギリス経由で聞ける立場にあった為、地球規模の問題には世界が一丸となって挑まねばならないという認識をも持ち併せていた。

 この辺は上司の岸よりも視野が広い部分である。

 いや、広過ぎて余人からは受け容れられない部分であった。

 同様の認識を持っているのは、現在北極で継続して調査・研究を行っている国際科学チームだけであり、他はもっと認識が甘い。

 例えばチャーチルなんかは、かなり気候変動がもたらす影響について深刻に捉え、対策を練っていた。

 しかし彼は、イギリスとその植民地で事足りると考えている。

 他の国がどうなろうが、イギリスさえ無事ならば問題無い。

 それが気候変動初期に、イギリスに助けを求めた各国を無視してドイツと停戦し、それまでの蒋介石支援を打ち切って日本と協調態勢を採った事に現れている。

 今は、インドから穀物を予定量よりは少ないものの確保出来て、自国の気候変動対策が終わった為、北アフリカという輸送路まで侵出しかねないドイツを抑えるべく、かつての敵国イタリアと手を組んで欧州の戦いを再開させた。

 ドイツやソ連とも一体の枠組みで食糧調達や人口移動を行えば、欧州大戦を再開させる事も、イタリアやバルカン半島へのドイツ侵攻も無かったとは考えていない。

 ドイツと共存態勢を採って、北アフリカやスエズ運河の脅威を最初から無くするという事は頭に無かった。

 チャーチルはヒトラーの事が大嫌いで、ドイツについても「譲歩したって侵略を必ず行う」と疑っていた。

 宥和政策が通用するのであれば前任のチェンバレン政権で、ドイツを抑えられたのだ。

 だから逆に徹底的なドイツ不信となっていて、協調とかをする場面でも拒否する。

 ドイツに至っては、まだどうにかなると甘く考えている部分がある。

 正常性バイアスというやつだ。

 彼等も、日本の秋丸機関が把握したライン川やエルベ川の凍結なんてとっくに認識している。

 だが

「年間を通して凍結するわけでもないし、有史以来全流域で凍結なんか無かった。

 気温は太陽活動で決まるのだから、今は太陽活動が低調なのと北米大陸消滅が重なっただけだ。

 太陽活動が活発になれば何とかなるのではないか。

 なんと言っても、まだ数年の変化であって、長期的にはどうなるか分からない」

 と信じ込んでしまい、寒冷化自体は否定しないものの、まだどうにかなると思っていた。

 ヒトラー総統がそう思いたかったのだ。

 少なくともドイツ南部は大丈夫だ、そう思い込もうとしている。


 岸信介商工大臣が松岡次官のノートを見て、軽く呆れはしたものの、私的なもので公開する気もないから特に問題にはしていない。

 岸は松岡のアイディアを甘いものと見ていたが、一方で美味しい部分だけは使おうとも思っていた。

 日本が仲介して英独講和を行う、これは国の方針がいまだ定まらない現状では使えるかもしれない。

 問題はチャーチルとヒトラーがそれを受け容れるかどうかだ。

 甘いというのはこの部分だ。

 あの難物どもが和平に応じるかどうか。

 流血の果ての両者ボロボロになってからでないと無理ではないか?

 それにイギリスには、今ドイツに占領されている国の亡命政権などが付いている。

 この意向も無視出来るのかどうか。

 英独を和解させれば、その内容次第ではイタリアのムソリーニの恨みを買うだろう。

 だから、当分は無理としてもその機会があれば和平仲介を行う。

 それを理由に日和見というのが、現状最適ではないか?


 そこで岸は、松岡にイギリスとの接触を打診する。

 松岡は岸の冷静な目に気づかず、喜び勇んでこの指示に従う。

 松岡は駐日イギリス大使館のジョージ・サンソム氏と半公認で情報交換を行っていた。

 このサンソム氏と私的な意見としながらも、日本による和平仲介を匂わせて反応を見て欲しいと頼んだ。

 北米大陸消滅以来、長い事大使館人事は動いていなかったが、流石に在任期間が長くなり過ぎた事もあり、クレイギー大使は近々交代して帰国する事になっている。

 その事もあり、日英の情報交換は向こうも望むところであった。

 政権内の人間から情報を聞き出すのは、大事な大使館の仕事である。

 紅茶を飲みながら、サンソム氏は松岡の「全世界一丸で地球規模の異変と戦う」という私的な考えを聞く。

 熱弁する松岡を興味深そうに見るも、放つ言葉は辛辣だった。

「個人的な意見としては面白いね。

 だが、貴国には無理じゃないか?

 我が国から頼むのならともかく、貴国が主導してうちの首相とヒトラーを説得するなんて出来るのかね?

 大体、そんな地球規模(グローバル)な政策統一なんて、誰が望むと思う?

 統制経済を行う者は、自分の意思に従わせたいだけで、他人の意思に従いたいわけじゃない。

 ソ連のスターリン首相も含めて、言う事を聞くわけがない。

 それに……」

「それに?」

「貴国は自国を纏め切れるのかね?

 貴国の中には我が国を敵視している者もいる。

 それに、本当に南方の我が国やオランダの領土を攻めないと言い切れるのかね?」

「…………」

 日本を信用するかどうかも、各国にとっての問題と言えた。


 ただ、サンソム氏は冷徹な外交官、俯瞰してものを見る歴史家であるが、一方で長年の日本赴任で日本の為に便宜を図ってくれる親日家という側面もあった。

 問題は多々あるし、「松岡の個人的な意見」としてだが、クレイギー大使を通じてチャーチルの耳にも入れてみようと言ってくれた。

「まあ、期待はせんでくれ。

 あくまでも君の個人的な意見なのだからね」

 それでも十分だろう。


 そして、やはり「期待しないで欲しい」という通りの反応であった。

 まずクレイギー大使は

「面白い意見だが、私が伝えるべきものではない。

 君の名で報告しといてくれ。

 黙殺されるのは覚悟しておいてくれたまえ」

 そう告げた。

 そして報告書としてジョージ・サンソムの名で送られたものは、一応イギリス外務省及び情報部で精査の後、チャーチルに一応届けられた。

「個人的な意見で、恐らくはこのようには日本は動かないでしょう。

 もしかしたら我が国を欺く為の虚言かもしれません。

 情報部としては価値を見い出せません」

 そう添えられる。

 チャーチルの結論は

「こんな余計な善意を採用などしない。

 だが、採用するふりをして日本を大人しくさせておけ。

 ドイツとの戦争が手こずっておる。

 この上アジアでまで問題を起こされたらたまったものじゃない。

 日本が我々を騙そうというなら、あの国にしては面白いじゃないか。

 騙されたふりをして、日本の次の動きがどうなるか注視せよ」


 全面的に信用されるなんて無かった。

 世界はどの国も自分の悪意を相手に投影し、相手も悪意をもって接して来ていると考えて動くものであった。

おまけ:

ムソリーニ「ところでイギリスさんや、いつ本土への逆侵攻をしますかね?」

チャーチル「自分のとこでやれや、このデブが!

 仮にも統領(ドゥーチェ)とか呼ばれているんだろ!

 スペインのフランコもポルトガルのサラザールも自力で頑張っているんだぞ!」

ムソリーニ「うちの国民が強いのは11人までだ!

 それ以上になると、大勢の中の1人になるのを嫌がって統制が取れないのだ。

 蹴球(カルチョ)のプレーヤーの人数までなら強いと、貴国だって知っているだろ!」

チャーチル(言い返せん自分が悔しい……。

 だが、何故この男が「結束主義(ファシズム)」を唱えたか理解出来たかもしれん)


色々悪意塗れの世界を書いてる内に、ムソリーニが癒しキャラになって来た今日この頃……。




最終話(この小説全部の完結)を1時間後、21時に投下します。

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