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第二次インパール総攻撃と第三次セイロン沖海戦

ヨーロッパでは反ドイツ闘争が頻発していた。

ヒトラーは今更ながら、現在の状況でイギリスと戦争しても得な事など何も無かった事を理解する。

その上、更に凶報がもたらされた。

ドイツに石油を供給するプロイェシュティ油田が爆撃されたのである。

英領キプロスを出発した航続距離4,300kmのアブロ・ランカスター重爆撃機が、トルコ上空は通過出来ない為に迂回をしつつも片道1,800kmを飛行し、爆撃を行ったのだ。

ドイツは資源的にも追い込まれつつあった。

 第二次インパール総攻撃は、半月も経たぬ内に攻囲する日本軍の方が苦しみ出した。

 第一次総攻撃と第二次総攻撃の間に、イギリス軍は空輸を徹底的に使って兵を入れ替えていた。

 それに対し日本の第15軍は、増援こそ得たものの、基本的には第一次総攻撃以来の疲れ切った兵たちが主体であった。

「聞くところによると、支那派遣軍は数日分の食糧だけ持って成都を急襲し、敵の中枢を打ち破ったという。

 見事な作戦だ。

 我々もそれに倣い、数日分の食糧での背水の陣で掛かれば、その気迫が敵陣を落とすだろう。

 食わなければ戦えない、武器が無ければ負けるという軟弱さこそ排すべきものである」

 牟田口司令官はそう訓示したが、正直無警戒で旧式装備しかない蒋介石の本営と、単なるイギリス軍の拠点の一つで武器も弾薬も十分なインパールを比較してはならない。

 その上、雨季を迎えたインパールでは、陣地に籠るイギリス軍の方が疲労しない。

 熱帯の猛烈な雨にも体力を奪われる日本兵。

 さらに雨に濡れて、ただでさえ少ない食糧が腐っていく。

 それでも、命令に反対する師団長を解任してまで、第15軍は攻撃を諦めない。

「明らかに無謀だ。

 疲れ切った兵で、補給線も伸び切ったこの場所で戦い続けるわけがない」

 インパールのイギリス第14軍を指揮するウィリアム・スリム少将は、日本軍の兵士や前線部隊の勇敢さを賞賛しつつも、司令部の指揮や戦略については批判していた。


 第二次インパール総攻撃は、攻める日本軍が一気に弱体化する大敗に終わる。

 しかしイギリスにも、ビルマまで逆襲する余裕はない。

 相変わらずインパールが軍単位ごと敵中に孤立している事に変わりはない。

 更にアッサム方面の日本軍第33軍及び、ベンガルを進む日本軍第28軍を防ぐ有効な手立ても無い。

「防がないのが最大の防御ではある」

 とマウントバッテンは言っている。

「どういう事でしょう?」

「カルカッタは守り通す。

 デリーやムンバイなど主要都市も同様だ。

 インパールの第14軍同様、防御戦に徹する。

 だが平地や山岳、河川等での野戦を今は行わない。

 今は、だぞ。

 彼等はカルカッタまでは来るかもしれないが、それより深くは無理だ。

 もう補給線が伸び切っている。

 色々と常識外れの判断をして来る軍だが、現実に物資が無ければどうにもならない。

 そして、今はインド人どもが日本に味方しかねない。

 彼等はインド独立を掲げている。

 そんな軍と野戦でぶつかったら、勝っても背後でインド人たちが暴動を起こすだろう。

 あえて戦わず、日本軍の強さをインド人に見せず、救世主にさせない。

 そうすると物資の尽きた日本軍はインドで略奪を始めるだろう。

 日本軍は救世主から単なる侵略者に堕ちる。

 その時こそ反撃だ」

 そしてマウントバッテンは地図を見ながら

「このアムリッツァールまで日本軍を引き込めば、致命的な大打撃を与えられるだろう」

 と呟いた。

「アムリッツァールですか?

 何故そんな場所なんですか?

 パンジャブ州の奥地で、確かにイスラマバードやカラチ、カブールなんかに行く中継地ではありますが、日本軍がそんな場所まで来る筈がないでしょう」

「知らんかね?

 日本はドイツと協力して東南アジアから中東までを貫くつもりらしいぞ。

 ドイツ軍は中東はおろか、入り口であるトルコや北アフリカにも来られていないのにな」


 だがマウントバッテンが言うアムリッツァール会戦どころか、カルカッタ防衛戦も発生しなかった。

 日本軍の足が止まった。

 解放者として歓迎していたインド人たちが、それはそれ、これはこれと言わんばかりに物乞い(バクシーシ)を始めたのだ。

 蝿を追うように高圧的になる日本軍なのだが、ここで同行しているインド国民軍がインドの風習に合わせて日本軍の物資を勝手に与えてしまう。

 日本軍は表面上高圧的だが、裏では物を恵んでくれる、そういう噂が流れて人が日本軍の進路に群がってしまった。

 口々に日本軍を称えながら、抱き着いては中の食糧だの拳銃だの、色々スリ取っていく。

 日本軍の物資は乾いた砂地に水でも撒いたように、インドの入り口で消滅してしまう。

 マウントバッテンが覚悟を決めたカルカッタの遥か先で、日本軍の足は止まった。

 アッサム方面も同様である。


 インド国民軍の余計な行動は、日本軍に害も与えたが、結果から見て幸運も与える。

 満州の戦況は完全に絶望的である。

 瀋陽も突破され、満州は持ち堪えている虎頭要塞近辺を除き、完全にソ連の手に落ちた。

 ソ連軍は朝鮮半島にも侵攻。

 日本軍は、日露戦争とは逆に旅順要塞に籠城して防衛している始末だ。

 朝鮮半島にも、雨後の筍の如く伝説の戦士「金日成」を名乗る者が何人も現れ、戦闘ではなく略奪行為や同胞たる朝鮮人の殺戮とそれの日本軍への濡れ衣着せを始める。


 ここまで追い込まれて、やっと大本営では「南方作戦は全て切り上げ、直ちに支那及び本国に撤退せよ」という緊急命令を出すに至った。

 当然ながら南方の各軍は

「急にそんな事を言うな!」

「目前に敵が居るのに、切り上げられるか!」

「帰って来いと言われても、船が無い」

「折角来たのに、もう帰るのか?

 それならもっと前に帰れと言えば良かったのだ」

 と不満を爆発させる。

 だが確かに非常事態であり、戻らねば本国が危うい。

 直ちに撤退準備を始める。

 そして、深入りしていなかったベンガルの第28軍は、物資が無い事も手伝って脱兎の如くインドから逃げ出した。

 インド国民軍を置き去りにして。

 行きの時のような周到な準備も無く、慌てて逃げるように撤退だから、途中の川でワニに襲われるものや、溺れて流される者も多発したし、脱落者も多数出たが、チッタゴンまで五割程度が帰還出来た。

 他の軍は深入りし過ぎて、帰路は悲惨になっている。

 特に第15軍は、帰路に山岳地帯を越えねばならない。

 疲れ切り、弾薬も欠乏した状態の兵をグルカ兵が襲う。

 背後からはインパールを打って出たイギリス軍が、航空優勢の中で攻撃して来る。

 第33軍の中で雲南に残っていた部隊も、イギリス人軍事顧問と共に戦っていた衛立煌将軍の部隊の追撃に遭う。


 こんな状況だが、緬甸方面軍の河辺正三大将は

「今可能な軍だけでも撤収する」

 と下令。

 ラングーンの第25軍とチッタゴンの第28軍だけでの撤退を開始した。

 インパールの第15軍やビルマ北部からアッサムに侵攻した第33軍の大半は置き去りとなった。

「非常の場合、肩にインコを乗せ、竪琴を弾く僧体にでもなってそこで耐えよ」

 等と言うとんでもない言葉を置き残して……。


「第一航空艦隊は、英東洋艦隊による追撃を未然に防ぐべく、コロンボを再度攻撃し、

 かつ可能であれば東洋艦隊を今度こそ撃滅せよ」

 チッタゴンに寄港している小沢治三郎中将にそのような命令が届く。

「本国は分かっていない。

 もう燃料は限界に近い。

 何度も何度もセイロン島まで行ってはいられない」

「それに最早我々の使命は、多くの陸海軍兵士を故郷に戻すべく護衛を行う事です。

 確かに雄敵と戦うのは我々も望むところ。

 ですが、きっと東洋艦隊は出て来ないでしょう。

 コロンボもトリンコマリーも十分に破壊しました。

 味方輸送船から離れ、艦隊だけで行動するなど、燃料の浪費に過ぎません」

 古村啓蔵参謀長も攻撃には反対だ。

「だが、牽制攻撃は必要だと考える。

 作戦の細部は現場指揮官に任されるものだ。

 どうでしょう、全軍ではなく二航戦と幾つかの部隊だけでやってみましょうか」

 山口多聞中将が提案する。


 かくして空母「飛龍」「蒼龍」の第二航空戦隊と、重巡「利根」「筑摩」の第八戦隊、そして三個駆逐隊のみでコロンボ空襲に向かい、残余は陸軍部隊を護衛してシンガポールまで撤退する事となった。

 そして予想通りコロンボもトリンコマリーも大した戦力は無く、工作船とタンカー、そして僅かな駆逐艦を破壊して終わる……筈であった。

「敵潜水艦発見。

 味方駆逐艦が追跡しています」

 燃料も乏しく、深追いは出来ない。

 だが進路的にその潜水艦は、アラビア海方面には向かっていない。

 セイロン島から更に南に向かっていた。


「どこに行く気だ?

 ここから進路を辿ると……マダガスカルか?」

 そんな場所まで攻撃は出来ない。

 それでも山口中将は、セイロン島攻撃だけではイギリス潜水艦隊を潰せない、仮にボンベイまで攻撃してもまだ東洋艦隊は他の拠点に逃れられるという事を認識した。


「どうされますか?」

 山口中将は暫く考え込む。

「水偵(零式水上偵察機)を出してみよう。

 マダガスカルは遠いが、もしかしたらこの近辺に敵基地があるのかもしれない。

 であるなら、そこから出た艦が我々の撤退の障害になるかもしれん」

 そう言って、インド洋に点在する島嶼や環礁を指し示した。

 この辺は勘である。

 確たる自信があっての事ではなかった。

 日本海軍はインド洋の英軍について、セイロン島とベンガルしか情報を得ていない。

 日本軍はそんな程度の情報で攻め込み、東洋艦隊は拠点を放棄してどこかに逃げる。

 これは他に隠し玉を持っているから出来る事ではないだろうか。


 こうして飛ばした水偵は、幸運にも行動半径ギリギリの位置から、アッドゥ環礁の英軍基地を発見する。

 イギリス軍の錯覚もあった。

 彼等はいまだに、日本軍機の脅威的な航続距離を肌で理解はしていなかった。

 アッドゥ環礁まで来た偵察機を友軍機と勘違いし、交信して来たのだった。

 これで隠し基地の存在を知った山口中将は

「燃料はかなり厳しいが、それでもやろう。

 少しでも撤退に有利な状況を作るのが我々の使命である」

 そう言ってアッドゥ環礁攻撃に向かった。


 そしてこの空襲は成功する。

 潜水艦の内、半数は作戦行動中、残る半数の内10隻程度が緊急出港して空襲を回避したが、残る整備中の艦や基地設備は破壊された。

 拠点を失った以上、潜水艦の活動は制限がかかるだろう。

 この戦果に納得し、山口中将は作戦を切り上げた。


 この他、ニューギニア方面も今村大将が作戦を切り上げて兵を纏め上げる。

 ニューギニア各地ではマラリアやデング熱にかかる兵士が増え始めていたので、

「丁度良い頃合いだったかもしれない。

 もっと長くいたら、医薬品の不足する我々は悲惨な目に遭っていたかもしれんぞ」

 そう言っていた。

 もっとも、蘭豪軍の攻撃も激しく、西パプアの軍は勝利も脱出も出来ないようだ。

「責任者である私が残る。

 戻れる者たちから先に本土に戻って欲しい。

 私は最後の一人を引き連れて戻る」

 ラバウル停泊中の輸送船団に兵員を乗り込ませ、第八艦隊がこれを護衛して帰国の途に着く。


 インドネシア駐留の第19軍も、資源輸送用の商船に分乗して帰国を始めた。

 フィリピンの第14軍はコレヒドール攻略を諦め、対岸の台湾から漁船まで出して貰って台南・高雄に順次移動している。

 日本軍は南方から一斉に退いている。

 結構な数が置き去りになっているが、それでも四割弱が撤退の船舶に乗り込めた。

 これでも油槽船や物資を運ぶ商船の船倉、徴用した漁船や曳舟にまでぎゅうぎゅう詰めでのものだ。

 それ以上は船が無いから、置いて行かざるを得ない。

「必ず戻って、連れ帰ってやるからな!」

 この言葉は嘘ではない。

 ただ、何年後になるか何十年後になるかを言っていないだけで。


「さて、行きはよいよい帰りは怖い、だったな。

 このまますんなりと帰して貰えるかな?」

 小沢中将は参謀長に語りかけた。

 小沢中将の不安は的中している。

 コレヒドールを守り切ったマッカーサーから連絡を受けたハワイから、ハルゼー機動部隊が再度出撃していた。

 帰国便の日本兵を海の底に沈める為に……。

おまけ:フィリピンにて

「司令官は?

 富永閣下は何処に?」

富永恭次第14軍司令官の姿が見えない。

「あの、大変申し上げにくいのですが……」

「どうした、何を知っている?」

「上級司令部に申し上げねばならないと言って、司偵を準備するよう命令していました。

 もう今頃は乗機されたかと……」

第八方面軍と違い、第14軍は司令官が真っ先に撤退完了していた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] インド沼怖ぇ~ そうか、竪琴ひけばよかったのか! 末期症状がパネェ
[良い点] 前にインドに到達できたらどうにかなると思ってましたがよい意味て裏切らて楽しいです。 物乞いの群れ!スられる物資!まさにインド! そして冨永アアアーーw
[一言] >食わなければ戦えない、武器が無ければ負けるという軟弱さこそ排すべきものである よかった・・・ 安心と信頼の牟田口クオリティだ いやよくねぇんだわ
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