下の奮闘、上の無能
戦時中と氷河期到来、各国は統制経済を敷いている。
だが、各国酷いものである。
日本「予定通りの物資が届かないぞ!」
イギリス「インドの反乱が収まらん!」
ソ連「予定通りです、同志スターリン!」
ドイツ「総統の御命令通り、全て順調です!」
後2者は、トップが現実を把握してない為に、現場に皺寄せがいく。
だが前者はトップが現実を知っていても、やはり現場に皺寄せが行っていた。
そんな中
ムソリーニ「ところでチャーチルさんや、飯はまだかね?」
チャーチル「さっき食っただろ! このデブが!!」
イタリアはシチリアの食糧生産力が残っていた上に、戦争はイギリスに任せっきりで気楽なものだった。
満蒙国境のザバイカル戦線、北シベリアの第二極東戦線、沿海州の第一極東戦線というソ連軍約157万が三方から満州に雪崩れ込む。
対する関東軍は、南方に兵力を割いていた事もあり、友軍である満州国軍も合わせて兵力56万。
戦車戦力で大きく劣り、航空戦力は質は同等だが数で劣る。
独ソ休戦以降ソ連軍は休養十分、補給万全であった。
「言わん事ではない!
直ちに戦力を元に戻すべきであった」
「なにが南進だ。
北方こそ脅威だったのに」
「こんな事ならば、ソ連軍の準備が整わない内に、こちらから攻めるんだった」
参謀たちは後悔し、本国の決定に今更文句を言うが、それを言ってもどうにもならない。
普通に考えたら、北にソ連の脅威があるのに南に全力振り向けるとか、どうかしてると思うだろう。
だが独ソ戦時にソ連とて極東の防衛を捨ててまでヨーロッパに戦力全振りしていたのだ。
成功すれば賞賛され、失敗したから文句を言われる程度のものである。
まあソ連の場合はゾルゲによる諜報活動で、関東軍の兵力配置が直ちにシベリアに攻め込めるものではないと分かった上でも戦力全振りであった。
謎の信頼を敵国に寄せた日本とはそこが違う。
本国を批判しているが、関東軍参謀たちの問題だってあったりする。
彼等は余りにも独断専行が過ぎた。
だから余計な行動を取って、英ソ両方を南北で同時に敵に回す危険性があった為、兵力を強引に南方に振り向けられた事情もある。
また、純軍事的にも間違いを犯している。
主戦場となるであろう満蒙国境の西方、虎頭要塞を築いてシベリア鉄道をも破壊可能な東方に対し、北部国境に対しては
「千二百メートル級の山脈である大興安嶺山脈を、敵戦車部隊は通過出来ない」
と油断していた。
だがこの北方から山脈を戦車と共に越えてやって来た第二極東戦線により、満州国は第二の都市・哈爾濱をあっさりと陥落させられてしまう。
戦況は著しく不利であった。
にも関わらず、関東軍は各所で善戦する。
まず虎頭要塞を始めとした東方要塞地帯が、ソ連第一極東戦線の進出を許さない。
その巨砲群が、機械力に勝るソ連軍を圧倒する。
航空戦力も、必死に陸上の不利を補う。
ドイツの戦車すら苦戦するソ連のT-34中戦車だが、この戦車とて空からの攻撃には脆い。
50kg爆弾程度では直撃しない限り足止めにもならないが、100kg爆弾ならどうにかなる。
九七式軽爆撃機、九八式軽爆撃機が何度も領内に入ったソ連戦車部隊に襲い掛かり、戦車や自走砲に損害を与える。
そして「和製シュトゥルモヴィク」とも言える九九式襲撃機が、歩兵部隊の頭上から50kg爆弾をお見舞いし、第二極東戦線もザバイカル戦線もしばしば足を止める。
満州の関東軍は、本国が困窮する中で食糧も備蓄燃料も弾薬も十分に溜め込んでいた。
これが関東軍の積極的な戦い方にも表れている。
そしてこうした善戦の裏には
「粘っていれば南方から友軍が駆けつける。
支那派遣軍約50万、緬甸方面軍30万、第八方面軍10万という大軍だ。
それらの部隊は負けていない、精強な軍である。
無敵の友軍が来てくれたら、ソ連軍恐れるに足らず。
直ちに反撃が可能なのだ」
そう信じて戦い続ける心の力があった。
如何に善戦とは言え、最初の数日で北半分を喪失するような劣勢にある。
関東軍が粘る心の支えである増援を直ちに送った方が良いだろう。
だが、この増援派遣において、大本営は意見を纏められずにいた。
「直ちに南方作戦を中止し、その兵力を引き上げるべきである」
この意見に対し、
「今、まさに攻め込んでいる最中である。
そんな急に撤退命令等出せん。
かえって前線が混乱する」
「南方作戦は、インパール攻撃で少々停滞したが、極めて順調に推移している。
ここで勝ちを捨てるより、むしろ当初の予定通りインドにまで達し、英国を屈服させてからの方が良いのではないか?」
「英軍はまだ健在である。
あと一撃を与えて押し込まない限り、短兵急に撤退すると追撃を受けて、満州に帰り着く前に壊滅しかねない」
「南方から引き返すと言っても、船が無い。
陸路でビルマから満州等、行けるものではない。
輸送船を派遣しても、また途中で沈められたら溜まったものではない」
「海軍は英軍と新合衆国軍の跳梁跋扈を防げないのか?」
「その為のMO作戦だ。
今はニューギニア西部にまで兵力を展開している最中であり、ニューギニア島全域に航空基地と水雷部隊の基地が出来れば、少なくとも豪州の英潜水艦は封じ込められる」
「そんな悠長な事を言っている場合か!
満州は来月には陥落しかねない。
ニューギニアに居る10万の陸軍部隊、蘭印の10万、そしてラバウルの5万の部隊だけでも先に撤退させよ」
「そんな事をしたら、それこそ豪州から出撃した潜水艦に襲撃されかねない」
反対意見がそれなりの説得力を持って出され、意見が纏まらない。
こういう時に必要なのは、最高指導者による「損切り」とその責任を負う度量なのだが、東條英機にはそれが出来なかった。
結局、ほぼ現状維持となる。
「まずは英軍に早急に勝利し、その後は南方の艦隊も撤退、同時に陸軍部隊の護衛も行って満州まで送り届ける」という事に決まった。
決めたのではなく、決まってしまった。
他に良い策が無い為、誰も責任を負わないこの形になってしまったのだ。
天皇は何か言いたそうにこちらを見ている。
東條はあえて無視し、発言を聞きますか?に対し「いいえ」を選択した。
天皇は寂しそうに退席していく。
これは東條なりに天皇の事を重んじての行為である。
意見を言わせてしまえば、天皇に責任が行ってしまう。
方針策定については無能をこれ程までにさらけ出している東條だが、天皇に対する忠誠心だけは変わっていない。
それを理解しているから、天皇もこれ以上何も言えない。
それが良いのか悪いのかは置いといて……。
天皇に責任を負わせない、それは即ち「天皇の生命を守る」事でもあった。
相変わらず国内はヒステリックである。
生活が苦しいからこそ、余計に軍国熱は高まっていた。
戦争よりも生活をと訴えた女学生のみならず、次第に日々の生活に対する不平を口にした隣人すら特高に密告されたり、隣近所で村八分にされたりし出している。
この他罰的な空気は、かつて対英戦を煽った思想家たちにもブーメランとして返って来ていた。
「ソ連が攻めて来たという。
関東軍がきっと撃破するだろうが、ソ連の事を見抜けずに南進を煽った大川周明は国賊である!」
噂が暴走し、政府は否定しているが民衆は止まらず、大川周明の自宅は放火されてしまう。
大川は入院という形で政府から保護されるに至る。
大川にしたら心外だろう。
彼は
「英国もソ連も共に敵だ」
と言っていたのであり、ソ連を無視して南進しろとは一言も言っていない。
同様に、言ってもいない事で攻撃されているのは、井上日召もであった。
彼は国の為にならん者は暗殺してでも、という人間ではあったが、ソ連を無視しろとは言っていない。
彼等に連なる右翼思想家すら「何をやっているのだ」と攻撃される世になってしまった。
迂闊な発言を天皇にさせて、難が及ぶ事だけは避けねばならない。
東條がそう考えてしまうのもやむを得ないだろう。
その東條は、戦前の思想家の中で暴走した国民の怒りの捌け口が向かっていない唯一の人物、かつて自身が陸軍から追放した石原莞爾を呼び出して方針について意見を聞く。
石原は強硬に対ソ戦も訴えていて、アジア解放は欧州かソ連かの最終決戦の為という事ではブレていない。
更に対英開戦前の世が騒然とした時期には、山形県鶴岡市にひっそりと籠って口を閉ざしていた。
この時期に執筆に勤しみ、寒冷化した世界での日本の在り方について研究していた。
その中で彼は、食糧不足となるソ連は必ず南下して来ると予言しており、今になってそれが脚光を浴びている。
何故執筆中で、世に出ていない筈の草案を政府関係者が知っているか?
それは反ソ連を知人たちには漏らしていた石原の言動を嫌った外務省が、岸や東條を通じて強制的に家探しという嫌がらせを行い、その草案を没収していた為であった。
そんな嫌がらせをしていた東條から頭を下げられても、石原は臍を曲げたままである。
「君に戦争指導は無理だ。
さっさと誰かにその席を譲り給え」
それだけ言って沈黙してしまった。
「今は非情事態なのですよ。
何か一言だけでも無いのですか?
貴官も陸軍軍人としてお国に奉仕した身でしょう」
東條が怒りを堪えてそう言うと、石原はやっと回答した。
「どうせ君には出来っこないが、一個だけ言わせて貰う。
正直に国の窮状を国民に話し給え。
どうせ関東軍は壊滅の危機にあるのだろう?
対英戦だって実際のところはどうなんだ?
元陸軍中将という高官だった、病人の私にのところにも薬が届かない。
余程に窮しているのだろう?
さっさと意地も誇りも投げ捨ててイギリスに降伏したらどうだ?
その時、足枷になるのがいきり立っている国民だよ。
彼等に冷や水を浴びせる意味でも、情報公開したらどうかね。
今の国民を前に、どんな決定も通らんだろう。
ハーメルンの笛吹男に連れ去られた子供たちを救うには、笛を吹いている男を抹殺するに限るよ。
聞こえている笛の音こそ、勝ちに浮かれたこの空気だ。
笛吹き男は海軍もだが、それを黙認する君もだ。
直ちに処分したまえ。
さもなければ、皆仲良く地獄へ一直線だ」
石原と東條は結局、折り合う事無く別れた。
石原の毒舌に腹を立てた事もあるが、それ以上に情報公開には応じられない。
東條には、こうなっては天皇を守るという思考しか依って立つものが無かった。
その東條の最後の芯である信念から、情報公開した結果天皇の権威が大きく低下し、自身が属する陸軍の中から「御今上を廃位し、皇太子を新帝に立てて戦争継続だ」という者が出て来かねない。
その時、情報公開をして責任問題となる自身は失脚し、きっと天皇を守れないだろう。
東條が石原の戦争指導についての意見で、大前提となる事を否定した以上、もう話は前に進まないのだ。
東條総理から前線に出された訓令は
「ガンガンいこうぜ」
改め
「みんながんばれ」
的なものでしかなった。
長々と文語体で故事成語を交えて書いていたが、要約すると「みんながんばれ」にしかならない。
そんな中、前線部隊は頑張ってしまう。
関東軍は縮小した戦線で兵力と火力を集中させ、必死に防衛戦を行う。
増援が到着した第15軍は第二次インパール総攻撃に入った。
オーストラリアから出撃する潜水艦を封じ込めるべく、ニューギニア島で行動中第17軍は、ビアク諸島、ワイゲオ島、西パプアに侵攻。
当地でイギリス軍、及びオーストラリア軍と交戦となる。
彼等は命令が無い限り、勝手に撤退等出来ない。
何となく本国が危険というのは伝わって来ていた。
ならば、彼等は自分が出来る事を全力でする他道は無い。
それは前面の敵を駆逐する事である。
前の敵を片付けない限り、後退も出来ない。
補給線とか火力不足を無視して、前へ前へと突き進む。
明確な戦争指導が無いとこうなってしまった。
上級司令部になる程、事態を詳しく知る事は出来るが、彼等はそれを他言無用として一切漏らさない。
そうなると前線は、敵と戦う事に頑張るしかなくなる。
日本軍は、背後をソ連に襲われていながら、尚も南方における戦線を拡大していた。
収拾する気配は全く見えていない。
おまけ:東條の訓示
「昨今帝国の世界正義の戦争は臣民並びに将兵諸君の活躍で類無き成功を収めつつ有り。
然れど世界情勢我等に有利ならざるものなり。
東西南北に敵を抱える我が国は亜細亜解放の大義を胸に抱き、より一層の努力が求められるものである。
各自は己れの責任から逃れる事無く、天皇陛下への忠誠に基づき、日本人として恥ずかしからぬ行動を取るべし。
爾後大本営からの命令、味方からの支援届かざる局面も想定されようものなり。
その場合も徒に狼狽せず、自らの後ろには大日本帝国在るものと心得て、自らの判断で戦い続けるべし。
兵器、物資は勝敗の絶対的要因に非ず。
必勝の精神、不屈の根性こそ最後に拠るべき日本の武器なり。
大日本帝国の正義は天知る、地知る、人知る、我知るものである。
断じて行えば鬼神も之を避くと聞く。
大義を奉じ、敵千万人と雖も吾往かんとの気概を示すように。
決して膝を屈する事無く努力する事を求めるものなり」
→要約「みんながんばれ」
作者のひとり言:
case1で書きまくったので、対ソ戦はダイジェストでいきます。
case2はここまで見て来た通り、イギリスとアメリカ抜きで戦ったらって話になってますので。
(アメリカが居ない以上、史実そのままになんて絶対になりません)




