台湾沖海戦
旧北米大陸の痕地で、イギリスが石油採掘をしようと調査している事に、新合衆国は文句を言う。
しかしチャーチルは堂々と
「我々におんぶにだっこの国が、見返り無しに物事を運べると思わん事だ。
ならばよろしい!
大英帝国はテキサスがあった海域と地下採掘権の割譲を要求する。
これが認められたら、大英帝国は貴国への支援を惜しまぬだろう」
こう言ってのけた。
新合衆国は揉める。
持っていても、人口と資本に乏しい新合衆国の手に負えるものではない。
割譲して、代わりにイギリスの全面保護を、という意見も出た。
だが、マッカーサーは猛烈に反対する。
「イギリスに我々の存在価値を示せば良い!
我々は日本に勝利するのだ!」
新合衆国は大戦果を欲していた。
第二次セイロン沖海戦が行われている丁度その頃、日本本土から出発した南方への増援部隊、輸送船団の第一陣が台湾沖に差し掛かっていた。
この船団は、イギリスによる潜水艦部隊の襲撃を警戒し、海上護衛隊が総力を挙げて護送に当たっていた。
日本の対潜能力はお粗末である。
水中聴音機、音響探信儀、爆雷は持っている。
しかし、ヘッジホッグのような新型対潜兵器や、オペレーションズリサーチに基づいた効果的な対潜陣形等は無い。
それでも日本海軍の中で、最も対潜能力が高い部隊が本来任務を放置してまで護衛に付けられた。
海上護衛隊の大井篤参謀は、連合艦隊司令部に噛みつく。
「そもそも海上護衛総隊は、海上交通路の安全を守る為に結成された。
第一次及び今次世界大戦における、独国潜水艦部隊の戦果を見て、海上交通の安全が大事と判断されてのものである。
然るに、その海上交通路を行き交う商船を放置させ、陸軍部隊の護衛に付けるのは目的が異なる。
日清日露戦争以来、その役目は連合艦隊が担うものではないのか!」
だが、南雲連合艦隊司令長官は譲らない。
「現在、稼働可能な水上部隊は南方に進出している。
護衛に動かせるのは、北方の第五艦隊くらいだが、これとて北方警備の役割は重要だ。
そして、敵は英潜水艦部隊である。
ならば対潜能力の高い護衛隊に任せるのが適当であろう。
それに……」
南雲は声を潜める。
「第一艦隊を容易に動かせるだけの重油が無いのだ。
艦隊決戦に用いるなら良いが、戦艦をただ護衛の為に南方まで動かす程に、潤沢では無いのだ」
これに大井は激怒する。
「艦隊決戦と海上護衛、どちらが重要だと思っておられるのか!
大体、艦隊決戦と仰いますが、英東洋艦隊を遠くに追いやり、旧米戦闘艦隊を撃滅した今、何と艦隊決戦されるおつもりなのか!」
南雲は苦虫を嚙み潰したような表情だったが、回答する。
「英本国艦隊である」
「は?」
「知っての通り、北米大陸が消滅し、太平洋と大西洋は繋がってしまった。
ドイツ海軍の脅威が無い以上、英本国艦隊が元北米浅海を突っ切って来襲する可能性もある」
「そんな荒唐無稽な事が……」
「無いとは言い切れない。
現に我々も元北米浅海を突っ切って、潜水艦によるドイツとの交流を行っているのだから」
自分たちがその可能性を示してしまった事で、日本海軍は
「英軍もやって来るかもしれない」
と疑心暗鬼に取り付かれてしまった。
南雲とて、英本国艦隊が本当に来るのか半信半疑、というより疑が九割方なのだが、方針として重油節約と第一艦隊温存が会議で決まった以上、それに従うのみ。
大井大佐にしたら、その会議に海上護衛総隊司令部が呼ばれていないのにも文句はあるのだが。
大井大佐がどんなに文句を言おうと、南雲長官は連合艦隊は動かせないと言い、海軍省では異議に取り合わなかった。
海軍省では
「昭南市までの航路は、そもそも海上護衛隊の担当ではないか。
護る対象が商船か、徴用された輸送船団かの違いしかない。
ならば文句を言わずにやるべきではないか」
という認識である。
「違う」
と言いたいところだが、上手い説明が出来ない。
海上交通路の警備と、作戦用の船団護衛がどう違うのか。
基本同じなのだが、それならば相応の戦力が必要である。
旧式駆逐艦、砲艦、水雷艇、掃海艇、海防艦といった戦力で何かあったら……。
「敵は潜水艦なのだから、問題無いだろう」
どうにも、筋が通っているようで、通っていないようにも思えて、歯がゆい。
敵が居ないのなら連合艦隊を動かしても良いのだが……
「第一艦隊は決戦用に待機」
であって、一切変わらない。
結局、日が迫っていた事もあり、海上護衛隊は大船団をシンガポールまで護衛する事となった。
そして台湾沖を通過、フィリピン北方に差し掛かった時である。
船団に空襲警報が鳴る。
「司令、大変です!」
護衛隊司令に、部下が慌てて報告する。
「どうした?
緬甸の前線で何か起こったのか?」
呑気な男に、部下は怒鳴るように告げる。
「前線?
ここが前線です!
東南東の空に多数の機影が見えます」
見ると、黒い点が幾つも見えて来た。
「慌てるな。
味方という可能性は無いのか?
ここは我が軍の支配する海域ではないか」
「有り得ません。
あの方角に味方は居ませんし、陸上から発進したとしたら遠過ぎます」
方角的にはフィリピン海。
つまり太平洋の向こうから敵機襲来、即ち機動部隊による攻撃であった。
既にイギリスは新合衆国と連携を済ませていた。
合衆国戦闘艦隊の中で、ハルゼー提督率いる空母部隊はほぼ無傷で残っている。
この部隊をどう有効活用するか?
米国製だが、今ではイギリスが生産しているF4F戦闘機を補充し、明らかに日本機に歯が立たなかったF2Aバッファロー戦闘機と交代する。
このハワイへの輸送を、元はメキシコが在った辺りの海を通過して行っていたのだから、第一艦隊は本国待機という日本海軍の判断もあながち間違いではなかった。
イギリスの豪州部隊及びアッドゥ環礁秘密基地の潜水艦部隊、及びハワイとフィリピン内に潜む新合衆国潜水艦部隊は、日本に対し通商破壊を行っていた。
この被害の大きさに、日本海軍も航路防衛の対策をして来た事は分かっている。
新合衆国の潜水艦艦長たちは
「対策していても、大した事は無いですよ。
ジャップの駆逐艦なんて怖くも何ともないです」
と強気だった。
その後、暗号解読の結果、極めて大規模な船団が護衛部隊共々、陸軍部隊や補給物資を積んでビルマに向かうと知れた。
この情報を受けてイギリスと新合衆国の連絡会議は
「ハルゼー機動部隊を、この大船団を攻撃に使おう」
と決めた。
潜水艦による大規模な群狼戦術でも問題は無い。
だが対潜で待ち構えている相手に、あえて素直に潜水艦をぶつけなくても良いだろう。
そもそも潜水艦は、護衛も武装も無い商船を易々と狩る軍艦なのだ。
いくら優位と言っても、爆雷を投下して来る相手が多数いるのだから、あえてそんなのと戦う必要も無い。
アメリカ合衆国という凄まじい造船装置が消えている今、潜水艦を失う作戦は控えたい。
「ハルゼー艦隊の事は信用するが、それでも日本の機動部隊や巡洋艦部隊が護衛にいては困るだろう。
彼等は我が東洋艦隊が請け負う。
もしハルゼーが日本艦隊と戦いたいと言うなら、この作戦の後でやってもらう。
まずは、海の中にしか目が行っていない船団とその護衛部隊を血祭りに上げてくれ」
放っておけば艦隊を血祭りに上げる事を選びかねないハルゼーに釘が刺される。
戦意旺盛なハルゼーだが、自分の欲求の為に戦略を見失う程未熟ではない。
まあ、やらかす時は有るのだが。
ハルゼーも、船団攻撃に同意した。
イギリス東洋艦隊がベンガル湾で示威行動を始めた時、既にハルゼー機動部隊は真珠湾を出港し、フィリピン方面に向かっていた。
それに先立ち、潜水艦部隊が広域に展開し、日本の船団の位置を報告している。
ハルゼー機動部隊は、日本の索敵網に掛からぬよう複雑な航路を取りながらも、攻撃位置に迷う事なく到達した。
攻撃隊を発進させる。
この出撃に際し、ハルゼーは空母の甲板を靴で踏み鳴らしながら
「キル・ジャップ!
キル・ジャップ!
キル・モア・ジャップ!!」
と演説にもならないヘイトスピーチを叫ぶ。
上手い演説で将兵を鼓舞したイギリス海軍の提督が見たら、皮肉っぽく笑う事だろう。
それでも、この場合これくらいで丁度良い。
狂気を受け取った新合衆国の艦載機乗りは、民間人だろうが泳げない陸軍軍人だろうが構わず、船を沈め、溺れる者には機銃掃射を加え、サメの餌としてばら撒いていった。
本国メーカーが無い為、旧式機のまま更新されていない攻撃隊であったが、輸送船や小型艦艇ばかりの護衛隊相手には十分過ぎる戦力である。
海上護衛隊も、対水上戦しか考えていない日本海軍の中では、それなりの対空能力は高い部隊であったが、空母部隊による本気の大規模攻撃には対処出来ない。
かくして日本の船団と、本来海上交通路を民間の商船護衛の為に使われる部隊は全滅した。
戦争の被害判定の全滅ではなく、文字通りの「全滅」である。
ハルゼーの狂気を孕んだ戦意は、洋上に浮かぶ物が無くなるまで反復攻撃をさせたのだ。
台湾沖海戦、あるいはバタネス諸島沖海戦(新合衆国側呼称)の報に、日本は衝撃を受ける。
貴重という言葉で言い足りない大事な物資が海の底に沈んだ。
全軍ではないにせよ、緬甸方面軍への援軍が失われた。
海上の護衛に使える艦艇が根こそぎ破壊された。
ハルゼーはついでとばかり、フィリピン・コレヒドールで必死の防戦を続けるマッカーサー支援の為、バターンを攻撃する日本軍第14軍を空から襲い、相当な損害を与えていた。
陸軍は真っ青になり、海軍の不手際を責める。
海軍も、まさかの大損害に色を失う。
第二次セイロン沖海戦で、英巡洋戦艦「フッド」と大型空母を撃沈したという報告が入ったのは、その後の事であった。
陸海軍が戦闘部隊の損失、軍需物資の喪失で大騒ぎしている中、岸信介軍需大臣は倒れるんじゃないか、という程顔面蒼白になっていた。
この物資は、民間から巻き上げたりして得た、まさになけなしの物資であった。
それが戦地で消費されるならまだしも、行く途中で失われるとは。
更に徴用された船舶とその積載量を計算すると、もう国内産業に「支障」どころではない。
業種によっては、操業を一時的に停止させなければならない程である。
岸は軍人ではないから、計算上で「今後潜水艦によって失われる物資」を考えていた。
実際には、貧弱とはいえ対潜能力がある護衛部隊喪失により、潜水艦は大手を振って通商破壊に繰り出すようになる。
護衛している軍艦が居ないのだ。
堂々と浮上して砲撃する。
魚雷だけを使うよりも、作戦行動時間が延びる。
その分だけ海上輸送は脅かされてしまうのだ。
陸海軍は、後続の緬甸方面軍への援軍輸送を中止する。
そして現地にはこう電話した。
「現有戦力をもって部署を死守し、もって皇国の為の勤めを果たさん事を」
緬甸方面軍も第八方面軍も、これ以降は物資に窮乏するようになる。
なまじ大軍なだけに、消費も激しいのだ。
台湾沖海戦は、東南アジアにおける戦況を一変させる程の影響を与えた。
ハルゼー艦隊の大勝利は、連合国における新合衆国の発言力を高める。
これと、フィリピンで粘り続けるマッカーサーの活躍もあって、国土の9割を失った弱小国・新合衆国は国際的な地位を大いに上げる。
この海戦の影響はそれ程までのものであった。
おまけ:
ハワイに帰投したハルゼーは、戦闘司令官及び新合衆国軍総司令官兼任の知事に呼び出しを受ける。
「何故、勝手にフィリピンまで行って攻撃した?」
「そこにフィリピンが在ったからだ」
「それで損害を受けた艦もあるそうじゃないか!
命令違反は大問題だぞ」
これに対し、短気なハルゼーではなく、参謀長が答える。
「命令は日本の輸送船攻撃でした。
フィリピン海域にも多数の日本の商船がいました。
その攻撃は、輸送船攻撃の枠からは出ていません」
命令違反というより、命令逸脱のハルゼーの存在に頭を痛めつつも、確かに貴重な日本の船舶を多数沈めた功は功という事で不問に処された。
これに味をしめたハルゼーは…………。
おまけの2:
case2ラストスパートで、(case2終話)アップの1月8日まで毎日更新します。
case3は……凄く短いですが、1月の三連休の辺りにアップします。




