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第二次セイロン沖海戦

予備知識:

グラマンF4F戦闘機は、最初複葉機 XF4F-1として開発された。

だが時代の変化に伴い、複葉機から単葉機 XF4F-2に変更される。

これが審査でブリュースター社のF2Aバッファロー戦闘機に負けて、不採用となった。

しかしグラマン社では開発を継続し、F4F-3として1940年2月に完成させる。

これをフランス、ベルギーが購入決定。

スーパーチャージャーは輸出禁止であった為、それを外し、フランス仕様のメートル法に計器を変えた機体を受注した。

しかしフランスもベルギーも納品前にドイツに降伏する。

フランス海軍用81機、ベルギー軍用10機は全て1940年8月までにイギリス海軍が引き取った。

アメリカ海軍でも、F4F-3は採用予定(1040年10月1日)であったが、その前の1940年9月11日に国土ごとどこかに消えてしまった。

その為、アメリカ合衆国後継国家である新合衆国よりも大量にF4Fを保有しているのがイギリス海軍であった。

 シンガポール及びペナン島を相次いで抜錨した第二艦隊及び第一航空艦隊は、アンダマン海で合流してセイロン島を目指す。

 チッタゴンを落とした今、イギリス東洋艦隊のインド洋東部における拠点はセイロン島コロンボ及びトリンコマリーしか無い。

 東洋艦隊釣り出し云々を言う前に、ここの基地航空隊は脅威である。

 先に潰しておいた方が良い。

 然る後に東洋艦隊を攻撃し、インド洋全体の制海権を握る。


「目的は敵基地ですか?

 それとも敵艦隊ですか?」

 目的が2つになると、どちらを攻撃するか迷う事になる。

 小沢中将も山口中将も航空畑の人間だ。

 換装に時間が掛かる事、発艦しても上空で編隊を組む時間が必要な事、一旦飛ばした攻撃隊は引き戻すのが難しい事をよく知っていた。

「目的は敵艦隊である。

 敵基地への攻撃は、不完全であっても一撃のみに留め、滑走路や燃料タンクを破壊すれば良い。

 敵機が上空に退避していたら、あえて深追いすべからず」

「索敵を厳にせよ。

 それと上空監視もだ。

 敵艦隊に先手を打たれてはたまらん」

 日本海軍は、空母機動部隊を能く運用して来た。

 その真髄は長距離から敵に察知されずの先制攻撃にある。

 それを敵にされたら間抜けも良いとこだ。

「特に偵察巡洋艦である『利根』『筑摩』の射出機の整備をしっかりしておけ。

 索敵に穴があってはならん」

「山口中将、何か不安でも?」

「いや、ごく当たり前の事を言ったつもりだが」

「そうですか。

 何か過去にそういった問題でもあったかと思いまして」


 インド洋も広大である。

 東洋艦隊が行方を晦ませたとあらば、見つけるのは大変だ。

 だが、ボンベイまで撤退した東洋艦隊が通るであろう航路は予測出来る。

 英空軍制空権下にあるセイロン島の海域だ。

 損傷した艦があれば、コロンボなりトリンコマリーなりに入港させたり出来る。

 その為、ここを潰した上で待ち伏せすれば、ベンガル湾の東洋艦隊は戦うにせよ、退避するにせよいずれ現れるだろう。

「東洋艦隊はベンガル湾に居るのは確かだろうな?

 情報参謀」

「はっ。

 陸軍からの報告で、数日前にもアキャブが空襲を受けたとの事です。

 彼等は確実にこの海に居ます」

「よろしい。

 もしも既にボンベイまで逃げていたなら、網を張っているこちらの徒労に終わるだけだった。

 居るならば、見つけて叩き潰すぞ」

 日本艦隊の士気は高い。


 一方、イギリス東洋艦隊の士気も上がっている。

 如何に戦略で正しくても、ファビアン戦法は軍人の士気を下げるもののようだ。

 相次ぐ日本軍への攻撃で、英空母航空隊は活気づいている。

 しかし、東洋艦隊司令長官フレーザー大将は引き続き冷静さを維持し続けていた。

 彼は自軍の航空戦力に不安を感じていたのだ。


 イギリスは空母の先進国であるが、艦上戦闘機の開発には失敗している。

 というか、後発の日本とアメリカ合衆国の艦上戦闘機が異常発達したのであり、世界水準で見ればイギリスは十分空母先進国で数少ない艦上戦闘機開発成功国なのだが。

 全金属製単葉戦闘機は、複座式で後部機銃しかないブラックバーン・ロック、やはり複座式で同馬力のハリケーン戦闘機に対し1.5倍の重さという鈍重なフェアリー・フルマーとろくな戦闘機が無い。

 そこでアメリカ合衆国からF4F戦闘機の海外仕様版マートレット戦闘機を獲得したが、その他に自国の陸上戦闘機であるハリケーン、スピットファイアの艦上戦闘機版の開発も行う。

 こうしてシーハリケーンやシーファイアといった艦上戦闘機が出来るも、

「はっきり言ってマートレットの方が性能が良い」

 と酷評されていた。

 その為、

「グラマン社はもうこの世界に存在しないし、コピーして良いよね?

 答えは聞いてない」

 と、堂々とマートレットの改造コピー機を製造し出した。


 艦上戦闘機はアメリカ合衆国のものを使うからまだ良い。

 艦上攻撃機は、1943年にバラクーダの正式運用までは、複葉機であるソードフィッシュやアルバコアが使用され続けていた。

 相手がドイツ海軍ならこれでも問題は無い。

 むしろ低速、長航続距離の方が対潜戦闘では有利にも働いた。

 しかし相手が日本海軍となると話が変わる。

 最高速度367km/h、航続距離1,165kmのバラクーダに対する日本軍機は

 最新鋭の天山一二型甲で最高速度481.5km/h、航続距離1,746kmで敵うべくもなく、

 旧式の九七式三号艦上攻撃機が最高速度377.8km/h、航続距離1,021km

 と、この8年前の機体とようやく互角という具合だ。

 そしてイギリスには、専用の急降下爆撃機が無い。

 バラクーダが急降下爆撃機も兼ねている。

 日本海軍だと「彗星」が最高速度546.3km/h、航続距離1,783kmである。

 日本海軍の戦い方は、敵が攻撃出来ない距離から艦載機を発進させ、まず急降下爆撃機で上部構造や防御火器を破壊し、次いで雷撃機による攻撃で艦底に穴を開けて沈めるというものだ。

 低速かつ行動半径で300kmも短いバラクーダでは、日本の機動部隊に達する事すら出来ないだろう。


「我々には英国の戦いバトル・オブ・ブリテンを勝利に導いたレーダーがある。

 敵の接近をいち早く察知し、マートレットによる迎撃に専念しよう。

 残念だが、バラクーダでは日本軍には届かぬ。

 敵わないのではない、手が届かないのだ。

 それ程彼等の手が長く、足が速いのだと認識せよ。

 これは現実である」

 正確な数字こそ分からないものの、イギリス軍は日本軍機のおおよその性能を知っていた。

 日本の空母機動部隊は、信じられない程の長距離から仕掛けて来る。

 しかし、如何に足が速いとは言え、レーダーで探知出来たら、到達する前に手の打ちようはいくらでもあるのだ。


 こうして、日本軍によりコロンボ、トリンコマリー空襲に始まる第二次セイロン沖海戦は、世界発の空母機動部隊同士の海戦となった。

「我が空母『ハーミズ』が先に日本空母の攻撃で沈んだ?

 忘れろ、そんな事は!」

 退避途中に一方的に攻撃されて沈められた空母の事は、イギリス海軍ではカウントしない模様である。


 イギリス海軍東洋艦隊は

 空母「アーク・ロイヤル」「ヴィクトリアス」「インドミダブル」「フォーミダブル」「インプラカブル、インディファティガブル」の6隻

 戦艦・巡洋戦艦「フッド」「アンソン」の2隻。

 対する日本海軍第一航空艦隊は

 空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」の6隻

 戦艦「金剛」「榛名」「霧島」「比叡」の4隻で、数から言ったらほぼ互角。

 しかし東洋艦隊の艦載機が定数全部で308機、一方の第一航空艦隊の艦載機は定数全部で370機と、空母の数が同数でも東洋艦隊の方が劣っていた。

 日本海軍の空母は、艦載機の高性能化と大型化に伴って定数を減らしていたが、それでもイギリス空母1~2隻分多めの搭載機数である。


 セイロン島の空襲と基地航空隊への大打撃で、日本艦隊がその付近に居る事は分かった。

 東洋艦隊としてはどうするか?

 艦隊温存で逃げても良い。

 しかし、逃げるにしてもセイロン島を避けるように大回りすべきか?

 それでは護衛の駆逐艦の燃料がもたないだろう。


「敵の攻撃は戦闘機が受け止める。

 そして、南方海域のスコール雲等に身を隠しながらボンベイまで退避するぞ。

 これは消極的な姿勢ではない。

 日本艦隊をここまで引き摺り出した時点で、既に戦略的には我々の勝利なのだ。

 後は損害少なく撤退すれば、戦術的にも勝利と言えるのだ」

 フレーザー大将は艦隊にそのような演説を行い、敵中突破に近い撤退戦に挑む。


 果たして日本軍と思しき偵察機が上空に現れ、その後レーダーに日本機接近の表示が出る。

 イギリスの全空母は、マートレット戦闘機を発艦させ、艦隊はスコール雲を見つけて退避する。

 上空では零戦五二型とF4Fマートレットの空戦となる。

「こんな頑丈な奴が英国に居たのか?」

 アメリカ合衆国に居たらワイルドキャットと呼ばれる予定だったこの戦闘機は、零戦には及ばないにしても十分な格闘戦能力を持ち、しかも頑丈であった。

「グラマン鉄工所」製の撃たれても耐える装甲を持っている。

 それでも、日本海軍航空隊の戦闘機乗りは人外ばかりで、

「機体の性能の差が戦力の全てで無い事を教えてやろう」

 と技量の差でイギリス機を撃墜していく。

 しかし、零戦隊は攻撃隊の護衛が任務である。

 イギリス戦闘機隊は、零戦と戦う必要は無く、攻撃機を打ち落とせば、更に言えば爆弾や魚雷を捨てて退避させれば十分なのだ。

 こうした違いから、撃たれても撃たれても中々墜ちないマートレット隊は、日本の攻撃隊に被害を与えたり離脱をさせていった。


 それでも日本の航空隊は、戦闘機乗りだけが人外ではない。

 爆撃隊も、統計的におかしい命中率を叩き出す連中である。

 雷撃機よりも足が速い爆撃隊は、戦闘機の迎撃をすり抜けたものも多く、スコールの下に隠れるイギリス艦に向けて攻撃をかける。

 普通なら操縦不能となる乱気流を物ともせず、空母に爆弾を次々と命中させていた。

 だが

「流石装甲空母『イラストリアス』級だぜ、何ともない」

 そう英軍兵士が胸を張り

「ええい、英国の空母は化け物か!」

 命中弾を与えた爆撃手が臍を嚙む。

 急降下爆撃機の爆弾を弾き返す「イラストリアス」級の強靭さに、東洋艦隊は救われた。

 ただし装甲空母ではない「アークロイヤル」は、驚異的な命中精度の日本軍急降下爆撃機によって爆弾を何発もぶちこまれて大炎上してしまった。

 更に英国の象徴、フレーザー大将が将旗を掲げる「フッド」にも爆弾が命中。

 巡洋戦艦の防御力の無さから、当たり所の悪さも相まって内部爆発が起こる。

 退艦すべしとの艦長の判断に、フレーザー大将は「ノー・サンキュー」とは言わず、戦艦「アンソン」に移乗する。

 「フッド」は炎上しながらもまだ浮いてはいるが、回復は絶望的であろう。


「『アークロイヤル』と『フッド』は捨てていく。

 すまんが囮になってくれ。

 犠牲は無駄にはしない」

 フレーザー大将は非情な宣告して、艦隊主力と損傷を受けた艦を分け、ボンベイに向かう。

 何度も日本軍の空襲を受けるも、戦闘機の奮闘と徹底的に退避という姿勢から、損害を最小限に留める。

 そして夕方を迎え、フレーザー大将は思わず

「勝った」

 と呟いた。


 あとは擬装航路を繰り返しながら、インド南端を通過してボンベイまで逃げれば良かった。

 こうして巡洋戦艦「フッド」、空母「アークロイヤル」及び巡洋艦・駆逐艦数隻を撃沈という、思った以上の小さな戦果に、第一航空艦隊は頭を抱えた。

 インド洋の制海権確保には程遠い。

 セイロン島の基地破壊も中途半端である。


 これは小沢中将の採った「アウトレンジ戦法」が仇となった為である。

 確かに敵艦載機の行動半径外から攻撃すれば、敵は攻撃出来ない。

 しかし、飛行距離が長くなれば長くなる程、察知されたら対策も取られやすい。

 更に航空隊の往復に時間が掛かる為、その間に敵艦隊は進行してしまう。

 フレーザー大将が損害を受けて速力が落ちた艦を、非情にも捨てて行った為、次第に主力部隊の位置を見失い、航空隊は置き捨てられた損傷艦にとどめを刺す作業ばかりになってしまった。


 また、「アウトレンジ戦法」の為に敵艦隊と距離を置き過ぎた事は、夜戦部隊である第二艦隊を活かせない事にも繋がった。

 敵主力の位置がはっきり分かっていれば、夜になって艦載機を飛ばせなくなった後は、優勢な日本の巡洋艦部隊による夜襲に切り替えれば良かった。

 しかし、敵の位置が不明瞭な上に、距離が有り過ぎる為、如何に36ノット級の巡洋艦部隊と言えども戦場到達までに逃げられてしまう。


 戦果不十分な第一航空艦隊・第二艦隊は、ではせめてセイロン島の基地を徹底的に叩こうと、戦艦及び重巡部隊をセイロン島の軍港に送る。

 この艦砲射撃で、コロンボとトリンコマリーの港湾機能は今度こそ破壊された。

 飛行場も破壊されたが、いくつか隠し基地もある為、完全にセイロンの基地機能は喪失されていない。

 こうして第二次セイロン沖海戦は終わるも、セイロン島はインド洋におけるイギリス軍不沈空母として生き続ける。


 フレーザー大将はボンベイ帰還の途上、電報を読んだ後に全将兵に演説した。

「諸君、我々の任務は大成功であった。

 日本軍主力艦隊の目を我々に向けさせた事で、彼等はとんでもない損害を被った。

 海戦に不満はあったかもしれないが、この海戦のおかげで戦争そのものには勝利するであろう」

おまけ:

巡洋戦艦「フッド」が航空攻撃で沈められた事に、イギリスの朝野は揺れる。

あの世界一美しい艦(イギリス人主観)は、イギリス人が世界に向けて誇りとしていた。

チャーチルも衝撃を受け、第一海軍卿に苦情を言う。

だがチャーチルも分かっていた。

感情的に分かっていても言わざるを得なかっただけだ。

「防御力強化をしていなかった巡洋戦艦『フッド』は、遅かれ早かれああなっていただろう。

『フッド』という我が国の誇りを沈めた事で、日本は勝利したと喜ぶかもしれない。

 まあ、良い。

 喜ばせておけば良いのだ」


残念ながら、小沢中将、山口中将、栗田中将は「フッド」に大した価値は見出しておらず、喜んでもいなかったのだが。


「フッド」撃沈の経緯で、チャーチルはアジア戦線の危機を素直に国民に告げる。

もう情報統制をしても仕方がない。

戦略的にどんなに優位でも、退いて戦うと士気が低下する。

チャーチルは何もかも話して、国民の理解と協力を得る方に切り替えた。

この先も不利な情報は隠匿し続ける大日本帝国との大きな違いである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 友軍を切り捨てでも主力を温存して粘り強く戦う英国はいいですね。 さてインドまで主力艦隊を持ってきた日本。そして蠢動し始めるフィリピン新合衆国とソ連の動きが楽しみです。 [気になる点] タン…
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