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統制しても統制しても……

中国戦線は、空の戦いが活性化していた。

蔣介石軍にイギリス製軍用機が多数配備される。


……大量のハリケーン戦闘機が……。


チャーチル曰く

「ヨーロッパの空ではもう使えんものだが、廃棄する手間が惜しいからくれてやる!」

蔣介石及びシェンノート曰く

「無いよりずっとマシだ!」

こういうwin-winな関係であった。


※ホーカー・ハリケーン生産数:14,583機

「軍は一体何を考えているんだ!!」

 岸信介は軍需省の大臣室で、報告や要望の書類を前にボヤいていた。

 彼が当初聞いていたのは、蘭印・馬来・フィリピンを攻略する第一段階であり、年内はそれを前提に燃料の購入や物資の統制を行っていた。

 それに関しては、流石は秀才官僚だけあり、破綻の出ない軍需物資の統制や商船の徴用を行えていた。

 だが、まさか年内にビルマ作戦とインド洋作戦が始まり、年明けにはインド侵攻作戦(西亜打通作戦)が始まるなんて聞いていない。

 事後報告で

「こうするから、燃料の確保とか、修理する為の資材の確保とか、電力が足りないので発電所の整備とか頼む」

 と言われても、手に負えるものではない。

「燃料が足りない?

 ああそうかい。

 使えば無くなるさ。

 それで私にどうしろっていうんだい。

 ブルネイやマレーの石油生産は、占領後すぐには出来ん。

 敵が撤退時に破壊していったものを修復し、操業し、精製し、油槽船に積み込んで日本まで運ぶ。

 物事簡単にはいかん、時間が掛かるものなのだ!」

 軍人としては順調に事が進捗し、次の段階を前倒しして行えるというのは嬉しい悲鳴なのだが、後方担当の者にとっては本物の悲鳴を上げてしまう一大事である。

 そんな事を言われても、準備は急には整わない。

 前もって準備しておけ! そう簡単に口にされる。

 前もって準備したものを上回る勢いでやられたらたまったものじゃない。

 大体、石油の輸入をイギリスに頼っていたのに、そのイギリスと敵対して石油を止められ、急遽ソ連から輸入するよう手配して、二年活動可能にしただけでも軍需省の前身・商工省は褒められるべきものなのだ。

 二年耐えれば、占領地の石油生産が軌道に乗る。

 だが、今の戦力展開の勢いでは、二年という想定より遥かに早く破綻してしまう。

「民間に回す分を減らせば良い」

 それは既にやっている。

 だから、国土開発省の松岡成十郎には、大きなしわ寄せが行っていた。


「つるはしとモッコでダムを作るのだけでも時間が掛かるのに、

 重機を使えないというのはどういう事ですか!」

 松岡成十郎大臣が下から突き上げを受けていた。

 日本は人件費の安い国である。

 重機を使うより、公共事業も兼ねて大量に土方を雇えば良い。

 平時なら。

 異常気象対策で、各地でダムや堤防、道路や鉄道の高架化等を大規模に行う事を決めた時、いくら日本でも人力だけではこなし切れないと判断された。

 そこで重機導入が決まったのだが、問題は幾つも残る。

 まず重機の絶対数が少ない。

 性能も良くない。

 消滅したアメリカ合衆国製は性能が良かったが、もう今は輸入出来ない。

 部品も無く、共食い整備をする他ない。

 次いで、その数少ない性能の悪い重機が、内務省、陸軍、海軍等に分散納入されている。

 縦割り行政の中、貸し出しには手間が掛かる。

 それでも、これしか使い道がない河川改修工事用のものは、名目上水力発電用のダム整備に際しては借りる事が出来た。

 だがショベルカー等は戦争に使うとされ、中々回って来ない。

 そして戦争拡大による国内の石油不足。

 工事に使う燃料も全て、軍用に割り当てられていた。

 軍人は言う

「砲弾が飛んで来る事も無い内地での土木工事なんだ。

 人力で十分だろう。

 機械に頼らずとも、気合入れれば何とかなる」

 その一方で、こうも言う。

「何故さっさと終わらせない?

 工場に使う電力をもっと確保して貰わねば困るのだ」

 工期短縮なら重機を使わせろ! と言いたいのだが、松岡は岸から

「目をつけられないよう、下手(したて)に、下手にいって下さいネ」

 と注意されていて、強くは言えない。


 その上で、頼みの人手すら不足している。

 昭和十九年始めは、一号作戦(大陸打通作戦)成功で講和を勝ち取れた事により、中国戦線からの復員兵を投入した全国での工事を考えていた。

 兵役が終わった者たちは予備役に編入される。

 この者たちを、社会復帰のリハビリと退職金の上乗せもさせる為、工事に使う計画であった。

 中には工兵、或いはその下で野戦築城とか中国戦線での堤防修復を行った者も居ただろうし、期待されていたのだが。

 これらの人員は蔣介石再蜂起によって、そのまま再召集されてしまう。

 その上、新たに召集もされた為、折角確保した土方もそのまま兵士として取られてしまった。

 ここまで無い無い尽くしだと、規格外の人を動かす能力を持っていた田中角栄という若い土建会社社長が居てもどうにもならないだろう。


「シーメンスに発注した発電機を乗せた船が、どうやらイギリス海軍によって沈められたようです」

 また痛い報告が入って来た。

 現在、イギリスにとって日独両国は敵である。

 日本が中立だった時ならともかく、今は沈めないという選択肢は無い。

 ドイツに折角工業製品を発注しても、それは大西洋から先に進めない。

 この事態に、海軍は潜水艦を使ったドイツとの物資交換を考え出す。


 伊九型潜水艦、航続距離16,000海里、赤道上で地球を四分の三周出来る艦である。

 この艦は昭和十二年に計画され、北米大陸消滅後も計画をあえて中止にはせず、昭和十七年まで3隻が竣工した。

 巡潜甲型とも言い、長大な航続距離と水偵を搭載可能な格納庫を持つ。

 巡潜乙型として伊十五型潜水艦が昭和十四年までに承認され、20隻が建造された。

 この他、航続距離が長く水偵用格納庫を持つ潜水艦を、太平洋~元北米浅海~大西洋という広大な海を無補給で直通往復しようという計画である。


「で、この計画をドイツにどうやって伝える?」

「奇抜な作戦ですから、外交暗号、数式暗号で細かい部分まで伝わりますかどうか」

「一個、考えがあります」


 かくして在ベルリンの日本大使館職員、鹿児島県加治木町出身の曾木隆輝(コードネーム:カジキ)と鹿児島県日置市日吉町吉利出身の外務省職員・牧秀二(コードネーム:ヨシトシ)は、通常の電話回線でこんなやり取りを早口で行う。


「カジキサー カジキサー。

 モグリャッタ デツニ イタッキモンデ。

 ニバ フブコツ ナッド」

「ヨシトシサー、ソイ ホンノコヂナ?

 タマガッコツジャッド」

「カジキサー。

 キタン フトカミバ チェストスッデ」

「ヨシトシサー デツン ギバ セニャナ」

「カジキサー ソイデン ヒノオヤジャ ヨロシュ ユッタモンセ」

「アイナ」


 解説すると、「”ヒ”ノオヤジャ」は「ヒトラーの親父」の事である。

 そして「チェストスッ」は「一直線に突っ切る」である。

 ニュアンス込みでこんな話をした為、イギリス情報部は盗聴しながらも

「何だこれは?」

 と悩む。


「日本の新しい暗号だ!

 ウルトラ機関に解読を要請しろ」

電子計算機(コロッサス)にかけて分析だ」

「馬鹿かお前ら!

 数式暗号じゃないから、数学者チームに聞くのはお門違いだ。

 言語学者を集めろ。

 どこかの言語だ。

 どこかの分かりづらい言語を使った暗号会話(コードトーク)だろ。

 日本が統治している台湾の原住民か、マリアナ諸島のチャモロ人とかの言葉ではないか」

「すみません、狼狽えてしまいました。

 直ちに手配します」

 だが謎の言葉が使われたのはこの日だけであった。

 奇策、突飛であった為、細かいニュアンスや意図は生の言葉でする必要があった。

 だが意思疎通出来た後は、通常の通信暗号で十分となる。

 そして、イギリスにとっては、そちらの方が解読しやすいものであった。

 ドイツのエニグマ暗号装置と、やっている事は大して変わらない。

 むしろ、一回しか使わなかった謎の言語の解読の方が困難であった。

 今後も再度使用されるかもしれないから、解読しておく必要がある。

 録音を擦り切れるまで聞いたが、結局解読は鹿児島出身兵士の捕虜を得てからとなる。


 こうして潜水艦を輸送船に使わなければならない程、事態は計画通りにはならない。

 ドイツから工業用機械を運ぶ目途が立ったように思ったら、次の凶報が来る。

「生ゴムや錫を運んでいた民間船が消息を絶ちました。

 恐らく敵の潜水艦による攻撃かと」

 太平洋海域には、まだオーストラリアを拠点とする英国潜水艦部隊、そしてハワイの新合衆国潜水艦部隊が残っている。

 戦艦を沈めて大喜びしていた海軍は、潜水艦に関しては、ほぼ無傷のまま残していた。

 オーストラリアに居るイギリス潜水艦部隊は、アラフラ海やバンダ海を突破して日本の勢力圏内に侵入している。

 物資を沈められては、日本の産業は停滞する。

 民需なら「我慢しろ」となるのだが、生ゴムは軍用機や軍用車両のタイヤで使われる。

 企業を通じ、岸信介から東條英機総理に対応が求められた。


「インドを解放すればイギリスは屈服する。

 オーストラリアの潜水艦部隊なんかに構ってられん」

 と大本営では意見が出たが、総理大臣ともなればそんな事ばかり言っていられない。

 軍需省からの要望である、兵器生産に関わる事でもあり、東南アジアの海域は安全な方が良い。

 結局、一旦はインドが重要であるとして後回しにしたポートモレスビー侵攻作戦「英豪遮断作戦」を海軍が主体となって行う事となる。

 またも戦線が拡大する。

 兵が動員され、船が徴用される。

 産業に関わるリソースが割かれていく。


 そして、日本ばかりが統制に失敗している訳ではなかった。

 イギリスでも様々な計画が破綻して来ている。

 インド解放戦線は勢いを増し、暴動がエスカレートしている。

 インドは全員が全員、インド解放戦線に味方してはいない。

 地域、民族、階級ではイギリスの味方も居る。

 だから今まで、どんなに暴動が有ってもインドから穀物輸送が可能であった。

 だが、インド解放戦線が

「日本が味方した!

 間もなく解放軍がやって来る!」

 と勢いづき、倉庫に放火したり、インド人の商人を殺害したりして妨害を激しくする。

 逆にインドの治安部隊は、士気を失っている。

 インドの治安部隊は中東に駐留していた軍をスライドして連れて来たものだが、この有色人種の部隊がやる気を無くしていた。

 白人にはかなわないから従っている。

 しかし、白人を駆逐しながら日本人という有色人種が攻めて来る。

 ならば白人に味方する道理も無い。


 チャーチルは人種差別意識が強く、有色人種の感情に鈍感過ぎた。

 イギリス軍の内部で、数の上では主力になる有色人種(カラード)の兵士の士気が低下し、それがイギリスの食糧調達に影響を与えていた。

 そしてインド洋の東半分が日本の勢力圏に落ちた事で、オーストラリアへの移住計画も停滞する。

 スエズ運河経由、或いは喜望峰回りでは、オーストラリアに行く前に日本海軍に攻撃されかねない。

 道は南米・ドレーク海峡を通過、もしくはカリブ海を通過して、南太平洋を突っ切って珊瑚海やタスマン海に入るコースとなる。

 疎開計画も遅延し、食糧はまだ大丈夫だが不安を残す。

 イギリスも表に出さないだけで、次第に苦しみ出していた。

おまけ:

イギリス情報部にて

「なんか……あの言葉、悪魔(サツマン)の言葉な気がする。

 あの言葉を話す奴に、我が国が焼き討ちされたような歴史が……」

「そんな歴史はどこにも有りませんよ。

 モルダー、あなた疲れてるのよ」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 焼き討ちだって? そんなヌルイ出来事では済まなかったような異世界記憶が・・・
[一言] イギリス結構やばいな ソ連が一人勝ちしそう
[一言] 薩摩はいつだってイギリスを苦しめるな
感想一覧
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