イギリスによる日本の行動原理分析
西亜打通作戦、それはドイツ軍が言った
「我々は西からインドを目指す、日本は東からインドを目指して欲しい」
というものであった。
枢軸国は西アジアで出会う事になる。
だが、現実問題としてドイツは北アフリカにも手をつけられず、中東侵出はいつになるやら全く見込みがないものであった。
日本軍だけが妙にやる気になっていた。
スターリンは日本の快進撃に
(もしかして、このまま勝ち切ってしまうのでは?)
と危惧を抱いていた。
それ程までに、各地で英軍、蘭軍、新合衆国軍を打ち破って占領範囲を広げている。
彼が密かに支援している蔣介石軍や中国共産党も、さっぱり成果を出さない。
どの戦線でも日本軍は強力である。
インドネシアは1ヶ月で全土を手に入れた。
フィリピンも主要部はやはり1ヶ月で占領している。
マッカーサー元帥らはマニラ湾の入り口に浮かぶ小島・コレヒドール島に立て籠もって抵抗を続けている。
マレーでは、日本軍にしては珍しい戦車部隊による電撃作戦が行われた。
イギリス軍はジョホールバルからシンガポール方面に押し込まれている。
ペナン島も陥落し、イギリス海軍はインド洋の方に下がった。
正しく破竹の勢いである。
スターリンはまだ情報を処理していない為、日本の意外過ぎる程の強さに焦りを感じていたが、負け続けているチャーチルは全く慌てていない。
日本軍が派手に暴れれば暴れる程、彼等が持つ石油の備蓄は減っていく。
どうもソ連から買い付けているようだが、今の勢いで戦い続けるなら、消費に購入は追いつかない。
派手に勝ち続ける程、日本の敗北は近くなるのだ。
とは言えチャーチルも、ただ黙って後退を繰り返させてはいない。
オーストラリアを拠点に、太平洋に潜水艦部隊を放った。
最近、イギリスは科学者たちを集めたオペレーションズ・リサーチにより、ドイツの潜水艦戦術への対抗策を考えついていた。
護送船団における護衛艦の有効な配置と数を割り出し、大量生産して小型艦艇にも配備した新型対潜兵器ヘッジホッグを使って、ドイツの潜水艦を狩っている。
軽空母「コロッサス」級を大量生産し始め、空からの警戒と攻撃で、やはりドイツ潜水艦に船団攻撃を許さない。
逆にドイツは、バルト海やライン川の凍結の影響で、想定していた数の潜水艦を揃えられない。
大西洋の戦いは、イギリス圧倒的有利への進展していった。
だからチャーチルは、安心して潜水艦部隊を対日戦に全投入させられるのだった。
チャーチルは常識的に物事を考える。
ドイツは黙っていれば、やがて資源と食糧を失い、敗れる。
日本も派手に攻めさせれば、資源を食い潰して自滅する。
焦らず淡々と戦っていれば、時間は掛かるかもしれないが、両国に勝てる。
しかし日本の行動はチャーチルの思考の斜め上を行く。
日本によるインド侵攻の兆候を聞いたチャーチルは
「は?
そんな国力を超えた事、出来るわけないだろ」
と驚いていた。
常識的に考えれば、資源がろくに無い日本は、まずは占領地であるマレーやインドネシアの資源地帯経営に専念するものなのだ。
なにせ、彼等には産業を回すだけの鉱産資源が無いのだから。
無論チャーチルは、それをさせない為に破壊工作員を現地に残している。
軍は敗れた体で撤退を繰り返しているが、日本軍が侵攻したその後方で、工作員が油田や資源採掘地を攻撃する。
日本はいつまで経っても資源を有効活用出来ない。
それが常識的な思考の日本のやり方及び、それへの対処法であった。
ところが日本は戦線拡大を選ぶ。
既にビルマに日本軍が攻撃に入った。
そしてここでも、破竹の勢いで進撃を続けている。
計算違いも良いとこだ。
計算違いと言えば、インドネシアの経営もであった。
日本もインドネシア占領後は軍政を敷き、現地人を虐げて資源や食糧を搾取するだろう。
それが白人としては当然の考えである。
しかし、第16軍司令官・今村均大将は
「無辜の住民を愛護し、略奪強姦のごとき、不法な行為を行わないこと」
と麾下の兵士たちに命じ、横暴な行為を一切させていない。
そしてスカルノやハッタといった、オランダに収監されていた政治犯を解放し、彼等にインドネシアの政治を行わせる。
それどころか、現地民の官吏登用、学校の建設と共通語としての「インドネシア語」教育、オランダが禁止した独立歌の許可等をしている。
こんな占領軍があってたまるものか!
日本は何もかも常識外れだ。
あいつらは馬鹿なのか!?
チャーチルは日本の行動の読めなさに、人には見せないが、苛つき始めていた。
常識的に考えれば、彼等はインドになんかたどり着けない。
補給線が延び切って、悲惨な目に遭うだろう。
だが、どうも常識の通じない相手のようだ。
もしかしたら、行く道々で現地人が協力する可能性がある。
彼等が率先して補給を手助けすれば、日本の手はインドに届く。
常識的に考えれば、日本軍も征服者なのだから、インド全土を支配なんか出来ない。
だが、常識的で考えてはいけない相手で、インドまで来ていながら解放軍に徹し、独立運動を無私で支援して帰って行ったなら?
インドは独立を果たしてしまうかもしれない。
(これは考え直す必要があるな)
チャーチルは、日本に対する考えを一度白紙に戻し、一から行動原理を調べ直す事にした。
流石にイギリスは、明治以前から日本と付き合いがあり、研究者も多い。
明治以降は多数の留学生を受け入れてもいる。
開戦前に逸早く、ロバート・クレイギーやジョージ・サンソムといった駐日大使館員を召喚していた事も情報収集には役立つ。
彼等からの意見を聞き、日本にはおかしな部分があると分かる。
松岡と親交があったジョージ・ベイリー・サンソムは歴史家でもある。
彼は明治以降の日本の歴史を、現地でずっと見て来た。
日本には穏健派と過激派がいる。
過激派は常に何らかの思想によって動かされている。
かつては尊王攘夷というもの、今は八紘一宇、大東亜共栄圏というもの。
その根本には貧しさがある。
生活に苦しくなれば、過激な思想に飛びついてしまう。
これはナチスの思想に飛びついたドイツと同じ構図である。
だが、排他的な過激思想の中に、日本は正義を求める。
過激だからこそか、清廉潔白さを自らにも課す。
アドルフ・ヒトラーも、自身は身辺が清潔で、肉食を嫌い女性も一名以外は遠ざけるような潔癖過ぎる面を持っている。
逆にそういう潔癖さが過激思想を生むのかもしれない。
日本には異常過ぎるまでの自己犠牲精神がある。
滅私奉公とも言う。
第一次世界大戦の引き金を引いたセルビアの過激派等でもあったが
「自分一人が犠牲となって、目的を達する事が出来るなら満足だ」
というものを、集団で持っていたりする。
現在の日本政府を作った長州と薩摩という地方政権。
薩摩との戦争は、思想的な面は小さい。
薩摩は誇りの為に戦い、勝てないと思ったらきちんと交渉で解決を図った。
この辺は常識で理解出来る。
だが長州と英米仏蘭との戦争は、多分に思想性が強い。
「我々が攘夷の魁となる。
敗戦したって構わない。
これで全国の攘夷志士が行動を起こせば良いのだ」
こういう考えであった。
この裏には、攘夷から当時の全国政権を打倒に繋げようという意図が隠れていたのだが。
無論、下の者は本気で「日本を外敵から守る」と信じて戦った。
この「外敵から守る」というのも観念論的である。
色んな過程を無視して、「外国人を追い払えば、日本は平和に暮らせる」と信じた。
こんな感じで、上は思想に沿ってヨーロッパから見れば常識を外れた判断をし、下は観念論的な正義を妄信する癖がある。
薩摩的な部分が出ている時は合理的だが、長州的な部分が出ている時はその背後の思想を理解する必要がある。
現在も合理的な穏健派はいるが、彼等の声は大きくない。
影響力が無いのだから、この際無視して良い。
つまり日本は、全力でイギリスから見たら間違った判断に突き進み、思想に沿った行動を取っているのだ。
「だから、アジアの有色人種は欧州の支配を逃れるべきだという思想を持ち、
植民地からの解放という行動を自己犠牲の元に行い、
本気で彼等を自立させようとしているのか」
「そう考えます、卿。
ですが、先程のチョーシューの件のように、上と下はまた違います。
上はアジアの解放よりも自国経済圏への取り込みを考えています」
「それは我々でも理解可能なものだな」
「いいえ、彼等は世界を資本主義、共産主義、国家社会主義、そしてアジア的なものでブロック化し、いずれは資本主義勢力、つまり我々ですが、それが世界支配を企むから団結してこれに当たらねばならない、そんな風に考えています。
共産主義もいずれはアジアに侵攻する。
だから、アジアは団結しないとならない、と」
「サンソム君、君は先程は経済圏と言ったではないかね?」
「経済も思想も人種的価値観もごちゃ混ぜなのです。
そういう混沌としたものを全部ひっくるめて、アジアの大義みたいに考えています」
「まあ、その訳分からん部分はどうでも良い。
理解出来たのは、彼等はよく分からん正義の為に、自分たちが損をしてでも突き進む判断をするという事だ」
続いてクレイギー駐日大使が自論を語る。
「かつて日本人と交渉した時、彼等はこう言いました。
『日本軍は日本のみならず、極東、世界の為に戦っています。
このままでは、共産主義の脅威が中国から日本にも波及してしまいます』
と」
「だが彼等は今、そのソ連と妥協しているではないか」
「そうです。
言いたいのはそこでは有りません。
彼等は『世界の為に戦っている』、そう考えて間違った判断をしているのです。
私はその時言いました。
貴国がやっている事で、かえってボルシェヴィズムの影響が増している。
自国が誤解されていると思うなら、国際会議の場で話し、世界を納得させるべきでしょう、と。
日本は様々な事を誤解しています。
その70%は無知な偏見に基づいた意味の無いものです。
現実から来る対立は10%未満です。
その誤解を元に、世界の為と信じて戦っているのです」
「大体分かった。
彼等は全力で間違った判断をしていて、それが世界の為と信じているのだと」
「その通りです、卿。
ですから日本を正しく導いてやれば……」
「それ以上は結構だ。
彼等が間違ったのであり、我々が間違ったのではない。
それを正してやる義理は我々には無いのだ。
必要なのは、彼等の判断や行動原理を理解する事で、日本を矯正する事ではない」
チャーチルは、日本のインド侵攻が「無理を承知でやって来るもの」だと判断した。
そしてそれは全力で取り組んで来るだろう。
些か独善的な正義だが、インド独立を本気で支援もするだろう。
故に
(当初の予測以上にインドが危ないかもしれない)
そう悟った。
ヒトラーが考えるように、インドはイギリスの生命線である。
インド単体ではなく、インド洋も含めたあの地域が重要なのだ。
ナメてかからず、本気で防衛をしなければならない。
「スターリンと連絡を取れるか?」
チャーチルは外務省に問う。
「どうやら大英帝国といえど、東西でドイツ、日本と戦うのは困難だ。
甚だ不本意ではあるが、共産主義者の協力が必要である。
奴と話し合わねばなるまい。
奴等に与える餌についても、だな」
イギリスはソ連に接近する。
おまけ:
オックスフォード大学で心理学を専攻したとある情報部員がいた。
彼は日本についての情報で
「サツマは合理的、チョーシューは観念論」
という意見を聞く。
(何故だろう?
サツマという言葉に異常な恐怖を感じるのは……。
過去にサツマとはヨーロッパに出現して悪夢をまき散らす超常現象があったような……)
彼は同僚にその話をする。
話された彼女は呆れたように返した。
「そんな都市伝説は聞いた事もないわ。
モルダー、あなた疲れてるのよ」
 




