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艦隊決戦勝利後の戦略

復習:

総力戦研究所が昭和十六年六月に出した対英戦方針

・東南アジアを占領し、そこで持久戦に出た場合粘り勝ち、ビルマを越えて進撃した場合は敗北

・新合衆国と英国の連携を外交的に阻み、同国の島嶼を使わせない事が重要

・新合衆国が敵になった場合、先制攻撃でハワイの艦隊を潰し、西太平洋に潜水艦を進出させない


東南アジア解放について

・ソ連による共産化干渉があった場合、治安活動で反日感情増加、経済圏の混乱

・干渉が無かった場合でも、政治機構を整えて国として機能するまで最少数年、日本の支援が必要

・国とせず英国同様海外領とする場合、駐留兵力と治安職員の増員が必要


要は「対英戦は国庫に負担をかけまくる。

 もしやるなら、腰を据えて東南アジアの経営に専念する。

 東南アジアが独り立ちするまで我慢する。

 独り立ちするまで莫大な支援をせざるを得ないから、それ以上は戦線を拡大しない。

 そうすれば日本独自の経済圏が完成し、資源をイギリスに頼らずとも国が立ち行く。

 これが成ればイギリス他をアジアから完全に排除出来て、戦争には勝利出来るんじゃないかな。

 だが、色気出してビルマより西に行ったら負けるよ」

というものだったが……。

 マレー沖海戦でイギリス艦隊を完全撃破。

 マリアナ沖海戦で新合衆国艦隊の主力を撃破。

 開戦冒頭の二大海戦で雄敵を打ち破った事で、日本は大いに沸く。

 北米大陸が無くなりはしたが、いまだに新合衆国を米と称するのだが

「英米恐るるに足らず。

 このまま大日本帝国が主導し、東亜を白人から解放するのだ!」

 という威勢の良い声が各所で上がっていた。


 そして連合艦隊司令長官が、古賀峯一大将から南雲忠一大将に交代する。

 マリアナ沖海戦で、野戦部隊である第二艦隊は戦艦4隻を撃沈する大戦果を挙げた。

 戦艦5隻を沈めた第一艦隊は、連合艦隊司令長官が指揮官を兼任するのだが、何だかんだで正面から殴り合った結果、こちらも「陸奥」「伊勢」「日向」に損害を出していた。

 もっとも「日向」の場合は第五砲塔の筒内爆発事故による損傷なのだが。

 この被害の多さと、先のオランダ東インド艦隊による「扶桑」喪失、「山城」大破の責任を取って、古賀長官は勇退という形になる。

 そして第二艦隊司令長官であった南雲中将が大将に昇進し、連合艦隊司令長官となった。

 海軍としては、艦隊派の若手であった南雲が連合艦隊司令長官となったのは感無量であろう。


 その南雲連合艦隊司令長官は、英米蘭を撃破した「次」を考えなければならないという、難題を突き付けられる。


 作戦については基本的に軍令部が考えるのだが、現場指揮官としての意見も求められた。

 というのも、軍令部にしても「次はどうしようか?」と悩んでいる節があった。

 艦隊派の寵児である南雲の意見も聞いてみたい。


(そんな事を言われても困る)

 南雲はそう思ってしまう。

 世の中、戦闘指揮官は数多くいるが、戦争の大絵図(グランドデザイン)を描ける者はそう多くない。

 暗殺に斃れた山本五十六は、作戦にかなり博打的な事を言い出す癖があり、風見鶏的な部分もあったりと欠点も多かったが、数少ない戦争の全体像を見る事が出来る将帥だった。

 だからこそ

「アメリカ合衆国が消滅したのなら、過大な艦隊は不要だね。

 戦艦なんて旗艦用と現場指揮用の2隻あれば十分だ」

 なんて事を言えたのだ。

 アメリカ合衆国が無いなら、太平洋でわざわざ戦争をする必要は無い、それが見えていた。

 逆に言えば、艦隊の維持に拘った者たちはそれが見えていなかった。

 太平洋の覇権を争う相手が居ないのに艦隊は必要、艦隊を維持する為には敵が必要、敵は強大である程望ましい。

 平時ならある意味それは有りかもしれない。

 しかし、実際に戦争を起こしてしまった後、

「勝った後はどうしようか?」

 となるのがお粗末である。

 艦隊決戦に勝ったら相手は降伏するものだと思っていたのだから。


 こういう時に、彼等は総力戦研究所の研究結果を見直した。

 彼等は

「イギリスとの戦争は、インドまで攻めたら負ける」

 と結論を出している。

 そして日本の経済の為には南方の維持が必要。


「最早敵が居ない我が帝国においては、相当につまらん仕事ではあるが、蘭印や馬来からの資源輸送の護衛任務主体となるだろう」

 かねてからイギリスとの戦争は愚策であるという見解を持ち、海上輸送の重要性を説いていた大井篤大佐が聞いたら激怒した事だろう。

「つまらんとは何だ!」

 と。


「だが、完全に南方が安定したわけではない。

 まだ英国には豪州という地域が残っている。

 豪州にもそれなりの艦隊が残っている」

「ハワイにも敵残存艦隊が居るな。

 だが、ハワイまでは行けんだろう」

「となると、豪州を攻めるのか?」

「いや、それも無理だ。

 だが孤立させる事は出来る。

 ここだな」

 参謀の指はパプア・ニューギニア、ソロモン諸島を示した。

「既に蘭印は抑えた。

 このニューギニアとソロモンを抑えたら、英豪は完全に遮断出来る」


 海軍ではパプア・ニューギニア、ソロモン攻略の為、ポートモレスビーを攻めるMO作戦を立案し、次の戦争計画とした。


 一方陸軍は、香港とシンガポールの攻略に当たっている。

 イギリスもここを維持する為に必死である。

 必死とは言っても、イギリスは時間稼ぎ、消耗狙いで耐えているのだが。

 そして、孤立している香港は陥落の見込みだが、マレー方面は厳しい。

 インド人部隊が派遣されていて、兵力からいえば相当に多いのだ。

「この根本から断たないと際限が無いぞ」

 陸軍の中には、ビルマ、インドへの侵攻を考える者も出て来る。


「総力戦研究所では、インドに攻めたら負け、という結論が出ているが」

「あんな実戦も知らん連中の研究結果なんて、平時には良いかも知れんが、戦時には役に立たん。

 インドから送られて来る部隊にどう対処するのだ?

 耐え続けるのか?」

 総力戦研究所の研究結果ではそうなっている。

 インドまで攻めれば補給線が延び切る上に、物資が底を着いて敗北に至る。

 だからマレーやインドネシアを維持し、そこの物資を使う形で、際限なく押し寄せるインドからの来援を迎え討ち続ける。

 実際には適当な時期に停戦をしなければならない、という事だ。

「まあ、インドまでは兎も角、ビルマは攻略せんとならんだろう。

 馬来を陥落させた後は、ビルマ侵攻だな」

「妥当なところだ」


 そして陸軍の中でも、こちらはまた方針が異なる。

 支那派遣軍である。

 こちらは南方作戦とは別で、再蜂起した蔣介石と戦っている。

 相変わらずの荒れた黄河以南の土地で。

 彼等にしたら、目前の蔣介石を倒す事こそ重要事なのだ。

 その蒋介石への支援ルートがどこかにある。

 恐らくそれは雲南からビルマに抜けるルートであろう。

「蔣介石を屈服させるには、ビルマ侵攻が必要である」


 日本には戦争の大絵図(グランドデザイン)を描ける者が少ない。

 それ故、他国からそれを示された時に、反論出来ずに引きずられてしまう。

 具体的には、日本は戦争の終わらせ方にヒトラーの意見を取り入れた。

「イギリスを屈服させれば戦争はドイツ・日本同盟の勝利に終わる。

 イギリスの生命線はインドである。

 イギリスはインドの兵士や農作物に頼っている。

 また、中東からの物資も大型船はスエズ運河を通れない以上、アラビア海からインド洋を通り、アフリカを回って大西洋に出る輸送路を使っている。

 日本軍がインド洋の制海権を抑えてしまえば、イギリスは干上がる。

 ドイツは西から、日本は東からインドを攻めよう。

 そうする事で戦争は終わる」

 自分の意見が無い以上、これを正しいと考えてしまう。

 何より、学生・書生に限らず日本にはドイツシンパが多い。

 政略・戦略を哲学や文学、軍事でも戦術論と同様に信仰してはならない。

 にも関わらず

「流石はドイツの論理だ。

 筋が通っている。

 確かにインドを制すれば英国は屈するだろう」

 と信じ込んでしまった。


 そして、インドと言えば亜細亜主義者たちも「独立の為に手を差し伸べねばならない」と主張する。

 日本にはイギリスの弾圧から逃げて来たインド独立運動家が住んでいる。

 現在インドで闘争を行っている総統(ネタジ)スバス・チャンドラ・ボースとは別系同姓のラース・ビハーリー・ボースやバグワーン・シン、ヘーランバ・ラール・グプタ、アイヤッパン・ピッライ・マーダヴァン・ナーヤルといった運動家が日本に住んだり、そこで活動したりした。

 そんな彼等と繋がりがあったのが頭山満や大川周明であった。

 頭山満は今年、昭和十九年十月に死亡した為、ここでも大川周明がインド独立支援の音頭を取る。

 日本において、実際に接する事も無いインド人たちへの同情が増し、インド独立の為の気運が高まっていった。


 この日本国内の空気から、日本在住の運動家たちはチャンドラ・ボースに来日を要請する。

 チャンドラ・ボースは

「私は反ファシズムである。

 日本もまたファシズム国家である」

 としたが、一方で

「インド独立の為なら、どんな悪魔とでも手を組む。

 実際私はそうして来た。

 反英・独立が第一、反ファシズムは第二である。

 順番を間違えてはならない」

 とも言って、来日し東條総理と会談する。

 このボース来日も、背後でソ連が支援をしていたとされる。

 そしてボースは東條英機説得に成功した。


 東條英機は最初、ボースの事を高く評価していなかった。

 彼は戦線を縮小するのが仕事である。

 事ここに至りてイギリスとの戦争を起こしてしまったが、彼は天皇の

「速やかに戦争を終わらせよ」

 という意向をしっかり理解していた。

 まあ、理解出来たからと言って、止められる訳ではないのだが。

 東條はインドへの侵攻等余計な事だと考えていた。

 そんな無駄な作戦をすべきではない、と。

 しかし、ビハーリー・ボースやナーヤルたちが働きかけて、チャンドラ・ボースは東條との会談に成功する。

 チャンドラ・ボースの人柄と情熱に魅了された東條は、ボースの思想を戦争終了への方針として取り入れた。


 インドがある限り、イギリスは日本との戦争を止めない。

 だからインドを制圧しなければならない。

 だが日本にインドまで侵攻する力も、ましてやインドを支配する力は無い。

 だがインド人が自ら立ち、日本の味方としてインド独立を果たしてくれれば、戦争は終わる。

 インドだけではない。

 ボースの言うように、ビルマも馬来も蘭印も、親日な独立国であれば良いのだ。

 満州国のような。


 正直、東條英機に荷が重かっただろう。

 総理大臣兼陸軍大臣兼参謀総長という三職兼任なんて、彼にはこなし切れない。

 参謀総長としての仕事が中途半端な為、若手で威勢だけが良い参謀たちがイケイケな戦争方針を立てる。

 陸軍大臣としての仕事も中途半端な為、軍司令官人事がおざなりになり始めていた。

 そして総理大臣としての職務は手に余り、戦争の終わらせ方について、ついに独自の考えを出せずにボースの考えを良しとしてしまった。

 なお、東條は優れた実務家であるから、朝早くから夜遅くまで職務に精励し、書類仕事は滞らずに行っていた。

 実務(それ)国家戦略立案(これ)とは別物で、東條は後者においては多忙に過ぎて、無能と呼ばれても仕方がなくなっていた。


 こうして大本営における今後の戦争方針を決める話し合いが開かれた。

 南方で英豪遮断作戦を説く海軍に対し、

「馬来防衛の為にも英軍をインドまで追うべきである」

「蔣介石を支援する援蔣ルート遮断の為にも、ビルマからインドに侵攻すべきである」

「ドイツからの依頼でもあるから、インド洋方面に進出すべきである」

「大東亜共栄圏実現の為、インド独立を支援するのが戦争終結への道である」

 という意見が出て、海軍は押し切られてしまった。

 何か言おうにも

「海軍が始めた戦争だろ。

 海軍は終わらせ方を考えているのか?」

 と批難気味に聞かれ、答えられなかったのだから仕方が無い。


 こうして大本営の会議には参加出来ない松岡や岸信介、秋丸中佐らが聞けば

「総力戦研究所の研究結果は一体どこに行った?」

 と言いたくなる、インド方面への侵攻が国策として決まってしまった。


 東條英機は腹心・牟田口廉也を呼ぶ。

 そしてこのように告げた。

「インド独立の為の軍事作戦を考えている。

 君に作戦を立案して貰いたい。

 君はこの件に懐疑的だと聞いている。

 だからこそ君に頼みたいのだ」

亡き井上成美は

「海軍大将にも、一等大将もいれば三等大将もいる」

と言った。

一等大将として、山本権兵衛、加藤友三郎を挙げる。

山本権兵衛はロシア帝国との戦争において、日本の国力でも勝てる艦隊を整備した。

加藤友三郎は戦争無き時代に、アメリカとの制限無しの軍拡競争は国を亡ぼすと判断した。

両者とも「どうすれば良いのか」が見えていた。

この辺、単なる戦術巧者とは違うわけである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >実務それと国家戦略立案これとは別物 的確な指摘です! そもそも満州事変からして石原莞爾たちは日本世論の暴走と国際外交を含めた現実的なグランドデザインを建てれたのか? その点ソ連の戦略立…
[一言] もしかして有能牟田口さんが見られる・・・!?
[良い点] 東条英機が過去に戻る話で、統帥権干犯問題は東条が首相になってもついてまわったから、一代限りとして三職兼任をやったとあったんだけど、さすがの東条も三職は荷が重いか。
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