マリアナ沖海戦
【元アメリカ合衆国主要海軍提督情報】
チェスター・ニミッツ:1940年9月はワシントン滞在。そのまま消滅
ハズバンド・キンメル:戦闘艦隊巡洋艦群司令官(在ハワイ)
ウィリアム・ハルゼー:戦闘艦隊航空戦闘部隊司令官兼第2空母戦隊司令官(在ハワイ)
レイモンド・スプルーアンス:第10海軍区(カリブ海と西印度諸島)司令官(在プエルトリコ)
トーマス・キンケイド:イタリア大使館付海軍武官(在ローマ)
フランク・フレッチャー:戦闘艦隊第六巡洋艦部隊指揮官(在ハワイ)
「イギリス東洋艦隊を完全に撃破。
小沢機動部隊は帰還の途に着きました」
この報に海軍は大喜びする。
作戦行動中の敵艦隊を攻撃し、これを壊滅させるという離れ技をやってのけた。
それはそれで賞賛すべき事だが、何よりも
「1隻も失う事なく、イギリス艦隊を完全に無力化した」
という意義の方が大きい。
「これで漸減邀撃に専念出来る。
小沢には早く戻って来いと伝えよ。
補給を終えたら南洋に進出だ」
既に連合艦隊は作戦行動に入っている。
陸戦隊はグアムを攻略し、マリアナ諸島には航空隊が展開した。
水雷戦隊はミクロネシアやマーシャル諸島にまで進出している。
海軍も無謬ではない。
ナメてかかったウェーク島攻略戦で、駆逐艦だけの部隊が敵の僅かな戦闘機からの反撃で1隻撃沈、1隻大破という損害を受けたりもした。
先のマレー沖海戦での敵爆撃機見落としといい、少々油断が見られる。
一方、フィリピンのマッカーサー元帥は
「戦闘艦隊は早くフィリピンまで来航せよ」
と焦っていた。
彼の手持ちの海軍戦力はアジア艦隊のみ。
強力極まる日本海軍の前に、心許ないにも程がある。
「インドまで持久戦に持ち込めば勝てる」
と縦深を武器に出来るイギリスと違い、北米大陸を失った新合衆国はフィリピンを失ったら、あとは人口の少ないハワイとキューバだけになってしまう。
イギリスのような悠長な事は言っていられない。
ハワイの戦闘艦隊にしても、新しい戦略なんてものは無い。
本国の海軍省や海軍作戦部が消滅し、艦艇をイギリスに売って生計を立てようかという議論すら出た程、今後の事なんて考えられない状況に追い込まれていたのだ。
故に、艦隊も新型に更新される事なく、作戦もまた更新されていなかった。
彼等は何かあったら、改訂オレンジ計画に沿って行動する他に策が無い。
なけなしの物資を全て積み込み、真珠湾を出撃する為に準備を行っていた。
彼等にしても、フィリピンを失う訳にはいかないと考えていて、出撃準備中にマレー沖海戦の結果を聞くも、だからといって中止も出来ずにいた。
かくして戦艦12隻、空母4隻、巡洋艦14隻、駆逐艦68隻という戦闘艦隊が真珠湾を出撃した。
日本の漸減邀撃は、初手から破綻する。
最新鋭の四式陸上攻撃機(非公式ながら「銀河」と命名予定)ですら、戦闘艦隊の空母から発進したF2A戦闘機に撃墜されまくる。
旧式の一式陸上攻撃機、九六式陸上攻撃機なら猶更だ。
護衛に着いた二式水上戦闘機も、「対戦闘機戦闘なんか出来ん!」と言われる始末である。
新合衆国戦闘艦隊は、マーシャルやミクロネシアの防衛線をあっさり突破する。
続いて日本の潜水艦による雷撃が行われた。
だがこれも、護衛の駆逐艦何隻かを撃破するも、対潜警戒が厳な戦闘艦隊による逆襲を受け、逆に潜水艦の方が被害を出す。
明らかに与えた損害に対し、日本側の喪失が見合っていない。
旧式の軽巡洋艦と駆逐艦による夜襲は、そこそこの損害を与えられた。
だが、泊地にいる艦隊への夜襲と違い、夜間も行動中の艦隊へ仕掛けている為、思ったような戦果は挙げられていない。
何よりも、必殺の酸素魚雷こと九三式魚雷が暴発するのである。
この魚雷は推進器を回す燃料の酸化剤として純酸素を使う為、燃焼に不要な窒素を大量に排出する事で見える発泡軌跡を見せない。
その代わり、扱いは極めて慎重にしないとならず、それ故に何度も訓練は出来ていなかった。
整備員は「不発が起こってはならない」と信管を鋭敏にし過ぎ、それが高速航行で出る波によって命中前に暴発してしまったのだ。
更に、純酸素を使う故に長射程を実現したが、これへの過信も仇となる。
遠距離から魚雷を打っても、命中までに敵艦隊は不規則に回避運動を行い、魚雷の接近を知らないままかわしてしまっていた。
そうでなくても、遠距離になればなる程命中率は低下する。
魚雷の問題ではなく、運用ミスで利点を活かせずに夜襲も終わった。
連合艦隊司令部は焦り始める。
長年練って来た漸減邀撃が、実践するとあまり有効ではない。
自分たちの存在意義すら否定されたような感覚に陥る。
新合衆国戦闘艦隊は、主力艦は全くの無傷のままマリアナ諸島に迫りつつあった。
だがここで、合衆国艦隊もミスを犯す。
戦闘艦隊司令官リチャードソン大将は、主力はフィリピンに向けて直進させる一方、背後からの攻撃を防ぐ為に航空戦闘部隊司令官ハルゼー中将に命じて、マリアナ諸島の攻撃を命じた。
航空戦闘部隊に属する「エンタープライズ」「ヨークタウン」「サラトガ」「レキシントン」は切り離され、その護衛部隊と共にサイパン島やテニアン島の日本軍航空隊との戦いに向かった。
この戦闘が戦闘艦隊の誤算であった。
陸攻や水戦、飛行艇からの空襲を簡単に蹴散らし、気分良くなっていた合衆国艦隊空母部隊は、初めて離島守備ではない本格的な日本海軍の航空隊と戦闘となる。
しかも第一次世界大戦以来日本の委任統治領とされたマリアナ諸島には、多くの航空兵力が配置されている。
ハルゼー機動部隊は、優勢な日本海軍航空隊の前に大苦戦する。
「F2Aでは旧式過ぎたか……。
せめてF4FやF4Uを貰ってから本国が消滅していれば……」
グラマン社の新型艦上戦闘機F4Fは、当初アメリカ海軍の採用試験に落選し、改良型が1940年にイギリス海軍向けに輸出されていた。
その結果を受け、採用に向けた追試が行われ、採用の見通しであった。
「グラマン鉄工所」等と言われる堅牢な造りと、4丁の12.7mm機関銃による攻撃力に期待されていたが、採用前に1940年9月11日の大異変を迎えてしまう。
何度か名前が変わるが、1940年当時はヴォート・シコースキー社といったメーカーが開発したXF4U-1は、二千馬力エンジンを搭載した高速戦闘機であった。
初飛行は1940年5月29日に行われ、その高速さを試験中にも発揮していた。
しかしこの機体も、北米大陸消滅と共に消えて無くなった。
現在新合衆国戦闘艦隊は、1939年4月から運用しているF2A戦闘機を使っている。
イギリス海軍から、輸出したマートレット戦闘機こと先行量産型F4Fも使用しているが、数は少ない。
F2Aでは零戦には全く歯が立たないのだ。
艦載機の消耗が大きくなり過ぎた為、ハルゼーは攻撃を打ち切って撤退する。
ハルゼーの判断は、空母部隊には幸運と言えた。
しかし、ハルゼー艦隊を切り離した艦隊主力には不運な事であっただろう。
この時、パラオに居た連合艦隊に、まだ第一航空艦隊は合流出来ていない。
補給の為に本国に戻り、まだ到着していなかった。
この状態で、ハルゼー機動部隊が航空攻撃を掛けていたなら、連合艦隊は空母艦載機による防空の傘が無い為、大損害を受けていたことだろう。
ハルゼーは空母で敵艦隊を撃破する自信を持っていたし、訓練ではその実績もある。
しかしマリアナ諸島の陸上基地攻撃で思わぬ痛手を受けてしまい、彼も補充の為に一旦ハワイに戻らざるを得なかった。
こうしてマリアナ諸島西方、フィリピン海東方で両軍は、空母無しでの海戦となる。
世に言うマリアナ沖海戦である。
日本海軍連合艦隊は
第一艦隊:大和、武蔵、長門、陸奥、伊勢、日向
第二艦隊:金剛、榛名、霧島、比叡
という戦艦10隻。
対する新合衆国戦闘艦隊は
Division1:ペンシルバニア、アリゾナ、ネヴァダ
Division2:テネシー、カリフォルニア、オクラホマ
Division3:ニューメキシコ、ミシシッピ、アイダホ
Division4:コロラド、メリーランド、ウェストバージニア
という戦艦12隻であった。
両軍は巡洋艦から発進した偵察機がほぼ同時にお互いを発見し、殴り合いの為に接近する。
近くに島も見えない、完全な遠洋で両艦隊は、水平線の向こうに居て見えない敵に対し攻撃を始める。
弾着観測機が、味方の砲撃を修正すべく敵艦隊上空を飛行する。
ポスト第一次世界大戦型戦艦同士の決戦で、勝敗を分けたのがこの弾着観測機による空戦であったのは意外な事だろう。
日本海軍の弾着観測機である零式観測機は、フロート付きの複葉機ながら、極めて高い格闘戦能力を有していた。
水上戦闘機としての使用も想定していたとされる。
同種の新合衆国軍OS2Uキングフィッシャー観測機は、日本だけでなくイギリスやドイツの観測機と比較しても低性能であった。
艦隊上空では、敵の弾着観測機を味方の水上機が追い払う戦闘が繰り広げられる。
OS2Uキングフィッシャーは零式観測機に歯が立たない。
日本艦隊上空には敵機が無く、新合衆国艦隊上空では対空砲火をかいくぐって零式観測機が砲撃誤差修正の報告を入れ続けていた。
散々訓練しまくっていたが、日本海軍の遠距離砲撃での命中率は新合衆国艦隊のそれと比べ、誤差程度にしか上では無かった。
故に着弾観測が有ると無いとでは、砲撃戦の精度が大きく異なって来る。
(ハルゼーは何をやっておるか!)
リチャードソン大将は自ら分離を命じた事を棚に上げて、空母部隊の不在を呪った。
如何に優秀な観測機とはいえ、本物の戦闘機の前には撃墜されていただろう。
更に新合衆国軍は、日本の新型戦艦の主砲を16インチ砲だと錯覚していた。
だから、こちらの砲撃が当たらないと見た時点で、速力と引き換えに得た防御力を頼み、日本艦隊に接近戦を挑もうとする。
日本海軍の戦艦は、ベースが元々イギリスが設計した巡洋戦艦「金剛」型で、その長い艦形から速度はあるがその分防御力には難があるとされていた。
それに引き換え、アメリカ海軍が造った戦艦は、ワンランク上の主砲に耐えられるものなのだから。
そしてついに、日本海軍の九四式四〇サンチ砲が命中する。
この四〇サンチ砲は、実際には46センチ砲なのだ。
2ランク上の攻撃を受け、新合衆国の戦艦が大破する。
一撃でこうなる等、想定外であった。
「大和」と「武蔵」の合計18門の46センチ砲が命中し出し、轟沈する戦艦も出るのを見て
(誤った!)
とリチャードソン大将は悔やむ。
こうなると鈍足の新合衆国の戦艦は逃げられない。
上空の弾着観測でどんどん命中弾を出して来る日本艦隊。
「長門」と「陸奥」の正真正銘の41センチ砲も命中弾を出している。
「全艦隊離脱せよ。
各艦長の判断で進路を取るべし。
戦争の為には生き残る事を最優先とする。
全責任は私にある。
各艦、生きて戦い抜け。
神の祝福あれ」
リチャードソン大将は最後にそのような指令を出した。
やがて旗艦「ウェストバージニア」にも「大和」の砲弾が命中し、リチャードソン大将は重傷を負ってしまう。
追撃戦となり、日本の夜戦特化重巡洋艦部隊が傷ついた戦艦を雷撃して大戦果を挙げる。
それでも「各艦長の判断で逃げよ」という命令の為、相当数の巡洋艦、駆逐艦は脱出に成功。
フィリピンまでたどり着くもの、ハワイに帰還するものとに分かれる。
フィリピンに行った艦艇は、マッカーサー元帥の指揮下に入った。
マッカーサーは敗戦に衝撃を受けていたが、それでも戦いを止める気はない。
一方、ハワイに帰還しようとした艦艇は、途中でハルゼー艦隊と合流する。
ハルゼーもまた
「ジャップめ!
俺がそう簡単に諦めると思ったら大間違いだ。
この復讐は絶対にしてやるぞ!」
と戦意を燃え上がらせていた。
マリアナ沖海戦は日本の大勝利に終わる。
だが新合衆国はまだ降伏しない。
参考
零式観測機:速度 370km/h、航続距離 1,070km、武装 7.7mm×2(前)、7.7mm×1(後)
OS2U-3:速度 270km/h、航続距離 1,634km、武装 7.7mm×2(前)、7.7mm×2(後)
採用前の試験で、零式観測機は九六艦戦と互角の格闘性能であったとされる。




