第二話
村に帰ろう。
いや、帰るわけじゃない、初めて行く場所だ。
記憶が混濁して自分の記憶かヴァルドの記憶か一瞬わからなくなってしまうな。
一応、服や装備はヴァルドの物をそのまま借りて行こう。
手ぶらの全裸で森を歩くわけにはいかないもんな。
それにしてもシルヴィアになんて説明していいものか……。
ヴァルドは俺を助けたせいで死にましたって言うのか?
はぁ……。
今から気が重いな。
まあでもきちんと説明しないといけない。
そうそう、ヴァルドは熊を倒して村に持ち帰る予定だったんだ。
熊も奪取できるのかな。
ためしに小さい方の熊に触れてみるか。
熊に触れると熊の体が光になって俺の中に流れ込んできた。
熊も奪取することができるようだな。
変身も各形態に任意で切り替えられることが分かった。
ずっとオークのままだったら嫌だなと思っていたからよかったな。
俺は大きい方の熊を引きずりながら村に向かった。
道中で斧を振り回したりしてみたがこの体はすごい。
腕力が元の体と比べ物にならないし斧の扱いもこの体が覚えている。
歴戦の戦いもこの体に染み込んでいるんだ。
それに加えて俺の前の世界での知識があるから結構強そうだな。
しばらく歩くと見慣れた村が見えてきた。
いや、来るのは初めてか。
どうにもこの感覚が慣れないもんだ。
さて、よそ者の俺が村に近づいても警戒されないもんかな。
「おーい、ヴァルド! とうとうやったな!」
「でけえ熊だなおい! お前ならやると思ってたぜ!」
村の入口付近にいたオークが声をかけてきた。
こいつらはヴァビルグとヴァリガ。
どうやら俺をヴァルドと勘違いしているみたいだ。
まあ、服も装備もヴァルドの物だし見た目もヴァルド似てしまってるのかもしれない。
きっとシルヴィアに合えば俺がヴァルドではない事はすぐにばれてしまうだろう。
ヴァルドの最後を告げて俺はすぐにここを去るべきかもしれないな。
ここは適当にごまかしてシルヴィアのところに向かおう……。
「ああ、そうだな。ありがとう」
「おいおい、なんだよ。全然嬉しそうじゃねーな」
「いや、疲れてるんだろう。相当な死闘を繰り広げたと見た」
「ああそういうことか。まあ、早く帰ってシルヴィアに報告して来いよ」
「……ああ、ちょっと疲れてしまってな。また今度詳しく話すよ」
「おう!」
「じゃあな!」
ふう、何とかごまかせたかな……?
とりあえず真っ直ぐ家に向かいたいところだな。
俺の家はこの家を曲がって真っ直ぐいったところ――
――ドドドドドドド!ドッ!
角を曲がったところで勢いよく雌豚が走ってきた。
「ヴァァァァルゥドォォォ! おかえりなさい! アナタならやると信じてたわ!」
雌豚は俺の事をヴァルドだと思っているようで勢いよく抱き着いてくる。
想像以上に重厚なボディに鋭い獣臭。
だが……、悪くない!!
俺は思わずシルヴィアを強く抱きしめてしまった。
ガッチリと固い体で女を感じる要素はゼロ。
だがヴァルドの体と記憶が俺の心の底の何かを刺激している。
いや、もはや俺は発情していると言っても過言ではない。
「アナタ、熊を倒したらアタシを抱かせてくれって言ってくれたわよね。そんなことしなくてもアタシはヴァルドの物なのに……。ポツ」
や、やばいぞ……。
大変なことになった。
この雌豚は俺がヴァルドじゃないって全然気が付いてないぞ。
今からでも間に合う、ヴァルドは俺を守って死んだと告げなくては。
「その前に言――」
「――さあ、さっそくこの熊を料理して精をつけるわよ。今夜は寝かさないんだから!」
スタコラサッサのドドドドド!
雌豚は俺の話も聞かずに熊をひょいっと担ぎ上げて家に走り去ってしまった。
まずいぞ、言うタイミングを逃した。
すぐに追いかけて家に転がり込む。
だが雌豚はさっそく包丁を振り回して手際よく熊を解体してる。
今告げるとこの流れで俺が解体されかねないぞ……!!
も、もう少し様子をみてから告げるとしよう……。
そうこうしているうちにあっという間に熊料理が食卓に並ぶ。
やばい、旨そうだ。
じゃなかった、やばい、どうしよう。
早く言わないと。
ヴァルドは俺を守って死んだ。
よし、言うぞ。
ヴァルドは俺を守って死んだ。
早く言わないと!
「さあ、食べましょう! どれも自信作よ!」
「ああ、頂こう」
「「いただきます!」」
まずは熊のスープだ、熊の臭みは多少感じられるがそれに勝る旨味の猛攻、美味いぞ!
お次は熊のステーキ、シンプルに焼いてオリジナルのソースがかけられている。
うむ、これも野生の力強さをもろに感じるワイルドな肉にそれを殺さず生かすような絶妙なソース。
美味い!!
いやいや、違う違う!!
飯食ってる場合じゃないんだよ。
早く言わないと!
「今日の味付けは大成功ね! おかわりも沢山あるからどんどん食べてね!」
「ああ、どれも美味しい。おかわりをくれ」
「あら、よかったわ! 暗い顔してたからお口に合わなかったかと思ったわ!」
「いや、すまない、そんなんじゃないんだ。気にしないでくれ」
おいおい、なにおかわりしちゃってんの俺!
どんどん食が進んじゃうよ俺!
まるで俺が俺じゃないみたいだ!
ん?
いやこれはたぶんヴァルドの記憶と習慣のせいで……。
そうか、俺はもう半分ヴァルドみたいなもんなのか。
いやむしろ俺はヴァルドなんじゃないだろうか。
ヴァルドは俺で俺はヴァルド。
それにこんなに幸せそうなシルヴィアに誰があなたの最愛の夫は死にましたなんて伝えられるよ。
そうだ、ヴァルドもきっと俺がシルヴィアを幸せにしてほしいと願ってるんじゃないだろうか。
きっとそうに違いない!
ヴァルドよ、俺がお前の代わりにシルヴィアを幸せに幸せにしてやる。
今日から俺はヴァルドになるんだ!