開拓(5)
『いやー、すまぬすまぬ。よい風呂であったぞ』
短く整えた金髪をタオルで拭きながら、上機嫌のソフィアが風呂場から戻って来た。
風呂場とシャワーは住居に備え付けてあったものだ。
生活用水や飲み水、食料品に関する心配をしなくていい時点で、このゲームは最初からプレイヤーに有利すぎると言えなくもない──と、シャルロット義姉様なら言いそうだ。
ソフィアは異世界から買い付けたらしい缶入りの酒を一気飲みし、
『くぁーっ、たまらぬ!』
口の周りについた泡を手の甲で拭った。
缶を潰してくずかごに入れ、じゅうたんの上にどっかりと座り込む。
「改めまして──お久しぶりです、ソフィア様」
『んむ。急にお邪魔してしもうて済まんかったのぅ。話を聞く限り、遊びに行くのは早いかと思うたんじゃが……わしは思いついたら実行せずにおれぬ性格なのでな。おあつらえ向きに嵐も吹いておったし』
嵐に邪魔されて動けなくなるどころか、ソフィアにとっては嵐とは万能のエネルギー源にも等しいのだという。
嵐の力を利用すれば、彼女の稲妻は巨大な山を貫くんだとか。
『ルーチェ殿の力なら扱えるだろう。教えて進ぜるゆえ楽しみにしておくとよい』
「ありがとうございます! ソフィア様、何日か泊まられるでしょう?」
『うむ。新しい事業も軌道に乗ったし、またヒマになったところよ。わしにも何か手助けできることがあるかのぅ』
「会っていただきたい人が……先ほどの魔法の件で」
ルーチェに目配せされたイーディスは、昨日届いたばかりの手紙を『風使い』に見せた。
例によって魔法で届けられたもので、差出人はレメディとニティカである。
無事に(?)ローゼンハイム公国の王宮を追放されたとかで、今は就職先を探しているという。
"イーディスちゃんなんとかしてくれお~"と、どう見ても真剣に悩んでいる様子のないレメディの漫画的な自画像が描かれていた。
短い手紙をすぐに読み終えたソフィアは、『なるほどのぅ』と八重歯を見せて微笑んだ。
『一体どうするつもりなんじゃ?』
「もう一つのイベントの動き次第なんですけど……魔法とかスキルのお店みたいなのが造れないかなって、ずっと考えてて」
ルーチェの以前からの思いつきは、"スキル・コレクター"との出会いや"与える"スキルの存在を知ったことで、彼女にとってかなりの現実味を帯びて来つつあるようだった。
なかなかの金額がかかりそうな予感がしていて、言い出しにくかった、とのことである。
『ふむ……"スキル・コレクター"とやらを雇う資金、"与える"者との相談、店を構えるためのあれこれ……ざっと思いつくだけでも、かなりの額がかかりそうじゃのぅ』
「無理ですかね……」
イーディスは、彼女なりに義妹の計画している事業について考えてみた。
お金さえあればできる類の事業ではないから、ここでコルテンフォルレからの小遣いの残りがあることを持ち出しても仕方ない。
『いや、仕方なくはないじゃろ。とりあえず"スキル・コレクター"を雇うことはできそうじゃ』
必要なのは非常に特殊な人材、そして土地・建物だ、とソフィアも腕を組んだ。
土地問題はこれから開拓して行けば解決できなくはない。
建物もしっかり素材を集めて"将軍の腕"を応用すれば独力でも何とかなる。
最大の問題となるのはやはり、計画の要ともなる"与える"スキルである。
『青水晶の地下塔』の探索に参加しなかったため、たとえその結果スィルヴァ殿下が目覚めたとしても、相談を直接、彼女に持ち掛けられるかどうかわからない。
かの王女殿下がその唯一無二のスキルのために、あちこちから引っ張りだこになるだろうことは、誰にでも想像がつこうというものだ。
『その計画、わしが預かるというのはどうじゃろうな?』
暫く黙って長考していたソフィアが言う。
「ソフィア様にですか?」
『うむ。二人はこの島の開拓に集中するが良かろう。その間に、わしが事業の準備を代わって行う。ジェダ殿とか古い知り合いとの人間関係を、わしも保っておるのでな。ここはこのソフィアを信頼して、任せてはもらえんものかのぅ?』
二人がどういう返事をするかを既に確信しているかのように、『風使い』ソフィアが大いに胸を叩いてみせた。
2021/2/19更新。
2021/2/20更新。