開拓(4)
夜遅くまでかけて、様々な物品の製作と整理に没頭した。
翌日、その最も大きな成果を、イーディスは自慢の怪力で島の間近の海に浮かべた。
荷物や獲得した素材を入れておくための、船型の倉庫である。
わずか一晩で建造物らしきものを作れた効率の良さには、当然に理由がある。
彼女のスキル"将軍の腕"のチートな応用方法を見つけた者が居たのだ。
言うまでもなく、ルーチェである。
イーディスは義妹の言う通りに、『これは武具である』と考えながら、鋸や金槌、小刀を振るった。
そうすると、剣や斧や槍を操るのと同じように、数々の道具がしっくりと手に馴染むのが分かった。
どの道具をどこで用い、どういう形に仕上げるのが良いかがすべて分かったのだ。
大工仕事の経験などないのに、まるで熟達した職工のように、思った通りの物品を作り出す事が出来た。
ここに来て初めて自分のスキルの有用さを発見できたことは、もと姫騎士にとっても望外の喜びであった。
三日目からは、より作業の効率を上げるべく幻影魔法も応用した。
叩き割る素材や切り倒す木材を、巨大で鈍重な魔物のごとく見立てたのだ。
イーディスは幻影の中で、大きなドラゴンや巨人を叩きのめしてゆくだけでよかった。
すると、彼女が進む道の後ろには、見事な形に切り出された石材や木材が残る──という寸法である。
嵐の間の休息時間を利用しては火薬や投網、高い木に登るためのはしごを作り上げた。
二人での作業はまるで遊びだった、アイディアが次々と湧き出し、彼女たちの開拓ゲームを助ける道具に変わって行った。
そうして開拓に有利な条件が少しずつ整い始めると、厄介なのは一日に三度の嵐だという話になって来る。
幸い、クヴェトゥーシュは、嵐を起こす龍の倒し方を指定してこなかった。
戦うのが面倒だったら話し合いでもすればいいんだ、というところまでは姉妹で決めてある。
「ずっと気になってたんだけどさ」
「なに?」
昼の嵐の間に風呂を浴びようということになり、一緒に湯船に浸かっていると、ルーチェが考え考え訊いて来た。
「お姉ちゃんの右手の甲のやつ。それ刺青なの?」
「友達が描いてくれたの。刺青とは少し違うみたいなんだけど……」
調べてみたいと義妹が言うので、風呂からあがってすぐに着替えを終え、『グラシェ・デパート』で買い込んだ大量の書籍を全て引っ張り出した。
三百万ゴルトもの大金をつぎ込んだ知識の宝庫である。
その中のたった一冊、たった一項目を見つけた時、ルーチェは大はしゃぎした。
「これっ!! これだよお姉ちゃん!!」
古代の半龍族が用いていた魔法や紋章について詳細に書かれた、ものすごい厚さの辞典。
その中のたった一つの項目に、イーディスの手の甲に描かれた紋章の正体が記されていた。
龍の王国の主、あるいはその眷属・家族・友人知人であることを示すものだった。
一体どういう冒険の道をたどると想定されていたものか、想像もつかないけれど。
ソフィアは龍族や半龍人とのトラブルが起きた時に備えて、イーディスが敵意を持っていないことを彼らに示す"友好"の印を描いてくれていたのだ。
旅の最初に戦った黒龍はもしかすると、この紋章を目にしたからこそ、ルーチェを自分に預けてくれたのかも知れない、とイーディスは思う。
もうずっと前から、年上の友は──かの『風使い』は、はるか遠い旅路を行く自分を守ってくれていたに違いない。
イーディスは改めて、ルーチェにソフィアの話をした。
「会ってみたいな」
「そのうち会えると思うよ」
ソフィアのことだ。
たとえば先ほど通った一陣の風に命じて、そっと自分達の話を聞かせていてもおかしくない。
またあの大きな大きな帆船を空に滑らせて、平気な顔して遊びに来てくれるような気がしてならない。
『おーーい!』
そう、こんなふうに嵐にも構わずに──って、ええええ!?
『おーい! 遊びに来たぞーい!』
間違いない。嵐を切り裂いて、彼女の声が聞こえてくる。
悠然たる、龍の翼の音と共に。
『陣中見舞いじゃぞーー! 扉を開けておくれーー!!』
義姉妹は顔を見合わせてから、お互いの頬を引っ張り合った。
2021/2/18更新。