開拓(2)
「確認したき事項はおありだろうか?」
クヴェトゥーシュが紫の瞳を楽しそうに細めて微笑む。
好奇心に勝てず、ルーチェが話を切り出す。
「まず、恋人ってどなたのことですか」
「ティラミスに御座る」
クヴェットは平気で言ってのけたものである。
かつて何度も戦い、その中で叶わぬ恋をした好敵手の孫娘で、今は実に良き関係を築く事が出来ているのだと短く説明もしてくれた。
魔族たちの恋愛は自由奔放であり、一方で過激なほど情熱的で愛情深くもある。
「なりふり構わず愛情を求め続ける強欲さが、確かに私にも脈々と滾っていた。今思えば、あの子もよくぞ私の心を受け取ってくれたものである──すげなく断られても当然であったものをな」
クヴェットは大いに苦笑するが、イーディス達には単なるお惚気にしか聞こえなかった。
惚気ついでにと詳しく聞いたところ、百二十年ほど前にこの地で異世界の勇者と激闘を繰り広げた魔王というのが、誰あろう眼前のクヴェットであることを明かしてくれた。
大層な癇癪持ちだった彼女の危険で過激な遊びの相手を、異世界から現れた勇者パーシヴァルが引き受けてくれたそうだ。
「私が『覇龍族』の力と本能を持て余して暴れても、あの男は決して咎めなかった。一族は皆、感情と力をコントロールする術を持っていたのに、私ときたらその努力さえしなかった。彼に頼っていた、甘えていた」
当時の南大陸における列強の一国を継承するべき立場だった彼女は、あまりの気性の激しさのために、王位継承権を放棄せざるを得なかった。
彼女の忠実な家臣であった小人族達やわずかな魔導師、そして玩具の軍勢を引き連れて、未開の地であったこの島へとやって来た。
国を体よく追放された後もクヴェトゥーシュの激しさは一向に変わらず、戦う相手を求めて豊かだった島を荒らし回り、荒廃させてしまった。
「私は当然に、駄目な君主であった。それはそれは厭な女であったろうと今でも赤面してしまう」
可憐な美貌とは裏腹の暴れん坊の姫君に困り果てた家臣の一人が、近い位置にある異世界から強き勇者を召喚した。
その男こそは放浪の魔法剣士パーシヴァルであった。
「奴との戦いは愉しかった……幾らでも暴れられた。私の能力と暴力を、堂々と受け止めてくれたのである。まあ予想はつくと思うがその通り、何度も戦ってるうちにな、奴のことも欲しくてたまらなくなってしまってな。我ながらつくづく呆れる」
遊び友達を困らせてまで愛情を手にしたかったわけではないと言い訳がましく言い、クヴェットは微笑む。
彼に生涯を賭けて愛する者が現れたのととほぼ同時に戦いをやめ、力と肉体とを放棄して、豊穣王の娘に叩き起こされるまで眠っていたのだと語って、昔話を締めくくった。
「で、本題である。私はご両人を招くべく、自らの手で荒らしてしまった当時の島を魔法で再現した。この館を一歩でも出れば、当時の島の狂騒を見ることとなろう。勇者たるお二人には荒れ狂う島を、海を、山を、河を叩き伏せ、洞窟を制覇し……この地を見事、治める課題に挑んでもらいたいという訳である」
なるほど、『魔王』らしい挑戦状である。
ラスボス扱いされたり勇者と呼ばれたり、我ながら随分と忙しいことだと思わなくもない。
だが、ルーチェはクヴェトゥーシュの話を聞くにつれ、深く蒼い『邪眼』をキラキラと輝かせている。
それを見ていたイーディスには、この無茶な挑戦を受け入れない理由など存在しない。
「……このゲーム、友人知人の力を借りることはできますか?」
「可能と致す。冒険者諸氏にはよき経験ともなろうし」
「期間はどれほどでしょうか」
「もちろん無期限である。中断して他の島にバカンスに行こうが百年放置しようが構わぬ。私みずからが用意したアトラクションを心の底から楽しく遊んでもらえれば本望なのである」
宣言に偽りがないことを文に残そうかとも言ったが、そこまでしてもらわなくてもクヴェトゥーシュを信頼するに何のためらいも感じなかった。
全ての疑問を解消したイーディスは、楽しい開拓ゲームへの挑戦を快諾したのだった。
2021/2/17更新。