そして彼らは来た(5)
微笑みを崩さずに状況を見守っていたレンは、『金暁騎士団』との協力で行う試験に同席して欲しいとイーディスに依頼した。
昼食後から夕食前までの、わずかと言える時間だった。
そのわずかな間に、迅速で丁寧で、そして何より正確な試験が行われた。
『金暁騎士団』の冒険者たちは改めて自分のスキルの長所と短所を把握し、大きな負担が避けられないと判断した者は、その場でスキルをレンに譲り渡した。
だが、"スキル・コレクター"にとっての大きな欠落を補い得るスキルを持つ者は、百余人の優秀な冒険者の中にも存在しなかった。
「見つからないもんだなぁー」
試験が終わった後。
自分の世界から持ち込んだ緑色のお茶を喫しながら、ユズリハが小さくため息をつく。
彼女は異世界からの転生者であり、当然、『邪眼』を持たない。
人柄の良さと絶対的な防御・回避のスキルを見込まれて、"スキル・コレクター"にスカウトされた一人だ。
「やっぱ、ユズの世界で言うなら、超レアってところなんだろうなぁ」
「とても貴重ってことかな。確か異世界の遊びの……」
「お、イーディスさんは詳しいんだね。ユズの世界に『ガチャ』っていう玩具があって、出てくる景品の珍しさに順位みたいなのがあるの」
「なるほど。こっちの世界でも売れるかな」
「やー、アレはやめた方がいいよ。破産する人がいっぱいになっちゃったら、ユズは責任持てないもん」
ユズリハはその『ガチャ』で破産した若い両親に施設へ預けられ、そこでの生活があまりにつまらないので、六歳のときに『異世界渡航局』に駆け込んだ。
もとの世界と縁がなく、それでいてしっかり人生を楽しめる世界として、少ない金額で選べたのがイーディス達の世界だったと言う訳。
彼女としては望外の知力とスキルを手に入れる事が出来たそうだ。
どの世界でもお堅い役所として有名な『異世界渡航局』にしては奮発したようである。
「不思議だよねー、『渡航局』を通して手続きすれば、スキルを選べるのに」
「役に立つスキルほど値段も高いからじゃないかな。スキルを他人に付与するなんて、一番すごいスキルじゃん」
この場でユズリハから買い取った茶を喫して、ルーチェが言う。
ちょうど良い湯加減のほんのり甘いお茶と菓子が、食いしん坊を上機嫌にさせている。
「他の三人が言うにはね、誰かに怒ったり誰かを憎んだりして……それでスキルを手に入れたから、だから奪い取ることしかできないんだろうって」
「うーん、その考え方だと……すごく心が広い人じゃないとダメってことになんない? ルーチェは難しいと思うなァ」
「だよね……やっぱり、ないものねだりなのかなぁ」
あるいは、スキルなんてどうでもいいと思っている人。
あるいは、普通に生きていても"与える"ことに抵抗がない人。
あるいは、あり得ないほど純粋な心の持ち主。
そういう稀有な人物にこそ、"スキル・コレクター"が求めるスキルが宿るのではないか──という考えで、三人は一致した。
「早く探さなきゃ。じゃなきゃユズ達、いつまで経っても後ろめたいまま。悪いことしてるんじゃないのに……そんなの嫌だよぅ」
「“与える”ことができる人も、どこかにいるよ。この世界だって広いんだから」
「うん……」
「ユズリハ、また、考えごと?」
大量の料理を載せた盆を両手に抱えたシャトゥ・ハーンが、上機嫌でイーディス達が座っているテーブル席にやって来た。
「……ハーン、それ全部食べるの?」
ユズリハが小さく微笑んで問いかける。
「ハーン、居るだけで腹、減る。ユズリハ、も、食べる?」
「うん!」
ユズリハは明るく頷いて、石の戦士の力強い膝に乗っかった。
分け合って美味しい料理を食べる様子は、歳の離れた兄妹のようである。
補い合って旅を続けて来たことが、それを見ただけでもよく分かる。
「ハーン、気になったんだけど」
「何でも聞け、ルーチェ」
「あなたは、すごく古い人よね? "与えることができる"人には一人も出会えなかったの?」
「昔……ハーンのあるじ、王。いた。王の御子……"与える"人、だった」
ハーンにしては珍しく、言いよどんだ。
"スキル・コレクター"にも話していない、石の戦士の秘密だったに違いない。
ユズリハが驚きのために、黒い瞳を見開いている。
2021/2/13更新。