そして彼らは来た(3)
「石の戦士、シャトゥ・ハーン。いざ」
ハーンが背中の鞘から大剣を抜き放ち、力強く打ち付ける。
いくつも積み上げた火薬が一気に爆裂したみたいな、凄まじい轟音と威力。逃げるしかない。
言語が全く異なることや周囲を圧倒するような雰囲気から『魔人族』かと推測していたが、違うようだ。
「ハーンの身体、石。彫り直して、もらった。これイーディスの、肉体。違う?」
「うん。大事にしてね」
「気に、入ってる。大事に、使う」
言葉の割に、肉体に対する気づかいと言うか制限が全く感じられないのは、イーディスの思い過ごしだろうか。
さすがに魔剣や身体強化魔法の助けがなければ、床を叩き割るなんてできないのだけれど。
「ハーンの身体、すごく、堅い石。自分の力では、壊れない」
「何それ超うらやましい!」
以前のイーディスは満月の夜にだけ全力を出せるよう、感情と身体をコントロールする術を身につけていた。
そうしないと内部からの負荷であっという間に身体が壊れてシエルを守れない、という危機感があった。
あとさき考えなくてよければ、勝つべき時に勝てたのかも知れないけれど。
一方、シャトゥ・ハーンの身体はおそらく、特別に堅い岩石だ。
本人の言葉どおり、内部からの力では壊れないようになっている。
先ほどから隙を縫うように攻撃を仕掛けているのだけど、全部見切られている上に反撃も凄まじい威力。
加えて相手は無限の体力と腕力を持っている。
アリスと違って、感情の乱れもない。一切の隙を見せない、戦うために作り出された戦士だ。
先ほどの戦いでまともに浴びた『暗黒』の魔力が、今さらながら心に効いてきた。
ああーこれ勝てねぇなー、と思ってしまった。
「イーディス勝てない、思った」
「分かるの?」
「ハーン分かる。イーディス降参させる。賞品、総取り。ラッキー!」
"ラッキー"という概念が、この戦士にあったことがまず驚きだ。
ただでは負けん、と気力を見せたいところだが……どうにも気力が戻らない。
こういう場面になると、騎士らしさを手放したことが正しくなかったのではないかと思えてしまう。
「わたし、ダメだな……」
「イーディスの道、イーディス選ぶ。正しい、正しくない、は、ない」
「負けを選んでも?」
「ハーン喜ぶ。戦わず勝つ。ラッキー!」
「なら、わたしの全力を一度だけ受けて。その大剣を壊せなかったら、イーディスの負け」
「わかった」
石の戦士は圧倒的に優位な攻勢を中断し、異空間の中央へと静かに歩いた。
浴びるように打撃を負いながら、どうにか逃げ続けていたイーディスも。
「いつでも、来い」
「……いざ!!!」
城を揺るがす声で折れかけた心を鼓舞し、もと姫騎士が駆ける。
跳躍し、全体重と筋力を載せて、魔剣で激しく襲撃する。
大きく腕を振って斬りつけた側と、大剣と腕で以って堂々と受け止めた側の明暗は、すぐに知れた。
以前の自分の顔が眼前にある。
笑っている。
それは敗者に対する嘲笑ではない、とイーディスには分かる。
シャトゥ・ハーンは戦士。
叙勲など受けていなくても、『邪眼』の子ども達を守って来た立派な騎士だ。
負けた者を笑う心など、欠片も持っていないだろう。
「楽しかった?」
「うん。ありがとう、シャトゥ・ハーン」
イーディスは深くため息をつくと、誇り高き戦士に一礼して、魔剣を鞘へ納めた。
自ら提案した賭けの方法と結果を反故にする訳にはいかなかった。
声もあげずに戦いを見守ってくれた三人のもとへ戻り、深く頭を下げる。
「ごめん、ニティカ。やっぱり負けちゃった」
ニティカは微笑みを崩さない。
「価値のある敗北と言うのも、あると思います。イーディスには悪いけど」
「もうちょっと楽しい戦いを見せたかったなって。カッコよくなかったなって思って」
勝つのは難しいぞ、とジェダには言われていた。だからこそ彼らに決闘を持ち掛けたのだと。
存分に戦い、そして価値のある敗北を選び、それを悔いるなと。
当然、負けるつもりで挑んではいなかった。
結果はこれで良い。
両者が無理をして体を壊したのでは意味もない。
後になっては、もう少し何とかできなかったと思ってしまう──これはイーディスの感情の問題なのだ。
2021/2/12更新。