そして彼らは来た(2)
「え? いわゆる『ラスボス』って認識だったんだけど。違うの?」
「違いますよっっ!? ぜんぜん違うからね!? 身体が鋼鉄でできてたりしないんだからね、わたし!」
「とにかくイーディスさまに本気を出して戴かないと。張り合いがないんですよねぇ。──ユズリハ、お願い!」
はいな~、と高い声がして、指を弾く音が聞こえた。
「何をしたの?」
「斬ってもあんまり痛くならないように結界を張ってもらいました。わたくしが決闘用の武器を持ってこなかったのがいけないんですけども──」
アリスが形の良い唇を歪めた。「これで存分に斬り合えますね!?」
力強く叩きつけるように振った細剣を、頭上にかざした魔剣でイーディスが受け止める。
威力を減じたと言っても、やっぱりよく切れそうな剣だ。
一段と激しい動きでアリスが攻め立てる。
通常の刺突剣技にはまずありえない、大きく斬る動きや叩く動きを駆使して、なんとか打撃を与えようとして来る。
「んー、忍びないなぁぁ。本当にいいの?」
「そう言っています、手加減は不要!」
「じゃ、」
イーディスはアリスの渾身の突きを魔剣で受け止め、一気に力を加えて押し返す。
「お望みの斬り合いと参りましょうかね!」
強い冷気を伴って純白の魔剣が唸る。
自由自在に剣を操るイーディスは、さまざまな角度から刃を繰り出す。
あの時の、きわめて獰猛なジークの猛攻撃を、ずっと密かな目標としてきた。
ずっと育ててきた種が花開いたように、もと姫騎士は激しく立ち回る。
一瞬で距離をとったかと思えば高く跳躍して剣を叩きつけ、相手の間近に着地すると同時に息もつかせない連続的な突きを放つ。
「イーディスちゃん、楽しそうだお……」
「押してる。やっぱり、すごい」
双子の公女が感心したようなため息をついても、イーディスには聞こえていない。
その剛力が異空間の床にあたる構造を容赦なく叩き割り、空気を激しく裂いて挑戦者に迫る。
アリスは先ほどとは一転、防戦一方の戦いをせざるを得なくなった。
『邪眼』の力に目覚めて以来、剣に関しては苦労知らずだった──誰も自分に刃を届かせることなどできないと、正直に言えば、アリス=クルーガーは調子に乗っていたのだ。
まったく違う!
今までの戦いとはまるで違っているっ!
アリスが蒼い細剣で空を切り、防御魔法を発動する。
ユズリハのスキルは間違いなく発動しているはずなのに、イーディスの剣はアリスが展開した魔力の壁すらも平気で叩き壊してくる。
「負けるもんかっっ!」
アリスが叫んだ。
蒼い細剣が……まるで澄み切った海に重油を流し込んだかのように漆黒に染まる。
本来は冷静な戦略のもとに、本人の技量による斬撃と『邪眼』の魔力による破壊の二つの能力を使い分けるよう設計された魔法剣なのだろう。
アリスは高揚していた。自らの剣の凄まじい威力のことなど、すっかり頭から抜け落ちてしまっているかのようだ。
決闘の興奮に身を任せて腕を振り、跳びはね、走り、剣を振り抜く。
邪悪な魔力をまとう漆黒の刃が異空間をズタズタに引き裂き、超スピードでイーディス目がけて迫る。
イーディスも堂々と受け止めるべく、剣を横薙ぎに振り抜いた。
二振りの魔剣が交錯する寸前。
何者かが、一瞬のうちに二人の間に割って入った。
その太い指が、両者の剣を軽く受け止めている。
「アリス、はしゃぎすぎ。ハーン、困る。その魔剣、壊さない。アリス、約束した」
片言の人間族の言葉が、アリスを落ち着かせるように低音を発した。
「イーディス、強い。ハーンわかった。アリス、強い。ハーン知ってる。だから勝負、ここまで。次はシャトゥ・ハーン。良いか?」
激しく息をついでいたアリスの瞳が、もとの穏やかな輝きを取り戻すまで、ハーンは指に力をこめ続けた。
アリスが剣を退き、鞘へと納める。
「ごめんなさい、シャトゥ・ハーン。また調子に乗っちゃった」
「次は、普通の剣、買う。そして、また挑む。イーディス、きっと受ける。──違う?」
ちがわない、と、もと姫騎士がたどたどしく言った。
普段から用いているものとはまったく異なる言語である。
「イーディス、ハーンの言葉、話せる?」
「一夜漬けよ。よい子には勧められないわね」
「ははは! 次は、シャトゥ・ハーン。良いか?」
逞しい筋肉に力をみなぎらせて、戦士がもう一度言う。
その肌は健康的な小麦色で、背は高く、黒髪は手入れをサボっていてボサボサだ。
髪型まで再現しなくてよかったのに、と思いながら、イーディスは異種族の戦士と距離を取った。
2021/2/11更新。