そして彼らは来た(1)
頭をしっかり切り替えて休む以外のことを何も決めず、その通りにゆっくりと休んだ。
翌朝の目覚めは、ローゼンハイムの公女たちにとっても爽快なものだったに違いない。
とりあえず、『金暁騎士団』が貸し出してくれた宿は快適そのものだったし、ロズヴェル閣下のことなんか少しも考えなくてよかったからだ。
「いよいよだね、お姉ちゃん」
「うん……相談した通りにできるかな?」
ジェダの仲介で、"スキル・コレクター"とは正式な決闘と言う形で対決することになった。
相手の目的も知れぬままなのと利害が一致するのとでは、気構えも随分異なるわけで。
決闘の賞品としてイーディス達が賭けるのは、ニティカのスキルとレメディお手製の『刀』、グレイティルの矛、イーディスが第八公女リンダからもらった真紅のリボン(本人許可済み)だ。
「きっと大丈夫だよ。全部うまく行く」
「ルーチェが言うなら間違いないね」
イーディスは『グラシェ・デパート』の社長から直接買い付けた純白のローブと、腰のベルトに刷いた魔剣を確かめる。
"スキル・コレクター"を称する五人の少年少女のうち、戦いを最も得意とするアリスから、イーディスと剣で勝負したいとの要求があったのだ。
自慢の剣技がどこまで通用するかを確かめたいのだという。
「……豪華な城で勇者を待ち伏せる役の人だとでも思われてんのかしら」
「人その者をして『ラスボス』と呼ぶ──さあ魔将軍イーディス、勇者ご一行の到着ですよ」
誰が魔将軍ですか、とツッコミたくなったが、巨大な魔力のうねりがそれを妨げた。
──そして彼らは来た。
ジェダが十秒で作り上げた広大な異空間に、決闘の相手が次々と転移して現れる。
五人が揃うまでには一分とかからなかった。
「イーディスさまですね。この度は私たちの無茶なお願いをお聞き届けいただき、ありがとうございます」
以前のイーディスの姿を借りている者が居るとの話だったが、この娘ではないようだ。
ルーチェよりも少し背が高いくらいの小柄な全身からは、イーディスの一番苦手な種類の魔力があふれ出している。
それさえなければ文句なしで可愛いんである──光苔の淡い光に浮かぶ栗毛の長髪は見るからにふわふわしているし、充分に経年して熟した赤ワインみたいな色の眼は磨き上げたみたいに丸くて穏やかな印象が持てる。
小さな鼻も丸いほっぺも福々しくて豊か、唇も十分に水分を含んで朱色にひかるかのよう。
黒衣の美少女が余裕たっぷりに微笑み、最敬礼した。
「アリス=クルーガーと申します」
明らかにオーバーサイズなジャケットをたっぷりと着こなし、正確な身体の動きに合わせて黒いロングスカートもふわふわと揺れる。
子どもの純粋さと妖魔族みたいな妖しさを同時に持った、とても危うい人物──イーディスにはそう見えた。
「打ち合わせの内容を、少しばかり変更したいと思うのですが」
「お受けできますよ」
「では、わたくしアリスのあとに、後ろに控えますシャトゥ・ハーンが戦いに出ます。ハーンがどうしてもと言って聞かなかっただけなんですが」
「わかりました。存分に戦いましょう、アリス殿」
「どこまでも度量の大きい御方……。では、参ります」
アリスが先に剣を鞘走らせた。
イーディスは静かで速い細剣の動きを正確に見極め、小さな動きで弾く。
固唾を飲んで見守る双子の公女たちには、もしかすると一方的にイーディスが守ってばかりいると見えるかもしれない。
実際、アリスは踊るように正確な攻撃を繰り出し続けている。
彼女が手にしている蒼い剣身の細剣には鋭い刃付けがされているらしく、少女が細い腕を正確に振り抜くたびに、甲高く空気を切り裂く音が響く。
「むぅ……やはり、というべきでしょうか」
イーディスが攻撃を全て寸前のところで避け、また最小限の動きで受け流すのを見て、アリスが静かな声を上げる。
「普通の仕方ではなかなか攻め手を通してもらえませんねぇ」
「だって斬られたら痛そう! あとで治してもらえるけど!」
「そりゃ痛いでしょうねぇ……これドラゴンの鱗でも突き通せる武器ですし?」
「わたしを何だと思ってるんですかマジでっ!」
2021/2/11更新。