鍛錬(4)
ルーチェに恐れはない。
自らがこれ以上ないほど尊敬し、大切に想っている最高の騎士イーディスのように。
ひたすら目の前の相手に立ち向かうだけだ。
瞬時に転移して攻撃を避け、詠唱することなく発動させた火炎の魔法で鋼の刃を沸騰させ、溶かし尽くした。
ドロドロに溶けた真っ赤な鋼鉄を、魔力で覆った手で鷲掴みにした。
それを持ったまま、訓練場に着地する。
双子は突然の行動に興味を持ったらしい。
攻め手を打ち切って着地し、ルーチェを見守る。
「レメディさんは何が好き? 生き物」
「え、ええと……鳥かな。鷲とか孔雀とか」
「鷲なら見たことある。鷲にしよう」
思いついたことは早く実行しないと気が済まない。
この二人が相手なら許されるだろうと思い立ってのことである。
お姉ちゃんに似てきたかな、とルーチェは内心で思う──悪い気はしなかった。
ガズがやたらと上手い絵を見せてくれたことがあって、大鷲の姿を明確に覚えている。
降って湧いた創作意欲のままに、魔導師見習いは無言で手を動かした。
沸騰した鋼鉄を用いて勇壮な翼を形成し、力強い脚、大きな爪、鋭い嘴を形作った。
燃え盛る炎と高熱はそのままに、灼熱の鷲を空中に放つ。
鷲は主を見定めるかのように暫く滞空した後、ニティカの頭上を旋回する。
その様子を眩しそうに眺めていたレメディが双子の妹から何事かを耳打ちされて、意を決したようにルーチェに話しかけた。
「今の見たっしょ? わたしはニティカに比べて、魔力が低いんだお。強い魔法を使う時は、いつも魔力を貸してもらうの」
「良い事だと思うけど。別にやきもち焼いたり、レメディさんはしないでしょ?」
「わたしは、しない。でも、ロズヴェルさん達は違うお」
「……なに、もしかして魔法の使い方にまで口出しして来んの? 会ったことないけど嫌いになりそう」
「そう言ってくれると溜飲が下がるお。あんがと。……あのね、わたしの事、使えない、ただの小娘だって言ったんだお。魔法の才能を見込んで買ったのにって。一年以上も前に、だけど」
「え……?」
買ったってどういうこと、と聞き返そうとして、ルーチェは義姉がゆっくりと歩いてくるのに気づく。
彼女の隣に座ったイーディスは、おそらく事実と感情を分ける作業のためにしばらく目を閉じていたが、やがて静かに口を開いた。
「二人は、実父が領内の貧しい魔導師の夫婦から引き取ったの。お金のやり取りも当然あった。実姉のもとで修業をさせて王宮に入らせた……多分、養父の警護をさせたかったんだろうけど」
実父は正直すぎる人よ、とイーディスは笑う。
ロズヴェルは普段、礼儀作法に厳しく、騎士たる振る舞いや言動をすることに非常に強いこだわりを見せる。
だがそれは、カネの力で他人を見下したい欲望を抑えるためのわずかな抵抗だ。
ほんの少しの気の緩みから、その本音をこぼしてしまうことがある。そしてそういう時に限って、誰かが必ず聞いているのだ。
レメディのように。
「……ちょっとぶっ飛ばして来るわ」
「実家の連中バカみたいに強いわよ、やめときなさいルーチェ」
「だって!」
「わかる。気持ちはよく分かる。でも……レメディはどうして悔しいのかな。わたしは知ってる。聞いてあげることしかできなかった」
「お姉ちゃんが解決できないこと。それは苦手なこと。……魔法に関すること」
レメディが大いに頷いた。
「わたしは魔力が低いから、グリセルダ義姉さまに格闘術を教わった。でも、あの人から見たら中途半端な技能なの。それが悔しいの。堪んないくらい」
ルーチェが黙り込んで考える間、誰も何も言わなかった。
「スキル──スキルは?」
「まだ、わかんない。きっと全然身についてないんだお……」
双子の姉は俯いて、目を潤ませている。
でも、決して泣かない。買い取られるように王宮に入ったとはいえ、王族の矜持が確かに彼女を支えている。
「そのロズヴェルさんとやらが見てないところで、頑張って来たと思う。得意な魔法は何? 自慢できること」
「……え、ぅ、えと、ね。付与魔術と、金属を操ること」
2021/2/9更新。
2021/2/18更新。