鍛錬(3)
「さてと。次はあたしの番だね、お姉ちゃん」
鍛錬と呼ぶにはあまりにも激しい戦いを終えたイーディスを、ルーチェが気力に満ちた表情で出迎える。
『グラシェ・デパート』で買い求めた大きなソファを魔法の小箱から引っ張り出し、訓練場の隅っこに置いた。
イーディスはゆっくりと歩いて三人掛けのソファにたどり着くと、情けなく背もたれにもたれて義妹を見守る。
叱る者は誰もいない。厳しいだけの養父も、さらに厳しい実父もいない。
「君がルーチェか。いつもイーディスちゃんの傍にいてくれて、ありがとうナ」
「はい。でも、当たり前のことなんです。今じゃあたしだって、お姉ちゃんが居ないとダメなんだから……」
「ホントにかわいいナ。私は魔法が得意じゃナいから、さらに助っ人を呼んであるんだよ」
グレイティルが音高く指を鳴らす。
ルーチェのための特別な講師はすぐに姿を現した。
一人は漆黒、一人は真紅のローブに身を包んでいる。どちらも小柄だ。
外見で見分けるには……金髪に髪飾りをつけているかどうか、を見るしかなさそうである。
「やっほー、初めまして。一応ローゼンハイム公国の公女やってます。レメディだお~」
「同じく第十四公女のニティカです。あまり時間はとれないけど、よろしくねルーチェさん」
若き魔導師見習いは丁寧に一礼すると、にっこりと微笑んで双子を見つめた。
「すっげえ魔力。こりゃあ試合は難しいかな~? なんつって」
「わたしから参りましょうか」
ニティカが親指と人差し指を打ち合わせると、空中に蒼い球体がいくつも出現した。
「『マジック・ミサイル』……行けっ!」
ルーチェは負けじと同じ魔法を行使し、過たず球体をすべて撃ち落とした。
レメディが高く跳躍しているのも見逃していない。周囲に結界を展開して、空中から放たれた鋭い羽根を防ぐ。
「うはははっ、完璧に見切られてら! 教えることなんかないんじゃないか、ニティカ!?」
「呼ばれた以上はそうでもないでしょう! それに、わたし達にも勉強になるハズ!」
双子は見事に役割を分担している。レメディは近距離格闘、ニティカは遠距離射撃。
イーディスをまねて二人をまとめて吹っ飛ばすには、隙の大きな攻撃魔法を用いる必要がある。
義姉のような剛力は欠片も持っていない。
「考えなさい、あたし……!」
ルーチェは身体強化の魔法を使い、集中力を高める。
ニティカが撃つ魔力の弾丸の軌道がはっきりと見えた。先ほどまで読んでいたラウロ直筆の魔導書を克明に思い浮かべる。いきなりの応用編だが、行けるか……!?
「『いざ理を狂わさん、虚とは実、実とは虚。汝ら蒙昧の霧に迷うがよい……』」
魔法の発動に常に用いられるはずの、魔法の正式名称は書かれていなかった。
『詠唱が終わったら魔力を載せて何か投げろ』という記述の多かったことと言ったら──あの海賊野郎、照れ臭さを捨てきれなかったと見える。
オリジナル魔法の名づけは一番楽しい作業なのにっ!
「うーん……『ミラージュ・ナイツ』っ!」
仕方ないので適当に命名して魔力を開放すると同時に、大量に買っておいた宝石の研磨くずをばら撒いた。
ルーチェの小さな姿が、分裂でも起こしたかのように多数、現れた。
「うはっ、ルーちゃんが何人も!?」
「えーと確か……『ゲイル・リッパー』っ! からの『マジック・ミサイル』!」
純粋に魔力が高いのは、やはりニティカの方だ。
詠唱を短縮したうえで連続的に魔法を発動するとは!
幻影が解かれて降り注ぐ宝石の欠片を避けて、双子が再び空中に浮かんだ。
ってかルーちゃんって誰よ、とよそごとを考えたのも一瞬。ルーチェはすぐに次の展開に入った。
魔法の小箱から多数のクロスボウを出現させると、魔力で命令を発して一斉射撃させる。
「うははっ! 魔導師カッコ物理! ってことでレメディ行きます!」
レメディがニティカを守るように前に出た。
「『腕はくろがね知は鋼、切り刻めよや、アイアン・ウィル』!」
ものすごい早口で唱え終わると、彼女の小さな手から長大な鋼の刃がいくつも出現した。
瞬く間にクロスボウの矢を斬り落とし、ついでとばかりにルーチェへと殺到する。
2021/2/8更新。